ひとりスナック一人旅はじめました5【The Red Strings Club】
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ひとりスナック一人旅はじめました5【The Red Strings Club】

2018-10-30 21:33
    どうもこんにちは、ハカセです。
    バー、Red Strings Clubへようこそ。

    今回はドノヴァンのバーのシーンではなく、珍しくブランダイスの説得シーンを選びました。
    ブランダイスのシーンなのでカクテルが登場しないのですが、ここが一番印象的でした。

    ※このブロマガ記事はThe Red Strings Clubの二次創作です



     後ろ手に扉を閉めたとき、ちらりと見えたその横顔には白い歯が見えた。客を店から追い出すことは決して少なくなかったが、ああも愉快そうに店を出て行く客は初めてだったかもしれない。
     珍しく会話に参加していたアカラは、バーカウンターから戸惑いの視線を向けていた。その視線に気づかぬふりをして、握ったままだったナプキンを軽く放る。タバコをつまみ上げ、ライターを激しく擦らせた。

     エドガー・コールドストリーム博士。アカラの開発者であり、ミラー・ニューロン・アルゴリズムの開発者でもある。つまり今の俺とブランダイスにとっては敵の中核に位置する存在であり、極めて貴重な情報源に違いなかった。だが、あの態度にイラつかないでいられたか?
     まるで自分を神か預言者とでも勘違いしているかのような口ぶりだった。あるいは自分を主役にした聖書でも書かせるつもりなのかもしれない。全人類の脳をコントロールしようという目論見を抱いているにも関わらずだ。いや、だからこそなのだろうか。

     手元のデバイスを操作すると、すぐに耳慣れた声が聞こえた。

    「よう、ダーリン」

    「よう。朗報だ。こいつはやっぱり止めないとダメそうだ」

     視線の先では、吹き出した煙がシーリングファンに絡みとられている。

    「じゃ、ようやく決心したのか?」
    「骨の折れる仕事になりそうだがな」
    「ああ、全力で挑ませてもらうぜ」
    「方法もわからなくは……」
    「すまんが、今はちょっとばかしデリケートな状況でな」

     言いかけた俺を止めたブランダイスの声の調子には繊細さは感じられなかった。

    ・・・・・・

     海風に揺れるネクタイを抑えて、ピンの位置を低く動かす。

    「いい知らせは、執行最高責任者のヨハンナ・セプティスを見つけたことで」

     もう一度視線を前に戻しても、状況は全く変化していない。こういう状況に陥った経験がないわけではなかったが、洒落たジョークのやりとりをやる気分には慣れなかった。

    「悪い知らせは、彼女が俺に銃を向けてるってことだ」

     とはいえ、彼女の指が引き金にかかっているわけではない。当然だ。こちらが銃を向けているわけでもなければ、俺と彼女との間にはゆうに10m以上の距離が開いている。妙な動きを見せれば彼女の指が引き金を弾いて俺はアリアドネの元に召されることになる。

    「そいつはデリケートだな。レディの扱いは上手い方だと思ってたんだが」

     銃口を突きつけられていないドノヴァンは軽口をこぼした。そのいつもの調子に、俺は少なからず安堵させられる。

    「なんとかやってみる。ああ、それからお前に言われたCEOについて、おいしい情報が手に入った。店に帰ったら詳細を伝える」

    「わかった。メモリーを運ぶアンドロイドを手配しておけよ」

    「それじゃまたな」

     ドノヴァンの声まで聞こえていれば、腰が引けたまま銃を構えて怯えているヨハンナ・セプティスも少なからず苦笑いしただろう。通話を落とした俺は、イヤホンを内蔵したデバイスを埋め込んでいたことを後悔した。

    「たいした眺めじゃないか、なぁ」

    「動かないで」

     指示をまったく無視して、タバコに火をつける。せっかくこんな眺望のいい橋の上にいるんだ、ちょっとは感傷に浸る時間もあっていいはずだ。川の向こうには高層ビルが立ち並び、その窓たちがギラギラと夜に睨みを利かせている。川の先の方から汽笛が一つ響く。企業たちの鼓動を一望しているようでもあった。

    「落ち着けよ、俺はお前の敵じゃない」

    「それを決めるのは私よ」

     ジーンズにグレーのカーディガン。仕事中に逃げ出してきたというのは本当らしい。右腕につけたクラシックスタイルの高級時計が、彼女の地位の高さを匂わせている。よほどのやり手だったのだろう。それがこうも横暴になってしまうのだから、アリアドネがハックしたインプラントの効果はてきめんだったというわけだ。

    「ヨハンナ、俺はただ話がしたいだけだ」

    「あなたは誰? なぜ私をつけていたの?」

     応じてくるようならまだ心配はいらない。疑心と警戒心を解いてやればいい。もっとも、俺はドノヴァンのようにアルコールの力を借りることはできないし、あいつのやっている“おまじない”もやらない。口先だけが俺の武器だ。

    「俺はブランダイス、お前の助けが必要なんだ」
    「なんのために?」
    「ソーシャル・メンタル・ケアを潰したい」

     口にしてみるとずいぶん野心的なことを言っているような気がする。実際、その最高執行責任者だったヨハンナをして、俺の言葉に目を一瞬まるくさせた。

    「あなたはプロキシマの人間なの?」
    「いや、俺は単に自由を愛する人間で、どこにも所属はしていない」

     ここにプロキシマの連中が居合わせていたら、かえって面倒になっただろう。追い返して正解だった。
     ヨハンナは訝しがりながらも、銃を下ろす。俺は一つタバコを吸うと、手すりに身を預けて景色を見るふりをして、さりげなく数歩近付いた。

    「動かないで」

     もう一度銃口が向けられる。だが彼女が距離を取ろうとしているわけではない。彼女が本当に怯えているのは、変わってしまった自分自身なのだろうか。

    「いったい何から逃げようってんだ?」

    「この街のあらゆる悪党から。私は企業に多くを奪われた」

     アクセントを悪党に乗せた彼女の発音は攻撃的だった。しかし彼女は間違っている。悪党は悪党として存在するのではない。悪党を生み出すのは、自らの立場とその地位への執着、そして怯えだ。誰もが単に理想を追いかけ、その結果として誰かにとっての悪党になるにすぎない。だから重要なのは次のことだけだ。

    「そうか、なら俺たちの立ち位置は同じだ」
    「あらそう? 私はあなたも、プロキシマの連中も、自由の戦士を名乗る他の連中も信用してないわ。あなたたちは税金払うのを拒否するのが尊いとでも思ってるんでしょ? 結局、どこの組織も権力を求めて争っていることに変わりはないわ」

     自由の戦士とはまた面白い表現だ。思わず笑みがこぼれたが、銃口の向け先が胸から顔に変わっただけだった。

    「その通りだな。だから俺は組織には所属しないんだ。俺は自分で戦いを選ぶ。その相手が企業であることが多いのは確かだが……プロキシマのような連中に反対することだってある」

    「あなたは自分を監視人か何かだと思ってるわけ?」

     SNSが流行した2010年代以降、監視人気取りの連中は山ほど増えた。だがそうした連中と俺との間には決定的な違いがある。その違いは行動することだ……と言いたいところだが、実際は違う。奴らは正しいことをしていると思っているが、俺はそんなことは思っていない。

    「俺はただ楽しいことを放っておけないだけだ。せわしないんだよ。従うのは自分の掟のみだ」
    「そんなやり方でよくいままで生きてこられたわね」

     ヨハンナの頬は引きつったが、どうやら呆れて笑ったようだ。ずいぶん打ち解けている。彼女も少なからず、俺の話ぶりに好感を抱いているのだろう。

    「こう見えて俺はなかなか優秀な男でな」

     こちらも笑顔を返す。歩み出ながら、両手を広げて会話を続ける。いよいよリクルートの時間というわけだ。

    「しかし……これから新たな道を歩んで、どうするつもりだ?」

    「わからないわ。今はまだ憎しみに囚われていて……その憎しみのほとんどは、自分がしてきたことについてだけど。どうして何年も気づかなかったのかしら」

     アリアドネが気づかせてくれなかったからだ。本来、彼女はどこまでも企業に従って生きてきたはずだ。それがプロキシマの工作によって、企業への反抗心を抱くインプラントを埋め込まれた。彼女が今話している言葉も、彼女が語っているのかインプラントが語っているのか定かではない。

    「お前はまだ若い。これから何年も破壊活動に費やすことだってできる。これまでのことは準備期間だったと思えばいい。自らの敵を知るためのな」

    「あるいは、この街から永遠にさってしまった方が簡単かもね。そして企業の手が届かないところで暮らすの。あんな馬鹿な連中どうでもいいわ。あの青や黄色の明かりを見てると……吐き気がしてくる。あなたはどうしてあんな連中のために戦うの?」

     考えたことなどなかった。たしかに、俺が戦えば街の自由は守られる。そうして俺はあのギラギラした夜景の中に溶け込んで生きるたくさんの連中の自由を守っているのかもしれない。そう考えるのは悪い想像ではなかったが、あまり気分がいいものとも言えなかった。
     またタバコをくわえ、一つ呼吸を入れた。なぜ俺が戦いを続けているのか。俺はあんな連中のために戦っていたのか? いや、断じて違う。自分に素直になるのだけは、俺にとって難しいことではなかった。

    「戦うのが好きだからさ」





    というわけで、説得シーンでした。
    もうちょっと書こうかなとも思ったのですが、時間的にこんなところがいっぱいいっぱいでした。

    そして本日の放送ですが、いったんレッドストリングスクラブのプレイを止めて、本日発売のゲーム『Call of Cthulhu』をプレイします。この続きは来週をお待ちください。
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