ハックルベリーに会いに行く
建築の学び方:その22(1,892字)
2026/04/07(火) 06:00
『耳をすませば』のシナリオと絵コンテを担当した宮崎駿は、1941年に東京で生まれた。物心ついたときには戦争が終わって、東京は見渡す限りの焼け野原になっていた。これが宮崎監督の原風景である。それは強烈なものとして焼きついているだろう。
そしてそこから復興していく戦後の経済性優先で美しさが度外視された街並みを見て、宮崎監督は育った。だから宮崎監督は、その美しくないものに逆に美を見出す感性を育んだのである。これは「侘び寂び」の境地だ。
なぜ宮崎監督が「侘び寂び」の境地に至ったのかは分からないが、ある種の才能を持っていれば必然的に至る道でもある。千利休は、農村の古びた家屋の土壁の土が剥がれ落ちて、内側の竹組がむき出しになっている姿に美を見出した。だから自分が作った茶室の土壁は、一部をあえて塗り残し、最初から中の竹組をむき出しにさせた。
利休の弟子の織田有楽斎は、民家のふすまが破れたところをカ
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前に書いていた非対称性の中に美があるというのにも繋がってますね
岩崎夏海(著者)
>>1
おそらく「破綻」というものが美の究極なのです。それをアシストする役として秩序があります。すぐれたデザインや絵画、建築はこの秩序と破綻のバランスがうまい。自然も秩序と破綻がいいバランスですね。
千利休、官兵衛の大河ドラマに出てたなぁ。
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