ひとりスナック一人旅はじめました4【The Red Strings Club】
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ひとりスナック一人旅はじめました4【The Red Strings Club】

2018-10-23 17:58
    いらっしゃいませ。今週も「ひとりスナックひとり旅」の時間がやってまいりました。

    先週はまたひとつ真相に近づきつつ、エドガー・ゴールドストリーム博士の来店予定が立つなど大きな動きもありました。しかし今回選んだシーンは、ラリッサ・ロビラードに狂気のカクテルを渡すシーンです。

    ※この記事はThe Red Strings Clubの二次創作です。



    「あら、アカラについて知ってるの?」

     紫色の煙を吹き出しながら口にしたその言葉には、しかし驚きの感情は含まれていなかった。深紅のドレスで夜の街を渡り歩く豪気な女性、ラリッサ・ロビラードにとって、ドノヴァンが何を知っていて何を知っていないかなど、あまり大きな問題ではなかったのだ。

    「私も直接見たことはないんだけど、コンセプトは知らされているわ。女の子みたいな見た目をしててとってもクールなの。ちょうど……」

     ラリッサは顔を半分だけ振り向けて、こちらを観察しているアカラをちらりと見た。

    「ちょうどそこに立ってるあんたの助手みたいな感じよ」

     みたいもなにも、あれこそがアカラだ。彼女がもしアカラシリーズを目にしたことがあれば、気づかれてしまったかもしれない。

    「でも、私はロボットではありません」

     アカラの口ぶりはいかにも人間らしかった。しかし、この街において人間らしいとかロボットらしいとか、そういう観念は明らかに揺らぎつつある。

    「いかにもロボットが言いそうな返事ね。世の中には嘘をつけるロボットだっているわけだし、フフッ」

     自分の言っていることがおかしくなったのか、ラリッサは言葉を言い終えようというところで笑いをこぼした。この街でロボットと人間の境がこれほどまでに曖昧になってしまったのも、ほかならぬスーパーコンチネント社の活躍の結果に違いない。

    「ハハハッ」

     アカラがわざとらしく笑ってみせた。この冗談の面白みが本当に彼女に伝わったのかは定かではなかったが、アカラの作り笑いもまた、この酔狂な女性を前にした人間としては実に平均的な対応に思われた。
     あまり考え込んでもいけないかもしれない。俺は一番最後に、この冗談に対して笑いを返すことにした。打算的な笑顔がどの程度人間らしかったのか、俺にはわからない。

    「それで、スーパーコンチネント社はアカラを使って何をしようとしている? もし知っているなら……」

    「私はアカラに関してはあまり知らないわ、いまはソーシャル・メンタル・ケアでいっぱいいっぱいだから」

     灰皿に一つ目のタバコを押し付けて、つまらなそうにこぼす。ソーシャル・メンタル・ケアは精神不調を強制的に修正し、我々に微笑みを与えてくれる。だが、彼女のように毒を以って毒を制する酔狂の人々には、それは人生を退屈なものに変える計画に違いなかった。

    「ただ、ほかの人がアカラを雇って仕事に活用できるようにするって話は聞いたことがあるわ」

    「本当か?」

    「ええ、保養地で患者の世話をさせるとか、あんたにとっては穏やかじゃないかもしれないけど、バーテンダーとして使わせるとかね。あとはカウンセリングにも長けてるから、人材管理なんかをやらせるのもいいんじゃないかって」

    「ほう、それはそんなに悪いアイデアじゃないかもな」

     スーパーコンチネント社の情報を得れば得るほど、最初の想像とは異なる事実が明るみに出てくる。秘密のアンドロイド・アカラを使ってソーシャル・メンタル・ケアという悪しきシステムを起動させ、さらにミラー・ニューロン・アルゴリズムの起動によってこの街と世界を支配するのが奴らの狙いだとばかり思っていた。
     しかし実際はどうだ。アカラはいまでこそ社外秘だが近々商業的にリリースされる予定で、ソーシャル・メンタル・ケアも人間性を失わせるほど強力なものでもない。法的な問題もパスしていて、国家的な福祉政策と位置付けられている。

     そもそもこの街で生きる人々は、インプラントまみれになって生きている。彼らは自分の体や思考の一部をプロセッサーに置き換え、社会的活躍や個人的快楽を追求する。あらゆる苦痛や苦労をインプラントひとつでスキップし、理想的な自我を得る。
     彼らにとってソーシャル・メンタル・ケアは至極当然の来るべき未来なのかもしれない。ただ、いまどき“ナチュラル”としてインプラントを埋め込んでいない俺のような古い人間だけが、その革新的なアイデアに不満を覚えているだけなのだ。

     だが、二つだけ不審な点がある。
     なぜアリアドネは直ちに射殺されたのかということ。そしてこの計画を遂行している本当の社長は誰なのかということだ。従業員たちですら2年間姿を見ていない社長の存在にこそ、この計画の真実が隠れている気がする。

    「さて、次のカクテルでも作ろう」

     俺は再び彼女のソウルノードを観察する。心の奥深くで渦巻いている感情……それは狂気だった。彼女は狂気を望んでいる。おそらく彼女自身も気づいているのだ。この世界では狂っていなければやっていられないということに。

     俺は迷うことなくウィスキーを取り出し、微量をシェイカーに入れる。続いてドライ・ジンを同量入れる。ウィスキーにジン、この時点でかなり強烈なアルコール量には違いなかった。しかし彼女に差し出すのはただただアルコールの強烈な拳ではない。そのトチ狂った世界を渡り歩く狂気だ。
     アブサンのボトルからまた同量を計ってシェイカーに入れる。爽やかなハーブの清涼感がわずかに漂ったが、すぐに蓋をしてしまう。バーテンの腕の見せ所だ。彼女の魂と同調するように丁寧に、酒の最高の状態をイメージしながら、短くシェイクする。キャップを外してカクテルグラスに注げば、狂乱の夜の幕開けにふさわしい一杯が完成する。

     アースクエイク。

     爽やかなハーブの香りと、飲み口のすっきりとしたジンが、この一杯に満ち満ちた狂気を包み隠す。口に含めばウィスキーの芳醇な香りが口腔を満たし、多幸感と陶酔の中で冷たい酒が喉を下る。しかし喉の底で巻き起こるのは……


    「まったく、眼が覚めるようなカクテルだわ!!」

     強烈な一杯を一息に口にして、ラリッサは目を見開いた。彼女はこの一杯を待ち望んでいたのだ。魂を揺さぶる、狂気の地震(アースクエイク)を。

    「私たちって着ている服とか話す言葉とかでその存在を定義したりするけど……それらは実際には私たちのアイデンティティにはなり得ない」

     ラリッサはいつも見せる夜の顔の中に、昼のインテリの顔をのぞかせた。今や彼女の精神は最高の陶酔の中にあった。彼女は今一度タバコに火をつけたが、それを吸うことすら忘れて言葉を続けた。

    「私たちと私たちの着る服が同一でないように、私たちは私たちの足でもなければ、私たちのへそでもない。私たちはそうしたものすべての集合体なの」

     彼女の口から言葉がとめどなく出てくる。それらの言葉が何を伝えたいのかはわからなかったが、おそらくその言葉たちは彼女の魂が抱き続けている戸惑いと不安を表現しているに違いなかった。

    (私たちはそうしたものすべての集合体……)

    「待って、ここからがポイントなの。私の靴が私ではないように、他人もまた私ではない。つまりドノヴァン、あんたは私ではないんでしょう?」

    「ええと……そうだな」

    「だから靴や服や口紅は私ではないけど、それらが合わさると……つまりある意味では、あんたは私ということにならない?」

     ひどい詭弁を聞くようだが、それもまた間違っていないような気もする。『その人を知りたければその友を見よ』と言ったのは誰だったか……ともあれ、今は関係のない話だ。

    「スーパーコンチネント社の新しいCEOに会ったことは?」

    「かつて魔女たちは鏡や水晶玉で未来を占った。でも、私に言わせれば、未来を占う最良の鏡はあんたのカクテルよ!」

     俺は彼女の酔狂に付き合うことにした。両ひじをカウンターについて体重を預け、彼女の厚化粧に顔を寄せた。

    「ほう、そうか。どんな未来が見える?」

    「女よ! とても優秀で、恐ろしい女!」

     女? 今のCEOは女という意味なのか、それとも……

    「世界は彼女を畏怖し、その名を連呼する……ラディカ!!」




    というわけで、今週も22時からお届けする予定です。
    みなさんお楽しみに!!



    おまけ 蝶のカクテル解説コーナー
    3人の中で一番カクテルに詳しく、自宅にカクテル用の各種お酒が揃っているというカクテル趣味の蝶さんが今週のカクテルを解説します。

    今週の一杯
      「アースクエイク」

    作り方
    使う酒
     ウィスキー  1/3
     ドライ・ジン 1/3
     アブサン   1/3
    作り方
     シェーク
    グラス
     カクテル・グラス
    味わい
     さわやかで抜けていくようなハーブの香りとすっきりとしたジン。
     そしてウィスキーの芳醇な香りが口内を占領する。
     そして来る強烈なアルコールの衝撃はまさにアースクエイク。

    つまみ:セミドライトマト

    ハーブを楽しむための優しい甘さ。旨味の強い塩とふんわり香るタイムが酒を進ませる。

    選定理由
    人工的でない甘味でカクテルを強調したかったのと、ハーブ系を飲む場合はつまみにもハーブ要素を入れて調和をと意識しました。


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