ハックルベリーに会いに行く
今回も引き続き『耳をすませば』でどう建築が学べるのか、について見ていきたい。
この映画を見ると分かるのは、ランドスケープそのものが一人の登場人物――それも主人公的な存在――ということだろう。人間の登場人物以上に、彼らの住む街を丹念に描いている。
もちろん、宮崎駿監督の映画はだいたい街を丹念に描いているのだが、しかしここまで遠慮なく描ききるのは珍しい。例えば『となりのトトロ』や『魔女の宅急便』にしても、街を丹念に描きつつも、それが前面に出てくることはない。あくまで背景としてさりげなく描くのみである。
しかし『耳をすませば』ではそれが遠慮なく画面の前面に出てくる。ぼくは、これはやはり自分で監督しなかったことと深く関係しているように思える。
自分が監督をしているときは、自分で考えた街全体のことが分かっているから、絵にして他者に説明する必要がない。しかし近藤喜文氏が監督だったため、自分が考
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