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――というわけで、続きです。
匿名用アカウント氏の『BEASTARS』評の感想であり、まずは本ブログ前回と前々回、前々々回、及び匿名氏のnoteを読んでいただくことを推奨します。
さらに、そもそもの『BEASTARS』も読んでいただくのがベストなのですが、ぼく自身、先日ようやっと第二部とも言える十一巻までを読んだばかりで、本稿もあくまで匿名氏の批評を根底に置いたものなので……。
・兵頭、十一巻まで読んだってよ
はい、みなさん、褒めてください。
ワタクシこと兵頭新児、本作を第二部とも言うべき十一巻まで読破しました。
何というか、本作をこの七巻から十一巻だけ読んでいたら、ぼくもそんなに悪い読後感を抱かなかったのではと思います。勝手な想像ですが、本作の人気がブレイクしたのはこの辺りではないでしょうか。
要するにこの第二部(ウィキでは「食殺事件篇」と呼称)では作品冒頭で起きた食殺事件、つまり肉食獣が草食獣のテムを食い殺した事件について蒸し返され、レゴシがその犯人と対決。サブエピソードとしてルイがシシ組を離反し、日常世界に帰ってくる(=レゴシと和解する)ところまでが描かれます。
あくまで漫画として、悪をやっつけるヒーローとしてのレゴシの活躍として読め、楽しめるものになっています。
ただ……以上の誉め言葉は、ある意味、作品の欠点ともなっています。
ハルとの恋愛こそが第一部(一巻から六巻)までのメインテーマであったはずが、この辺りになるとハルの出番はめっきり減り、恋愛関係も描かれなくなります。一方、上に「蒸し返した」と書いたように、今さらのように一番初めに起きた食殺事件がよいしょとばかりに引っ張り出されてくるのです。そのきっかけが奇妙な蛇のキャラクターで(こいつだけどういうわけか動物そのままの体形を保っている)、その蛇も意味ありげに出て来て、その後全く出てこない。もう一つ美形のヒツジのキャラが出てくるのですが、コイツも意味ありげに出て来て話に絡んで来ない。正直、かなり行き当たりばったりに描かれている印象です。
それを言えばそもそも、この食殺事件の扱い自体が、(かつて、この世界の警察がどうなっているのか判然としないと指摘したように)曖昧です。
レゴシの行動原理は基本、ハルとの恋愛、ハルを一度襲ってしまったことへの贖罪であったはずが、第二部では食殺犯をやっつけることにすり替わっています。これはもちろん、「肉食獣としての原罪へのけじめ」ということでつながってはいるのですが、それにしても「何でハルちゃん出てこないの?」という疑念は拭い切れません。いや、その方が面白いと思えるのが辛いところですが、こうなるとムカつく不人気キャラのハルを編集者が「しばらく出すな」と指導したといった憶測も、成り立たなくはありません(ファースト『ガンダム』のシャアも上層部に嫌われ、しばし左遷の憂き目にあっており、近い状況があった気もします)。
・犯人、あっさりわかったってよ
さて、食殺事件に戻りましょう。
レゴシは捜査の末、演劇部のクマ、リズが犯人であると割り出し、睨みあいになります。
ここに先のヒツジが出て来て、場を混ぜっ返すようなことを言います*1「聞いちゃった。でもぼくを殺せば同じ場で食殺が二度も起きたことになる、さすがに警察も本腰を入れる、一発で犯人がわかるよ」。
警察があったのかよ!!
てか「本腰入れず」捜査をしていたのかよ!!
本腰なら一発なのかよ!!
もうメチャクチャ。
事実、レゴシもあっさり犯人を割り出していますし。一方、レゴシも周囲から警察に任せれば、と繰り返され、「自分が納得いかないから」とそれを拒みます。しかし被害者のテムは一応、彼の知りあいかもしれないが、それにしてももしテムに遺族がいるなら「死んだ人間をお前のマスターベーションに使うんじゃねえ」と言いたくもなるでしょう。これ、シンプルに「親友を殺されたかたき討ち」といった図式にでもした方がよかった気もします(この第二部だけで語るなら、その意味で「女」がいない世界とした方が、すっきりする気すらします)。
また、このリズが食殺事件を起こしたことが友情の行き過ぎみたいに描写され、正直戸惑います。ヘタにいい話にしようとして意味不明になったとも思えるけれども、作者が暴走してBLをやりだしただけという気もします。リズはテムと友人だったのですが、食い殺した瞬間を、友情の結実した瞬間であるかのように捉えているのです。
前回、この七巻でレゴシが「ロリコン」と呼ばれるシーンがある、と書きました。
これは女性のメタファーとして草食獣(ウサギなどの小動物)を持ち出すことで、性関係の責任の全てを男性へと「丸投げ」する、女性の不誠実な詐術である、とも述べました。
そしてこれはまた、時々フェミニストが「ペドファイル(の、子供への性加害)」を批判するフリをして、男性全体の女性との性交渉そのものを全否定しようとしている様子*2とも「完全に一致」していると言えましょう。
ハルは、「フェミニスト」でした。
しかしこのリズはそれと正反対に、「ペドファイル」なのです。
当noteをずっとご覧いただいている方にはおわかりでしょうが、ぼくはペドファイルには否定的です。否、ペドファイルそのものは正義でも悪でもないでしょうが、彼らを「ホモ同様の清浄なる被差別者様」へと位置づけようとするリベラルには徹底して否定的です。また、ペドファイルの全員ではなくとも、ある割合で児童ポルノや子供とのセックスを肯定する層がおり、それももちろん、首肯できません。
いずれも自分の「権利」や「自由」のためならば他人の権利や自由を侵害することにためらいのない「リベラル」であり、彼ら彼女ら(フェミニストと表現の自由クラスタ)の争いは、恋人同士の痴話ゲンカに過ぎない……ぼくはずっとそう言ってきました。
そう、本作でもまたその痴話ゲンカが繰り返されているのです。
リズは「ぼくは唯一草食獣との友情を築き上げた肉食獣だ、テムを同意の上で食べたのだ」と言い出します。本当にぼくの指摘するペドファイルと「完全に一致」するのです。
もっとも、最終決戦時には「ぼくたちに友情がなかったなんて、うすうす気づいていた」と告白もするのですが。リズは相手と親友になりたかったが、それが叶わなかった。最終決戦にはルイも駆けつけるのですが(ここはまた複雑なので後述)そのルイとレゴシの「絆」を見てリズは「こんなにも友情とは命懸けのものなのか」と思い至り、敗れていきます。
何というか、先の「ペド悪者論」の視点で見れば、これはペドが改心するいい話、とも言えなくもありません。
しかし草食獣は「幼女」のメタファーではなく、あくまで「女性」のメタファーとされており、そここそが本作の欺瞞なのです。だって草食獣も知性は肉食獣と同等だし、身体能力の差はあれ、それは文明を持つ動物たちの世界では絶対ではないのだから。
*1 女性読者対策の人気取りキャラという印象で、「役割の与えられていない狛枝」という感じです。狛枝は『スーパーダンガンロンパ2』に出てきた、緒方恵美が担当した美形キャラ。いかにも腐女子が「きゃー」というようなキャラですが、正義と悪を掻き回す第三勢力とでもいった機能をもってストーリーに絡んで、名キャラとなったのですが……。
*2 以下などですね。
春一番 日本一の認知の歪み祭り! 「小児性愛」という病――それは愛ではない
春一番 日本一の認知の歪み祭り! 「小児性愛」という病――それは愛ではない(その2)
・ルイ、シシ組辞めるってよ
さて、ちょっとルイに戻りましょう。
レゴシはルイに決闘の立会人になって欲しいと望み、そしてこの決闘中、危機を迎えたレゴシはリズを凌駕するパワーを得るため、ルイの足を食います。これは同時に、ルイの足に打たれた、ルイが食肉として裏市で売られていた時代の刻印を消すという意味もあるのですが……。
ぼくは第一回でこのシーンについての匿名氏の批評を、(漫画の方を読みもせず)
上の「草食系エリート男子」であるルイにしてもそうで、匿名氏は彼を、「形として男性として描いてるだけで、実質的には女性なのだ」とでもいった解釈をしているように思えますが、果たしてどうなのかなあと。
と評しました。
しかしいざ読んでみるとこれは全くの勘違い、正しい評をしているのは匿名氏の方でした。
繰り返す通り、「食殺事件篇」では専ら男性キャラばかりが活躍する。先にはハルが人気がなかったせいではと想像しましたが、事実関係はどうあれ、「食殺事件篇」に突入すると共に、本作は「BL漫画」となったのです。
この決戦の前、ルイは決闘の立ちあいを許さないシシ組と決別するのですが、ここでルイは部下のライオンを一人殺してまで堅気に戻るのです(その部下も「組を辞めるなら俺を殺して行け」とルイを食い殺そうとして、また別な部下がルイを守るためにそいつを射殺する、という経緯であり、別にルイが手を下したわけではないのですが)。
正直、この下りは見ていてよくわかりません。シシ組もちょっとした外出くらい許可してやれよという感じですし。
このクライマックスでルイは「俺は肉食獣が好きだ」と言うのです。「肉体が強いから懐が深く仲間思い、肉に飢えているからいつもどこか苦しげだ」。
正直よくわからないのですが、この言葉は「女性からの、男性性への称賛」のように、ぼくには思えます。
ルイは「お姫さま」だったんじゃないでしょうか。
草食動物というクリーンなボスがいるおかげでシシ組のしのぎがしやすくなったとの、裏社会なりの政治も描かれるんですが、言ってみりゃ「君がいるだけで場が明るくなる」として皆から愛されるお姫さまだったんじゃないですかね。
ルイの「肉食獣が好き」発言は別に性的な意味ではないでしょう。力を持ち、それ故責任を負おうとする肉食獣の生き方に敬意を払うというようなことであったかと思います。
ライオンたちがボスであるルイに奉仕するのもまあ、性的な感情を持っているものとして描いているわけではないでしょうが、それこそ腐女子が男たちの性的ではない友情に「萌え」るように、やはりそこに性的なものを見る作者の視点が、どこかに隠れているような気がします。
そして、ハーレムで女として愛されたルイは、真実の愛に気づき、本当の恋人であるレゴシの下へと戻ったと考えると、わざわざシシ組から抜け出す辻褄があうのです。
問題のルイの脚を食うシーン。
これはリクツの上では「レゴシが肉を食うことでパワーアップ」というまあ、『ドラクエ』の薬草とか『マリオ』のキノコみたいな扱いですが、これを「戦地に赴く男、その男に身体を許す女」の図に置き換えてみるとどうでしょうか。男は今まで怯えていたにもかかわらず「君のためなら死ねる」とばかり、覚悟を決める。
そうした暗喩に描き手が自覚的だったかは判然としません。
しかし(意識的にか、人気などに影響されての路線変更故か)「男の世界のことです」な話になってしまったとたん、本作ではルイが「受け」になってしまったのです。
実のところ、彼は本作で一番女性ジェンダーを満喫している存在です。
言わば、ハルの代役。
作者の「本音」を司る存在となったのです。
ルイはレゴシの牙に、呪いが解かれたと語ります。
ルイは自分は弱くていいと、女の悦びを受け容れた存在なのです。
だから彼は肉食獣への愛を吐露し、食べられたいと願ったのです。強さに責任を持つ肉食獣には自分の肉体を捧げる責任というか義務がある、と知ったのです。
本作はBLでした。
腐女子がBLを描くのは、レイプされるほどに、男性に性的に求められたいが、レイプの痛みを引き受けたくないので、男に代行させているから、です。
その欲望の前にリズは負けました。
リズは「自分に恋い焦がれてレイプせよ。そして、さらなる強者である騎士にぶち殺されよ」とのフェミニズムに殺された「弱者男性」でした。
何しろこの世界においてクマは「力抑制剤」というものを(重篤な副作用と引き換えに)飲み、ネコを被らねば生きていけない存在なのですから!
レゴシはまあ、一応の勝ち組と言いますか、「女とやれた」存在でした(だって肉を食えましたから)。
だが、ルイに半ば強要されてその足を食う瞬間も、彼は「食肉に正当化は許されない、だから俺はルイ先輩の足を食いたいという自分の意志で食います」と叫ぶのです。
「俺たちの間に合意なんてない。女性様であるあなたは、いついかなる時もこの合意をひるがえし、俺をレイプ犯として処刑する権利を持ちます」。
レゴシはそう絶叫しながら、性関係を持ったのです(ただし男と)。
後、犯人の唾液を入手するため、暗闇で自分を襲撃した犯人とディープキスもしています。
後、ルイに立会人を頼むため、裏市に女装して赴きます。
ゆかいなまんがだね!
この「食殺事件篇」の冒頭で、レゴシは「草食獣が俺たち肉食獣と親しくしてくれるだけでありがたいことだ、その恩に報いねば」と口走ります。彼の恋愛は仲間たちから「信仰」に近いと評され、本人も「それが正しい形だ」と言うのです。つまり「人間の」男は信仰するように女に接しよというのが、作者の道徳律なのです。
先にも述べたように、ルイとレゴシの絆に、リズはこんなにも友情とは命懸けなのかと感じ、食殺した友人も自分と共にいた時は命懸けだったのかと思い至ります。
アホか。
どう考えても肉食獣の方が命懸けだろ。
テムという別にどうでもいいキャラのため、レゴシは「何か、命懸け」させられてるんだぞ。
結局、ルイの足を食ったとして警察に連れてかれるんだぞ(本当、ラストに取ってつけたように警察が出てきます)。
その「本来の動機」であったはずのハルは家族と紅白見てるんだぞ。
これ、本当です。
この決闘は大晦日であり、ハルが紅白を見る様が描かれます。
腐女子が、自分の性欲を少年に仮託し、おっさんにレイプさせるように、板垣師匠は「全てを男性に仮託」して、自らの願望を、描ききったのです。
――さて、こんなところです。
実は今回は本作の女性陣について語るつもりが、繰り返す通り彼女らの出番がなく、こんなことになってしまいました。
最低、もう一回、続きを書きたいのですが、次はちょっと間が空くかもしれません。