ハックルベリーに会いに行く
国「防」を主眼に据えた、1944年の日本はどうだったか?
まず3月に悪名高い「インパール作戦」が始まる。陸軍はビルマからインドへと侵攻した。連合国の中国への輸送ルートを遮断するためだ。つまり中国戦線の支援のためである。
しかしこの作戦は日本軍そのものが補給と移動を軽視していたので、多数の餓死者や病死者を出した。約10万人の兵力のうち、3万人が死んで4ヶ月後の7月に終わる。
6月にマリアナ沖海戦が行われる。これは日本の基地や空港があったサイパンなどマリアナ諸島を守るための戦いだったが、アメリカ軍の猛攻を前に、海軍はほとんどの飛行機とパイロットを失い惨敗する。
7月にとうとうサイパン島が陥落する。ここをアメリカに奪われたため、アメリカによる日本の空爆が可能になる。当時の飛行機の移動距離だと、ハワイからの日本への空爆は無理だった。しかしサイパンからだと、ぎりぎり行って帰ってこられる距離とな
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