「生産性のない連中を切り捨てよう」←「いいね」と思う理由
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「生産性のない連中を切り捨てよう」←「いいね」と思う理由

2018-07-30 11:17

     LGBTについて「生産性がない」と発言した杉田水脈議員のことが話題になっていますね。乗るしかない、このビッグウェーブに。とまでは言いませんが、乗っとこう。このノーマルウェーブに(正直)。
     誰それが生産性がないと発言することの是非については、私は言論の自由の側に立ちます。
     言いたいことは言えばいい。その権利はありますよもちろん。

     しかしそれが内容的に正しいかどうかという話になると「全く間違っている」と言わざるを得ないわけです。
     何がおかしいかというと「生産性」というものを、子を産めるかどうか即ち「繁殖についての生産性」だけ特別視し、あるいは神聖視している。これが決定的に片手落ちなんです。
     
     ぶっちゃけ地球的に言えば、人間は増えすぎています。
     http://arkot.com/jinkou/によると今現在の地球の人口は75億人近く。たった50年前にはこれが半分以下の35億人程度でした。当時放送の初代『ウルトラマン』で地球人口が22億人という台詞があった理由は謎ですが、それは今どうでもいい。現実的に、食料や地下資源が追い付かなくなることが危惧されているわけです。
     だってそもそも増えている国の人たちは今、一般的日本人からすると物資もエネルギーも物凄く切り詰めている状態なわけです。足りなくて死ぬレベルですからね。もし彼らの生活が我々に追い付くようなことがあれば、人類が消費する資源量がとんでもなく膨れ上がり、足りなくなることは明らかです。

     また一方で、優生学的な問題もあります。
     優生学というのは一般国民の皆さんにはなじみの薄い言葉ですが、要するに子供の選別ですね。ヤンキーばかり早婚で母子家庭父子家庭をぽこぽこ作り、真面目で優秀な大学出の人達のほうがむしろ婚姻とセックスに奥手である。じゃあ、彼らの優秀な遺伝子は残りづらくアホ遺伝子ばかり残ってしまうことになりはしないか。一方で福祉を充実させればさせるほど、昔なら死んでいた病弱者や障害者が生き残って、どんどん子供を作ってしまうじゃないか。そんなことで人類は将来大丈夫なのか――こういう考え方から生まれた学問を「優生学」といいます。
     もちろん、これは人類を「(繁殖についての)生産性での選別」をするのとは別の「優秀性での選別」です。そしてこの観点から昔の各国政府がやったことは、障害者などが子供を産まないように断種を行うといったことでした。はるか未来の祖国の為とか人類の為と言われても、今、赤ちゃんが欲しいヤンキーや障害者には大きなお世話です。そして彼らにも自分の人生を好きにする権利はありますから、現在ではこういった政策はとられなくなっています。
     でも赤ちゃんが欲しくないヤンキーがいたら、そのヤンキーと優生学者は結論の幸福な一致をみることになります。

     こういったことを考えていくと、人間が殖えることが直ちに良いことだとは言えない、ということが分かります。ウィルスだって増えすぎれば感染している人体を死なせてしまい、それによって全滅してしまうんです。

     しかし日本国内のニュースでは「少子化!晩婚化!なんとかしないと!」という論調です。なぜかというと人の多さというものが経済の活性に役立つからです。働き手がいっぱいいて、買い手もいっぱいいて、だからいっぱいモノが売れる。人がいっぱいいると金になる。だから日本人は東京や大阪に集まるし、日本政府や識者は少子化を問題視するのです。
     つまり「子を産む」という行為は経済の従属物に過ぎないんです。
     勘違いしてはいけません、LGBTは子は産めない(のもいる)けど、他の部分で生産活動ができるんだからいいじゃないか、許してあげよう、ではありません。本来、子を産むなんて良いことなのかどうかも怪しいのに、国内経済の活性化に役立つからまあ良いということにしようって程度の話なのです。女の股から血まみれの赤ちゃんが出て来る性教育ビデオや、「○○(←任意の災害を入れよ)の中で生まれた新たな命」というタイトルのドキュメンタリーに、どれだけ感動の涙を流そうがね。金儲けの手段ということです。

     で、LGBTは生産的でないかというと、もちろん生産的です。
     ガキ産むなんて経済的に豊かになる手段でしかないわけですから。普通に働いて収入を得て、それを消費する。直接お金回しちゃうだけで十分生産的なんです。だから彼らに対する差別が、就職をはじめ様々な経済活動を阻害するなら、それはもう差別解消政策はとても生産的な国策です。

     またLGBTの性行動も生産的です。性は商品化されるものだからです。アダルトコンテンツを積極的に取り込んだハードが競争に勝利した、という話は色んな分野で聞けます。
     筆者が自分の特殊な性癖で検索していても、常にそれを感じます。
     筆者が求めているのは(少なくとも片方は)女の子がそれをプレイしている画像や動画なのに、男性同士のプレイを扱ったサムネイルがしょっちゅう表示されます。皆さんも経験してますよね。そのような画像が流通していること自体が、LGBTの性行動が求められて流通し、商品として経済的に成り立っている証拠なのです。
     
     アニメアイコンのツイッターで杉田議員を擁護している皆さんは笑えますね。
     あんたがお気に入りのアニメキャラを見ながらティッシュに放出した精液も、LGBTの性行動と同じ意味で非生産的なんですよ。同じように誤った意味で。
     そして正しい意味では生産的なのです。
     あなたはそのアニメを消費して経済を回しているのですから。
     いやたとえDVDを買わなかったとしても、テレビやパソコンやティッシュペーパーは買ってるわけです。それで良いのです。
     現代において性行動は、ノーマルであろうとLGBTであろうと、産む産まないなんか飛び越えて、直接に生産的なのです。
     聖書に書いてあるような「生殖に使われない射精は悪である」という古臭くて誤った価値観。そんな萌えないゴミはティッシュに包んで捨てましょう。

     ところで……生産的でない連中のために政府がサービスするのはおかしいですか?
     なるほどそうかもしれません。
     ですが切り捨てるべきは、LGBTなんかではありませんよ。
     さっさと老人福祉を切り捨ててしまいましょうや。
     何しろ彼らはもはや子どもが産めないだけでなく、経済に寄与する性行動も著しく減衰し、若い世代の経済に負担を掛けるだけの存在です。

     非生産的な者を切り捨てたいなら、老人から! これが筆者の結論です。
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