東條英機は乙案を奏上するときに昭和天皇の前で申し訳なさから堪えきれずに涙を流した。これに驚いたのが天皇の周囲の人間、及び内閣の人間であった。東條は、天皇に親近感を抱いている。それは裏を返せば、天皇が東條に親近感を抱いているということでもある。

普通の首相だったら、天皇の前では恐れ多くて、ちぢりこまるか、過度に儀礼的になるものである。民間人はもちろん貴族でも、天皇とは身分の違いが大きすぎて、感情を持ちようがないのだ。特に当時の日本は長幼の序が強かったので、上の者に対しては平伏する気持ちが強かった。

従って、上の者――取り分け天皇のような最上位の存在を前にしては感情を持ちようがないのが普通である。それはたとえ総理大臣でもそうであった。だから、これまでの総理で奏上のときに感情的になった人間は皆無だった。皆機械のように儀礼的だった。

前回も書いたが、天皇の目を見ないというのもその儀礼的なあり