
野球道とは負けることと見つけたり:その22(1,843字)
1971年に、池田高校にある変化が訪れる。翌年から商業科が廃止され、普通科一本になることが決定したのだ。時代の変化で、商業科への入学希望者が減ったことと、普通科の需要が高まったことが理由だった。
これが蔦文也に小さからぬ衝撃を与える。というのも、野球部員というのは商業科の生徒が多かったのだ。なぜなら、商業科は普通科よりも偏差値が低く、入学が簡単だったのである。
当時も今も、野球が得意な子は勉強が苦手な場合が多かった。それには大きく二つの理由があった。元々勉強が苦手だったから野球にのめり込んだケースと、勉強が苦手ではないが、野球にのめり込むあまり勉強が疎かになったケース。文武両道は理想だが、実現できる子供は少なかった。
池高野球部員もその例に漏れず、勉強が苦手な子が少なくなかった。そういう子供が池高で野球をしたい場合、偏差値の低い商業科は都合が良かったのである。何より入学が簡単だし、入学後も
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