皆さん、こんにちは。百田尚樹です。
今週、囲碁の棋聖・名人・本因坊の三大タイトル保持者の井山裕太さんと対談しました。
井山さんは囲碁界に何十年に一度出るかどうかの天才棋士です。まだ26歳という若さですが、とてもそんな年齢には見えない風格と落ち着きを持った青年でした。対談のテーマはもちろん「囲碁」です。
私は今、「週刊文春」で『幻庵』(げんなん)という小説を連載しています。これは江戸の後期に「幻庵因碩」(げんなんいんせき)と呼ばれた実在の囲碁打ち(棋士)を主人公にした物語です。
現代はリーグ戦を勝ち抜いて、挑戦手合に勝てば名人になれますが、江戸時代は簡単になれるものではありませんでした。同時代に隔絶した強さを持った棋士だけが名人になれるのです。これは恐ろしく難しいことです。トーナメントに一度優勝したくらいではダメなのです。10年くらいナンバー1を続けて初めて認められるくらいの難易度です。そのために江戸時代260年間に名人はわずか8人しか生まれませんでした。
幻庵は大変な天才でしたが、同時代に本因坊丈和という化け物みたいな棋士がいたために、ついに名人になれなかった悲劇の棋士です。
ちなみに「名人」という言葉は、囲碁から生まれた言葉です。戦国時代、京都に本因坊日海という碁の非常に強い僧がいて、彼の碁に感心した織田信長が「名人」と呼んだことにより、この言葉が生まれたのです。信長は名物とか名品という意味で「名人」と言ったのでしょう。これ以来、様々なジャンルの達人を「名人」と呼ぶようになりました。
井山さんは『幻庵』を読んでくれていて、対談は大いに盛り上がりました。
囲碁というゲームの持つ不思議、魅力、怖さ、謎、といったものを語ってくれました。第一人者ならではの深い話をいくつも聞くことができました。対談を聞いていた文春のスタッフ(4人いました)も、井山名人の語りに感銘を受けていました。
この対談は、来月の「週刊文春」に載ります。興味のある方は是非、読んで下さい。
井山さんは9月4日から名人戦の挑戦手合7番勝負を打ちますが、スケジュールが合えば前夜祭にお邪魔して激励したいと思いましたが、名人戦の主催は私を目の敵にしている朝日新聞なのです。当日カツラでもつけて変装して行こうかなと思います(笑)。
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今週、月刊誌「WiLL」に私が『大放言』について文章を寄稿しました。
本の宣伝が目的ではなく、現代のマスコミが「言葉狩りによる言論封殺」を行なっている状況を指摘したものです。
「WiLL」の編集部の許可を得て、転載させていただきます(少しカットしています)。
以下はその文章です。