ハックルベリーに会いに行く
山本五十六という人がいる。海軍連合艦隊の総司令官である。部下たちの信頼も厚く、海軍の、ひいては日本のカリスマ的存在であった。1884年生まれで、1942年には58歳であった。
また、海軍軍令部総長に永野修身という人がいた。1980年生まれで1942年には62歳。山本の4年先輩かつ直属の上司に当たる。海軍の中心をまっすぐ歩いてきた人で、開戦時海軍の実質的なトップであった。
この二人が率いる海軍と、陸軍出身の首相である東條英機は難しい関係を強いられる。というのも、海軍も陸軍と同様に「統帥権」という「政府からの指示は受けなくとも良い権力」を持っていたから、口出ししようがなかったからだ。おかげで、東條にとっては常に目の上のたんこぶのような存在であった。
大東亜戦争(太平洋戦争)の難しいところは、ここにあった。敵はアメリカとイギリスだが、イギリスはドイツとの戦いに釘付けになっているので、主たる
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