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今日、ぼくが講師をしているワタナベコメディスクール(お笑い芸人養成所)の前期の授業が終わった。
これから長い夏休みがあって、再会は10月の予定である。
ぼくはもう何年も、養成所で講師の仕事をしている。その中で痛感するのは、「教育」の難しさだ。
教育は、本当に難しい。
例えば、お笑いに必要な知識を教えようとするとき、まま起こるのは、生徒たちがその「必要性」を認識していないという事態だ。生徒の中には、「お笑いに知識は不要」と考える者も少なくないのである。
そうしたときに、まずは「知識の必要性」から教える必要が出てくる。そうしないと、知識を教えるその授業が、全くの無駄な時間になってしまうからだ。
しかし、この「知識の必要性を教える」というのが至難の業なのである。彼らはたいてい二十歳前後なのだが、これまで二十年にわたって「知識は不要」と考えてきた。
それを覆すのは、なまなかなことではない。浴槽にこびりついた水垢のように、その考えをなかなか取り除けないのだ。
そこでぼくは、これまでいろんな方法を試してきた。
まずは、「知識は不要」と考えていた先輩たちが、いかにプロになれず苦労しているか――というのを豊富な実例をもとに紹介してみた。
しかしながら、「知識は不要」と考える生徒たちは、たいてい自信家だった。彼らは、そうした先輩たちの失敗例を見せられても、単に「先輩と自分とは違う」と思うだけで、考えを改めようとはしないのである。
そこで今度は、彼らに「屈辱」を味わわせてみようと考えた。彼らに「知識がないことは恥ずかしいことだ」と感じてもらうことで、知識欲を身につけさせようとしたのだ。
そうしてしたのは、映画を見せることだった。特に、ぼくが好んで見せたのは「ノーカントリー」という映画だ。
「ノーカントリー」は、知識がないとちっとも面白く感じられない。実際、「ノーカントリー」を見せた生徒は、たいてい「面白くなかった」という感想を返してくる。
ところがそこで、ぼくが「ノーカントリー」を見るために必要な知識を授けてやると、一様にびっくりした顔をするのである。そうしてようやく、その面白さを理解するのだ。
そこでぼくは、すかさず彼らを蔑む。
「こんなのことも知らないのか、おまえらはバカだ!」
とこき下ろし、これ以上ない屈辱を味わわせようとする。
しかしながらこの方法は、やがて「ほとんど効果がない」ということが分かった。なぜかというと、彼らはそういうふうに知識の違いを見せつけられても、簡単に「岩崎さんとぼくとでは住む世界が違う」と諦めてしまうのである。それを、自分事ではなく他人事として片付けてしまうのだ。お笑いの世界の話ではなく、他の世界の話として受け取るのである。そうして、自分が進むのはあくまでも知識が不要なお笑いの世界だ――という考えを堅持するのだ。
そういう状態があまりにも長く続いて、なかなか良い結果を出せなかった。そのためぼくは、ずいぶん悩んで、周囲に相談してみた。長年タレントの指導にかかわっている人に、どうしたら彼らが成長してくれるのか、教えてもらおうとした。
ところが、そこで返ってきた答えは、以下のようなものだった。
「岩崎さん、それには時間がかかりますよ。それは、言っても結局分からないからです。彼らがそれを理解できるのは、自分自身の体験として実感したときです。実際、卒業して何年も経った生徒から、こう言われることがよくあるんです。『先生、あのとき先生の言っていたことが、今になってようやく理解できました』と。だから、今は理解してもらえなくとも、すぐに結果を求めないことが重要なのではないでしょうか」
その人が言うには、ぼくの考えは性急に過ぎるのではないか――ということだった。コンテンツの世界では、すぐに結果が求められるため、岩崎さんの気持ちは分からなくもないが、教育とコンテンツとは違うのではないか。
芸人が一人前になるには十年、二十年普通にかかる。そう考えると、教育というのは基本的に「焼け石に水」をかけるような行為ではないか。
「焼け石に水」というのは、普通は「しても意味がない」という意味だ。しかし実際は、焼け石に水をかけると、ほんのちょっとでも温度が下がっているはずだ。そして、根気よく水をかけ続けていれば、いつしか焼け石も冷ますことができるのではないか。いつ冷めるのか分からないのはもどかしいかもしれないが、とにかく冷めると信じてかけ続けるしか、教育が成果を上げることはできないのではないか――とのことだった。
その言葉を聞き、ぼくは「そういうものか」と納得させられた部分もあったが、一方で、「しかし、自分には水をかけるチャンスが少なすぎる」とも思った。養成所の講師は、期間はわずか半年、それも週に一度の授業しかないのだ。
ぼくがお笑い芸人をプロデュースしてみたいと思ったのは、そのこともきっかけの一つだった。
もし教育が「焼け石に水をかける」ような行為であるなら、ぼくに必要なのは「時間」だった。そしてそれは、養成所の中では得ることができない。だとしたら、自分で作るしかないのではないか――そう考えて、これを企画したのだ。
ぼくは今、プロデュースされることを希望するお笑い芸人を募集している。
詳しくはこちらまで。
「岩崎プロデュース」参加芸人募集のお知らせ
みなさんのご応募をお待ちしております。
これから長い夏休みがあって、再会は10月の予定である。
ぼくはもう何年も、養成所で講師の仕事をしている。その中で痛感するのは、「教育」の難しさだ。
教育は、本当に難しい。
例えば、お笑いに必要な知識を教えようとするとき、まま起こるのは、生徒たちがその「必要性」を認識していないという事態だ。生徒の中には、「お笑いに知識は不要」と考える者も少なくないのである。
そうしたときに、まずは「知識の必要性」から教える必要が出てくる。そうしないと、知識を教えるその授業が、全くの無駄な時間になってしまうからだ。
しかし、この「知識の必要性を教える」というのが至難の業なのである。彼らはたいてい二十歳前後なのだが、これまで二十年にわたって「知識は不要」と考えてきた。
それを覆すのは、なまなかなことではない。浴槽にこびりついた水垢のように、その考えをなかなか取り除けないのだ。
そこでぼくは、これまでいろんな方法を試してきた。
まずは、「知識は不要」と考えていた先輩たちが、いかにプロになれず苦労しているか――というのを豊富な実例をもとに紹介してみた。
しかしながら、「知識は不要」と考える生徒たちは、たいてい自信家だった。彼らは、そうした先輩たちの失敗例を見せられても、単に「先輩と自分とは違う」と思うだけで、考えを改めようとはしないのである。
そこで今度は、彼らに「屈辱」を味わわせてみようと考えた。彼らに「知識がないことは恥ずかしいことだ」と感じてもらうことで、知識欲を身につけさせようとしたのだ。
そうしてしたのは、映画を見せることだった。特に、ぼくが好んで見せたのは「ノーカントリー」という映画だ。
「ノーカントリー」は、知識がないとちっとも面白く感じられない。実際、「ノーカントリー」を見せた生徒は、たいてい「面白くなかった」という感想を返してくる。
ところがそこで、ぼくが「ノーカントリー」を見るために必要な知識を授けてやると、一様にびっくりした顔をするのである。そうしてようやく、その面白さを理解するのだ。
そこでぼくは、すかさず彼らを蔑む。
「こんなのことも知らないのか、おまえらはバカだ!」
とこき下ろし、これ以上ない屈辱を味わわせようとする。
しかしながらこの方法は、やがて「ほとんど効果がない」ということが分かった。なぜかというと、彼らはそういうふうに知識の違いを見せつけられても、簡単に「岩崎さんとぼくとでは住む世界が違う」と諦めてしまうのである。それを、自分事ではなく他人事として片付けてしまうのだ。お笑いの世界の話ではなく、他の世界の話として受け取るのである。そうして、自分が進むのはあくまでも知識が不要なお笑いの世界だ――という考えを堅持するのだ。
そういう状態があまりにも長く続いて、なかなか良い結果を出せなかった。そのためぼくは、ずいぶん悩んで、周囲に相談してみた。長年タレントの指導にかかわっている人に、どうしたら彼らが成長してくれるのか、教えてもらおうとした。
ところが、そこで返ってきた答えは、以下のようなものだった。
「岩崎さん、それには時間がかかりますよ。それは、言っても結局分からないからです。彼らがそれを理解できるのは、自分自身の体験として実感したときです。実際、卒業して何年も経った生徒から、こう言われることがよくあるんです。『先生、あのとき先生の言っていたことが、今になってようやく理解できました』と。だから、今は理解してもらえなくとも、すぐに結果を求めないことが重要なのではないでしょうか」
その人が言うには、ぼくの考えは性急に過ぎるのではないか――ということだった。コンテンツの世界では、すぐに結果が求められるため、岩崎さんの気持ちは分からなくもないが、教育とコンテンツとは違うのではないか。
芸人が一人前になるには十年、二十年普通にかかる。そう考えると、教育というのは基本的に「焼け石に水」をかけるような行為ではないか。
「焼け石に水」というのは、普通は「しても意味がない」という意味だ。しかし実際は、焼け石に水をかけると、ほんのちょっとでも温度が下がっているはずだ。そして、根気よく水をかけ続けていれば、いつしか焼け石も冷ますことができるのではないか。いつ冷めるのか分からないのはもどかしいかもしれないが、とにかく冷めると信じてかけ続けるしか、教育が成果を上げることはできないのではないか――とのことだった。
その言葉を聞き、ぼくは「そういうものか」と納得させられた部分もあったが、一方で、「しかし、自分には水をかけるチャンスが少なすぎる」とも思った。養成所の講師は、期間はわずか半年、それも週に一度の授業しかないのだ。
ぼくがお笑い芸人をプロデュースしてみたいと思ったのは、そのこともきっかけの一つだった。
もし教育が「焼け石に水をかける」ような行為であるなら、ぼくに必要なのは「時間」だった。そしてそれは、養成所の中では得ることができない。だとしたら、自分で作るしかないのではないか――そう考えて、これを企画したのだ。
ぼくは今、プロデュースされることを希望するお笑い芸人を募集している。
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