石原莞爾は1939年8月に第16師団長となる。1941年3月にクビになるので、2年弱の期間だった。この間、立命館大学で教え、また東亜連盟を立ち上げたことはこれまでに見てきた。その間、第16師団では何をしていたのか?

印象的なエピソードが2つある。石原はとにかく兵が好きだった。それも最下層の二等兵、新米兵こそが軍隊にとっては最も重要かつ神聖な存在と考えていたので、彼らが頑張れるような環境を作ることに腐心した。

だからこれまでも連隊長として兵の管理者になったときには、洗濯を外部委託したり、風呂の衛生管理を向上させたり、食事のメニューを改善したり、除隊する兵には軍で飼育しているウサギをお土産に渡したりした。また先輩によるリンチも禁止した。

そして師団長になったときには、形骸化していた儀式や行事をなるべく廃止した。特に陸軍記念日の閲兵式では、通常は三時間かかるところをわずか五分で終わらせた。