桜の木の下で私たちは―― 【小説版】
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桜の木の下で私たちは―― 【小説版】

2014-04-17 22:43

     4月。長かった冬が終わり、眠っていた動物は動き出し、暖かくなるのを待っていた花は咲き始める。

     そして、私たち人間は自分の体積が倍ほど膨れ上がるモコモコの服を脱ぎ捨て、タンスの肥やしになっていたカビ臭い春物の服を着用する季節だ。

     夏に比べれば寒くて、秋と比べれば同じくらい、冬と比べれば暖かい季節。それが春。

    「……ふぅ」

     しかし、春でも朝は寒い。一度、目を覚ましたが、すぐに掛け布団の中に顔を埋める。昨日は眠れなくて、夜遅くに寝たのだ。うだうだして数分、ため息を吐きながら枕元に置いてある携帯を開いて時刻を確認すれば午前7時半。少し前まで『遅刻、遅刻!』と大慌てしていただろう。

    「おはよう! ゆかりちゃん!」

     寝ぼけた眼で声がした方を見ると、幼馴染のマキちゃんがニコニコと笑っていた。

    「おはよう、マキちゃん……」

     無駄に元気のある幼馴染がいるのであれば、起きるしかない。二度寝などしてみろ。『起きろー!』と言いながら私のお腹にダイビングして来るはずだ。というより、小学生の時にされた。あの時は肋骨が折れるかと思った。

    「マキちゃん、着替えるから出て行ってくれない?」

     軽くベッドメイキングしながら言う。

    「えー、いいじゃん! 私たちの仲でしょ?」

     ほんの少しだけ拗ねたようで、マキちゃんは口を尖らせた。

    「……はいはい」

     まだ、子供っぽい幼馴染を仕方なく思い、躊躇いなくパジャマを脱いだ。

    「んー。ゆかりちゃん、肌白いね」

    「ここにいてもいいって言ったけど、見てもいいなんて言ってないよ」

    「えー、いいじゃん! 減るもんじゃなし!」

    「私の気が減るんだけど……はぁ」

     説得を諦めた私は普段より少しだけオシャレな服を着た。これから出かけるのだ。

    「……いつもなら顔を紅くして私を追い出すのに今日は追い出さないんだね?」

     私の態度がいつもと違うことに気付いたのか、マキちゃんが訝しげな顔で問いかけて来る。

    「そうかな?」

     それを軽く流す。

    「うーん、まぁいいや」

     マキちゃんにとってそこまで重要なことではなかったようで、準備が整ってからマキちゃんを見るといつもの無邪気な笑顔に戻っていた。

    「それより、今日はどこに行くの?」

    「今日は少しだけ遠出しようかなって思ってるよ」

    「おお! いいね!」

     遠出と聞いてテンションが上がったのかマキちゃんの頬が緩む。

    「じゃあ、行こうか」

    「朝ご飯は?」

    「どこかで食べようかと」

    「おばさんには?」

    「昨日の内に言ってあるよ」

     まぁ、ちょっとだけ渋られたが。その理由もわかっている分、申し訳なかった。

    「いいの? 明日だよね? 引っ越し」

     そう、私は明日、この家を出て行く。大学受験を乗り越え、無事に合格した。だが、私の選んだ大学はこの家からかなり遠い所にある。なので、明日から一人暮らしなのだ。

     お母さんは最後の日くらい家でゆっくりして欲しかったのだろう。でも、私にはやらなきゃならないことがある。

    「明日のための買い物も一緒にしちゃうから。逆に今日じゃないと間に合わないの」

    「あー、ゴメンね? 昨日、ゲームに付き合わせて」

     昨日、マキちゃんが『一緒にゲームやろ?』と誘って来たため、家から一歩も出られなかった。そのせいで、買い物が今日になってしまったと思っているのだろう。

    「元々、今日行く予定だったから。それに、最後くらいずっと住んで来た町を見て回りたいの」

    「……そっか。なら、さいごまで付き合うよ」

     少しだけ寂しそうにマキちゃんは頷いてくれる。

    「じゃあ、行こっか?」

    「うん!」

     その後、お母さんと少しだけ会話してからマキちゃんと一緒に家を出た。







    「お! ゆかりちゃん! 今日はおしゃれだね!」

     まずは家の近くにある商店街に来た。すぐにお肉屋の店主に声をかけられる。

    「ちょっと遠くまで行こうかと」

    「そうかいそうかい……しかし、ゆかりちゃんがいなくなるのは寂しいねぇ」

     因みに私が明日、引っ越すことは商店街の皆、知っている。

    「よし! コロッケ、あげるよ!」

    「ありがとうございます!」

     店主は笑顔でコロッケを一つ、くれた。すぐにコロッケを一口、食べる。

    「美味しいです」

    「うん! じゃあ、帰りまた寄ってくれ。それまでにコロッケの美味しい作り方をメモしておくから持って行って」

     それはありがたい。このコロッケは大好物なのだ。これを自分でも作れるようになれば、寂しさも半減するだろう。

     お肉屋の店主と別れて、コロッケを食べながら商店街を見て回る。

     よく遊びに行ったおもちゃ屋。お母さんの頼みで買い物した八百屋。前を通る度に声をかけられた魚屋。意外に品ぞろえのいい服屋。

     その全てが明日から遠い場所になってしまうと思うと悲しくなってしまった。

    「ゆかりちゃん?」

    「うわっ!?」

     コロッケも残り一口となったところで、マキちゃんが上から覗き込むような格好で声をかけて来た。

    「ど、どこに行ってたの?」

     バクバクと鼓動がうるさい心臓を落ち着かせつつ、質問する。

    「ちょっと、そこまで。あ、コロッケだ! 貰っていい?」

    「はい、どうぞ」

     食べやすいようにちょっとだけコロッケを上に上げた。それにかぶりつくマキちゃん。

    「んー……よくわかんないや」

    「まぁ、だろうね」

     少しだけ不満そうなマキちゃんを見て笑いながら残りのコロッケを口に放り込んだ。






    「あ、ゆかりちゃん! 見て!」

     しばらく歩いていると突然、マキちゃんが叫ぶ。

    「どうしたの?」

    「ほら、覚えてる? この川!」

     マキちゃんの指がさしている方を見てみると小さな川があった。

    「……ああ、この川か」

    「懐かしいね! 小学生の頃、よく遊びに来たもん!」

    「中学生になってからもマキちゃんに連れて来られたよ……はぁ」

     嫌なことを思い出して、ため息を吐いてしまった。

    「何か思い出した?」

    「……中学2年生の時にマキちゃんが釣りをしたいって言って釣り道具を持ってここに来たじゃん」

    「あー? そうだっけ?」

    「それで、私が足を滑らせて川に落ちた」

    「……ああ!! あったあった!!」

     幼馴染川転落事件を忘れているとは、薄情な幼馴染だ。

    「その後、どうなったんだっけ?」

    「何とか川から上がった私の服の中にこの川の主が入っててそれを見た近所の釣り人が1万円で譲ってくれって」

    「うわ、大儲けじゃん!」

    「そうでもないよ……」

     主が服の中でビチビチと暴れ回った時は本当に泣きそうになったし、家に戻ったらずぶ濡れの私を見てお母さんが怒ったり、乾かずに説教を受けたから風邪を引いて寝込んだ。1万円の代価として色々と失ったような気がする。

    「私も釣り、したかったなぁ」

     おもむろにマキちゃんが呟いた。

    「……そうだね」

     それ以上、私は何も言えず、歩き出す。

    「あ、待ってよ! ゆかりちゃん!」

     私が移動し始めたのに気付いたマキちゃんが慌てて追って来た。








     目的地にそろそろ、到着するというところで私は足を止めた。

    「ゆかりちゃん、どうしたの?」

     そんな私に気付いてマキちゃんが不思議そうに問いかけて来る。

    「……この坂、覚えてる?」

    「坂?」

     私の視線の先にはちょっと傾斜がきつい坂があった。その向こうには山がある。

    「この坂がどうしたの?」

    「ほら、昔にこの坂を自転車で一気に駆け下りたでしょ?」

    「……そんなこと、あったっけ?」

    「あったよ。そしたら、マキちゃんがこけて大ケガしちゃって」

    「うーん、覚えてないやぁ」

     頬を掻きながらマキちゃんは困った表情を浮かべる。

    「そっか……まぁ、ずっと前の話だもんね」

    「そうそう! 私たちは今を生きてるんだ! さぁ、目的地へゴー!」

     満面の笑みで両手を真上に突き上げながら幼馴染はピューっと先に行ってしまった。

    「……全く、落ち着きがないんだから」

     ちょっとだけ、呆れながらも私は遠ざかって行く背中を追いかける。







    「ゆかりちゃん! ここ!」

     私が目指していた場所が見えて来てマキちゃんも目的地に気付いたようだ。

    「うん、そう。私たちが通ってた小学校だよ」

     さすがに今日は休みの日なので、校門は柵で閉まっているが、ここからでも小学校を見渡せた。

    「うわぁ、懐かしい!」

     今まで以上にテンションが上がったマキちゃんが校門前ではしゃいでいる。

    「マキちゃん、落ち着いて」

    「ねぇねぇ! 中に入ってみようよ!」

    「さすがに無理だよ。許可も取ってないし」

    「えー。私は簡単に入れるよ?」

    「私には無理なの」

    「ぶぅ……それにしても私たちが通っていた時よりも、古くなったね」

     柵に腰掛けながらマキちゃんが感想を漏らした。

    「そんな所に座って……まぁ、あれから結構、経ってるんだもん」

    「そうだねぇ」

     柵の上でマキちゃんは小学校を見続けている。その顔はここからじゃよく見えない。

    「それじゃ、次はゆかりちゃんが通ってた中学校に行くの?」

    「ううん、行かないよ」

    「え? 明日、引っ越すから思い出の場所を回るんじゃないの?」

    「ちょっと違うかな」

     あまり時間もないのでそれ以上は何も言わずに歩き始める。

    「マキちゃん、行くよ?」

     いつまで経ってもマキちゃんが小学校から目を離さないので声をかけた。

    「うん、今行く」

     柵から降りてマキちゃんは私の隣に並んだ。

    「それじゃ、次はどこに行くのかな?」

    「……着いてからのお楽しみだよ」

     そして、次が最後だ。








     電車を乗り継いで隣町まで来た。

    「「……」」

     その間、私たちは何も喋らずにひたすら、移動した。きっと、マキちゃんもここまで来たら私たちが向かっている場所に気付いたに違いない。

    「……ねぇ、ゆかりちゃん」

    「何?」

    「やっぱり、私たちが向かってるのって……あそこ?」

    「うん、それで合ってると思う」

     そうこうしている内に目的地が見えて来た。あの丘を越えた先だ。

    「ここに来るのは何年ぶりかな?」

    「うーんと……12年ぶり?」

     確か、前に来たのは6歳の時だったはず。

    「うわ、そんなに前?」

     マキちゃんが目を丸くして驚愕する。無理もない。私だって言ってから驚いているのだから。

    「あ、見えたよ!」

     丘を登り切るとそこには桜並木があった。そして、その桜並木に沿うように川が流れていて、その対岸に街が見える。

    「変わってないね」

    「うん、街の雰囲気は結構、変わってるけど桜並木と川は変わってない。あの時のまんま」

     緩やかな丘を越えて桜並木の所まで来た。

    「やっぱり、咲いてないかぁ」

    「仕方ないよ。もうちょっとで咲くはずだけど」

     でも、その頃には私たちはここにはいない。

    「えっと、それでどこだっけ?」

     マキちゃんは首を傾げながら問いかけて来る。

    「確か、もっと上流の方だよ」

     小さい頃の記憶を頼りに私たちは上流の方へ向かった。

    「……ん?」

     私の前にいたマキちゃんが何か発見したようで、声を漏らす。

    「どうしたの?」

    「……嘘」

     そう呟いた後、すごい勢いで前に行ってしまうマキちゃん。

    「え!? ちょっと、マキちゃん!」

     慌てて、私もその後を追う。

    「ゆ、ゆかりちゃん!! あれ!」

     やっと、止まったマキちゃんが指さした方を見るとそこには――。

    「……え?」

     ――満開の桜が立っていた。

    「み、見てよ! 桜、咲いてる!!」

    「そんなバカな……」

     他の桜を見ても咲いていない。それなのに、この桜だけが満開だった。

    「しかも、ここだよ! ここ!」

     桜の根元を見てマキちゃんが叫ぶ。そこには『ゆかりとマキ』と刻まれていた。

    「うわ、これすごい奇跡なんじゃない!? だって、この桜だけが咲いてるんだよ!?」

    「うん! すごい!!」

     私もマキちゃんも桜を見上げてはしゃいだ。

    「あ、ゆかりちゃん。頭に花びら、付いてるよ」

    「え? どこ?」

    「ここ」

     マキちゃんはそう言って、私の頭に手を伸ばし花びらを掴もうとする。

    「あ……」

    「……ここだね」

     私はすぐに自分の頭に付いた桜の花びらを取り払った。

    「……ゴメン」

     それを見ていたマキちゃんが俯いて謝る。

    「ううん、気にしないで。それより、ここなんだね」

     もう一度、桜を見上げた。

    「……私たちが初めて、会った場所」

     マキちゃんの言う通り、私たちはここで初めて会って友達になった。

    「あの時、ゆかりちゃんがここで蹲って泣いてたんだよね。それを私が見つけた」

    「そうそう。隣町までお父さんの誕生日プレゼントを買いに来たんだけど迷子になっちゃったんだよね」

     小学1年生の夏。私はここで迷子になった。そして、寂しさから動けなくなってただ独り、桜の木の下で泣いていた。

    「私が声をかけたら、抱き着いて来たっけ?」

    「仕方ないじゃん! 寂しかったんだから」

    「……でも、私も迷子だったからこの桜の木の下でずっと、お喋りしてたよね」

     マキちゃんは小学1年生の時から活発な子だったからここまで遊びに来て帰られなくなったらしい。

     因みに子供二人が桜の木の下で座り込んでいたのを見た近所の人が警察に連絡してくれたおかげで二人とも無事に家に帰られた。

    「それからだよね。私たちが一緒に遊ぶようになったのは」

    「家も近かったし、小学校も同じだったからすぐに仲良くなったよね」

    「初めて会った日、再会を約束してこの桜の木の根元に2人の名前を刻んだのに、次の日に学校で会ったもんね」

    「あの時は、吃驚したよ」

     突然、後ろからマキちゃんが抱き着いて来たのだ。

    「……そろそろ帰ろうか」

     マキちゃんが唐突にそう言った。

    「え? まだ、いいでしょ?」

    「ほら、他にも回りたいところあるでしょ?」

    「ううん、ここが最終目的地」

    「……おばさんも心配してるし」

    「してないよ。今日は遅くなるって言ってあるもん。そんなことより、もっと思い出話しようよ」

     私の提案を聞いてマキちゃんは――顔を歪めた。

    「小1の時はクラス、別々だったけど小2から一緒のクラスになったよね」

    「……うん」

    「小3では隣の席になることも多くて毎日が楽しかったよ」

    「…………うん」

    「小4の時、夏休みの自由研究、一緒にやったよね。後、正月に初詣にも行ったよね」

    「………………」

    「小5は――」

    「それ以上はもう、いいでしょ!!」

     マキちゃんの絶叫が桜並木の向こうに消えて行く。桜が風に煽られ、たくさんの花びらを散らせた。






    「……小5の時、マキちゃん、交通事故で死んじゃったよね」






    「っ……ゆかりちゃん!」

    「あれから、ずっと……ずっと、私の傍にいてくれたよね。マキちゃんを失って壊れそうになった私を支えてくれたよね。自分だって苦しいはずなのに、私のことばかり心配してくれたよね……」

     言い終わった後、私の隣で浮遊しているマキちゃんを見ると顔が強張っていた。

    「最初は吃驚したけど……マキちゃんが私のためにこの世に残ってくれたって知ってものすごく嬉しかった。そのおかげで私も壊れずに今日まで生きて来られた」

    「ゆかりちゃん……」

    「幽霊になってもマキちゃんは変わらなくて……何も、変わらなくて」

     小5の頃から背丈が全く変わっていない幼馴染の頭に触れようと手を伸ばすが、通り抜けてしまった。

    「マキちゃん、本当にありがとう。感謝してもし切れない。私の大切な幼馴染」

    「なら、これからも一緒に――」





    「だから、お別れするの」




     桜の花びらが私とマキちゃんの前を通り過ぎて行く。

    「ゆ、かり、ちゃん?」

    「マキちゃん……もう、私は、大丈夫だから」

    「大丈夫って、何が?」

    「マキちゃんがいなくても、一人で生きていける。ううん、マキちゃんに甘えていたら駄目なの。私は一人で生きて行かなきゃ駄目なんだ」

    「ちょっと待ってよ……そんな、急に」

     マキちゃんの手が震えている。それでも、私は言葉を続けた。

    「知ってるんだよ? マキちゃん、たまに泣いてるの」

    「っ……」

    「だって、幽霊は眠らないんだもん。私が寝た後は独りぼっち。寂しいに決まってる。マキちゃんのお父さんとお母さんと会ってもマキちゃんのこと、見えてない。そんなの……辛いに決まってる。それなのに、マキちゃんはずっと笑顔で、元気で、明るくて……」

     自分の感情を心の奥底に押し込めて、私の前でいつも通りに振舞っていたマキちゃん。

    「私なら、耐えられない。絶対に、壊れる。でも、マキちゃんは私のために8年間、ずっとその苦しみに耐えて来た」

     それに、最近、マキちゃんは過去の記憶がなくなり始めている。最後は、きっと、私以外のことを全て、忘れてしまう。そんなの、悲し過ぎるではないか。そうなる前に――記憶がなくなる前に天国に行った方がいい。そう、思った。

    「そりゃ、ゆかりちゃんが心配で目を離した隙に壊れちゃうんじゃないかって……」

    「マキちゃん!」

    「は、はい!」

     私が突然、大声を出したのでマキちゃんは目を白黒させて返事をする。

    「私、そんなに情けなく見える?」

    「……え?」

    「マキちゃんが心配しないように、勉強して受験して合格したの。一人暮らしするって決めたの。一人で生きていくって」

     3年前、寝つけなかった私が耳にした幼馴染の泣き声。あれを聞いた日から今日までずっと、頑張って来た。マキちゃんに一人でも大丈夫だと証明するために。

    「じゃ、じゃあ! 朝、誰が起こすの!?」

    「自分で起きるよ」

    「テスト中、答えを教えるのは誰が!?」

    「中学に入ってからやめてってお願いしたでしょ?」

    「ゆかりちゃんが泣いてたら誰が励ましてくれるの!?」

    「自分で何とかする」

    「独りは寂しいんだよ!? 苦しんだよ!?」

    「マキちゃんはそれをずっと我慢して来たでしょ!?」

    「ッ!?」

    「なら、私だって頑張らなきゃ駄目なの。もう、マキちゃんにそんな辛い思いはさせたくないから」

     私の言葉を聞いてマキちゃんは言葉を詰まらせる。

    「……ねぇ、マキちゃん」

    「……何?」




    「私の傍にいてくれてありがとう……もう、休んでいいよ」




     私はマキちゃんの体に腕を回す。通り抜けないように腕を固定させた。

    「私が泣いてた時はずっと励ましてくれた。私が遊びたいって言ったらずっと遊んでくれた。私が落ち込んでいたら元気付けてくれた。私と喧嘩したらひたすら、謝ってくれた。私が落し物をしたらずっと探してくれた。私が……私が寂しい時にはいつも隣にいてくれた」

    「……」

    「だから、もう、休んでいいんだよ? マキちゃんは私のためにずっと頑張ってくれたんだから。私なら大丈夫だから……一人でも大丈夫」

    「……私、頑張ったかな?」

     マキちゃんの声は震えていた。

    「もちろん、ものすごく頑張ったよ」

    「私、ゆかりちゃんの役に立てたかな?」

    「おかげで、私、こんなに大きくなったよ」

    「私、もう、頑張らなくていいのかな?」

    「うん、ゆっくり休んで。今まで、頑張ってたんだから」

    「ゆかりちゃん、一つ聞いていい?」

    「何?」


    「今、幸せ?」


    「幸せだよ。この人生で2番目に」


    「じゃあ、一番は?」


    「決まってるよ。マキちゃんに会えたことが一番、幸せなことだよ」


    「……私も、今、2番目に幸せ」


    「一番は?」


    「ゆかりちゃんに会えたこと」


     そして、私たちは同時に笑い出した。

    「ゆかりちゃん」

    「ん?」

    「ありがとう、私の傍にいてくれて」

    「それはこっちの台詞だったでしょ?」

    「……そうだったね」

     マキちゃんはニコッと笑う。その拍子にマキちゃんの目から一粒の涙が流れた。

    「私、今、ものすごく気持ちいいの」

    「気持ちいい?」

    「うん、幸せで、感じるはずのないゆかりちゃんの温もりが伝わって来て……久しぶりに温かいなって思えた」

     そう語るマキちゃんの体から光が漏れ始める。お別れの時間が迫って来たのだ。

    「マキちゃん! 本当にありがとう!!」

    「こちらこそ、ありがとうね。頑張って、ゆかりちゃん!」

    「うん、うん! 私、頑張るよ! マキちゃんがくれた物を全部大事にして生きていく!!」

    「嬉しいなぁ……消えても私はゆかりちゃんの中で生きて行けるんだね?」

    「そうだよ! マキちゃんと私はいつまでも一緒だから!!」

     マキちゃんの体を抱き寄せる。すると、通り抜けることはなく、ちゃんと抱きしめることが出来た。

    「っ……最期に、こんなことが起きるんだね。桜もそうだったし……」

     マキちゃんはそう言いながら私の背中に腕を回し、ギュッと力を込めた。

    「私は幸せ者だ……あ、これだけは伝えておくね? ゆかりちゃん」

     顔を引くと微笑みながら泣いているマキちゃんが見える。



    「大好きだよ」


    「私も、大好きだよ。マキちゃん」


     こうして、桜の木の下で私たちは、微笑み合いながら、お別れした。








     ゆかりちゃん、ゴメン。やっぱり、私、ゆかりちゃんが心配だよ。




     ゆかりちゃんは大丈夫って言ってたけど……まだ、信じられなくて……。




     だから、嘘吐いちゃった。




     私、決めたの。ゆかりちゃんを影から見守るって。




     私が、もう大丈夫だって思える日まで――。












    「代表挨拶。結月 ゆかりさん、お願いします」

    「はい!」

     元気よく返事をしたゆかりちゃんは壇上へ上がった。

    「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。皆さんと一緒に入学出来てとても嬉しいです」

     壇上でゆかりちゃんが話している。それを見て私は思わず、感心してしまった。

    「ゆかりちゃん、本当に頑張ってたんだね」

     小さい頃は人前に出るのが苦手で、ものすごく心配性で、緊張しやすくて。そんな彼女が今、こんな大勢の前で堂々と話している。

    「えー、今は春。皆さんは、春と聞いて何を思い付きますか? 入学式。新生活。始まり。きっと、前向きな物が多いと思います」

     そこで、ゆかりちゃんは言葉を切った。聞いている人に考える時間を与えたのだ。

    「確かに、春は前向きな季節だと思います。寒かった冬が過ぎ、眠っていた動物が動き出し、暖かくなるのを待っていた花は咲き誇る。静だった物が動に変わるのです」

     そこまで聞いて私は少し、違和感を覚えた。その言い方じゃまるで、ゆかりちゃんは違うことを想っているような。

    「ですが、皆さんには知っておいて欲しいのです。解けた雪の事を」

     ゆかりちゃんの言葉を聞いた新入生たちがざわつき始める。

    「冬に降った雪は春になると解けてしまいます。それは当たり前なことでしょう。そして、また冬が来て雪が降る。それが自然の摂理です。では、これまで話していた事を人間で言い換えてみましょう」

     いつの間にか新入生たちは静まり返っていた。ゆかりちゃんの話の続きが気になっているようだ。

    「春。学生は入学したり、進級します。これも当たり前です。じゃあ……入学式の前に皆さんは何をしましたか? 何をしたかというのは前日に何をしていたのか、ということではありません。入学式の前に何の行事を行いましたか?」

    (入学式の前……あ!)

     私が閃いたと同時にゆかりちゃんが答えを言う。



    「それは、卒業式です」



     どこかで、誰かが息を呑んだ。

    「入学と卒業。出会いと別れ。そう、春は始まりと終わりが一度に来る季節です。進級した人も、前年度までクラスメイトだった人と別れます」

    話している内容はかなり、重い。だが、ゆかりちゃんの目には輝きがあった。

    「この中にもいるのではないでしょうか? この大学に通うために一人暮らしを始めた人。私もその一人です。ずっと暮らして来た家を離れ、家族と別れました。まぁ、未来永劫会えなくなるというわけではないので、皆さんはそこまで深く考えていないのかもしれません。でも、私は……」

     ゆかりちゃんが視線を下に向ける。

    「私は、親友と最期の別れをして来ました」

     親友――きっと、私のことだ。

    「あまり、詳しいことは言えないのですが……親友と笑顔でさようならを言えて私は幸せでした。そして、こう思ったのです。春は『感謝する季節』なのだと」

     その時、ゆかりちゃんが私の方を見て、目を見開いた。

    (ありゃ、見つかっちゃったか……)

     天井の梁――まぁ、鉄骨に座っている私はそう思いながら軽く手を振る。

    「っ……今年、この大学に入学出来た。それは、自分だけの力だけではないでしょう。両親が育ててくれたから、などなど色々とあると思います。私は――親友がずっと傍にいてくれたから、こうやって一人でここで話していると思います」

     私を見ながらゆかりちゃんは話し続けている。

    「皆さんは私の話を聞いて誰に感謝しましたか? おおよそ、両親だと思いますが、私は親友に言いたい、です」

     ここからでもゆかりちゃんの目から涙が零れたのが見えた。

    「私はアナタのおかげで、ここまで来ることが出来ました。アナタがいなかったら、私は壊れていたでしょう。アナタがいてくれたから……私は私でいられた。だから、言います」

     泣いているゆかりちゃんは微笑んでいた。



    「ありがとう」



     それを聞いた瞬間、何かストンと心の中に入って来た。

    (ああ、これが……)

     満足感。

     やっと、私は満足できたのだ。ゆかりちゃんの立派な姿を見て、私がいなくても彼女なら一人でも生きていけると確信できたのだ。

    「こちらこそ、ありがとうだよ。ゆかりちゃん」

     だから、そろそろ、私も行かなくちゃ。

    「長々と聞いてくださってありがとうございました。どうか、皆さんも感謝の気持ちを忘れずに……生きてください」

     ゆかりちゃんの挨拶も終わりそうだ。

    (あー、楽しかった)

     上を見上げる。光の粒子が飛んでいた。

    「バイバイ、ゆかりちゃん」

     視線をゆかりちゃんに戻して、手を振った。

    「っ……」

     ゆかりちゃんもわかったのだろう。今度こそ、最期のお別れだと。

    (もう、私たちには、言葉は必要ないよね?)

     その証拠に、ゆかりちゃんが笑顔で頷いてくれた。

     じゃあ、私も休むとしよう。

     8年間も、働いていたから疲れちゃった。

     そうだ。もし、次に目を覚ましたら一人で旅をしよう。

     そして、色々な人に私の大切な親友の話をするのだ。

     きっと、皆、ゆかりちゃんのことを好きになってくれるはずだ。

     だって、私がこんなにもゆかりちゃんのことが大好きなのだから。

    「新入生代表。結月 ゆかり」


     私は、それを聞きながら――光になった。


























    <ゆかりサイド>





    「代表挨拶。結月 ゆかりさん、お願いします」

     司会の人が私の名前を呼ぶ。

    「はい!」

     今日は大学の入学式。引っ越しも無事に終わり、一人暮らしに慣れて来たこの頃。

    「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。皆さんと一緒に入学出来てとても嬉しいです」

     自分でも驚いたのだが、私は新入生の中で一番の成績――つまり、首席で大学に合格したらしい。そして、今、新入生代表として挨拶している。

     小さい頃はこうやって、人の前で何かすることは苦手だった。本番が始まるまで心臓が飛び出るほど緊張していたほどだ。

    (でも……今は、不思議と緊張してない)

     頑張るって決めた。マキちゃんと約束したのだ。

     だから、私は原稿を作って来なかった。自分の気持ちをそのまま、ここにいる人たちに伝えたかったから。

    「えー、今は春。皆さんは、春と聞いて何を思い付きますか? 入学式。新生活。始まり。きっと、前向きな物が多いと思います」

     桜が咲き誇り、日差しが温かく、幸せな気持ちになる季節。

    「確かに、春は前向きな季節だと思います。寒かった冬が過ぎ、眠っていた動物が動き出し、暖かくなるのを待っていた花は咲き誇る。静だった物が動に変わるのです」

     そう、私たちは変わった。ずっと、触れないようにして逃げ続けていたことと向き合った。

    「ですが、皆さんには知っておいて欲しいのです。解けた雪の事を」

     解けた雪は水となり、動く。山の雪は川となり、海と混じり合う。街の雪は汚れを洗い流し、どこかへ消えて行く。

    「冬に降った雪は春になると解けてしまいます。それは当たり前なことでしょう。そして、また冬が来て雪が降る。それが自然の摂理です。では、これまで話していた事を人間で言い換えてみましょう」

     ならば、人間ならどうなのだろう。私とマキちゃんはどうなったのだろう。

     マキちゃんは消えて、私は独りになった。独りになった私はこの大学に入学した。

    「春。学生は入学したり、進級します。これも当たり前です。じゃあ……入学式の前に皆さんは何をしましたか? 何をしたかというのは前日に何をしていたのか、ということではありません。入学式の前に何の行事を行いましたか?」

     そこで、言葉を区切る。

    「それは、卒業式です」

     どこかで、誰かが息を呑んだ。

    「入学と卒業。出会いと別れ。そう、春は始まりと終わりが一度に来る季節です。進級した人も、前年度までクラスメイトだった人と別れます」

     私はあの日、『別れ』をした。親友だったマキちゃんとさようならをした。

     ならば、今は『出会い』なのだろう。この大学で、私は誰かと出会い、始まるのだ。

    「この中にもいるのではないでしょうか? この大学に通うために一人暮らしを始めた人。私もその一人です。ずっと暮らして来た家を離れ、家族と別れました。まぁ、未来永劫会えなくなるというわけではないので、皆さんはそこまで深く考えていないのかもしれません。でも、私は……」

     思わず、視線を下に向けてしまう。

    「私は、親友と最期の別れをして来ました」

     確かに、お別れは辛い。あの日だって、独りになった私は家に帰ってもずっと、泣いた。声を漏らさずに、ひたすら涙を流し続けた。

     でも、それは悲しいだけじゃなかった。

     何度も、何度も、私は心の中でマキちゃんに言った。

    「あまり、詳しいことは言えないのですが……親友と笑顔でさようならを言えて私は幸せでした。そして、こう思ったのです。春は『感謝する季節』なのだと」

     また、泣きそうになったので上を見た。そして、見つけてしまった。

    (マ、キちゃん……)

     天井付近の鉄骨に腰掛けてこちらを見ているマキちゃん。私を見て嬉しそうに笑っているマキちゃん。ちょっとだけ困った表情を浮かべながら手を振っているマキちゃん。

    (どうして……何で、いるの?)

    「っ……今年、この大学に入学出来た。それは、自分だけの力だけではないでしょう。両親が育ててくれたから、などなど色々とあると思います。私は――親友がずっと傍にいてくれたから、こうやって一人でここで話していると思います」

     何とか、言葉を続けることが出来たが、私は混乱していた。

     だって、あの時、マキちゃんは消えたはずだ。さようならをしたはずだ。

     もしかして、まだ私のことが心配で、この世に残っているのだろうか?

    (……なら、ここで安心させてあげよう)

    「皆さんは私の話を聞いて誰に感謝しましたか? おおよそ、両親だと思いますが、私は親友に言いたい、です」

     自然と涙が零れてしまった。でも、それを拭うつもりはない。この涙は嬉し涙なのだ。ずっと、心の中で言い続けて来たあの言葉を言おう。ここで、言おう。精一杯、伝えるのだ。

    「私はアナタのおかげで、ここまで来ることが出来ました。アナタがいなかったら、私は壊れていたでしょう。アナタがいてくれたから……私は私でいられた。だから、言います」

     脳裏に浮かぶマキちゃんの笑顔。

     私のために頑張り続けて来てくれた……いや、今も頑張ってくれている彼女に向けてあの言葉を――。

    「私はアナタのおかげで、ここまで来ることが出来ました。アナタがいなかったら、私は壊れていたでしょう。アナタがいてくれたから……私は私でいられた。だから、言います」

     上を見て、微笑む。



    「ありがとう」



     ああ、言えた。伝え切れていなかったこの気持ちをマキちゃんに言えた。

    『こちらこそ、ありがとうだよ。ゆかりちゃん』

     マキちゃんの唇が動く。多分、そう言いたかったのだろう。

    「長々と聞いてくださってありがとうございました。どうか、皆さんも感謝の気持ちを忘れずに……生きてください」

     そろそろ、この挨拶を終わらせよう。そして、マキちゃんを休ませてあげよう。

    (あ……)

     マキちゃんを見ると光の粒子が飛んでいた。上を見ていたマキちゃんが私を見て、手を振った。




     本当の、お別れをする時が、来たのだ。




    (マキちゃんッ……)

    「っ……」

     グッと我慢する。ここで、引き止めたら意味がない。

    (ありがとう、マキちゃん。本当に……ありがとう)

     マキちゃんは幸せそうな表情を浮かべていた。何の心残りもない、と言いたげな顔だった。

    (ああ……マキちゃんが、行っちゃう……)

    『もう、私たちには、言葉は必要ないよね?』

     ふと、そんな言葉が頭に響く。




     うん。必要ない。だって、伝えたいことは全て、伝えたのだから。


     ゴメン。やっぱり、嘘。まだ、たくさんお話ししたい。その体を抱きしめたい。これからも、一緒にいたい。


     でも……駄目だ。我慢しろ。声を上げるな。喚いたら、マキちゃんに心配かけてしまう。これ以上、泣いてはいけない。


     だから私は――笑顔で頷いた。


     私は大丈夫だよ、と。私の事は心配いらないよ、と。安心して、と。


    「新入生代表。結月 ゆかり」

     終止符を打つようにそっと、挨拶を終わらせた。

    「ぁ……」

     マキちゃんの方を見ると、その姿はなく光があった。その光はゆっくりと、私の方へ移動し始める。そして……私の前で止まった。

    「……マキちゃん」

     そう呟きながら手を伸ばす。光に触れると、光は静かに私の中へ吸収された。

    (マキちゃんは、ここにいる)

     例え、お話しできなくても。

     例え、顔を見られなくても。

     例え、抱きしめられなくても。

     マキちゃんは私の中で生きている。








     舞台から降り、私はそのまま、会場を出た。係員の人に気分が悪いと言ったら、普通に出させてくれた。

    「ふぅ……」

     空を見る。雲一つない、快晴。

    「ありがとう、マキちゃん」

     その空へ手を伸ばし、お礼を言った。







     こうして、私とマキちゃんの物語は終わった。

     しかし――私の物語はもう少しだけ、続けようと思う。




     だって、人は出会いと別れを繰り返して、生きているのだから。



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