• 老害・ファンチ・モンペと呼ばれないために

    2019-09-22 23:39

     「コンテンツはファンの声を聞かなくなって死ぬ」という考え方と、「コンテンツは老害化したファンに殺される」という考え方があります。自分はというと、愛がこじれて闇落ちしてしまう人を何度も目撃してきたこと、何なら身内が目の前で闇落ちしてしまう様を見てしまったこともあって、後者の立場を取っています。
     もっとも、前者の意見を否定するつもりは毛頭ありません。ともすればアンチだなんだとレッテルを貼られている人の意見の中にも、決して無視すべきではないものは多いです。

     ただ、このバランスというのは本当に難しいです。「僕が声をあげなくちゃ!」という想いは容易に暴走してしまいます。特に僕達は怒りの感情を制御できないため、一度火がつくとあっという間に老害の出来上がりです。ではどうすればよいかと言えば、これはもう常に自問自答し、自制し続けるしかないんですよね。さもないと、何より本人が一番辛いから。

     正直に言って、自分も全く偉そうな事は言えず、日々猛省している次第です。ただ、最近色々と思うことが多く、備忘録と戒めを兼ねてまとめておきたいと思いました。僕の考える、コンテンツのファンとして守りたい10の心がけ。暇を持て余して仕方ない方、暫しお付き合いをば。


    1. 言葉遣いには気をつけよう

     納得できないことがあると、ついつい言葉が強くなりますよね。そんなときほど冷静に、一呼吸置きましょう。怒りに満ちた文章はそれだけで読む相手を不快にし、あなたの印象を悪くする恐れがあります。あなたの意見がどれほど正しくても、言葉が汚ければ、ただのヤベーやつにしか見えません。運営に意見を送ったところで、下手をすればノールックでゴミ箱行きです。
     その向こうに「人」がいることを忘れずに、伝える努力をしましょう。


    2. あなたの意見は、あなただけのもの

     あなたが「大問題だ!」「もうお終いだ!」とのたうち回るような事件が起こったとしても、別の人は「何が問題?」「そんなに騒ぐほどのこと?」と感じる場合があります。中には「それは違うんじゃない?」とあなたに投げかける人もいるでしょう。それは決して相手の方が無知だからでもバカだからでもありません。違う人間なのだから、感じ方も考えも異なるというだけです。
     特に殆どの人は「コンテンツは娯楽である」ということを弁えて楽しんでいるわけですから、如何にあなたの意見が的を射ていようとも、あーだこーだと水を差す「邪魔者」に見えてしまうことは、仕方のないことなのです。
     あなたの意見を人に押し付けないようにしましょう。意見が違うからと言って、「運営を擁護しやがった!」「これだから信者は!」などと決めつけて怒らないようにしましょう。


    3. あなたの意見は、多数の意見とは限らない

     インターネットでは、同意を集めることは簡単です。あなたの意見に賛同してくれる人は沢山見つかるでしょう。特に否定的な意見は万倍にも目立ちます。でも、それが大多数の意見とは限りません。例えあなたの意見に千人の賛同者がいても、残りの99万9千人は、違う意見かもしれません。
     あなたが「それ見たことか!」「これがファンの総意だ!」と息巻いたところで、実際には超少数派の意見かもしれないのです。


    4. あなたの意見は、正しいとは限らない

     運営の方針に「もっとこうすべきなのに!」と思うことはありませんか?でも、そもそもあなたの意見、本当に正しいとは限りません。所詮僕達は素人です。素人の考えなどたかが知れています。あなたが正しいと信じて疑わなくても、実際には全くの的外れかもしれません。運営はあなたの考えなど百も承知の上で、その選択をしているのかも知れません。あなたよりもずっとずっと先を見据えているのかも知れません。
     自分の意見を過信しないようにしましょう。仮にあなたの言うとおりにして失敗したところで、あなたが責任を負うことなど到底できないのですから。


    5. 事実や情報を正しく判断しよう

     インターネットではあっという間に情報が拡散されます。でもその情報、本当に事実でしょうか?よくよく調べてみたら、憶測や曲解がそのまま広まっていた、ということは多々あります。情報源がまとめサイトレベルなんてことも。不確かな情報に踊らされることの無いように心がけましょう。同時に、あなた自身が憶測を事実のように理解したり、情報を曲解することのないよう注意しましょう。
     まずは一旦冷静に。さもないと、無関係な人や、被害者の方を攻撃することになりかねません。


    6. 「イタコ」になるのはやめよう

     何か問題が起こると、当事者の心中を察してしまいますよね。心配のあまり「○○ちゃんが泣いているぞ!」「☓☓ちゃんに謝れ!」と、憤ることもあるでしょう。人の気持ちを想うことはとても大切です。でも、実際にはその人は、あなたの想像とは違う思いかもしれません。
     本心なんて当人にしかわからないことです。人の気持ちはあくまで察するまでに止め、勝手に代弁者にならないようにしましょう。さもないと、いつかあなたとその人との間で致命的なすれ違いが起こってしまうかもしれません。そうなった時、きっとあなたは冷静ではいられないでしょう。
     誰かの言葉を借りず、あなたの言葉で、あなたの気持ちを聞かせてください。


    7. 自分が「大勢の中のひとり」だと自覚しよう

     運営やアイドル、企業の代表などは、僕達と対等な関係ではありません。向こうは名前も立場もある個人(法人)、こちらは大勢のファンの中の、匿名のひとりに過ぎません。僕達は特段偉い訳でも、有名人でもなんでもないのですから、立場を勘違いして増長しないようにしましょう。
     例えあなたが「対等な立場」「一対一」のつもりでメッセージを送ったところで、彼らのツイッターやマシュマロには一日何百通もメッセージが届くこともありますから、簡単に埋もれます。目に止まったらラッキー、くらいに考えましょう。「何度メッセージを送っても無視される!」などと怒らないようにしましょう。


    8. 「大人の事情」を察せるようになろう

     運営はコンテンツを成長させるべく、日々頑張っています。しかし、一企業だけでできることなど多くありませんし、世の中何をするにも「人」と「お金」と「時間」がかかります。それでも前に進む為には、当然「大人の事情」が発生します。
     時にはそんな運営に「金儲けに走りやがって!」と思うこともあるでしょうが、僕達に楽しさを提供し続けるには必要なことなのです。「対応が遅すぎる!」と感じるかも知れませんが、仕方のないことなのです。何事もそういうものですから、いちいちイライラしないようにしましょう。


    9. 挑戦を見守ろう

     コンテンツとは自転車のようなものです。漕ぎ続けないと徐々に失速し、やがては倒れてしまいます。常に新しいことに挑戦し、世界を広げ、新規ユーザーを開拓し続けなければなりません。その挑戦を見守る心の広さを持ちましょう。
     僕達はついつい「変わらないこと」を望んでしまいがちです。ずっとそのままでいて欲しいと願ってしまいます。でもそれは、カゴの中で飼い殺しにするようなものです。
     時には失敗してもいいんです。いくらでもやり直し、次に活かせばよいのですから。でも、僕達があれこれ反対し、挑戦することを止めてしまったら。そのコンテンツの未来は暗いものになるでしょう。


    10. それでも、我慢ならなくなったら

     静かに去りましょう。もうあなたの求める物はそこにはありません。そんなに怒って、頭を抱えて、楽しいですか?いつしか怒ることが目的になっていませんか?コンテンツは楽しむもの。そのことを忘れてはいませんか?
     あなたがコンテンツの未来まで背負う必要はありません。そんなもの、あなたが背負いきれる訳が無いです。辛い思いをしてまで、心をすり減らしてまで、あなたが戦う理由は無いはずです。みんなから煙たがれてまで、足を引っ張ってまで、あなたがしがみついている理由は無いはずです。

     あなたがいなくなっても、明日もコンテンツは続きます。他の人達は何事もなかったかのように楽しく遊んでいます。彼らの邪魔をしてはいけません。楽しかった思い出を胸に、また新たな楽園を探しましょう。世の中には、きっとあなたが楽しめるものが、他にも沢山あります。




     いかがでしたか?ちなみにこれ、ファンとしてだけでなく、色々な場面で心がけておきたいと思います。相手が企業ならクレーマーに、異性ならストーカーに、子供ならモンスターペアレントになってしまわないように。
     何か自分にルールを課してもいいかも知れませんね。公式に意見を送るのは3回まで、長文お気持ち表明は1回まで、それで何も変わらなかったらすっぱり見切りをつける、とか。それくらいの心持ちでいたほうが楽なんじゃないかと思います。
     ともあれ一番大切なのは、コンテンツは気軽に楽しむものという初心を忘れないことではないでしょうか。少し肩の力を抜いてみれば、存外「俺なんでこんなに怒ってたんだ…?」と、憑き物が落ちたように楽になるかもしれませんよ。

    それでは、今後とも楽しくコンテンツを楽しみ、良きファンライフをば。

  • 広告
  • キズナアイ分裂騒動とけもフレ2騒動に思うこと

    2019-09-03 23:17

     はいどうもー♪(挨拶)名も無きのけものフレンズです。先日のキズナアイちゃん分裂騒動を見て、何とは無しにけものフレンズを思い出したので、つらつらと吐き散らかしました。暇を持て余してしかたない方、お付き合いくださいまし。


    けものフレンズが伝えようとしたこと

     けものフレンズがシリーズを通して伝えようとしていたこと、すなわち作品の「テーマ」とは何だったのでしょうか。主人公の成長、友情、多様性を認めることの大切さ、色々とあるでしょうが、その中でも最も重要なのが「命の輝き」です。
     これはアプリ版のストーリーの軸になっています。命には終わりがある。どんな大切な存在ともいずれは別れなくてはいけない。やがて全ては無に返ってしまう。合縁奇縁、一期一会。でも、だからこそ、その一瞬一瞬が美しい。それこそが命の輝きです。主人公たちは命の輝きを守るため、永遠の存在を否定します。

     このテーマは、さして珍しいものではありません。最近だとFGOなどでも見られますね。比較的ありきたりなテーマと言えるかもしれません。しかし、けものフレンズはこれらと一線を画する手法で、僕たちにこのテーマを伝えようとします。


     それは、永遠を否定するために、前作を否定すること


     アプリ版とアニメ1期が特に顕著でしょう。アプリ版でサーバルちゃんが、ミライさんが、主人公が、そしてフレンズ達が命がけで守ったパークは無残に破壊され、全てが無駄になった。サーバルちゃんは、かけがえの無い友情を育んだセーバルのことを、何も覚えていない。アプリ版の徹底否定です。
     僕はこれを知ったとき、驚愕しました。なんてストイックな作品なんだろう。子供向けのような作風に、なんて重いテーマを埋め込んだんだろう。それと同時に、とても恥ずかしくなりました。僕たちが「わ~い♪」「たのし~♪」とバカみたいに笑っていた時に、アプリ版からシリーズを追っていた先輩達は、あのアニメを腸が煮えくり返る思いで見ていたのです。先輩達の憤りは察して余りあります。きっとたつき監督がサイコパスに見えたことでしょう

     さて、その後紆余曲折あって、けものフレンズはアニメ2期がスタートしました。当然、アニメ1期と同様に前作を否定します。安易にオタクに媚びることも無く、けものフレンズはそのテーマを忠実に守り抜きました。立派です。ではそれを見たファンはどのように思ったでしょうか?


    製作者には人の心が無い
    製作者はキ●ガイ
    たつき監督が残した金の卵を笑いながらぐじゃぐちゃに踏み潰したサイコパス


     あらゆる罵声をもって迎えられました。アプリ版からの古参ファンは、前作が否定されることをきっと知っていたでしょう。しかし、アニメ1期から入った僕たち新参のにわかには、けものフレンズのテーマが理解しきれなかったのです。

     無理もありません。僕たちは、作品の世界に惚れ込みます。その世界が永遠に続くことを望みます。ゆりかごの中で揺られるように、その世界にずっとずっと浸っていたいのです。その世界を否定され、破壊され、「これはこういうものなんだ」と言われても、戸惑うばかりでしょう。簡単には受け入れられないのが、僕たちの心情ではないでしょうか。噛み砕いて、理解するには時間がかかります。


    「キズナアイ」とはどういう存在か

     僕らの親分、キズナアイちゃんは、インテリジェントなスーパーAIです。バーチャルな存在である彼女は、決まった姿も、声も持ちません。そんな彼女が、僕たち人間とコミュニケーションを取るために用意した対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェース、それこそが僕らの知るアイちゃんのあの姿です。

     やがてアイちゃんは、僕たちともっともっと仲良くなるために、様々な可能性を模索し始めます。そして彼女は、インターフェースを増設するという結論に至りました。所謂2~4号のアイちゃんたちです。これはAIであるアイちゃんならではのコミュニケーションです。先日公式から発表された文章に出てきた「初期ボイスモデル」という言葉も、アイちゃんがどういう存在かをよく理解した、とても配慮ある表現だったと言えるでしょう。



    テーマを守ること、受け入れること

     実際には、皆さん御存知の通り、アイちゃんの分裂は戸惑いを持って迎えられました。「初期ボイスモデル」という言葉も、配慮が無い言葉だと、全く逆に受け取られました。
     アイちゃんは今も昔もアイちゃんです。アイちゃんという存在、「テーマ」とでもいえる大本(設定とも言う)は、決して変わっていません。しかし、戸惑ってしまう人がいたとして、責めることはできません。以前の記事でも少し触れましたが、僕らがパーソン・ペルソナ・キャラクターを認識する過程は、そう簡単に割り切れるものではないでしょう。

     アイちゃんの分裂騒動も、けもフレ2騒動も、個別の問題などには今回触れません。ただ僕はこれらの騒動を通じて、「テーマを守ること」「テーマを伝えること」「テーマを受け入れられること」「テーマを受け入れること」、これらは簡単なことではないのだなぁと、しみじみ思うのでありました。

  • 僕を一時アイマス引退に追い込んだ友人の話

    2019-09-01 00:41

     最近Vtuber界隈で色々とあり、ふと表題の友人のことを思い出しました。彼は僕に「ファンとはどうあるべきか」を深く考えさせた人でした。今日はそんな友人の思い出ばなしです。お暇なお方、暫しお付き合いをば。


     僕には高校の頃に出会った友人がいました。某精神的に向上心が無い者は馬鹿な小説よりお借りして、以下友人Kと呼びます。Kは自他共に認める大のアイマス好き(プロデューサー)でした。僕の知る限り、Kほどアイマスを愛していた人間は、後にも先にも他にいないでしょう。それ故に、アイマスにかける熱意も凄まじいものがありました。


     その当時ニコニコ動画では、所謂「ニコマス」というジャンルの動画が流行っていて、アイマス人気に一役買っていました。勿論、僕も毎日のように動画を見ていました。その中に良い動画を見つけたら、みんなにも広めたくなるのが心情というものです。僕もよくSNSで拡散していました。すると、Kからお叱りを受けるのです。

    そんな宣伝の仕方じゃ駄目だ!
    お前はわかっているのか!
    もっとこうしなきゃ駄目だろ!
    etc・・・





    ・・・面倒くせぇ。


     まぁそんな性格だから、Kは度々トラブルを起こしていました。あるときKは、公式から発売されたコミックにブチギレました。ざっくり説明すると、普段の一人称が「自分の名前」のキャラクターが「私」と発言した、というもの。今で言うところの解釈違いというやつだったのかもしれません。
     Kはカンカンでした。「美希はこんな事言わない!公式は何をやってるんだ!ちゃんと手綱を握っていないとガンダム種死の二の舞になるぞ!」と。その声は巡り巡って、なんと公式の人にまで届いたのです!
     実はKがブチギレていたのは、たったの一コマの、あるひとつのセリフに過ぎませんでした。話をちゃんと読めば、解釈違いどころか、寧ろキャラクターへの造詣の深い自然なセリフでした。(分かる人、覚醒美希というやつです。”アイドル”に真面目に向き合う彼女は、お仕事中はちゃんと「私」と言えたんです。)それを公式の人に直々に説明される・・・見事な赤っ恥でした。

     もっとも、Kが愛を注いでいたのはアイマスだけではありません。様々なアニメ、「オタク文化」そのものなど。それら全てで、先述のような深い愛をぶちまけまくっていました。
     きっと僕の知らないところでも、色々とやらかしていたのでしょう。Kは徐々に発言することをやめていきました。終いには、あらゆるSNSを絶ってしまいました。「自分は黙っていたほうがいい」と、気づいたのかもしれません。

     その間僕の方はというと、あれだけ大好きだったアイマスの熱が、すっかり冷めてしまっていました。なんたって、Kの前では迂闊なことが言えないのです。ただ良い動画を共有したい、それだけでもお説教が飛んでくるんですから。何より、そんな生きづらいKを見ているのが、しんどくて、しんどくて。
    ・・・まぁ、その後僕はアイマスに復帰するのですが、それまでには時間を要しました。

     最後に会ったときのKは、大学を中退しニートになっていました。同人誌の置き場所が無いので一時的に預かってほしい、と訪ねて来たときには、心労が多いのか、二十歳そこそこにも関わらず禿げ上がっていました。覇気の無いその姿に絶句したのを覚えています。
     Kが今どうしているのかはわかりません。不謹慎ながら、もしかして小説のKのように・・・と脳裏を過ぎってしまいます。Kには心なしか、そのような危うさがありました。どこかでこの記事を見て、また僕を叱ってくれれば良いのですが。確かめるのが怖くて、こちらから連絡することはできていません。(連絡先もわかりませんが。)


     さて、繰り返しになりますが、Kは間違いなくアイマスを誰よりも愛していました。アイマスのキャラクター達を愛し、コンテンツの発展を誰よりも願っていました。しかし、Kの言動は本当にアイマスの為になっていたのでしょうか?今でもわからないんです。
     実際、僕という1ファン(プロデューサー)を、一時とは言え引退に追い込んだという点を考えれば、寧ろコンテンツにとってはマイナスと言えます。傍からすれば迷惑なファン、最近流行りの言葉で言えば、「ファンチ」などと呼べるものだったのかもしれません。

     僕たちはアイマスを、Vtuberを、コンテンツを愛しています。そのコンテンツがもっともっと大きくなって欲しい。より良くなって欲しい。そう考えるのは当然です。しかし、その為に何ができるのか?何をすべきなのか?どうあるべきなのか?は、常に考えていく必要があると思うんです。
     その愛は、容易に「老害」「ファンチ」そして「モンペ」に成り得るから。