• このエントリーをはてなブックマークに追加

記事 22件
  • 自分をケアする方法(1,697字)

    2021-04-16 06:00  
    110pt
    これからますます「個人主義」の時代になると思う。そこでは自分で自分を管理する術がだいじになる。これは「他者とのつながり」がより希薄になっていく分、人々の死活問題になるだろう。この世は、良くも悪くも「自己責任の時代」になるのだ。
    そういう時代に「自分をケアする方法」がだいじになる。
    では、「自分をケアする」とは何か?
    「ケア」とは、もちろん「癒やす」という意味もあるが、それ以前に「整える」とか「気遣う」という意味もある。自分を「調子よく保っておくこと」が、自分をケアするということだ。
    そこでだいじなのは、実は「損得勘定」だろう。特に「長いスパンの損得勘定」で、他者から搾取されないことは「自分をケアする」という部分に大きく含まれる。ブラック企業に勤め、搾取されている状態に甘んじることは、自分をケアしているとは言い難い。
    また、何かにストレスを溜め、それを他のことで発散している状態も「ケアしてい

    記事を読む»

  • マンガの80年代から90年代までを概観する:その2(1,901字)

    2021-04-15 06:00  
    110pt
    1
    マンガというのは89年にターニングポイントがあった。
    89年はいうまでもなく昭和から平成になった年だが、ここで手塚治虫が亡くなる。3本の遺作を残して。
    彼は60歳の若さで、直前まで現役バリバリだったから、多くの人が驚いたし、ショックを受けた。
    ただ、猛烈な働き方をしていたので、身体を壊すのは当然と見る向きもあった。いずれにしろ、彼の死はマンガ家たちや出版社、そして読者たちにも少なからずの動揺と「ひとつの時代が終わった」という感慨を与えた。
    「伝染るんです。」というマンガが89年に始まる。今思うと、このマンガはマンガという作品の方向性が無限に拡散していた時代の最後の花火だったような気がする。この後、バブルの終息と友にマンガの方向性も収縮の方向に向かう。売上げ的には伸びていたものの、ジャンルの拡散性が停まるのだ。「伝染るんです。」が一つの行き止まりだったように思う。
    91年以降の日本は、世の中

    記事を読む»

  • [Q&A]自分のルーツの探し方(2,076字)

    2021-04-14 06:00  
    110pt
    [質問]
    田舎の実家に帰省して自分のルーツを探しています。
    ハックルさんは実家に帰った時に、現在の生活と学生時代の生活の違いや、新たな気づきや、子供の時の感覚が戻るなどは、何か感じることがありますか?
    [回答]
    ぼくは、両親は生きていますが、実家はすでに消失しているので、そういうノスタルジーに浸るチャンスがないですね。学生時代の生活のことを思い出すことも、ほとんどないと言えます。その意味では、過去はどんどん忘れていますね。
    その反面、歴史が好きなので、自分の生きてきた時代を振り返るのが好きですね。最近は1970年代にハマっていますが、1970年代って前半と後半で明るさが全然違うんですよね。前半は暗かったけど、後半になって一気に明るくなった。そのきっかけはなんだったのかっていまだにつかめていないので、今はそれを見つけることをテーマにしています。
    自分のルーツを探すのなら、やはり3歳までの3年

    記事を読む»

  • 情報リテラシーはどうやったら身につくのか?:その27(1,321字)

    2021-04-13 06:00  
    110pt
    「Hungry?」のCMでは、視聴者に不穏な空気を投げかけている。その「不穏」が、俯瞰視点の持つ「安心」と激しく交錯し、スパークする。その火花が、見る者に哲学的な思考を促すのだ。
    では、「Hungry?」における不穏な空気とは何か? これは、もはや説明するまでもないだろう。それは「空腹」である。人間にとって最も根源的な恐怖であるところの「飢え」だ。文字通り、「Hungry」である。
    「Hungry?」のCMは、食品のCMであるにもかかわらず、直接的にも間接的にも「飢え」をテーマにしている。これは驚くべきことだ。一番有名な最初のバージョンでは、原始人がマンモスを追いかけ回しているが、マンモスはそれを気にすることもなく悠然と走り回っている。画面からは、この後捕獲できそうな雰囲気は伝わってこない。
    それに対して、原始人たちは必死である。彼らはざっと100人ほどもいて、それぞれが何かを叫びながら全

    記事を読む»

  • 学生に伝えたいお金のこと:その24(1,713字)

    2021-04-12 06:00  
    110pt
    今回は「隠す」という概念について見ていきたい。
    「隠す」という概念には、大きく二つのカテゴリーがある。
    一つは「完全に隠す」。
    もう一つは「一部を隠す」というものだ。
    このうち、相手を巻き込みやすいのは後者の「一部を隠す」だ。いわゆる「チラ見せ」である。チラ見せで一部を隠されると、人はその隠されている部分を見たくなる。この誘惑衝動は、完全に隠れている場合には起こらない。
    だから、もし自分の価値観に誰かを巻き込みたいなら、後者の「一部を隠す」がきわめて有効な手段になる。これこそが、最初の一人を仲間に巻き込み、価値の大きな転換を図るための第一歩になるだろう。
    ただ、だからといって前者の「完全に隠す」がここでは無関係かというと、そうではない。実は、「完全に隠す」ということも、他者を巻き込み価値観の転換を図る上では、きわめて大きな力を発揮するのだ。今回は、そのことについて説明してみたい。
    まず、卑

    記事を読む»

  • マンガの80年代から90年代までを概観する:その1(1,749字)

    2021-04-09 06:00  
    110pt
    1
    ぼくは80年代は徹底的にマンガを読んだが、90年代はマンガをあまり読まなくなった。
    それは、91年に大学を卒業して働き出したため、時間がなくなったということも大きいが、この時期にマンガの変容もあったのではないか?――とも思っている。
    そこで今回は、80年代から90年代のマンガの歴史――その変容というテーマで考えてみたい。
    ※マンガタイトルの後の括弧は第1巻の発売年、マンガ家の後の括弧は生年
    まず80年代はなんといっても『Dr.スランプ(80)』と『童夢(80)』で幕開けする。鳥山明(55生)と大友克洋(54生)という、絵もコマも話もうまいという三拍子揃った作家が同時に現れる。
    それとともに『ストップ!! ひばりくん!(81)』の江口寿史(56生)や『吉祥天女(83)』の吉田秋生(56生)など、50年代後半生まれの作家が吉祥寺界隈に暮らし、交流しながら、新しいマンガを生み出していく。
    『ドー

    記事を読む»

  • 正解はあります:その26(1,776字)

    2021-04-08 06:00  
    110pt
    「正解はない」という考え方は、きわめて20世紀的なものだ。20世紀とともに現れて、そして20世紀とともに消えていく価値観である。
    なぜ20世紀的かというと、20世紀になってから大量に現れた「産業機械」を操るため、人はオペレーターとして動員されなければならなかった。もっというと、機械の一部にならなければならなかった。「機械人間」にならなければならなかった。それは、チャップリンが映画『モダン・タイムス』で皮肉った機械工の姿である。
    そういう人間が、産業機械が社会を大きく変革する力があると分かった20世紀には必要だった。そこでは、人間同士がかつてないほど緊密に、また大規模に連携する必要があった。協力する必要があった。
    そのため、一度は「全体主義」が試されたが、結局のところ全く上手くいかなかった。そこで今度は「マネジメント」を採用し、これはなかなか上手くいった。そうして、大企業や大組織というのが存

    記事を読む»

  • [Q&A]愛犬の死のショックからどう立ち直ればいいか?(2,464字)

    2021-04-07 06:00  
    110pt
    [質問]
    私の愛犬が先日、寿命で旅立ちました。
    ハックルさんは動物を飼われたことはありますか?
    動物でなくても良いですが、ハックルさんが自分の近しい方や動物とお別れした際は、どのように立ち直りましたでしょうか?
    [回答]
    ぼくは小学校6年生のときに飼っていたルッキーという犬が病気で死んでしまいました。
    それから25歳くらいのときに12歳から飼っていた13歳のメヤオという猫が死にました。死んだときはぼくはすでに実家を出ていたので、一緒には暮らしていませんでした。
    また、ぼくにとって最も近しい親戚の死は祖父母で、これは物心ついたときには4人とも生きていましたが、今ではみんな死んでしまいました。
    そして家族以外となると死んでしまった最も親しい人は吉野さんで、2004年のぼくが36歳になる年に42歳で死にました。
    こうやって、ぼくの近しい人たちの死を振り返ると、ぼく自身はびっくりするほど彼らの死を

    記事を読む»

  • 情報リテラシーはどうやったら身につくのか?:その26(1,520字)

    2021-04-06 06:00  
    110pt
    『Hungry?』のCMには、哲学的思考に導くための3つの要素がある。
    1つは「題材」。
    2つは「視点」。
    3つは「構成(内容)」。
    このうち、題材は「原始人を扱うこと」が、視点は「俯瞰であること」が、見る人を哲学的思考に導くと説明してきた。そこで今回は、3の「構成」について見ていきたい。
    その前に、2の「視点」についておさらいをしておきたい。
    そもそも「俯瞰で見る」ということは、ものごとを客観的に見られるので、人を安心に導く。そして安心が得られると、人は余裕を持てるため、なおさら哲学的思考を抱きやすい。人間は、余裕がないとなかなか哲学的に考えられないのだ。
    そこで、俯瞰視点で余裕を持たせ、哲学的思考ができるよう準備を整えてやるのだが、そこで見せる映像の内容は、安心とは真逆の「不穏」なものの方がいい。なぜなら、その方が哲学的な思考を抱きやすいからだ。
    ここで、試しに考えてみてほしい。
    一方

    記事を読む»

  • 学生に伝えたいお金のこと:その23(1,620字)

    2021-04-05 06:00  
    110pt
    これからの時代は――
    1.生活探求者になり
    2.新たな価値観を創出し
    3,他者を巻き込んでいく
    というステップを踏まなければ、なかなかお金は稼げないだろう。
    そして3の「他者を巻き込む」ためには、自分の創出した新しい価値観を上手く「隠」さなければならない。
    では、隠すとはどういうことか?
    まず、基本的に理解しておきたいのは、隠すには二通りの方法があるということだ。
    一つが、「完璧に隠す」。
    もう一つが、「チラ見せする」。
    最初の「完璧に隠す」というのは、分かりやすい。文字通り、その存在すら誰にも知らせないことだ。
    難しいのは、二番目の「チラ見せ」するということだ。これはどのようなものか?
    チラ見せを説明するのに最適な例は、今の時代には不謹慎かもしれないが、「スカート」である。スカートこそ、「チラ見せ」の本質を体現した存在だ。
    足を完璧に隠すのがズボンなら、足の一部を出しながらも、残りを隠す

    記事を読む»