『うみねこのなく頃に』を全て読み終えて
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『うみねこのなく頃に』を全て読み終えて

2017-10-28 13:59

    つい先日、『うみねこのなく頃に』の漫画をやっと全巻読み終えました

    当時は原作をEpisode5までしかプレイしていなかったので、Episode7~8でこれまでの謎が少しずつ明らかになっていくのが本当に楽しくて一気に読み進めてしまいました

    Episode5~8を読み終えてからもう一度Episode1~4を読み返したのですが、いかに当時の自分の読み方が浅かったか(間違っていたか)ということに気付かされたような気がします

    真相を知ったうえで読み返すと、答えや伏線が絶妙に散りばめられていたことに驚かされましたし、読者をミスリードさせるような表現がかなり多かったんだと気付かされました


    読み終えてまず自分が感じたのは、以下の4点について間違った解釈をしてしまっていたせいで真相に辿り着く(近づく)ことができなかったんだという点です

    まんまとミスリードさせられたというのはもちろんですが、Episode4の縁寿のように、自分の中である程度固執した考えを持ってしまっていたせいで他の可能性を見ることが(気付くことが)できなかったのだと感じました


    ①(1986年の)ベアトリーチェは人間ではなく魔女であると思ってしまっていた
    ②紗音=嘉音=ヤス(ベアトリーチェ)という関係に気付けなかった
    ③複数犯の可能性や共犯者の存在、嘘の検死を疑うことができていなかった
    ④視点による見え方の違いを理解していなかった


    ①に関しては、戦人の『ベアトリーチェは魔女だから現実の世界に存在しているハズがない』という考え方に引っ張られすぎてしまっていたように感じます

    メタ世界でベアトリーチェは、自分の存在を戦人に認めさせるために、実際は人間が行った出来事を魔法描写によって装飾し真相を隠して(見えづらくして)いました
    人間には不可能だ』『魔女(ベアトリーチェ)の仕業だ』と戦人に思わせることによって自身(魔女)の存在を認めさせようとしていた訳ですね

    それに対して戦人は、『人間の犯行で説明可能だ』とそのトリックを暴いていくことでベアトリーチェの存在を否定しようとします

    このメタ世界でのベアトリーチェと戦人の戦いによって思考が固定されてしまい、1986年のベアトリーチェはメタ世界のベアトリーチェが生み出した幻想の存在であるため、実際の犯行に関わったのは金蔵を含めた18人のうちの誰かだと思い込んでしまいました

    ②に関してはEpisode6やEpisode7をプレイしていないとなかなか気付くことはできない訳ですが、そのせいもあってか『紗音と嘉音の人格による入れ替わり(紗音が死んでも嘉音は生きているなどのトリック)』や『真里亞が会ったベアトリーチェの正体』などの部分に気付くことができなくなってしまっていました

    紗音と嘉音が同一人物である可能性は当時から結構囁かれていましたが、ヤス(ベアトリーチェ)という人格の存在にまでは気付けなかったため、紗音と嘉音の両者が死亡した後にヤスによる犯行があった場合に完全に犯人を見誤ってしまっていました
    (Episode1の第九の晩の夏妃殺しやEpisode3の第九の晩の南条殺しなど)

    Episode1においては戦人と同様に第一の晩の死者の中に偽装死体で生き残っている人物が存在し、その人物が犯人であると想像したのですが

    「身元不明死体は一切なく、生存者も全員がアリバイがある!」

    上記のベアトリーチェの赤字や、生存者と死者の定義のミスリードにまんまと騙され人間の犯行であると考えることができなくなってしまいました(Episode3の南條を殺害した犯人に関しても同じですね)

    この『生存者と死者の定義のミスリード』や、『人数と人格の数え方に関するミスリード』には最後まで騙され続けてしまっていたように感じます

    ③に関しては、『犯人は1人である』『共犯者はいたとしても1人である』と勝手に自分の中で
    思い込んでしまっていたのが原因ですね

    複数犯の可能性や、多数の共犯者の存在に関して疑うことができなかったため、Episode1の第二の晩の密室と魔法陣のトリックや、Episode2の第一の晩の礼拝堂の密室のトリックなどに気付くことができなくなってしまっていました

    Episode2の礼拝堂の密室は、当時の自分には明確な答えを見つけ出すことができなくてかなり苦しんだ記憶があります(笑)

    共犯という部分にも絡んでくるのですが、『南條の嘘の検死』や『狂言殺人』に関しても同様ですね

    Episode1のボイラー室での嘉音ももちろんですが、Episode4やEpisode5などの大勢の人数が絡んだ狂言殺人に関しても疑うことができていませんでした

    そして、④に関してが『うみねこのなく頃に』を読み解くうえで一番重要な部分なわけですが、正直この部分を蔑ろにしてしまっていたのが自分が真相に辿り着く(近づく)ことができなかった一番の要因であるように感じます

    自分も戦人と同じように『全て人間の犯行である』と考えトリックを必死に考えていたのですが、そもそも自分が見ている各Episodeというのは読者である自分の視点から見た物語だったんですよね

    『うみねこのなく頃に』では様々な視点で物事を見る必要があるのですが、各Episodeの事件の真相を暴くにあたっては、まず探偵視点か否かという点に注目する必要がありました

    六軒島において、Episode1~4の戦人やEpisode5のヱリカは探偵として活動しています(Episode2終盤の敗北を認めた後の戦人などの例外の部分は除いて)

    探偵かどうかによって何が変わってくるかというと、その人物が見た光景にが含まれているかどうかという点です

    探偵の主観視点=真実(実際に起こった光景)
    探偵以外の視点=幻想(実際に起こった光景+幻想描写)

    これらを踏まえたうえで、探偵が見た光景には嘘が含まれずそれ以外の人物の視点には嘘が含まれていると気付けなければなりませんでした

    例えば以下のような場面ですね

    ・Episode1の第一の晩の前
    既に死亡しているはずの金蔵と夏妃が二人で話をしている場面は、探偵でない夏妃しか金蔵を目撃していないため、このシーンは幻想(実際は夏妃は金蔵に会っていない)
    ・Episode3の第4~6の晩
    留弗夫・霧江・秀吉の三人がエヴァや煉獄の七姉妹に殺される場面も、探偵でない彼ら三人の視点でしか語られていないため、このシーンも幻想(実際は三人が銃で殺し合っただけ)

    視点による見え方の違いというものに早く気付くことができていれば、共犯関係にある人物や作中に含まれていた様々な嘘に気付くことができていたかもしれないですね


    以上が、作品を全て読み終え真相を知ったうえで当時の自分に対して感じたことの全てです

    『紗音=嘉音』『犯人はヤス』などの断片的な答えは目にしたことがあったのですが、やはり全て自分で通して読んでみないと確かなことは分からないのだと感じました

    原作のEpisode8が叩かれていて漫画版の評価が高かった理由というのも、巻末の竜騎士さんのコメントなどを見てその理由がよく分かったような気がします

    その理由も含めて、やはりこの『うみねこのなく頃に』という作品は本当によく作りこまれた作品なんだなぁと感じました

    細かな部分の内容や真相、ネタバレに関しては、考察wikiや色々な方のブログ等に詳しく書かれているので省きますが、個人的にはある程度は納得できる内容だったように感じます
    (突っ込みたい部分もあるにはあるんですけど)

    とは言え、真相を知ったうえで最初から読み返すとこれまでと全く違う見え方ができて面白いので、ぜひ一度最後まで読んでみましょう!
    特に漫画版は原作では語られていなかった部分が書かれていたり、絵によって分かりやすく表現されている部分が多いのでおオススメですb

    Episode5以降もアニメでやって欲しいなぁ…
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