大西瀧治郎とはどのような人物だったのか?

1891年に兵庫県で生まれる。生家は、小規模ながらも地主をしている旧家だった。その家の次男として育つ。

子供の頃からとにかく運動神経が抜群だった。気象も荒く喧嘩ばかりしている、いわゆるガキ大将だった。1905年、14歳の時に日露戦争の日本海海戦が行われ、当時の日本中の多くの男の子と同様これに感動し、海軍を志願する。1909年、18歳で海軍兵学校に入り、1912年、150人中20番目の成績で卒業した。

大西は運動神経や体力は誰にも負けず、勉強もそれなりにできたから同級生の中でも際立った存在ではあった。その後、任地をいくつか渡り歩いた後、1915年、航空術研究員となり、飛行機の操縦技術を学ぶようになる。

ここまで見てきたように、予科練ができるのが1930年である。それより15年も前から、海軍では航空戦争の研究が盛んになされ、海兵隊の中からパイロ