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【硬め雑談】勉強の恐怖
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【硬め雑談】勉強の恐怖

2021-03-08 00:29
  • 5

 皆さんこんばんは。


 今日はちょっと堅苦しい雑談です。


 勉強しててよかったなぁ…という話と、勉強しとけばよかったなぁ…という話です。




・勉強


 ぼくは目立つヤツではなかったけど勉強は得意というタイプの学生でした。


 それでいて陰キャのくせに不真面目だったので好きな科目はめちゃくちゃ点数がいいけど苦手な科目はカスみたいな点数を取るタイプです。



 好きな科目と言うのは文系科目で苦手な科目というのは理数系科目のことです。


 歴史科目はほとんど趣味とか遊びの感覚だったから勉強が苦になったことはないし、逆に数学はお昼寝タイムだったので苦になったことがありませんでした。


 魚や昆虫が好きだったので小学校までは理科も大好きだったのですが、計算が絡んできたあたりから嫌いになりました。子どもの理科離れの原因、絶対理科じゃなく数学だろ…



 例外だったのは文系でも漢文は好きだったけど古文はめちゃくちゃ嫌いで、理科の中では生物だけは得意でした。


 古文は英語より難しいクソ言語だと思っていたし、生物は計算や数式が少なくて雑学要素が多いので物理や化学よりも歴史に近いと思っていました。遺伝の図の問題は計算せずに全パターン書いて攻略する派です。




・悲しい出来事


 そんなムラのある学生だったぼくはセンター試験でちょっとした悲劇を引き起こしてしまいました。


 当時よくつるんでいた先生が「センター試験は履修してない科目でも勝手に受けられるぞ」と教えてくれて、せっかくだから記念にミリしらセンターやるかと何人かで一切学校で履修していない地学の試験を受けました。


 地学は理科の一種なのですが、受けてみた感じ地理や他の理科系科目の知識を流用できる問題や、雑学・一般常識の範疇の問題が結構あって、ミリしらの割には結構解けました。



 そんなわけで最低限の点を取るための勉強はしたつもりだった数学2科目よりミリしらの地学のほうが普通にいい点だったのです。


 センター試験なのでそれ以降本気で勉強する機会なんてほぼないからなのですが、これはめちゃくちゃ萎えました。


 地学が点を取りやすい科目だったことが大きいですが、それにしたって人にはどうしようもない向き不向きがあって苦手なことを頑張っても時間の無駄だということがよくわかった出来事でした。





・最近感じた勉強頑張ってよかったこと


 勉強したって社会に出たら使わないと言う人がいたり、社会に出てからじゃ勉強はしたくてもできないという人がいたり色々ですが、ぼくは最近学生の頃勉強しててよかったと思う出来事がありました。



 それは他でもない漫画のネームを書き始めたことです。


 今の実力が十分だとは到底思えてないですが、はじめてからほぼ1年にしてはある程度理屈が分かって身について来たかなぁ…というのが素直な感想です。



 やれ見開きだやれ視線誘導だと覚えることだらけで、実際仕事で死にかけながら睡眠時間を削ってめちゃくちゃ頑張ったのですが本当に大変でした。まだまだできなことのほうが多くて今も大変です。


 これに加えて絵の技術もやってるというのだから、漫画描きって多才だしオーバーワークだよなぁ…ってつくづく恐ろしくなります。




 そんな漫画の基本を覚えるうえで、勉強頑張ってなかったら1年でここまでは覚えられてなかっただろうな…と思ったわけです。




・勉強する対象ではなく、勉強の仕方と筋肉



 漫画と勉強は別物ですが、新しい物事を始める時に覚えて自分のものにする要領というのは勉強と同じだと思います。


 新しい技能を習得する手順はインプットとアウトプットの繰り返しなので、授業を受けてノートを作ってテストを受けて手応えを確かめて…というのとやっていることは変わらないような気がします。


 受験勉強だったり研究発表だったり、不真面目ながらもひと通りそれなりにやり続けたおかげで最低限の下地はできてて、それが漫画を書きたいと思ったときに助けになったなと思いました。



 このインプットとアウトプットの手順は勉強や漫画だけではなくあらゆる物事を覚える際に使うものなので、勉強が役に立ったという実感こそなくとも頭のインナーマッスルになって役立っていることなのかなぁ…と今になって思います。





・勉強が持つ遅効性の恐怖



 たぶん勉強を一切頑張らないまま今になったぼくと実際のぼくを並べたら、漫画の覚え具合も創作の質もだいぶ違ったはずです。


 それこそ中学校の頃の黒歴史ノートに書いてある創作と今ネットに晒している黒歴史創作を比べたら今書いてるもののほうが出来はいいですし、勉強をやらないことで創作の成長が阻害されていた可能性はあると思います。



 ただ、本当に恐ろしいのはもっと勉強を頑張って今になったぼくが存在していたら、創作ももっと強かったし人生そのものも違っていたかもしれないということです。


 そしてこの人生になってしまった以上そのもっと強い人生を知ることができないわけです。


 100%無理だしやるはずがないですけど、もし小中高と本気で勉強して有名な難関大学に進んでいたとしたらぼくが高給取りの公務員や大手企業のエリート社員になっていたかもしれなくて、死ぬまで困らない大金や幸せな家庭など現実のぼくでは逆立ちしたって手に入らない幸せを手にしていた可能性もありますよね。


 でもぼくはそうはならなかったので、自分がもっと勉強してたらそうなっていたかもしれないと冗談では言えても起こり得た現実としては捉えられないんです。


 こうして自分で言ってて悔しくも何ともないのがその証拠です。


 冷静に考えたら漫画の賞に落ちたことよりもこっちのほうがよっぽど悔しがるべきことのような気がしませんか…?

 その差が実現したビジョンを自分のことと思えたか他人事で終わるかの違いな気がします。


 これが後になってからしかわからない勉強の恐怖だと思います…





・おわりに


 これを読んでいる人の多くはたぶん大人だろうと思って書いたのですが、もし学生の方がいたら最悪大学2年くらいまでなら全然間に合うので可能な範囲で勉強はしておいたほうがいいと思います…と言いたいです。


 勉強で培える頭のインナーマッスルはいつか何かをしたいと思ったときに絶対重要になってくるし、その時にならないと気付けないので…


 といってもこれはあくまで一個人の意見で、遊びやバイトを全力でやって得たスキルや人脈で成功する人もいるので参考程度の話です。


 というか勉強頑張るにせよ頑張らないにせよ学生のうちからこんなクソ投稿者のブログなんか読んで時間を潰してはダメです。



 大人になってしまった皆さんはぼくと一緒に稲川淳二になって、やだなぁ~…怖いなぁ~…と言い続けましょう。


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同じく漢文好き・生物大得意の理系人間です。数学は公式を覚えられず(やる気が無かったんでしょうね)、解法はわかるけど全然解けない状態でした。
何かを創ろうとしたときには結局自分の中にあるものとその組み合わせしか出てこないんですよね……それをカバーするために色々な取材を行って見識を広げたり、他人と協力・分担していくわけで。
そういう点でインナーマッスルはわかりやすい表現ですね、全体をスムーズに動かす下地がなければ効率も最終的なバランスも悪くなりますし。

「もし」「たら」「れば」に関しては、もう何回そんなポイントが有ったか考えるだけ悲しくなる(ベストを尽くしまくったら、それこそ私もモテモテのエリートコースを驀進してます)だけなので、「今、この人生を歩んだ自分だからこそできること」を考えるようにしてます。
まあそんなことを考えるのは、私もすっかり大人になってしまっているからで......。若い人たちには根っこのある知識をしっかりと身に着けていってほしいなあと思うし、そのための協力(格好よく言えば次世代への先行投資)は惜しまない生き方ができればなあ、とも思います。長文失礼しました。
1ヶ月前
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ガッツリ勉強して大人になったタイプです。
大学時代も死ぬほど勉強したので、センター後に本気で勉強する機会がほぼ無い、という文脈に戸惑いました。

私は勉強が大好きで穏やかな性格だったので、研究者になりました。
国立の機関にいるので、企業ほどのお給料ではありませんが、
どんなに好きな事に使っても不自由しないくらいのお給金は頂いています。

ここを読んでいる若者がいたら私からも伝えたいです。

勉強ができるかどうかだけで判断しないで欲しい、などと大人に訴える日もあるかもしれません。
しかし、学力は、日本にいる限りほぼ平等に鍛える機会が与えられ、体格や身分の差がなく努力の方法も多岐にわたる…誰にでもチャレンジしやすい試練です。
こんなこともできないようでは、他のもっと難易度が高い事で頑張れる人物な訳がありませんよね。

勉強はしておきましょう。
勉強は裏切りません。
1ヶ月前
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>>1
理系って数学苦手でもいけるものなんですね…
よほど得意分野への情熱や素質があったのでしょうか…

大人になって自分の程度を知ってしまうと「あの時こうしてれば」と考えることが多くなってしまいますね…

どうやったってこの人生から逃れることはできないですし、手の届く範囲で最大限満足する方法を考えて行くしかないのでしょう
1ヶ月前
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>>2
これもぼくが見てきた世界だけでの話かもしれないですが、大学に入ってから大学入試並みに勉強する人は多くないような気がしますね。

あすかねこさんはおそらく大変な努力の末に今の人生を掴み取られたのだろうと思いますが、別の言い方では才能や環境など天から与えられたものを無駄にせずちゃんと形にした人とも言えるのでしょう…

ぼくのようにそれをフルに活かせず怠けてしまう人には気を付けてほしいなと思う一方で、勉強が頑張れば誰にでもできることかと言われるとまた難しい問題だと思います。

あすかねこさんの周囲にいる方はほとんどが大卒で、言い換えれば高等教育にアクセスできる環境があった方だと思います。

ほんの一時ですが塾講師のアルバイトをしていた時に勉強が苦手な子どもを見ていて、本人の不真面目さとか努力不足という次元の話ではなく構造の問題だなと感じるケースも多々ありました。

一言で言うのは難しいですが、勉強で努力できるように育つことができる人というのは思っている以上にずっと少ないと思います。

成績で住む社会が分けられる義務教育後の世界では賢い人たちはそういう知の貧困みたいな現場を見ることもないんだなと思わされた経験でした。


本気で努力したエリートの言葉をこんなところで聞けるのはとても貴重でありがたいことです。

一方で努力と苦労を経た非の打ち所がない立場からの正論であるがゆえに残酷でもあって、生まれた時点で知にアクセスできる環境を十分に得られなかった人たちにまで努力してればこんな風になれたのにという話で終わらせてはいけない気がして、ぼくの感じたことを返信させていただきました。

もし気分を害してしまったらすみません。


全て環境のせいとまで言い出したら終わりだと思いますし、恵まれない中でも必死に努力して何事かを成し遂げられる人がいるのも事実です。
あすかねこさんも怠けようと思えば怠けられた中で与えられた環境以上の努力をなさったのだということは自分の大学時代を思い返せば容易に想像できます。

そんなわけでとても大事な話だと思ったので、落ちこぼれ視点からの補足でした…

読んでいる若い人が自分の人生を歩むうえでの参考になれば幸いです。
1ヶ月前
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嫌だなぁ~……、怖いなぁ~……、うぅ~……
1ヶ月前
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