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 どうも、ブログの更新が滞っております。
 最低月一は更新、を自分に課しているのですが、先月はお知らせ以外の更新ができませんでした。
 上野千鶴子師匠の『セクシィ・ギャルの大研究』を読み返したりもしていたのですが、記憶していたよりも更に無内容な本で、どうにもネタになりそうにありません。
 しかも、これから本職の方で忙しくなりそうな気配。
 早いうちに更新しておこうということで、今回のお題はこれです。

 本作の作者、唐沢なをきさんはマニアに絶大な人気を誇るギャグ漫画家。普段から「今時、よくこんなの描けているなあ」と舌を巻かずにはおれないアナーキーな作品を発表し続けている作家さんですが、本作は中でもその度合いの強い問題作。
 要は漫画家にまつわる悲喜交々をセキララに描いた漫画です。
 女性そのものを描くことが目的となっている作品ではないのですが――しかし、と言うか、だからこそ、と言うか、本作の女性を描く筆致はどうにもこうにも容赦のないものとなっているのです。近年、タイトルを『まんが家総進撃』と改題していますが、それをあわせ単行本十冊にもなる長期連載であり、また一話完結型のオムニバス作品の(つまり、決まった主役も舞台もない)ため、一口では説明しにくいのですが、今回はまず、「夢脳ララァ」というキャラクターについてご紹介することにしましょう。
 いつも通り、ネタバレされたくない方は、以下はお読みになりませんよう。

 さて、先に「決まった主役はいない」と書きましたが、本作には度々、同じキャラクターが登場します。中でも夢脳ララァはウィキによると「作中で最も登場回数が多い人物」。
 以降もウィキの記述を引用すると、

時には「小学生のラクガキ」と言われるなど、漫画の実力はあらゆる面において水準以下であるが、自分の作品に大きな自信を持っている。酒の勢いで担当編集者と一夜を共に過ごしたことをきっかけに、メジャー雑誌の『少年赤虫』で読みきり作品が掲載され、その後は枕営業にドップリとハマってしまう。(中略)自尊心が強く、ことあるごとに「自分はメジャー雑誌に載ったことがあるプロ」と称し、細かいカットなどは「コッパ仕事」と呼んでやりたがらなかったり不遜な面も多い。


 といった次第。
 このエピソードは初登場の「枕営業」(1巻)で描かれたものであり、そのラストは中年になって仕事を失ったララァが心を病み、派手な格好で「私の漫画見てください、いいことしてあげるから」と呟きながら街を徘徊する、というところで終わっています。つまり彼女は「漫画家であるワタシ」という職業アイデンティティに対する過剰な拘泥と、それとは裏腹に「女の武器」を使うことに何らためらいのない狡猾さの間で揺れている……ではないな、彼女の中でその両者が何の矛盾もなく同居している、そうした存在として描かれるのです。
 上のエピソードは一種の「バッドエンド」ですが、以降も彼女は「パラレル設定」的に他の話にもゲスト出演、或いは主演し続けます。
 売れっ子漫画家のアシストに入る話(1巻「箱舟まんが丸」)では他のアシスタントに対しては「私はもう漫画家なんだから!」と威張り散らし、先生に対しては「同じプロとして」と同調するキャラとして描かれています。
「リセットくん」(6巻)、「ララァという女」(7巻)、「ララァ故郷に帰る」(『総進撃』1巻)では東京直下型地震から逃れ、或いはホームレスとなって、ララァが漫画家仲間や実家にたかろうとする様が描かれます。が、毎回オチでは失火するなどで相手側の生活環境をも破壊し、罪悪感も反省もゼロで妙にポジティブな「夢に向かって頑張るぞ」的な宣言をして、次のたかり先を探すところで終わります。
「ララァという女」の出だしでは、女流漫画家のアシをやっていたところ、あまりに仕事ぶりが非道くて追い出されており、その後は男にたかり続ける、つまりは女社会ではやっていけない女性が男性へと寄生し続ける様が描かれ、この種の女性の本質を表現しているようにも思います。

 事実、これらの前に描かれた「女の園」(5巻)ではララァがふたりの女性漫画家志望者に出会い、意気投合し、結局は関係が破綻する様が描かれます。
 冒頭の意気投合する若い意気軒昂さはまぶしくもあるのですが(「私たちでこの膠着した漫画業界に突破口を開くのよ!」)、いざララァの絵を見たふたりがそのヘタッピーさに愕然、一計を案じて「ウェブ広報担当になってくれ」とララァを作画から外します。ウェブ上で自分たちの漫画を宣伝するララァは「買ってくれたらパンツ見せちゃうよ」「自分のエッチな体験談を元に描いた漫画なの」と早速、女を武器に使うのです。
 ララァの徹底した、「漫画家というアイデンティティ」と「女の武器」とのダブルスタンダードが、ここでも貫かれているわけです。これは言うまでもなく「男性並」を求め社会進出に乗り出しながら、しかし「女の武器」を捨てることなど夢にも考えなかったフェミニストたちと「完全に一致」しています。

 ちょっと話が前後しますが、唐沢なをきさんの漫画についてご存じで、しかし本作については読んだことがないという方は、このキャラ名で画像検索をしてみてください。眼鏡に三つ編みという、お馴染みのキャラデザイン。即ち、彼女は唐沢作品の女子キャラとしてはもっともスタンダードなデザインが与えられた、本作のヒロインと言っていいキャラなわけです。
 そしてこの種のキャラは、かつての唐沢作品では主役格の「性格の悪い眼鏡のインテリ男性」にただひたすらいじめられるという役割を担っていました。ギャグ漫画の中、「いじめられる、可哀想な女の子」という役割を果たすことで彼女らは女性ジェンダーを発揮していた。また、そうした唐沢ヒロインはオタク界における地味子キャラの先取りをしていたと言えるわけです。
 ところが、比較的近年に描かれた『ヌイグルメン!』の乙梨キミエは、そうしたデザインを与えられ、また気の弱い泣き虫といった基本性格は従来のままでありながら、しかし立場が変わるや図に乗って威張り出すなど多少、腹黒い面を見せるキャラとなりました。これは『ヌイグルメン!』が従来の作と異なる、青春ドラマの側面を持ちあわせているが故でしょう。端的に言えばキミエは「従来の唐沢ヒロインが青春ドラマの中、キャラの掘り下げが行われ、内面を獲得するに至った」存在と言え、その先に誕生したのが夢脳ララァである――とひとまず、そんな分析が可能なわけです。
 唐沢なをきさんがデビューしたのは80年代の最中。言わば雇用機会均等法などに象徴される「フェミバブル」の時期に敢えて(というより、ギャグ漫画を描くにはそうせざるを得なかっただけかも知れませんが)古典的ヒロイン像を描き続けていたなをさんが、いざリアルな社会を描破してみせる必要に迫られた時、採った手法が「いつものキャラデザのヒロインに、職業漫画家という男性ジェンダーに対する熱望(言い換えるならば、「男に認めてほしい欲」でしょうか。見る限り、ララァさんは男性向け漫画誌にばかり持ち込んでいるようでもありますし)と、女性ジェンダーのネガティビティを宿らせる」というものであったのです。
 また、彼はオタク第一世代であり、本作に限らず彼の作品にはオタク第一世代としてのメンタリティが横溢しています。オタクとは、言わばそうした「フェミニストのダブルスタンダード」に翻弄されてきた世代と言えます。

 ちょっと、お話は夢脳ララァからずれるのですが、『総進撃』の1巻には「女総屑くん」というエピソードが描かれます。
 木下笄蛭という女流漫画家を激しく憎む読者が、ただひたすら女流漫画家を否定し、それをネットなどに書き込み続ける、というお話です。逆に言えば、ネットにおけるそうした論調は、本作の材とされるほどに目立つものになりつつある、ということでもありますね。
 笄蛭は「やっぱり女の描く漫画ってインクに汚れた血がまじってるよね生理の」と語り、また女流漫画家が「色仕掛けで仕事を採ってきているに違いない」と勘繰り、そしてまた実は「女性を屈服させる」エロ同人誌で人気を得ている人物であると描かれます。
 笄蛭の根本には生理的、また童貞的な女性への嫌悪があることが感じられます。
 ――ただ、実のところ、少なくともぼくは「女流漫画家批判」においてこのような言い方がされるのをあまり見たことがありません。
 ぼくが見聞する限り、女性作家への批判は「(少年漫画というフィールドで、それにそぐわない)鬱展開を始めること」などについて向けられることが主であるように思われます。もっとも、笄蛭が言及しているのと同じ、「女性キャラ無双が不自然」といった論調も見かけますが。
 しかしむしろ、ララァが繰り返している「女性作家が女の武器を使い、実力に見あわぬ仕事をすること」について、実はネットで論難されているのを、少なくともぼくはあまり見たことがない。このことは「女流作家批判」が、傍から思うほどに女性蔑視的でも反フェミニズム的でも非理性的でもなく、むしろニュートラルであることを示唆しているように、ぼくには思われます。
 つまり、正直なところ、この描写は必ずしもネットでの実際の言説をリアルに反映しているとは言えず、「その言説への女性側の解釈」をこそ反映しているように思えるのです。笄蛭は女を屈服させる漫画を描いていますが、それ自体が男性の言葉に「女にモテないヒガミだろう」と勘繰る、女性側の価値観を反映しているように思われます。また、そもそもコミケで行列ができるような作家はオタクの中の勝ち組であり、描いているものが陵辱物であろうと女性にモテるはずで、ここはちょっとリアリティがありません。

 このエピソードではなをさん自身が幾度も登場して「これはフィクションです」「ぼくはこんなふうには考えていません」と断った挙げ句――ラストでは「男総屑さん」という女性が登場、彼女もまた「男の描く漫画は全てダメ!」と言い立て、また彼女が「女王様がM男性を屈服させる」漫画を描いていることを暗示して終わります。
 一応、お話としては「お互い様だよね」とでもいった「正論」*を結論としているわけです。
 そして、この「正論」がなをさんのホンネだったかどうかは置くとして、ぼくは以下のように思います。
 もし、ネット上が「女叩き」とやらで溢れているのだとしたら、それは「女性が男性の分野に進出することこそが絶対正義」との歪んだ価値観が疑いもなく世に浸透していること、そしてまたそれがあまりにも疑ってはならぬ正義であるがため、女性側のスキルへの査定、ここで言うならそうした女流漫画家たちが本当に「男性作家と比べて遜色ない(=男性向けの)作品」を描いているかどうかを問うことがタブーとなっていること自体が原因ではないか。そこを鑑みずに「女叩き許せぬ」とだけ言うことには、あまり意味がないのではないか。
「女性が、男性のフィールドに入ってきて、しかしそのクオリティには疑問が残る」という状況。これは「いや今まで男性が女性を排除してきたことが悪いのだ」と説明され、女性の非を問うことはタブーとなっています。女性の管理職の少なさについての議論などがそうですね。
 一方、「男性が、女性のフィールドに入ることは相変わらずタブー視され、仮にそれにより男性が不利益を被っても、『何か、男が悪い』という結論にされてしまう」状況。
 例えば、男性による少女漫画は(よほど上の世代を辿らない限り)かなり珍しく、またそれに対する女性読者の視線の厳しさは、男性のそれの比ではないはず。
 これは「専業主夫」が増えない事実から目を逸らしたまま、ただひたすらに「女性の社会進出素晴らしい論」が語られている現状と、全く同じことです。

* おわかりかと思いますが、この「正論」はあらゆる意味で不自然です。何となれば「このような女性読者」が実在するかどうかは甚だ疑わしい。それは「女性の方が男性よりも心が清い」からではなく、上にあるように「そもそも男流少女漫画家が少ないから」でしょう。また男性への怨みから男性へのS的なプレイを望む女性というのもどれだけいるのか、疑問です。

 さて、話を夢脳ララァに戻しましょう。
「女流漫画家叩き」とやらは、フェミニズムがそうであるように「男性の領域こそが本道であり、女性がそこに進出することは絶対正義」という歪んだ価値観が生んだ悲劇でした。そしてその価値観には実のところ、タテマエとは裏腹に、「女性的な価値、女性的武器をそこで発揮しても非は問われない」という見事なダブルスタンダードの抜け穴が用意されていた。
 そのダブルスタンダードをこれ以上ないくらいに明確に体現したのが、夢脳ララァでした。
 単行本で見る限り、目下のところの彼女の最後の出演作は「ララァ爆走」(『総進撃』3巻)。彼女はとうとう自分がデビューできない理由を「闇の組織の陰謀だ」と思い込み、テロを企てます。しかしその場ですら、支援者を集めるために色仕掛けを使い、とうとう逮捕されてしまいます。それでもなおポジティブに獄中からのデビューを狙っているところに、破滅が近いことを暗示させるナレーションが入って、話は終わっています(ただ、この「新人漫画家が妙にポジティブでやる気満々」なのは男女問わずであり、迷惑な存在として描きつつも、そこにはどこかなをさんの新人に対する羨望が込められているようにも、見えなくはありません)。
 最初の作品の、「精神を病んで街を徘徊するララァ」に、もはやリーチがかかっている状態ですが……さて、どうなることでしょうか。

 お断りしておきますと、本作の本質は漫画業界の裏事情をブラックユーモアを交えて描くことであり、別にララァだけがタチが悪いわけではありません。男女とも(誠実で清廉な人物もいる一方で)言語に絶するクズのような人間が大勢登場します。
 エロ漫画家の原稿をただひたすら嘲笑するムカつく女の登場するエピソードもあれば(6巻「エロチック街道」)、女性ばかりをアシにして、才能のない者ばかりをやり捨てる中堅漫画家の話もあれば(3巻「女喰い」)、漫画家にDVを受ける妻の話(6巻「DDDの女房」)もあります。
 ただし、「クズな漫画家」の女性版を描こうとした時、それは必然的にこうした女性ジェンダーのネガティビティを背負った存在となる。そして、そのネガティビティはどうしてもフェミニズムの構造的欠陥と共通したものになってしまう。そういうことなのだろうと思います。
 ――さて、本作についてはまだ語りたいことがあるのですが、長くなってしまいました。
「夢脳ララァ」と対になっている「蓑竹ヨブコ」というキャラクターもいるのですが、彼女については、また次回。