1889年にパリで万博が開かれる。

この万博の目玉は、なんといってもエッフェル塔だった。エッフェル塔は、万博のパビリオンの一つとして計画され、建てられた。つまり万博の展示物の一つだった。

この巨大展示物は、当初は大炎上したにもかかわらず、すぐにパリのシンボルとなったことは、以前にも話した。以降、エッフェル塔は単にパリのシンボルのみならず、近代化や近代建築のシンボルともなっていく。

そのエッフェル塔の興奮がまだ覚めやらぬ4年後の1993年、次の万博が開かれた。その場所こそ、世界最初の高層ビル街ができたばかりのシカゴだった。つまりシカゴ派の拠点である。

そのためシカゴ万博は、当然シカゴ派が取り仕切り、高層ビル群を主役にする……となるはずだった。しかしそうはならなかった。というのも、この会場の総合デザインを手掛けた人間が、なんと高層ビルには反対の立場を取ったからだ。逆に彼は、会場のデザイ