• 「ヴェニスの商人」の考察

    2015-02-17 01:482


     以前、ゆっくりで知る「ヴェニスの商人」を投稿致しました蛙です。
     最終回や補足は既に投稿しましたので、今回はヴェニスの商人について純粋に「考察」してみたいかと思います。
    (※一部わりとふざけて書いてます※)

     何処が喜劇だヴェニスの商人 


     シェイクスピア「これは喜劇だ。イイネ?」
     周囲「アッ、ハイ」 

     『喜劇』という単語は「見ている人を笑わせる、人が幸せになる」というイメージが強いものです。
     広義の意味では芸人の漫才やヒーローが悪役をやっつける痛快活劇な漫画など、見ていて気持ちが上向きになるものが喜劇に分類されます。
     ……ですが、ヴェニスの商人は現代に至っては一部で胸糞劇だとか言われてます。
     果たしてヴェニスの商人は何処が喜劇なのでしょうか?


    1.シャイロック(ユダヤ人)の卑しさとその懲悪
     『ゆっくりで知る「ヴェニスの商人」』中ではこれを推して説明しています。
     友を慈しみ勇敢な主人公、それを恨みから亡き者とする欲深いユダヤ人という「善悪の対比」。
     謎の才女が絶対的な力を揮い、主人公を窮地から助ける「ヒロイック」。
     最終的に善人が良い目を見て、悪役が痛い目を見るという「勧善懲悪」。
     キリストの正義性、ユダヤ人への憎悪。当時の需要としてはまさに打ってつけです。
     シャイロックスピアも文章を生計にしていた人ですから、観衆が望む様な話を書いて需要に答えるというのも筋が通る話です。

     ……しかし、この説を推すには一つ疑問が出て来ます。 
     それは「シャイロックに正当性がある」という事です。

    8行でよく分かるヴェニスの商人
     他人の足元を見て高利で金を貸してたとはいえ常日頃からキリスト教徒どもに罵倒され、暴力を振るわれ、その主謀格が「犬畜生」と暴言吐きながら大金を要求してきたから無利子でやってやったらそのすぐ後に娘が主謀格の友人の男と駆け落ちするわ何日も掛けて捜索しても見つからないどころか亡き妻の指輪を猿と交換したとか嫌な事実を聞いてしまうわ主謀格の男が3000ダカット(10億円)返さないしもう今までの腹いせにコイツ裁判で死罪にしようとしたら裁判官の口車に乗せられて殺人罪で起訴されて命だけは助けられたけど俺が必死に貯めた財産の殆どをあの盗人駆け落ち婿に渡さないといけないししかもユダヤ人にとって一番入りたくないキリストへの改宗とか……ぃみゎかんなぃ。。。。 もぅマヂ無理。身投げしよ……。

     見方によっては「シャイロックこそが被害者でアントーニオが悪」という受け取り方が出来るかもしれません。
     勧善懲悪を目的とした喜劇ならば、なぜもっとシャイロックを悪役らしくしなかったのでしょうか?
     これより以前にクリストファー・マーロウが書いた「マルタ島のユダヤ人」という作品でユダヤ人の『立派な悪役』が出て来ますし。

    シャイロック「お前らは散々ユダヤ人を差別してきた……
     ユダヤ人には目がついてないとでもいうのか?!

     ユダヤ人には手がないとでもいうのか!!
     俺らユダヤ人はお前らキリスト人と何処が違う!?
     

    2.ユダヤ人の被害性とキリスト教徒の傲慢さの対比

     シェイクスピアがキリストとユダヤ人を風刺して書いたとすれば、これである。
     時代が近代になるにつれ作家は風刺をやりたがり、それは大衆に笑いを呼んだ。
    (最も、下手にやれば作家としての生命は終わりなのだが……)
     アントーニオはキリスト教徒の代表的な人物像だし、シャイロックも如何にもステレオタイプらしい皮肉家で執念深いユダヤ人だ。
     二人の性格は劇中の一場面からもよく見て取れる。

    シャイロック「……
    アントーニオさん、あんたはこれまで幾度となく取引所で私をののしった、私の金や利子がどうのこうのと。
     あんたは私のことを異端者だ、人殺しの犬だと呼んではこのユダヤ人の上着に唾をはきかけた。
     ……ところがどうだ、今になって私の助けが必要になったらしい。
     私の髭に唾をはきかけたあんたが、玄関先から野良犬でも蹴飛ばすみたいに私を足蹴にした。
     あんたが、金を用立ててほしい。どうお返事しましょうかね。

     ……「犬には金がありますか? 野良犬に3千ダカットの金を貸すなんて芸当ができますか?」……」

     シャイロックの発言に対し、大金を借りるアントーニオはこう返す。


    アントーニオ「
    これからも私はお前を犬と呼び唾をはきかけ、足蹴にしてやる。
     だから、これだけの金を貸すつもりなら、友人に貸すとは思うな。
     友情が、子を産むはずのない金を友だちに貸し、利子を取ったことがあるか? むしろ敵に貸すと思え。
     そうすれば契約を破られても、大きな顔で違約金がとれるだろう」(原文36,37頁より)

     ……たぶん多くの人がこう思うことだろう。
     何様のつもりだアントーニオは。
    (※本来アントーニオは高圧的態度なだけで笑ってませんし、シャイロックは作品によっては挑発的な態度です)


    3.バサーニオとグラシアーノ(ないし男達)のバカさ加減

     シャイロックとアントーニオが争っている一方、バサーニオとグラシアーノという人物が居ます。
     彼らは、基本キリスト教徒とユダヤ人の争いの蚊帳の外。
     非常に天然な性格で、なおかつ節穴です。

    バサーニオ「あんとにえもん! 10億円ちょうだい! 金持ちの女と結婚して、ソイツの財産でアンタへの借金返すから!」
    アントーニオ「しょうがないなぁ、バサ太くんは」
    天然系クズ

    グラシアーノ「今日、貴方と会ったのはまさしく運命としか言い様がない……私は貴方に恋をしてしまいました。どうでしょう、私と結婚してくださいませんか?」
    ネリッサ「え、あ、は、はい喜んで。……3分前に会ったばかりなのになんて積極的で男らしいお方....」
    女っ誑し

     そして妻の変装に気づかないどころか、その目の前で二人声を揃えて「妻よりも男友達の方が大事だよ!!」とか言っちゃう始末。
     呆れ果てた妻二人は意地悪のつもりで男に変装したまま「結婚指輪を寄越せ」と要求する。

    「大切な物だけど……アントーニオの頼みならいいですとも!

     この後、当然の如く妻二人に指輪を何処にやったか問い詰められる。
     正直言ってウチの動画の中で一番の笑い所なのではないか。
     劇中の行動を抜き出してみると、この二人の役柄は非常に滑稽です。
     もしやこれこそが喜劇の所以なのでしょうか?

     ……そもそもバサーニオが3000ダカットを借りるなんて無茶な計画言い出したのがアントーニオが窮地に陥った発端だし、グラシアーノもロレンゾと共に娘と財産と形見を奪ってシャイロックを不幸のどん底に落としちゃってるし。
    (アントーニオとシャイロックも含めるならば、片方はユダヤ人を差別しなければ窮地に陥らなかったし、もう片方は高利貸しなんてやってなければよかった)
     総じて、戯曲内の男性はどこかしら滑稽です。


    私的結論:

     シェイクスピアがシャイロックの「人間性」を意図せず描いたのならば1(と3)、
     シェイクスピアが風刺を込めて描いたならば2(と3)の意味を以てして『ヴェニスの商人』を喜劇と称されたのではないか。

     「シェイクスピアがシャイロックの台詞を書く時にただ単に筆が乗ってしまったのではないか?」というのはたまに聞く話だが、取り扱い方を間違えば批判を生むユダヤ人の役にそういう事をやるのだろうか?
     それも結局、シェイクスピア本人に聞けない今現在に至っては解答の無い考察なのであるが、ヴェニスの商人を見返すにあたっては世界観をより深く見る事で面白くなる。

     ヴェニスの商人に限らず、他の作品でも作者の意図を推察する事で「キャラクターの言いたい事」がなんとなく見えてくるかもしれない。
     それがたとえ間違えだとしても、作品を楽しむ上でそれはそれで非常に面白い事だ。
     諸兄も機会があれば、ご一緒に如何でしょうか?
     文章作品に限らず工芸作品、ゲーム、音楽、そういう側面を考えてみると大好きな作品から
    新たな発見が見えて、更に好きになるかもしれません。
     
     













    ダンテ「こんな戯曲が喜劇ってないわー」
    (※ダンテ・アリギエーリが作った『神曲』は喜劇に分類されます。喜劇……?)
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  • むなしい努力の世界観考察(ネタバレ!)

    2015-01-28 14:093

     この記事はフリーゲーム『むなしい努力』の世界観について語っております。
     むなしい努力についてのネタバレが多分に含まれております。
     ゲームをクリアしてない方、特にシナリオ1の「雪国の民」でイデア勢力を倒したエンディングを見てない方は閲覧しない事を強く推奨します

    ◇表向きの世界観◇

     簡単に『むなしい努力』という物語のあらすじを書くと

    「とある大陸のお話。片隅に追いやっていたはずの魔族が突如侵攻を開始し始めた。
     魔族に対抗すると称して出兵した帝国は、これを機に大陸の支配を確たるものにしようとする。
     これに続けて大陸の一大勢力である貿易都市、砂漠の民、教会十字軍も利権や豊富な資源を目的に兵を招集。
     獣人やリザードマンといった亜人達も同時期に復讐や己達の存続の為に人間へ攻撃を開始する。
     そんな中、かつて国を追われた太子レイクが貧困や重税、奴隷制からの解放を目指すべく為に軍を立ち上げ帝国に対抗する」

     こんな感じになります。時代は剣と魔法が混在する中世辺り?
     むなしい努力を初めてプレイした人はこのゲームの主人公はレイクだと思います、が....
     その辺りについては割愛。

    ◇各勢力のスタンス◇

     世界観を語る前に各勢力がどういった理由で戦っているのか、何が目的なのかといった事を簡潔に。

    • 王都解放軍:帝国の酷い圧政からの解放。大陸の平定。
    • ダーカリッヒ帝国:秩序による大陸の統一。
    • リグラーク十字軍:神の御意思と称して大陸に覇を唱えたい
    • 聖ソレル軍:大陸の平和?
    • 砂漠の民:復讐と豊富な資源狙い。あと長の退屈しのぎ。
    • フェルマ獣人軍:自分達の存続の為に人間から土地や食糧を奪いたい。
    • マイキキ自治区:戦争を利用してもっと儲けたい。
    • 蛇巳亜軍:リーダーは一個人の復讐。それ以外の奴らは戦いたいから。
    • ダルダラ蛮族:守らなければいけない土地(霊峰)の保守。
    • バイトロイ海賊:戦乱に乗じて酒や女や金を強奪したい。 金、金、金! 戦士として恥ずかしくないのか!
    • クリプト魔領:ワケあって戦いたいだけ。(理由後述)
    • 森緑の守:リーダーが今回の戦争を諦観気味。(理由後述)
    • 雪国の民:とある目的で霊峰まで行きたい。(理由後述)

     目的を達成してエンディングに辿り付いても、半分強くらいのリーダー達は報われません。
     つーか世界の真実を知るともれなく全員報われません。それがむなしい努力。

    ◇大精霊と世界の存続◇

     森緑の守のディマディオ、雪国の民のセルシウスはゲーム内でも「大精霊」と呼称されます。 
     また、クリプト魔領のレヴィナルやリグラーク十字軍ミュテュオスも大精霊と同一と見て問題無いでしょう。

     大精霊の四人(+α)は「世界がどうやって存続しているか」を知っています。
     そう、『むなしい努力』の人物や世界はある一定の行動を取らないと消滅してしまうのです。
     その取らなければならない一定の行動とは「人々に認知される事」。
     クリプト魔領のレヴィナルとその配下二名はこれを知った上で、人々に認知されるに最も効率の良い手段として定期的に戦争を行っています。
     つまり自己や世界の存続の為に積極的になっているのです。
    セルシウス「レヴィナル、貴方はこの世界が大好きなのですね」

     十字軍のミュテュオスもおそらく同様の理由で途中参戦をしています。
     セルシウスはその事象を改善すべく、秘策を携えて霊峰へ向かいます。
     三人とも世界の存続の為に奔走しているのです。
     ディマディオだけは、どういう訳かそういった事に積極的ではありません。

     ゲーム中の発言から、彼はほぼ確実に「世界の真実」に気づいています。
     一定の行動を取らないと世界が消滅するといった事よりも、更に深遠な部分です。
     それを知っているからこそ、彼はゲーム中で無気力かつ諦観している様な人物として描かれてるのではないでしょうか。

    ◇セルシウスの秘策は神殺し◇

     セルシウスの秘策とは、『神を殺し、神に成り代わる事』。
     認知されなければ消滅してしまう世界、非常に不安定で不条理な理。
     ならば自分が神になって世界の理を変えてしまいましょうという魂胆です。

     それを実行する為には、まず神を呼び出さなくてはなりません。
     セルシウスはダルダラット霊峰へ向かい、雪国の民のリーダーであったコフィンを伝承通り生贄にします。
     そして行った儀式によってか、絶大な能力を持つ「永地世ノ代物」が世界に召喚されました。
     長く苦しい戦いの果て、やっとの思いでセルシウスは永地世ノ代物を討伐する事に成功します。
     しかし永地世ノ代物はセルシウスにこう言いました。

    「……君は何かを勘違いしているな。まず第一に、私は神なんてものではない。そもそもこの世界に神などいない」


    ◇世界の真実◇

     むなしい努力における世界観の根底を記述します。
     『むなしい努力』とはゲームです。
     いえ、メタ視点の話ではなく世界観からして彼らの世界自体、存在自体がゲームなのです。

     彼らの世界や存在は前述の通り『認識』によって成り立っています。
     その認識を生み出すのはむなしい努力の世界の住人ではなく、『認識者』……つまりプレイヤーです。
     登場人物はプレイヤーに認識される事で存在し、プレイヤーに認識されなければ消滅するのです。
     故に、認識者へ認識される為に魔領クリプトのレヴィナルは戦いを起こしました。
     人間達や亜人達もその事は知らずとも戦い、認識されます。

     プレイヤーに認識されないエンディング後の世界や登場人物は全て消滅し、存在しません。
     帝国の圧政を跳ね退けた王都解放軍や大陸を平定したダーカリッヒ帝国、無事に大陸へ平和をもたらしたリグラーク十字軍の『その後』など、存在しないのです。
     それどころかプレイヤーがゲームを最初からやろうと思えば、彼らはまた最初から戦うハメになります。エマーソンは何度謀反起こすんですかねェ....
     もちろんプレイヤーが途中で飽きてやめてしまえば、その世界は消滅します。
     「全てのプレイヤー」がむなしい努力を遊ぶ事をやめてしまう様になったとしたら、もう二度と彼らの世界が紡がれる事は無いのです。

     永地世ノ代物は、作中でこう発言しています。

    「私は見届けるよ。この世界を、君達のフィナーレを。そうして観客は力無い拍手と共にこう呟くのだ。「むなしい努力」と……」

     前述の世界観を省みれば、彼らや彼女達の努力が本当の意味で報われることは決してありません。
     それらは全て『むなしい努力』なのです。



    ◇あとがきと個人的考察。そして余談

     タイトルの英略字がNGTだから「永地(ながち)」だと思うんですけどどうですかねミュテュオスさん。
     はい、むなしい努力について色々と脳内整理したかったので書きました。
     偉ぶってて書いておいて考察が間違ってたら恥ずかしいですね、ハイ。

     永地世ノ代物の存在意義については、本来「ゲームがダレる」時期に来るスパイスだと思うんですよ。
     永地世ノ代物が出ないままなら、最早プレイヤーの操作している勢力が勝つ事が決まった様な状況であの登場。
     世界観的にもメタ的にも必要な『強敵』としての存在。

     むなしい努力は人間関係や設定、世界観も考えれば考える程面白いところがあります。
     ゲームバランスもさる事ながら、イベント内容も楽しいですし。
     皆さんも是非むなしい努力の世界を振り返ってみては如何でしょうか。


     最期に余談ですが、自分の方で連載中のむなしい努力実況の魔理沙と霊夢。
     魔理沙は「プレイヤー側の存在」として扱い、霊夢は「むなしい努力側の存在」扱っています。
     魔理沙が妙に冷めてたり、霊夢が妙に情に厚いのはそのせい。動画外で創作物の設定語りって正直寒
     非常に長い間を置いた更新頻度ですが、いつかは完結まで持っていけたらいいなぁ。