Dowkuさん のコメント

>それでネットは、SNSなどで実名を晒しながらしゃべっているみんなの声は、信用できる情報源になったはずです。
>……あれ?
>おかしいな。
>なってないじゃないか。

この理屈が根本的に間違っているかと
デマが広まるSNSはFacebookよりも圧倒的にTwitter
匿名・HNでの投稿が主流なツールでしょ

つまり一番最初の発言がダウト

実名や特定可能なP.Nなどで投稿している人は『間違い』は投稿しても『嘘』を投稿する割合は圧倒的に低い
No.38
23ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
 はい本当です(議論拒否)。絶対的には。  しかし、相対的にも本当でしょうか?  というのは、実際にこのような意見を目にしたので、ちょっと考えてみようと思うのです。 匿名でデマ流している人の方が圧倒的に多いでしょう。 https://t.co/hHHPfQ8mMx — Satoshi Ikeuchi 池内恵 (@chutoislam) 2018年10月13日 匿名のツイッター界はこういうのばっかりだよね。実名の現実世界でのアイデンティティがある人とそうでない人の議論が違いすぎる。実名では絶対に言えないことを言って憂さ晴らしする抑圧された人の世界。 https://t.co/nU7u9zvPQU — Satoshi Ikeuchi 池内恵 (@chutoislam) 2018年10月13日 それはわかるんだけど、日本語のツイッターは匿名の憂さ晴らし部分の割合が他の言語に比して大きすぎます。匿名の人たちが「現実社会と切り離して良いというルール」を作って実名の世界も荒らしてくるので実名の人には使いにくくなっている。ツイッターがもっと有益な使われ方をしている言語もある。 https://t.co/ffwi8Jha3N — Satoshi Ikeuchi 池内恵 (@chutoislam) 2018年10月13日  この人は東大の教授なのですが、匿名アカウントは信用できず、実名アカウントは信用できると言い張っています。ちなみに日本語版ツイッター云々と言ってますが比較対象が何語なのかは聞いても教えてくれませんでした。  もちろん、日本人名のようなアカウントが本名とも限らなければ、一部の漫画家など人名に見えないようなペンネームで社会的に活動している人などもいるわけですから、何が実名で何がそうでないかというのも一概に言えないわけですが。そこは解決したものとしてすっ飛ばしましょう。  分かりやすく言い直すとこういう議題です。 「SNSや掲示板で、実名もしくは実名らしきアカウントの言うことは、そうでないアカウントの言う事よりも信用できるか?」  おそらく、特にネット黎明期を体験したネットユーザーはそのようなイメージを持っているのではないでしょうか。  当時のユーザーは、本名での情報発信を今より遥かに恐れていました。インターネット上で実名を出して意見を言うなんてとんでもない自殺行為だと思っていたのです。ネットやパソコンは変態が使うものであり、もし本名を出せば、謎のストーカーが執拗なメールを送り付けるところから始まり、その後で夜道に現れてナイフで刺されたりするかのように思われていました。  そしてだからこそ「ネットは匿名の世界」でした。自分だって言おうと思えば好き勝手が言える(ただし自分は「他と違って」良識派だからしない)、画面の向こうにいる相手は自分より道徳的に劣っているので、匿名の誘惑に負けて悪い事をするはず。おおこわいこわい、だからやっぱりネットでは本名を出さないようにしましょう――でした。  こういった謎の道徳的優越感と、パソコンはオタク=変態が使うものという、80年代末から始まったオタクへの偏見が重なって、ネットは何やら暗~いものだったのです。  巨大掲示板で口さがないのも、デマが飛び交うのも、みんなみんな匿名なせいだ!  さて。  時代は流れ、現在SNSの発展に伴い、実名でネットを使用したり身の回りの情報を晒したりすることは比較的当たり前になりました。Facebookのように少なくとも表向きは実名前提なものもあります。  それでネットは、SNSなどで実名を晒しながらしゃべっているみんなの声は、信用できる情報源になったはずです。  ……あれ?  おかしいな。  なってないじゃないか。  ネットが信用できないのは、匿名だからじゃなかったのか。   なんで実名の奴らも信用できないんだ。  簡単な事です。  たとえハンドルーネームであっても、デマをそれと知って、なおかつバレると思って流す奴などそんなにはいないのです。  デマというのは「デマと知らずに」又は「デマがばれないと思って」放言するものなのです。  言い換えればデマは流される時点ではリスクを考慮されないのです。  つまり実名であることがデマを流す際にリスクとして認識され、デマ発生、または拡散を抑止するというメカニズムは、実はほとんど働かないわけです。  考えてみれば、ネット以前に発した噂やデマは、ほとんど実名を知り合っている人間関係を伝って広まっていったはずです。口裂け女だって人面犬だって「実名での発信」で生まれているのです。  そして実名でのネット使用が普通になっても、地震のたびにデマは問題になり、フェイクニュースは選挙が近づくまでもなく飛び交い、嘘松は生い茂っています。 「実名でデマを流すのはリスクがある。だから信頼性が高い」というのは神話に過ぎなかった、これがインターネットの歴史が証明した事実ではないでしょうか。  そしてここからが問題です。  実名のアカウントで、デマを発信してしまったとします。それがバレそうだ。さてどうするでしょう。  インターネットを実名で堂々と使うような人は人格的にも優れ、公明正大に責任を取るのでしょうか。残念ながら、それは人類の善意に期待し過ぎです。  嘘が発覚するリスクに晒された実名アカウントは、嘘を上塗りして誤魔化そうと足掻くのです。おそらく、匿名のハンドルネームより遥かに必死に。 (※本画像はアフィリエイト広告です。誰が何と言おうとたまたま広告にサンプルとして採用したコマなのです)  つまり ネットの実名使用が抑制するのは「デマを流す事」ではなく「デマを認める事」 です。実名で発信してしまったデマをデマと認める事は、いつでも消して逃げられる匿名ハンドルネームでのそれより、はるかに洒落にならないのです。  ちなみに冒頭の東大教授なのですが、まるっきり専門外の某事件に不用意なコメントをしたばかりに、突っ込まれまくってまさにこの状態に陥っています。  そしてこれが集団となると、つまり政治的なデマのような、ある集団が共有し拡散したデマとなると、凝集して団結したかばいあい、デマを流した事実の否定が始まり、より解決が困難となります。 「まだデマとは確定できない! デマという証拠があるのか!」「そうだそうだ!」 「デマという主張こそ我々のアンチによるデマだ!」「そうだそうだ!」  となり、いわゆるエコーチェンバーが形成されてしまうわけです。  実名でデマが発信された場合、本人たちによる自主的な改善に期待することはできません。  デマに対しては、それを聞く者が信用しないことによる自衛こそが最善なのです。  その最善の自衛を、まったく機能させなくするのが「匿名は信用できない」の裏返しである「実名だったら信用できる」なわけです。  まとめましょう。 1.実名であることには、大した信用性担保の機能はない。   なぜならデマがバレると思ってデマを発信する奴はそういない。 2.デマ発覚のリスクに直面した実名アカウントは誤魔化そうと更に嘘を吐く。  「デマ発信者」の汚名は実名でこそ洒落にならないので必死。 3.「実名は信用できる」神話はデマ被害を悪化させる。
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