池田高校は日和佐高校にあっさりと負けた。これに監督の蔦文也は激怒した。

ところで「怒り」は、罪悪感や後ろめたさを隠すための防衛本能から来る場合もあるという。人は「自分が悪い」「申し訳ない」と思っているとき、それを自分自身に隠すため、かえって怒りを爆発させることがある。そういう経験は誰にもあるだろう。

このときの文也の激怒も、そうした防御反応からだった。文也は、自分の非を認められないから、防御本能で生徒たちを責めたのだ。

では、文也の後ろめたさとは何か? 彼は何を生徒たちに「申し訳ない」と思っていたのか?

それは自分の勝負弱さである。あるいは人間としての弱さだ。文也は常に、それをコンプレックスとして抱えていた。そして、それとどう向き合うかということについて悩みながら、56歳になるこの年まで生きてきた。

文也の弱さとは何か?

それは、いざというときに舞い上がってしまうことだ。自分を