
石原莞爾と東條英機:その86(2,036字)
石原莞爾は1939年8月に第16師団長に就任。1年半後の1941年3月に予備役に組み込まれる。つまり陸軍を退職する。表向きは退職だが、実質的にはクビだった。東條英機に追い出されたのだ。
では、この師団長時代に石原莞爾に何があったのか?
それを見る前に、まずは当時の東條英機の動きを見てみたい。
東條英機は1938年5月に陸軍次官になる。仕える陸軍大臣は板垣征四郎である。しかし参謀次長の多田駿と喧嘩になり、両成敗で11月に陸軍航空総監に左遷になる。わずか半年の次官生活だった。
ところが1939年5月にノモンハン事件が起きる。日本とソ連の実質的な戦闘だ。それに続いて8月に独ソ不可侵条約(この頃、石原が第16師団長になる)、さらにドイツによるポーランド侵攻が9月に起こる。第二次世界大戦の始まりである。
これによってドイツと同盟を組んでいた日本には一気に緊張が走った。ドイツが戦争を始めたこと
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