ハックルベリーに会いに行く
アメリカとの和平交渉にあたっていた日本の外務官がハルノート受け取ったのは1941年11月26日である。東條英機もこのとき第一報を受け取っている。
その詳細な内容は、28日になると閣僚全員にも知らされた。これを受け、政府は翌29日に重臣との懇親会を宮中で開く。
「重臣」とは、総理経験者を中心に構成された政府のコンサルタントのような人たちのことだ。彼らの団体を「重臣会議」という。重臣会議は次期総理などを決めたりしていた。
この役割は元々は「元老会議」が担っていたが、元老制度には弊害が大きかったので、最後の元老であった西園寺公望が後釜を作らせなかった。それで元老会議はやがて自然消滅したので、その代わりに作った組織だった。
そんなふうにできた組織だから、一応日本の最重要事項決定機関ともいえたが、実際はかなり骨抜きになっていて、政府の決定を追認するだけの場合が多かった。この頃、実質的な権力は陸
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