今日の質問はこちらです。
質問
「インテリがこの先生きのこるにはどうすればいいのですか?」
ハックルさん、こんにちは。いつも楽しく拝見しております。
さて、今日はハックルさんに質問、というか悩み相談です。
ハックルさんは、インテリをどう思いますか?
というか、インテリはこの先どう生きのこっていけばいいのでしょうか?
というのも、ぼくは近頃、インテリの息苦しさというのを感じているのです。
恥ずかしながら、ぼくはインテリです。超有名な進学校を出て、インテリが進む大学に入りました。そこで、インテリをこじらちゃったのか、このまま有名官庁や有名企業に就職するのはバカらしいと思ったのです。それで、もっと面白い生き方があるはず、自分にはもっと面白いことができるはず、と思って、クリエイターの世界に入りました。
ところが、入ってびっくり、そこで初めて知ったのですが、クリエイターの世界は、必ずしもインテリの世界ではありませんでした。というか、そこはほとんどヤンキーの世界でした。知識や技術はなくとも、生きる精力に溢れている人たちがうじゃうじゃいます。みんな野武士みたいに、図々しく、厚かましく、明るく、朗らかで、ぐいぐいと強引に、しかし時にしなやかに空気を読みながら、美味しいところをとんびのようにかっさらっていきます。
ぼくは、はっきり言って知識や技術ではちっとも負けていないと思うのですが、そういう生きる上でのしたたかに欠けるところであるので、そんなヤンキー気質な彼らに太刀打ちできません。負けてばっかりで、もうへとへとです。
それで思ったのですが、ぼくのようにインテリをこじらせてしまった人は、これからの競争社会、ハックルさんが言うところの「椅子取りゲーム社会」を生き残っていけないのではないか、ということです。
インテリは死ぬ? あるいは淘汰されてしまう悲しい存在なのか……
そこでハックルさんに質問です。
ハックルさんも有名大学を出てクリエイターの世界に入られたので、ぼくと似たような境遇……インテリだと思うのですが、どうやって生きのこったのですか? ハックルさんはどのようにしたたかさを身につけたのでしょうか? ご教授いただけると幸いです。
回答
「考えて考えないようにすることです」
インテリがこの先生きのこっていけるかどうかというご質問ですが、ぼくは生きのこっていけると思います。というより、これからはインテリの時代なんじゃないかと考えています。
ぼくがインテリかどうかというのは世間の評価が分かれるところだと思いますが、ぼく自身はまあ、自分のことをインテリだと思っています。というか、親類縁者ほとんどがインテリなので、ぼくもなるべくしてインテリになったという感じです。
そうして、大学時代まではほとんど苦労知らずに育ちましたが、社会に出て大きな挫折が待っていました。ぼくの入った会社は高卒や専門卒の人しかいないようなところで、みんな知識や学はないのですが、しかしその逆にぼくの知らない「世間知」というものを身につけていて、例えば女の子の口説き方がとても上手だったりしたのです。
そういうのを見て、ぼくはとても羨ましかったし、また、ぼくにはとても真似できないなと、絶望的な気持ちにさせられました。それで、おれはプライベートでは非モテでもいいからクリエイトの方面で頑張ろうと腹をくくったりしたのですが、そっちの方でも会議の場で面白いことを言ってみんなを笑わせるといった能力が求められていたので、ぼくはどうしてもそうした場で面白い空気を作り出すことができなくて、やっぱり苦しんでいました。それで、私生活もダメ、仕事もダメで、おれは今まで何をやっていたんだと、絶望的な気分にさせられたんです。
そんな時、先輩の言った一言が、妙に心に残りました。それはこんな言葉でした。
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失礼します。ご質問とご回答、面白く読みました。結局、「考えるより、行動を」が大切と言われいるように感じました。私は今、76歳になりましたが、私の人生は「考えることより、行動を」に徹してまいりました。正直、本も全く読みません。せいぜい表題と見出しぐらいで、一応すべて読んだことにして過ごしてまいりました。そんな私が不思議な事にこんど本を出すことになりました。「一語一絵・地球を生きる(上下巻)明石書店」です。行動のなれの果てが、どのような結果を生むかをとくとご覧になれるでしょう。この本はすでにAmazonで予約できますし、来週半ば、7月4日頃には本屋の店頭にも並ぶでしょう。たいへん失礼しました。このコメントがどう扱われるのか全くよく分かりませんが、とりあえず、よろしくお願いいたします。茨城県石岡市在住 岩崎駿介
インテリがこの先生き残るためには、美味しいところをかっさらっていく戦略をじっくり考えてから、実際は感じたままに行動して、後から「あれは戦略だった」と言うくらいのがいいのでしょうか。
>>1
このコメントはぼくの父からのものです。念のため。
彼が新しく本を出すというので、その宣伝をしているのですね。
このブロマガは、以前ニコ生に出た時に、タイムシフト放送を見るために加入したそうです。
彼は環境問題に関心が高く、ずっとそれに取り組んできたので、上記のような本を出したようです。
Amazonのリンクも一応貼っておきます。
http://www.amazon.co.jp/dp/4750338419/
http://www.amazon.co.jp/dp/4750338427/
>>2
そのくらいがちょうどいいですね。
「フォレスト・ガンプ」の中に、「人生は偶然と必然が両方同時に起こっているんだ」というものがありますが、生き方も、「戦略と感情が同時に発露されていく」くらいがちょうどいいのだと思います。
とりあえず、インテリを知識の多い人と定義して、考えをすすめてみました。
まず、知識が多いと、脳の容量がいっぱいいっぱいになって、脳がさくさく働かない状態になってしまうのではないでしょうか。これはPCを使って感じるところを脳にもあてはめてみたものです。CPUが限界だと遅くなる。
何かに反応するとき、とりあえず既存の知識をいろいろ回ってしまう。その間、脳は結論を出せない。なので、脳の容量にしっかり空きがあって、さっさと判断してしまう人に大きな遅れをとる。
インテリは物理的に不利を抱えているんだと思います。どう対処するかは難しい、、
>>5
知識にはタグをつけたりして整理し、引き出しやすくすることが必要ですね。
頭の良さには、主に次の4つの機能があると思っています。
1.インプット能力
2.収納力
3.整理力
4.アウトプット能力