日本の象徴を手に持ち、宗教団体を批判する記事について所見
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

日本の象徴を手に持ち、宗教団体を批判する記事について所見

2019-06-01 09:53
    以下の記事があった。

    創価学会「日本民族に天皇は重大でない」2019/05/31 15:15プレジデントオンライン

     内容は、読んでも読んで頂かなくても構わない。

     私の思う所は、「日本の象徴でもって宗教団体を批判し、公表する事は日本を貶める(おとしめる)行為である。」と言う事である。

     宗教は人生の指針を考える哲学の一つであり、信念である。それは、仏教でもキリスト教でもイスラム教でも、そして神道においても同じである。
     そして、その宗教間で教義が異なる事も当然である。その為、宗教間で尊敬しあう事が必要である。どうしても相容れない所もあろうが、そこは不干渉等お互いに許容する所である。

     さて、当該記事において、創価学会の名誉会長執筆の小説の一文(であろう)を引用し、天皇陛下を利用して批判している。
     そもそも、
    創価学会池田大作名誉会長の主著『人間革命』には次の一節がある。
    -第1小題の1行目
     と引用項の掲示も無い事は、「自分で探せ」と言わんばかりの書き方である。
    文庫で12巻ある中の一文を探す事は非常に困難であり、不親切である。

     その後、重大だ重大ではないだと書かれているが、そもそも天皇陛下を敬う心あらば、1宗教団体の批判の為に利用してはならない。

     一重に批判したいが為の記事であり、自分の利益の為に陛下を利用しているのである。

     戦中、創価学会が神仏迎合を拒否したのは、天皇陛下を奉り上げて戦争の神輿にした為である。
    そのような狂信をもたらしたものの根源が、軍部政府の精神的支柱であった「国家神道」にほかならないことを、彼は骨身にしみて熟知していたのである。
    -人間革命(文庫版)第一巻P.20
     天皇陛下を「崇める」のでは無く、「敬う」事こそが現代の日本の在り方である。

     立憲君主制である日本に生まれて来たからには、我々国民と陛下の関係を今一度考察し直し、個々人の哲学と向き合い、尊重していきたい。
    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。