Vtuberのような動画を見ていたような #24
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Vtuberのような動画を見ていたような #24

2019-12-22 12:34
    6月に書くVtuberコラム6本中の最後!6本目

    Vtuberについてのコラムも、もう24回目ですか。早いものです。

    そんなことを言うのも。だって、

    これを書いてるのは、6月ですから。

    サマータイムからのメリクリー!

    そんなことはどうでもよくて。

    書いている6月と、これを読んでいる12月の

    この半年でVtuberはどうなってるでしょうか。

    個人的には何も変わってない気がします。

    Vtuber界隈、2018年1月からの2ヶ月が駆け足すぎて

    ブームもあっという間に過ぎて、倦怠に入って

    今では、どちらかといえば空気。Vtuberがそこにいて当たり前の世界

    Vtuberだからと言って、特別なことはしない。歌って、喋って、ゲームして。

    そこには何も特別な感情はない。Vtuberだからといって特別な感情はない。

    だから、この2019年後半の半年は

    いつもと同じ空気が流れて、動画の視聴回数を重ねる毎日。

    そして、いろいろな感情や愛情や不安や不満も、何もかも変わらないと考えてます。

    では、今回のテーマに行きますよ

    Vtuberの高級志向と妥協行動

    ものすごいものを作りたいと言う願望と、ものすごいものを見たいと言う願望

    例えば、深夜アニメがいっぱいあって全部見るのは無理な状況

    ニコ動でもいっぱい動画があって、当然全部把握するのは無理な状況

    そう言う状況で、作り手も見る側も多かれ少なかれ、

    面白いものを作りたいと面白いものをみたい

    その感情の吹き溜まりになる

    バーチャル動画の本格化志向、VR空間とかAR技術とか

    たくさん体験をして、動画を見ている人の多くは高級志向になりがちである

    もっと良いものを見たい、もっと良いものを作りたい

    しかし

    それだけではない。

    そこまで深く見ていない人にとってみれば、歌やしゃべりだけで十分でもある

    むしろ、長く続けるにはある程度の動画に対する妥協と、お気楽さが必要

    ゲーム実況や、歌ってみたは、おそらくは作り手と視聴者の長く活動するための妥協点

    企業勢のVtuberで、行き着いたバラエティ動画も、おそらくはコストと視聴者の妥協点

    どれが良いとか悪いとかの話ではない

    Vtuberのミライはどっちにあるのか

    存在が身近で、空気で、だからこそ皆目見当がつかない

    今月の歌は
    NEW ERA/輝夜月
    https://youtu.be/yiVGudcnsAg
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