足軽採用枠をかけた模擬戦の数日前。
前田甚之丞の屋敷にはお抱えの足軽頭たちが集められていた。
目の前の大きな机に広げられているのは近隣の地図であり、部屋はさながら軍議の様相を呈していた。


「今回の採用試験もいつも通りだ。浪人衆には前田城の大手門から出発して、隣の城を目指してもらう。城主の香西伊賀守にも話は通してあるからお前さんたちは道中全力で浪人衆をぶっ叩け。一揆を想定した演習だと思えばいい」


つまるところ足軽の採用試験にかこつけて、既存の足軽隊に実戦演習を経験させようというのだ。さらには市街地を利用することで、民衆に対し恣意的な効果も期待できる。まさに一石三鳥というわけだ。


「さて、通例では最初に浪人衆とぶつかる一番隊は新参者に譲っているわけだが。兵庫介、お前はどうする?」


兵庫介はしばし思案したのち、口を開いた。


「しからば、某は三番隊を預かりまする」

「三番隊? 最後じゃねえか。毎年三番までたどり着くのは二、三人だぞ?」


甚之丞が聞き返すのも無理はない。浪人衆はいわば素人である。この採用試験は彼ら素人を相手にすることで新参者でも容易く功を立てられる機会を与え、既存の部隊との差を埋めるという思惑もあってのことだ。

無論、最も功を立てやすいのは最初に浪人衆をぶつかる一番隊である。


「ええ、構いませぬ」

「ほー、そうかい。じゃあそうしよう」


甚之丞とて本人の意思を無視してまで無理な差配はしない。
しかしここは功の稼ぎどころである。先達に譲る必要などないのだが……。


「そうそう、そういう殊勝な態度が長生きの秘訣でござる。なあに、一番隊はこの相田芽次郎に任せるでござる! だははははは!」

「では二番隊は私が務めさせていただきますよ。私の計算では三番隊まで浪人衆が残ることはありませんがね、ふふふ」

「おい仮にも採用試験だぞ。あんまり気張りすぎて怪我人続出させるんじゃねえぞ」

「「お任せあれーっ!」」


兵庫介が一番隊を譲ったことで、他の足軽頭たちはここがアピールのしどころだと発奮していた。
だが甚之丞は、この新参の足軽頭に底の知れない冷たさのようなものを感じていた。


「鵜兵、新参のお前さんにゃ余計なお世話かもしれねえが、一つだけ申し伝えておくぜ」

「ははっ、なんなりと……」