ハックルベリーに会いに行く
1974年春の甲子園、函館有斗との一回戦、後攻の池田高校は1回表に1点を先制されるが、その裏すぐさま1点を取り返した。
そして同点の3回裏。先頭の雲本が二塁打で出塁すると、バントで三塁に送った後、三番が凡退して二死三塁の場面。バッターは四番でキャプテンの上浦秀明だった。
池田高校は、さわやか「イレブン」というくらいだからそもそも11人しかいないのだが、その中にも中心選手はやはりいて、それはエースの山本智久、先頭バッターの雲本博、そしてキャプテン四番の上浦だった。この三人が噛み合ったとき、池田は無類の強さを発揮した。
そもそも池田高校はチームワークが良かった。それにはいくつかの理由があるのだが、最大のものは選手の間に「派閥」がないことだった。派閥がない理由は単純で、「共通の敵」がいたからだ。それを前に自然と団結できたのである。
その共通の敵とは、監督の蔦文也だった。彼が全ての部員にと
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