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        <title><![CDATA[ハックルベリーに会いに行く]]></title>
        <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga</link>
        <description><![CDATA[『もしドラ』作者の岩崎夏海です。このブロマガでは、主に社会の考察や、出版をはじめとするエンターテインメントビジネスについて書いています。写真は2018年に生まれた長女です。]]></description>
        <language>ja</language>
            <item>
                <title><![CDATA[石原莞爾と東條英機：その142（1,905字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>日本における1943年後半の世相は暗い、暗いものとなった。1943年の前半まで、日本国民は戦争の趨勢を知らされていなかった。勝っている、と思っていた。悪いニュースはほとんどなかった。

唯一の悪いニュースは、山本五十六が1943年の4月8日に死んだことだった、1943年4月18日、前線視察のため移動中に搭乗していた一式陸上攻撃機が、米軍戦闘機に待ち伏せされ、ソロモン諸島ブーゲンビル島上空で撃墜された。この単純な撃墜で、山本はあっさりと死んでしまったのだ。

山本の死は、日本の暗号がアメリカに筒抜けだったから、そこを狙われて起きたということだった。しかしこの死は謎が多かった。そもそもなぜ山本は前線を視察したのか。またそれを暗号で打電したのか。

そもそも山本は前線を視察する必要がなかったし、暗号を打つ必要もなかった。解読されていないと思っていたのかもしれないが、警戒心の薄さというものが際立つ</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234562</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234562</guid>
                <pubDate>Mon, 13 Jul 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[石原莞爾と東條英機]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>日本における1943年後半の世相は暗い、暗いものとなった。1943年の前半まで、日本国民は戦争の趨勢を知らされていなかった。勝っている、と思っていた。悪いニュースはほとんどなかった。</div>
<br />
<div>唯一の悪いニュースは、山本五十六が1943年の4月8日に死んだことだった、1943年4月18日、前線視察のため移動中に搭乗していた一式陸上攻撃機が、米軍戦闘機に待ち伏せされ、ソロモン諸島ブーゲンビル島上空で撃墜された。この単純な撃墜で、山本はあっさりと死んでしまったのだ。</div>
<br />
<div>山本の死は、日本の暗号がアメリカに筒抜けだったから、そこを狙われて起きたということだった。しかしこの死は謎が多かった。そもそもなぜ山本は前線を視察したのか。またそれを暗号で打電したのか。</div>
<br />
<div>そもそも山本は前線を視察する必要がなかったし、暗号を打つ必要もなかった。解読されていないと思っていたのかもしれないが、警戒心の薄さというものが際立つ</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234562">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[岩崎夏海]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[野球道とは負けることと見つけたり：その83（1,745字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>1979年4月22日、池田高校は徳島県営鳴門球場で行われた四国大会への代表決定戦において、春季大会優勝校の日和佐高校と対戦した。

この試合、初回に幸先良く一点を先制するが、その後は打線が相手の栗田投手に翻弄され、点を挙げるどころかヒットさえもほとんど出なかった。一方先発の橋川正人は、粘り強く投げていたものの三回に同点に追いつかれ、七回には集中打を浴びて三失点する。

そうして結局1-4で敗退する。池田はとにかく栗田投手の前に手も足も出ないという感じなので完敗といってよかった。エース橋川も持ち前の粘り強いピッチングは展開したが、打ち込まれたときに連続失点をするという悪い癖が出てしまった。

この年の池田には一つの弱点があった。それは心が脆いということだ。基本的にはノリノリなのだが、一つ歯車が狂うと元気がなくなる。そうして苦境を打開するようなガッツのあるリーダーがいなかった。

キャプテン岡</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234475</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234475</guid>
                <pubDate>Fri, 10 Jul 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[野球道とは負けることと見つけたり]]></category>
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                        <![CDATA[<p><div>1979年4月22日、池田高校は徳島県営鳴門球場で行われた四国大会への代表決定戦において、春季大会優勝校の日和佐高校と対戦した。</div>
<br />
<div>この試合、初回に幸先良く一点を先制するが、その後は打線が相手の栗田投手に翻弄され、点を挙げるどころかヒットさえもほとんど出なかった。一方先発の橋川正人は、粘り強く投げていたものの三回に同点に追いつかれ、七回には集中打を浴びて三失点する。</div>
<br />
<div>そうして結局1-4で敗退する。池田はとにかく栗田投手の前に手も足も出ないという感じなので完敗といってよかった。エース橋川も持ち前の粘り強いピッチングは展開したが、打ち込まれたときに連続失点をするという悪い癖が出てしまった。</div>
<br />
<div>この年の池田には一つの弱点があった。それは心が脆いということだ。基本的にはノリノリなのだが、一つ歯車が狂うと元気がなくなる。そうして苦境を打開するようなガッツのあるリーダーがいなかった。</div>
<br />
<div>キャプテン岡</div>
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                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[岩崎夏海]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[令和の恋愛事情：その18（1,744字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>1980年代に入って、スカートめくりが廃れた。「はっきりスケベ」の終焉である。代わりに「むっつりスケベ」が立ち上がった。それに伴って発展したのが「パンチラ文化」である。

80年代、パンチラ雑誌というものが発刊し、人気を博した。アイドルや素人のパンチラ写真が多数掲載された写真雑誌である。

アイドルの場合、彼らが出演するイベントや野外ライブなど、カメラ撮影してもいい場所に一般人がカメラを持ち込み、そこで撮影したパンチラ写真を投稿する。一般人の場合は、街中で写されたパンチラ写真を掲載する。それらの写真で雑誌を構成するというものだ。

この頃、アイドルのパンチラ写真を撮影する素人カメラマンが、「カメラ小僧」と呼ばれクローズアップされるようになった。今ではパンチラ以外の写真を撮る者もカメラ小僧と呼ばれているが、最初はパンチラに特化した者たちだけがそう呼ばれた。そんなふうに新しい存在や名称を生み出</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234393</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234393</guid>
                <pubDate>Thu, 09 Jul 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[令和の恋愛事情]]></category>
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                        <![CDATA[<p><div>1980年代に入って、スカートめくりが廃れた。「はっきりスケベ」の終焉である。代わりに「むっつりスケベ」が立ち上がった。それに伴って発展したのが「パンチラ文化」である。</div>
<br />
<div>80年代、パンチラ雑誌というものが発刊し、人気を博した。アイドルや素人のパンチラ写真が多数掲載された写真雑誌である。</div>
<br />
<div>アイドルの場合、彼らが出演するイベントや野外ライブなど、カメラ撮影してもいい場所に一般人がカメラを持ち込み、そこで撮影したパンチラ写真を投稿する。一般人の場合は、街中で写されたパンチラ写真を掲載する。それらの写真で雑誌を構成するというものだ。</div>
<br />
<div>この頃、アイドルのパンチラ写真を撮影する素人カメラマンが、「カメラ小僧」と呼ばれクローズアップされるようになった。今ではパンチラ以外の写真を撮る者もカメラ小僧と呼ばれているが、最初はパンチラに特化した者たちだけがそう呼ばれた。そんなふうに新しい存在や名称を生み出</div>
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                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[岩崎夏海]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[[Q＆A]時間、空間、もう一つの「間」は？（3,432字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>[質問]
時間と空間は、よくセットで語られます。もしそれにもう一つ間を加えるとしたら「◯間」になるでしょうか？

[回答]
「時間」というのはいわゆる「四次元」ですね。エネルギーが生み出す四つ目のディメンション。空間というのは「三次元」です。エネルギーが生み出す三つ目のディメンションです。

そう考えると、もう一つの「間」は「二次元」か「五次元」ということになりますね。二次元というのは、ご承知のように「面」です。面というのは二つのベクトルがあって、それが進んでいくことによって広がるもの。そうなると、そこは「線の間」ということになるので、「線間」になるでしょう。

ただし三次元の「空間」や四次元の「時間」は、間の前に概念的な字を当てているので、「線」よりももっと概念的な感じを当てた方がいいような気もします。そこでここでは「境間」にしましょうか。境と境の間の「境間」。ぴったりの気もします。

</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234346</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234346</guid>
                <pubDate>Wed, 08 Jul 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
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                        <![CDATA[<p><div>[質問]</div>
<div>時間と空間は、よくセットで語られます。もしそれにもう一つ間を加えるとしたら「◯間」になるでしょうか？</div>
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<div>[回答]</div>
<div>「時間」というのはいわゆる「四次元」ですね。エネルギーが生み出す四つ目のディメンション。空間というのは「三次元」です。エネルギーが生み出す三つ目のディメンションです。</div>
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<div>そう考えると、もう一つの「間」は「二次元」か「五次元」ということになりますね。二次元というのは、ご承知のように「面」です。面というのは二つのベクトルがあって、それが進んでいくことによって広がるもの。そうなると、そこは「線の間」ということになるので、「線間」になるでしょう。</div>
<br />
<div>ただし三次元の「空間」や四次元の「時間」は、間の前に概念的な字を当てているので、「線」よりももっと概念的な感じを当てた方がいいような気もします。そこでここでは「境間」にしましょうか。境と境の間の「境間」。ぴったりの気もします。</div>
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                <dc:creator><![CDATA[岩崎夏海]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[建築の学び方：その35（1,996字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>産業革命は世の中のさまざまなものを変えたが、そのうちの一つに鉄製品がある。鉄は高温で熱すると溶け、自由な形に成形できる。冷やすとその形のままで強い強度を獲得できるので、さまざまな場所で使われるようになった。

これがあまりにも便利だったので、鉄製品によるイノベーションが数多く起こった。鉄道もそのうちの一つだが、やがてそれは建築にも反映されていった。

鉄製品は最初、成形しやすい水平と垂直の直線で構成された単純な形状のものが多かったが、やがてそれは「美しくない」と、イギリスで「アーツ＆クラフツ」運動が起こる。これは「工業製品にアートの美しさ」をというスローガンで、たちまちのうちに流行した。

そのうちの一つがアール・ヌーヴォーである。アール・ヌーヴォーには二つの源流があって、一つは前述の鉄製品をアートとして成形する「アーツ＆クラフツ」。もう一つはパリで起こった「ベル・エポック」である。

1</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234306</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234306</guid>
                <pubDate>Tue, 07 Jul 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[建築の学び方]]></category>
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                        <![CDATA[<p><div>産業革命は世の中のさまざまなものを変えたが、そのうちの一つに鉄製品がある。鉄は高温で熱すると溶け、自由な形に成形できる。冷やすとその形のままで強い強度を獲得できるので、さまざまな場所で使われるようになった。</div>
<br />
<div>これがあまりにも便利だったので、鉄製品によるイノベーションが数多く起こった。鉄道もそのうちの一つだが、やがてそれは建築にも反映されていった。</div>
<br />
<div>鉄製品は最初、成形しやすい水平と垂直の直線で構成された単純な形状のものが多かったが、やがてそれは「美しくない」と、イギリスで「アーツ＆クラフツ」運動が起こる。これは「工業製品にアートの美しさ」をというスローガンで、たちまちのうちに流行した。</div>
<br />
<div>そのうちの一つがアール・ヌーヴォーである。アール・ヌーヴォーには二つの源流があって、一つは前述の鉄製品をアートとして成形する「アーツ＆クラフツ」。もう一つはパリで起こった「ベル・エポック」である。</div>
<br />
<div>1</div>
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                        </p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[岩崎夏海]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[石原莞爾と東條英機：その141（1,946字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>アッツ島はアリューシャン列島の西の方にある有人の島である。アメリカの国土であるが、アメリカ本土から最も遠いところにあるので守備が手薄だった。原住民数十人とアメリカの気象庁が派遣した通信士夫妻が暮らしているだけで、軍事施設はなかった。

この島のことを、日本海軍は開戦前から注目していた。ここを活用すれば、アメリカ領土獲得の足がかりにもできるし、ソ連との補給路も絶てる。ただしアメリカ本土からあまりにも離れているので実用性は薄かった。

ところが、1942年四月の東京空爆によって、「日本に近いところに飛行場を築かれるとまずい」ということが分かった。そして日本に一番近いアメリカの国土で、飛行場を築けそうなところの第一候補がアッツ島だった。またこの頃、ミッドウェーでの開戦も決まったため、アッツ島はそれへの足がかりとしても機能することが期待された。

そこで1942年6月に、陸軍の兵士1000名あまり</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234269</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234269</guid>
                <pubDate>Mon, 06 Jul 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[石原莞爾と東條英機]]></category>
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                        <![CDATA[<p><div>アッツ島はアリューシャン列島の西の方にある有人の島である。アメリカの国土であるが、アメリカ本土から最も遠いところにあるので守備が手薄だった。原住民数十人とアメリカの気象庁が派遣した通信士夫妻が暮らしているだけで、軍事施設はなかった。</div>
<br />
<div>この島のことを、日本海軍は開戦前から注目していた。ここを活用すれば、アメリカ領土獲得の足がかりにもできるし、ソ連との補給路も絶てる。ただしアメリカ本土からあまりにも離れているので実用性は薄かった。</div>
<br />
<div>ところが、1942年四月の東京空爆によって、「日本に近いところに飛行場を築かれるとまずい」ということが分かった。そして日本に一番近いアメリカの国土で、飛行場を築けそうなところの第一候補がアッツ島だった。またこの頃、ミッドウェーでの開戦も決まったため、アッツ島はそれへの足がかりとしても機能することが期待された。</div>
<br />
<div>そこで1942年6月に、陸軍の兵士1000名あまり</div>
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                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[岩崎夏海]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[野球道とは負けることと見つけたり：その82（1,833字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>1979年4月5日、池田高校は、東洋大姫路との試合に負けて旅館に帰ってきた。選手たちは、負けたことに落ち込んでいたが、しかしそれ以上にとにかく疲れていた。だから、その日はすぐに眠りに落ち、またぐっすりと眠った。

翌朝、起きてみると疲れは取れていたが、逆に悔しさがこみ上げてきた。特に九回、あそこまで追い上げたのにあと一本が出なかったのが、とにかく残念だった。あるいは、それ以前の失点も、ミスが重なったもので防げたという気持ちもあった。

それで、選手たちには後悔がこみ上げてきた。何か申し訳ないような、情けない気持ちになった。だから監督に怒られるものと身構えていたのだが、そこで待っていたのは全く予想外の反応だった。

それは、無反応だ。監督の蔦文也は、その負けについて何も言わなかった。それどころか、試合についても何も言わなかった。無視しているというわけではなかったが、何かことさらに触れないよう</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234190</link>
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                <pubDate>Fri, 03 Jul 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[野球道とは負けることと見つけたり]]></category>
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                        <![CDATA[<p><div>1979年4月5日、池田高校は、東洋大姫路との試合に負けて旅館に帰ってきた。選手たちは、負けたことに落ち込んでいたが、しかしそれ以上にとにかく疲れていた。だから、その日はすぐに眠りに落ち、またぐっすりと眠った。</div>
<br />
<div>翌朝、起きてみると疲れは取れていたが、逆に悔しさがこみ上げてきた。特に九回、あそこまで追い上げたのにあと一本が出なかったのが、とにかく残念だった。あるいは、それ以前の失点も、ミスが重なったもので防げたという気持ちもあった。</div>
<br />
<div>それで、選手たちには後悔がこみ上げてきた。何か申し訳ないような、情けない気持ちになった。だから監督に怒られるものと身構えていたのだが、そこで待っていたのは全く予想外の反応だった。</div>
<br />
<div>それは、無反応だ。監督の蔦文也は、その負けについて何も言わなかった。それどころか、試合についても何も言わなかった。無視しているというわけではなかったが、何かことさらに触れないよう</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234190">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[岩崎夏海]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[令和の恋愛事情：その17（1,852字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>1980年に『まいっちんぐマチコ先生』という、中学生の男子生徒が若い女性教師にセクハラしまくるというマンガが始まって、アニメ化されるほどの人気を博した。
思えばこれが、「はっきりスケベ」の最後の輝きだったともいえる。スカートめくりが下火になる中、燃え尽きる直前の線香花火のように、このマンガはヒットしたのだ。

ただし同時期、ほとんどのマンガは男性の「はっきりスケベ」を表現しなくなっていた。そういうマンガが皆無になったからこそ、『まいっちんぐマチコ先生』は残存者利益を得たともいえよう。

1980年からは、あだち充に代表されるような「むっつりスケベ」が全盛となった。そのためさまざまなマンガが群雄割拠し、熾烈な競争をくり広げた。多くのクリエイターがむっつりスケベの度合いを競っていたのだから、なんともおかしな時代である。

1970年代、「エログロナンセンス」と言って直接的な表現が好まれた。その</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234125</link>
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                <pubDate>Thu, 02 Jul 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[令和の恋愛事情]]></category>
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                        <![CDATA[<p><div>1980年に『まいっちんぐマチコ先生』という、中学生の男子生徒が若い女性教師にセクハラしまくるというマンガが始まって、アニメ化されるほどの人気を博した。</div>
<div>思えばこれが、「はっきりスケベ」の最後の輝きだったともいえる。スカートめくりが下火になる中、燃え尽きる直前の線香花火のように、このマンガはヒットしたのだ。</div>
<br />
<div>ただし同時期、ほとんどのマンガは男性の「はっきりスケベ」を表現しなくなっていた。そういうマンガが皆無になったからこそ、『まいっちんぐマチコ先生』は残存者利益を得たともいえよう。</div>
<br />
<div>1980年からは、あだち充に代表されるような「むっつりスケベ」が全盛となった。そのためさまざまなマンガが群雄割拠し、熾烈な競争をくり広げた。多くのクリエイターがむっつりスケベの度合いを競っていたのだから、なんともおかしな時代である。</div>
<br />
<div>1970年代、「エログロナンセンス」と言って直接的な表現が好まれた。その</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234125">続きを読む</a>
                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[岩崎夏海]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[[Q＆A]日本代表の敗因は？（1,776字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>[質問]
「おせっかい」というと今は悪い意味に思われがちですが、いいおせっかいというのもあると思います。ハックルさんは、いいおせっかいというとどんなことが思い浮かびますか？

[回答]
いいお節介というのは「親子愛」や「師弟愛」じゃないでしょうか。お節介というとなんですが、ぼくは良い親や師匠というのは信念を持っていて、それを曲げない人だと思います。逆に信念がない人は、親や師匠として失敗します。

つまりある種の価値観があって、それを信じることへの揺るぎがない。これが信念ですが、これに基づいて行動するならお節介ではないと思います。

例えばぼくは、「言葉は無力である」という信念を持っています。だからお節介かもしれませんが、近しい人には「言葉がいかに無力か」ということを口酸っぱく教えます。それで離れていった人も何人もいますが。

こうして考えてみると、「教える」というのはそもそもお節介ですね。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234017</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2234017</guid>
                <pubDate>Wed, 01 Jul 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>[質問]</div>
<div>「おせっかい」というと今は悪い意味に思われがちですが、いいおせっかいというのもあると思います。ハックルさんは、いいおせっかいというとどんなことが思い浮かびますか？</div>
<br />
<div>[回答]</div>
<div>いいお節介というのは「親子愛」や「師弟愛」じゃないでしょうか。お節介というとなんですが、ぼくは良い親や師匠というのは信念を持っていて、それを曲げない人だと思います。逆に信念がない人は、親や師匠として失敗します。</div>
<br />
<div>つまりある種の価値観があって、それを信じることへの揺るぎがない。これが信念ですが、これに基づいて行動するならお節介ではないと思います。</div>
<br />
<div>例えばぼくは、「言葉は無力である」という信念を持っています。だからお節介かもしれませんが、近しい人には「言葉がいかに無力か」ということを口酸っぱく教えます。それで離れていった人も何人もいますが。</div>
<br />
<div>こうして考えてみると、「教える」というのはそもそもお節介ですね。</div>
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                        </p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[岩崎夏海]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[建築の学び方：その34（1,637字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>建築の基本は「道」である。道を作ることこそ建築である。

そして道の基本は「デザイア・パス」である。デザイア・パスこそが、人間にとって最も基本的な道のことだ。

しかしここに一つの不都合がある。それは建築を作るとき、人間は直線的な部材を用いる。その方が作りやすいからだ。

しかし道（デザイア・パス）は曲線である。曲がっているのが自然だし、むしろ曲がっていないと問題がある。曲がっていないと邪気を呼び込み、さまざまな災害の種になる。

実際今、日本（世界）で起こっている災害の多くは、直線的な建築が影響している。例えば日本では、川をコンクリで真っ直ぐに固めたため、水流が早くなり下流での氾濫が増えてしまった。

それを改善するためには、建築に矛盾した要件が求められる。それは「直線的な部材で曲線を作る」ということだ。これこそが建築が最もなすべきことだといえよう。逆に言うとこれ以外ないともいえる。

</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233988</link>
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                <pubDate>Tue, 30 Jun 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
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                        <![CDATA[<p><div>建築の基本は「道」である。道を作ることこそ建築である。</div>
<br />
<div>そして道の基本は「デザイア・パス」である。デザイア・パスこそが、人間にとって最も基本的な道のことだ。</div>
<br />
<div>しかしここに一つの不都合がある。それは建築を作るとき、人間は直線的な部材を用いる。その方が作りやすいからだ。</div>
<br />
<div>しかし道（デザイア・パス）は曲線である。曲がっているのが自然だし、むしろ曲がっていないと問題がある。曲がっていないと邪気を呼び込み、さまざまな災害の種になる。</div>
<br />
<div>実際今、日本（世界）で起こっている災害の多くは、直線的な建築が影響している。例えば日本では、川をコンクリで真っ直ぐに固めたため、水流が早くなり下流での氾濫が増えてしまった。</div>
<br />
<div>それを改善するためには、建築に矛盾した要件が求められる。それは「直線的な部材で曲線を作る」ということだ。これこそが建築が最もなすべきことだといえよう。逆に言うとこれ以外ないともいえる。</div>
<br />

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                        </p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[岩崎夏海]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[石原莞爾と東條英機：その140（2,150字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>1942年の日本は、真珠湾攻撃の成功によりお祭り気分の中でスタートしたが、6月のミッドウェー敗戦により、それまでの「攻勢」から「防御」への方針転換を余儀なくされた。

しかも守ろうとしたガダルカナルへの対応が中途半端になって、餓死者を大量に出すという地獄のような状況を生み出してしまった。おかげで撤退せざるを得なくなるが、これは表明できなかったので、かなりぐだぐだあるいはうやむやのうちに進められた。

そうして「臭いものに蓋をする」という、負のスパイラルへの扉がここで開いた。従って本当の地獄が始まるのは1943年からといえよう。この年はどんな年だったか？

1943年は、一種「膠着」の年となった。アメリカはこの間、さらなる軍備を増強する必要があったのと、逼迫するヨーロッパにも兵士を送らなければならなかった。

一方の日本も、ガダルカナルでの惨敗の後始末や、防御の体制を整える必要があったので、</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233944</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233944</guid>
                <pubDate>Mon, 29 Jun 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[石原莞爾と東條英機]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>1942年の日本は、真珠湾攻撃の成功によりお祭り気分の中でスタートしたが、6月のミッドウェー敗戦により、それまでの「攻勢」から「防御」への方針転換を余儀なくされた。</div>
<br />
<div>しかも守ろうとしたガダルカナルへの対応が中途半端になって、餓死者を大量に出すという地獄のような状況を生み出してしまった。おかげで撤退せざるを得なくなるが、これは表明できなかったので、かなりぐだぐだあるいはうやむやのうちに進められた。</div>
<br />
<div>そうして「臭いものに蓋をする」という、負のスパイラルへの扉がここで開いた。従って本当の地獄が始まるのは1943年からといえよう。この年はどんな年だったか？</div>
<br />
<div>1943年は、一種「膠着」の年となった。アメリカはこの間、さらなる軍備を増強する必要があったのと、逼迫するヨーロッパにも兵士を送らなければならなかった。</div>
<br />
<div>一方の日本も、ガダルカナルでの惨敗の後始末や、防御の体制を整える必要があったので、</div>
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                        </p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[岩崎夏海]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[野球道とは負けることと見つけたり：その81（1,672字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>2-8と6点ビハインドで迎えた9回表。時刻は既に夜7時を回っていて、夜空は漆黒に包まれていた。

しかし降り続く雨にさらされたグラウンドは逆に、カクテル光線に照らされた水たまりが乱反射し、歪な鏡のように明るかった。それはもはや泥を通り越してちょっとしたプールであり、真っ暗な空との対比もあって眩しいくらいだった。

そんな異様な環境の中、それでも帰らない両校応援団と若干の観客が見守る中、ドラマは静かにスタートしたのである。

この回の先頭、四番山本がセンター前ヒット、次の岡本はアウトになるが、続く河野、永井が連打して一死満塁とする。

ここで東洋大姫路はエースの萩原を下げ、二番手に山河を送り込んだ。東洋大姫路の梅谷監督は、降り続く雨で軟投派の萩原もさすがに疲れが限界に来たと見た。そこで、点差があるうちにと二番手の山河にスイッチしたのである。

ところがこれが大誤算であった。それまで左投手の緩</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233834</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233834</guid>
                <pubDate>Fri, 26 Jun 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[野球道とは負けることと見つけたり]]></category>
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                        <![CDATA[<p><div>2-8と6点ビハインドで迎えた9回表。時刻は既に夜7時を回っていて、夜空は漆黒に包まれていた。</div>
<br />
<div>しかし降り続く雨にさらされたグラウンドは逆に、カクテル光線に照らされた水たまりが乱反射し、歪な鏡のように明るかった。それはもはや泥を通り越してちょっとしたプールであり、真っ暗な空との対比もあって眩しいくらいだった。</div>
<br />
<div>そんな異様な環境の中、それでも帰らない両校応援団と若干の観客が見守る中、ドラマは静かにスタートしたのである。</div>
<br />
<div>この回の先頭、四番山本がセンター前ヒット、次の岡本はアウトになるが、続く河野、永井が連打して一死満塁とする。</div>
<br />
<div>ここで東洋大姫路はエースの萩原を下げ、二番手に山河を送り込んだ。東洋大姫路の梅谷監督は、降り続く雨で軟投派の萩原もさすがに疲れが限界に来たと見た。そこで、点差があるうちにと二番手の山河にスイッチしたのである。</div>
<br />
<div>ところがこれが大誤算であった。それまで左投手の緩</div>
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                        </p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[岩崎夏海]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[令和の恋愛事情：その16（1,936字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>あだち充の『みゆき』は少年ビッグコミック（旧称「テレビくん」）に連載されていた。この雑誌は変わり種で、創刊当初、少年誌なのにどの連載にも必ず女性のヌードやパンチラなどのお色気シーンを入れるということを一種の不文律としていた。おかげで『球道くん』を連載していた水島新司は、彼には不向きな女性のヌードやパンチラを描く羽目になった。

この方針はすぐに立ち消えになり、やがて『球道くん』をはじめいくつかのマンガにはヌードやパンチラが出てこなくなった。しかし『みゆき』は最初から最後まで出ていた。あだち充は面白がって、この雑誌の方針をそれが立ち消えになった後も貫き通したのである。

ただしあだち充は、それ以前からお色気シーンをマンガの脈絡とは関係なく「サービスシーン」と称して入れ込む傾向があった。もしかしたら、雑誌は逆にこのあだち充のお色気シーンの描き方にインスパイアされ、全体の方針として採り入れたのか</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233776</link>
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                <pubDate>Thu, 25 Jun 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[令和の恋愛事情]]></category>
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                        <![CDATA[<p><div>あだち充の『みゆき』は少年ビッグコミック（旧称「テレビくん」）に連載されていた。この雑誌は変わり種で、創刊当初、少年誌なのにどの連載にも必ず女性のヌードやパンチラなどのお色気シーンを入れるということを一種の不文律としていた。おかげで『球道くん』を連載していた水島新司は、彼には不向きな女性のヌードやパンチラを描く羽目になった。</div>
<br />
<div>この方針はすぐに立ち消えになり、やがて『球道くん』をはじめいくつかのマンガにはヌードやパンチラが出てこなくなった。しかし『みゆき』は最初から最後まで出ていた。あだち充は面白がって、この雑誌の方針をそれが立ち消えになった後も貫き通したのである。</div>
<br />
<div>ただしあだち充は、それ以前からお色気シーンをマンガの脈絡とは関係なく「サービスシーン」と称して入れ込む傾向があった。もしかしたら、雑誌は逆にこのあだち充のお色気シーンの描き方にインスパイアされ、全体の方針として採り入れたのか</div>
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                        </p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[岩崎夏海]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[[Q＆A]日本サッカーはなぜ強くなったのか？（1,402字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>[質問]
日本サッカーはなぜ強くなったとお考えですか？

[回答]
いい質問ですね。ぼくはそれは日本の富国強兵や戦後復興にも近いものがあると思っています。どういうことかというと、元々西洋で発見されたさまざまな知識や技術を、日本に輸入するばかりではなく、工夫して進化させた。それが世界の頂点に立った、というところでしょうか。

簡単に言えば今の日本サッカーはソニーが作ったトランジスタラジオなのです。トランジスタラジオは外国で発明されました。日本人はそれを工夫して極限まで小さく、軽く、また壊れにくく、しかも安くしました。おかげでソニーは世界一の会社になりました。

日本サッカーもそうで、外国人が発明したさまざまなテクニックを盗んできて、それを進化させた上に、全ての子供に教えたのです。一番真似たのはジダンとロナウジーニョでしょう。日本人は皆、ジダンとロナウジーニョが発明した技を、どんな子供でも習得</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233709</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233709</guid>
                <pubDate>Wed, 24 Jun 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
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                        <![CDATA[<p><div>[質問]</div>
<div>日本サッカーはなぜ強くなったとお考えですか？</div>
<br />
<div>[回答]</div>
<div>いい質問ですね。ぼくはそれは日本の富国強兵や戦後復興にも近いものがあると思っています。どういうことかというと、元々西洋で発見されたさまざまな知識や技術を、日本に輸入するばかりではなく、工夫して進化させた。それが世界の頂点に立った、というところでしょうか。</div>
<br />
<div>簡単に言えば今の日本サッカーはソニーが作ったトランジスタラジオなのです。トランジスタラジオは外国で発明されました。日本人はそれを工夫して極限まで小さく、軽く、また壊れにくく、しかも安くしました。おかげでソニーは世界一の会社になりました。</div>
<br />
<div>日本サッカーもそうで、外国人が発明したさまざまなテクニックを盗んできて、それを進化させた上に、全ての子供に教えたのです。一番真似たのはジダンとロナウジーニョでしょう。日本人は皆、ジダンとロナウジーニョが発明した技を、どんな子供でも習得</div>
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                <dc:creator><![CDATA[岩崎夏海]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[建築の学び方：その33（1,887字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>ぼくはこの一年間家を作ってきた。その過程で何度も考えたのが「家を作るということは、結局のところ『道』を作ることなのではないか」ということだ。あるいは庭作りや街作りも含めれば、「建築とはつまるところ、『道』を作ることではないか」ということだった。

そこで「道」についてあらためて考えてきた。今も人は道を作り続けるが、ほとんどの場合で専門家が作る。建設業者が機械で作る。しかしこれは世界中でそうなのだが、産業革命以降、人間が頭だけで考え機械で作った真に計画的な道というのは案外に少ない。それよりも、産業革命以前にあった（あるいはできた）自然な道に後づけで建設したケースの方が多い。

この比率の研究をしている人はいるのだろうか？　ぼくはよく知らないが、しかしこれを研究することは道とは何かを知る大きな手がかりになるし、同時にそれは建築とは何かを知ることの大きな手がかりになるだろう。

道についてぼくが</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233680</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233680</guid>
                <pubDate>Tue, 23 Jun 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[建築の学び方]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>ぼくはこの一年間家を作ってきた。その過程で何度も考えたのが「家を作るということは、結局のところ『道』を作ることなのではないか」ということだ。あるいは庭作りや街作りも含めれば、「建築とはつまるところ、『道』を作ることではないか」ということだった。</div>
<br />
<div>そこで「道」についてあらためて考えてきた。今も人は道を作り続けるが、ほとんどの場合で専門家が作る。建設業者が機械で作る。しかしこれは世界中でそうなのだが、産業革命以降、人間が頭だけで考え機械で作った真に計画的な道というのは案外に少ない。それよりも、産業革命以前にあった（あるいはできた）自然な道に後づけで建設したケースの方が多い。</div>
<br />
<div>この比率の研究をしている人はいるのだろうか？　ぼくはよく知らないが、しかしこれを研究することは道とは何かを知る大きな手がかりになるし、同時にそれは建築とは何かを知ることの大きな手がかりになるだろう。</div>
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<div>道についてぼくが</div>
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                        </p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[岩崎夏海]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[石原莞爾と東條英機：その139（2,285字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>1942年暮れ、日本はガダルカナル島での敗北を認めざるを得ず、遅まきながら撤退を決める。しかしこの間約2万人の戦死者を出し、内1万5千は餓死や病死という奇っ怪な状況となった。

こうした奇っ怪な状況が現れるに連れ、東條英機の精神論もまた暴走していく。東條の精神論についての有名な言説の一つに、日本軍の飛行機を見て、「あれは飛行機ではなく、精神が飛んでいるのだ」と述べたというものがある。もう一つ、兵士に「敵機は攻撃によって落とすのではなく、気魄によって落とすのだ」と述べたともされる。

ここだけ見ると狂信的に見えなくもないが、しかし実際は東條もこれを本気で言っているわけではない。一種の比喩として言っており、それだけ「気持ちがだいじなんだ」ということを言いたいのだ。

この考えは戦後もしばらくは日本人の中に価値観として残った。しかし平成の半ばくらいから否定され始め、今では蛇蝎の如く嫌われている。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233641</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233641</guid>
                <pubDate>Mon, 22 Jun 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[石原莞爾と東條英機]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>1942年暮れ、日本はガダルカナル島での敗北を認めざるを得ず、遅まきながら撤退を決める。しかしこの間約2万人の戦死者を出し、内1万5千は餓死や病死という奇っ怪な状況となった。</div>
<br />
<div>こうした奇っ怪な状況が現れるに連れ、東條英機の精神論もまた暴走していく。東條の精神論についての有名な言説の一つに、日本軍の飛行機を見て、「あれは飛行機ではなく、精神が飛んでいるのだ」と述べたというものがある。もう一つ、兵士に「敵機は攻撃によって落とすのではなく、気魄によって落とすのだ」と述べたともされる。</div>
<br />
<div>ここだけ見ると狂信的に見えなくもないが、しかし実際は東條もこれを本気で言っているわけではない。一種の比喩として言っており、それだけ「気持ちがだいじなんだ」ということを言いたいのだ。</div>
<br />
<div>この考えは戦後もしばらくは日本人の中に価値観として残った。しかし平成の半ばくらいから否定され始め、今では蛇蝎の如く嫌われている。</div>
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                        </p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[岩崎夏海]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[野球道とは負けることと見つけたり：その80（1,904字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>池田と東洋大姫路との雨中の試合は、池田にとって文字通り泥沼の様相となった。自分たちの野球ができず、ずるずるとミスをくり返していく展開となった。

この日のキャッチャーも、前試合に続き岡本だった。正捕手岡田の指がまだ回復しておらず、スローイングが覚束なかったからだ。ただし岡田は、この日もスタメンで一塁に入った。

池田は初回、永井のツーランで2点を先制する。前の試合もそうだったが、このときすでに池田は、強力打線が売り物の一つとなっていた。

しかしこの後、より一層激しくなった雨が池田を翻弄する。ぬかるみになったグラウンドで、バッターは上手く足を踏ん張れず、自慢の強振が覚束なくなった。一方、東洋大姫路のエース荻原は、軟投派でそれほど足を踏ん張る必要がなかった。だから相対的に、雨を苦にしないところがあった。

おかげで池田の打線はなかなか火を噴かない。しかも池田は、当時からゴロを狙うのではなく遠</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233557</link>
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                <pubDate>Fri, 19 Jun 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[野球道とは負けることと見つけたり]]></category>
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                        <![CDATA[<p><div>池田と東洋大姫路との雨中の試合は、池田にとって文字通り泥沼の様相となった。自分たちの野球ができず、ずるずるとミスをくり返していく展開となった。</div>
<br />
<div>この日のキャッチャーも、前試合に続き岡本だった。正捕手岡田の指がまだ回復しておらず、スローイングが覚束なかったからだ。ただし岡田は、この日もスタメンで一塁に入った。</div>
<br />
<div>池田は初回、永井のツーランで2点を先制する。前の試合もそうだったが、このときすでに池田は、強力打線が売り物の一つとなっていた。</div>
<br />
<div>しかしこの後、より一層激しくなった雨が池田を翻弄する。ぬかるみになったグラウンドで、バッターは上手く足を踏ん張れず、自慢の強振が覚束なくなった。一方、東洋大姫路のエース荻原は、軟投派でそれほど足を踏ん張る必要がなかった。だから相対的に、雨を苦にしないところがあった。</div>
<br />
<div>おかげで池田の打線はなかなか火を噴かない。しかも池田は、当時からゴロを狙うのではなく遠</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233557">続きを読む</a>
                        </p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[岩崎夏海]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[令和の恋愛事情：その15（1,795字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>日本の恋愛は1980年に激変した。細かく見れば徐々に変わったのだろうが、しかし俯瞰で見るとそれはコペルニクス的転回といっても差し支えないほどの急さだった。

どう変わったか？
男性優位から女性優位になった。

ここでレコード大賞の受賞曲を見てみたい。

1976年、北の宿から、女が振られる歌
1977年、勝手にしやがれ、男が振られる歌
1978年、UFO、女が追っかける歌
1979年、魅せられて、女の切なさ
1980年、雨の慕情、女の切なさ
1981年、ルビーの指輪、男が振られる歌
1982年、北酒場、男の切なさ
1983年、矢切りの渡し、男と女の逃避行

このポイントは1981年の「ルビーの指輪」にあると思う。これは紛れもなくヒットしたが翌年からレコード大賞は芸能事務所の思惑が反映されるようになり必ずしも公正なものではなくなっていく。

「ルビーの指輪」やこの頃流行っていたたのきんトリオ</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233500</link>
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                <pubDate>Thu, 18 Jun 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[令和の恋愛事情]]></category>
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                        <![CDATA[<p><div>日本の恋愛は1980年に激変した。細かく見れば徐々に変わったのだろうが、しかし俯瞰で見るとそれはコペルニクス的転回といっても差し支えないほどの急さだった。</div>
<br />
<div>どう変わったか？</div>
<div>男性優位から女性優位になった。</div>
<br />
<div>ここでレコード大賞の受賞曲を見てみたい。</div>
<br />
<div>1976年、北の宿から、女が振られる歌</div>
<div>1977年、勝手にしやがれ、男が振られる歌</div>
<div>1978年、UFO、女が追っかける歌</div>
<div>1979年、魅せられて、女の切なさ</div>
<div>1980年、雨の慕情、女の切なさ</div>
<div>1981年、ルビーの指輪、男が振られる歌</div>
<div>1982年、北酒場、男の切なさ</div>
<div>1983年、矢切りの渡し、男と女の逃避行</div>
<br />
<div>このポイントは1981年の「ルビーの指輪」にあると思う。これは紛れもなくヒットしたが翌年からレコード大賞は芸能事務所の思惑が反映されるようになり必ずしも公正なものではなくなっていく。</div>
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<div>「ルビーの指輪」やこの頃流行っていたたのきんトリオ</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233500">続きを読む</a>
                        </p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[岩崎夏海]]></dc:creator>
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                <title><![CDATA[[Q＆A]日本がオランダと引き分けてどう思ったか？（2,388字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>[質問]
ワールドカップが始まりました。ハックルさんはどのように観戦されていますか？

[回答]
ぼくはサッカーにそれほど詳しくないですが、それでも今の日本が海外でも普通に優勝候補の一角に数えられているのは知っています。こんなことはこれまではなかったですね。つまり日本はそれほど期待されている。しかしそれをサッカーファンは知っているけれど、一般のワールドカップしか見ないような人は知らないはずです。

ワールドカップしか見ない人は、日本がまさか優勝候補の一角に上がっているとは夢にも思っていません。彼らは今でもドーハの悲劇を引きずっているので、「出られて良かった」と思っています。

そんな彼らにとって、オランダと引き分けたことは大金星でしょう。しかしそこにサッカーファンや、実際にプレーしている選手たちとは意識の乖離があります。この乖離が、今大会、監督や選手にとっては一番の大敵になると思います。
</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233439</link>
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                <pubDate>Wed, 17 Jun 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
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                        <![CDATA[<p><div>[質問]</div>
<div>ワールドカップが始まりました。ハックルさんはどのように観戦されていますか？</div>
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<div>[回答]</div>
<div>ぼくはサッカーにそれほど詳しくないですが、それでも今の日本が海外でも普通に優勝候補の一角に数えられているのは知っています。こんなことはこれまではなかったですね。つまり日本はそれほど期待されている。しかしそれをサッカーファンは知っているけれど、一般のワールドカップしか見ないような人は知らないはずです。</div>
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<div>ワールドカップしか見ない人は、日本がまさか優勝候補の一角に上がっているとは夢にも思っていません。彼らは今でもドーハの悲劇を引きずっているので、「出られて良かった」と思っています。</div>
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<div>そんな彼らにとって、オランダと引き分けたことは大金星でしょう。しかしそこにサッカーファンや、実際にプレーしている選手たちとは意識の乖離があります。この乖離が、今大会、監督や選手にとっては一番の大敵になると思います。</div>

                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233439">続きを読む</a>
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                <title><![CDATA[建築の学び方：その32（1,709字）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>この連載を通してぼくが言いたかったことは、結局「この30年間に、ぼくの空間能力が高まった」ということである。

ぼくは19歳から22歳までの4年間、大学でそれなりに必死に建築の勉強をした。しかし残念ながら、そこで空間感覚は全く養えなかった。知識だけは多少身についたが、それで建築家としての能力が高まったわけではなかった。

そこでぼくは向いていないと思って建築の道に進まなかった。しかし皮肉なことに、その後で再び建築に興味を持ち、そこから意識的にも無意識的にも建築家としての能力を高めようとした。

そうしたところ、それに少なからず成功したのである。ここから分かるのは、建築家としての能力は後天的に高まるということだ。しかもそれは、年齢にかかわらず高めることができる。もちろん謙虚な心は必要だが、それさえあれば驚くほど空間感覚は向上する。

では、空間感覚を向上させるにはどうすればいいのか？
それは</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233409</link>
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                <pubDate>Tue, 16 Jun 2026 06:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[建築の学び方]]></category>
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<div>ぼくは19歳から22歳までの4年間、大学でそれなりに必死に建築の勉強をした。しかし残念ながら、そこで空間感覚は全く養えなかった。知識だけは多少身についたが、それで建築家としての能力が高まったわけではなかった。</div>
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<div>そこでぼくは向いていないと思って建築の道に進まなかった。しかし皮肉なことに、その後で再び建築に興味を持ち、そこから意識的にも無意識的にも建築家としての能力を高めようとした。</div>
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<div>そうしたところ、それに少なからず成功したのである。ここから分かるのは、建築家としての能力は後天的に高まるということだ。しかもそれは、年齢にかかわらず高めることができる。もちろん謙虚な心は必要だが、それさえあれば驚くほど空間感覚は向上する。</div>
<br />
<div>では、空間感覚を向上させるにはどうすればいいのか？</div>
<div>それは</div>
                            <a href="https://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar2233409">続きを読む</a>
                        </p>]]>
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