1 まずは続きから 絶望⇔希望
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1 まずは続きから 絶望⇔希望

2019-07-15 00:28
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さて、それでは再開してから何を書こうかと思ったが、
順応に行けば以前の最終回(第一部完)のその後を書くのが順当だろうか。

以前の記事(最終回)の話周りをぼかさずに書こう。
還暦が近くなった母が、一度体調を崩してから入退院を繰り返すようになった。
肝臓がもともと弱い体質だったようで人工透析が必要になった。
しかし人工透析にもランクというか段階があるようで、母のそれは重度なもので下手をすれば余命はもって1年。
あれだけ自分の死をきっかけに死がーと叫んでいた私だが、こうも身近な人の現実的な、いつとははっきり言わないが必ずやってくる死の現実に直面して、なんというか、何も言えなくなってしまったのだ。
そうしてブログを閉じた。





あれから2年半。
私の目の前には、元気に家の中を走り回る母の姿が!!



すまん、ちょっと盛った。目の前でもないし走り回ってはない、普通に歩いてるわ。
2日に1度の通院をしながら、元気に母は生きている。
私がブログを休止してる間に、姉は結婚して子供が出来て、赤ちゃん言葉を使いながら面倒を見たり、父と日帰りの旅行に行ったり、いい相手はいないのかい?なんて相変わらず俺にお節介をやきつつ、生きている。
そんな母が弱音を吐いている所を、俺は生きていてこの方一度も見たことはない。

一度死にかけた時に精神がやられた俺、そう遠くない死を宣告されてブレない母。
かなわねぇな、と思ったし、自分は本当にガキなんだなと痛感した。
そうして前回投げ出したことの続きを、今になってつらつらやり直しているわけだ。

世の中理不尽なことなんていくらでも降ってくる。会社が倒産しそうだの、上司がメンドクサイだの(仕事の事ばっかだな)どうせ死んだら何もなくなるとか、無駄だの、気が滅入る一方だ。
しかし元気な赤子とそれをあやす母。実家でその光景を見るたび
それでも、生きてる間に感じた嬉しいとか楽しいとかは、無駄じゃねえよな、そのはずだよな、と自分に言い聞かせながら、前の締めよりは若干前向きに、私は生きている。
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ロランPさん、どうもお久しぶりです。

絶望のトピックとしましては、自分としましては当分語ることもないもの、と思い、実際、私生活でいろいろあってブロマガ更新は休止しておりましたが、最近、創作のほうで友人が物凄い風穴を開けたこともあり、その分野では復帰し、ツイッターなども始めたりしております。

ただ、絶望、の件なのですが、いつぞやのように哲学と安っぽい絶望を垂れ流すこととを履き違えた輩が跳梁することに関しては、我々が以前に残したものでケリはつくので放置しておけばよいのですが、先日起きた・・京都アニメーション放火・・・

この闇の深さは、放置出来るものではないのかもしれません。
3ヶ月前
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お久しぶりです。公開された作品を見て、つい戻ってきちゃいました。
くだんの件について、考えさせられます。例えば、責任っていうもので考えてみても、本人の責任、その子供がそう至るまでに影響を与えた親の責任、セーフティネットを与えられなかった社会の責任、その社会の大本の国の責任、国、社会を作り上げてる一人一人俺たちの責任。うん、記事を書いちゃいそうです。
3ヶ月前
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どうもありがとうございます。

ちょうど、戻ってきたときにこれだけのことが起きたのも巡り合わせかもしれませんね。この事件はもう安部総理の指示で公安も動いていますが、あれだけの希望を担っていたところにピンポイントで仕掛けられたテロ、ということで、どうにも個人の狂気凶行で済ますに済ませ難いところに闇がわだかまってますね。

今はまだまだ悲嘆や喪失感冷めやまない時期ですから、記事にするなら、くれぐれもお気をつけ付けて。
3ヶ月前
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プレミア会員を抜けたので、記事を書けないし記事に書けない話題をついみてしまったのでここに。
どーも、日本周辺とかよりもう少し外のニュースを見るようになったんですが、改めて『鬼』という言葉について考えさせられました。鬼を海外の言葉でいうと…、日本による考え方によると、鬼とは…つまるところヒトとは…
人間の価値観というか、なんか色んなものがあの時の様にひっくり返ったもんで。
2ヶ月前
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