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竜騎士07「ニコニコ自作ゲームフェスはいい“試練の場”になる!」 (代表作:『ひぐらしのなく頃に』)
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竜騎士07「ニコニコ自作ゲームフェスはいい“試練の場”になる!」 (代表作:『ひぐらしのなく頃に』)

2013-04-04 22:18
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07th Expansion公式サイト


「ユーザーに議論してもらう楽しさ」を求めて


―――竜騎士07さんの処女作でもある『ひぐらしのなく頃に』(02~06年)の着想はどこから得られたのでしょうか。

竜騎士 そもそも『ひぐらし』をゲームを呼んでもいいのか、というところもありますけどもね。「パソコンで読む読み物」と言ったほうが適切かもしれないです。というより僕の場合はゲームが作りたいというよりは「議論を楽しめる作品を作りたいな」というところからスタートしたんです。

―――「議論を楽しむ」というのは、まさに『ひぐらし』の楽しみ方を言い表していますが、ではなぜスタートが「議論を楽しむ」からになったのでしょうか。

竜騎士 きっかけは『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』(97年)だったんじゃないかなあ。当然観終わったあとに、友達と顔を見合わせて「何を語りたかったんだ?」ということになるわけですよ。

―――ストーリー、映像表現ともに難解で、いかようにも解釈できる作品でした。

竜騎士 僕らもご多分に漏れず、マクドナルドでポテトを食べながら延々と議論を続けたんです。で、そこで悟ったんです。「あれ、作品自体よりも作品を元に熱論を交わすほうが面白いんじゃね?」ということに。作品はあくまでも燃料でしかなくて、与えるインパクトやインスピレーションによってその後のコミュニティを刺激するということもひとつの見せ方としてあるんだ、ということを知ったんですよね。

―――観た後に楽しみが待っているという。

竜騎士 喧々諤々話し合うのは楽しいじゃないですか。飲み屋で備え付けのテレビを見ながら隣の席の知らない酔っぱらいオヤジと交わす野球談義や相撲談義が意外と楽しかったりする。なぜオヤジたちは足繁く居酒屋に通っていたかというのもそこにあるんだと思います。ただそれがゲームでもできるとは当時はまだ認識してはいませんでした。

―――それが結実したのが『ひぐらし』だったんですね。ではなぜ、表現する媒体が小説や漫画ではなく、ゲームだったのでしょうか?

竜騎士 シンプルな話です。『ひぐらし』のようにする以外に、自分の胸のなかにある感情をうまくアウトプットすることができなかったんですよ。いろいろなことをやってみたんです。でも、どれもこれもうまくいかなかった。
たとえば漫画に挑戦してみても、なにより絵が下手ですから。なんとか漫画を描こうとしても、自分のなかにある膨大な世界を描ききるには僕の手が遅すぎて時間ばかりが過ぎていく。「ゴジラが街に現れて、東京タワーをへし折って突き進む!」という絵を描こうとしたら一ヶ月あっても完成しない。当時は漫画でも小説でもこんなようなことばかりで、モチベーションが維持できなかったんですよ。そこで僕がやっと見つけたのが「サウンドノベル」、パソコンで読む読み物だったんですね。そこで水が合ったんで、ようやく自分の表現方法を見つけたということなんです。

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※印象的な一節から始まる『ひぐらしのなく頃に』は、全8話(パート)で構成される“連続殺人ノベル”。事件が起こり謎が深まる「出題編」と謎を解き明かし解決に向かっていく「解答編」に分けられている。第1話の『鬼隠し編』は2002年に行われたコミックマーケット62で発表・頒布。足掛け4年をかけて『祭囃し編』(06年)にて完結した。ちなみに「第○話」とせずに「○○編」とタイトルが付されているのは、「第○話というふうにすると、コミケのお客さんに『どうせ次は出ないまま終わるんでしょ』と思われてしまうことに気付いたので、ひとつひとつ独立したタイトルであるように見せていた」(竜騎士)からとのこと。


サウンドノベル(ノベルゲーム)の
        ポテンシャルと1本の映画


―――なるほど。元々ゲームはお好きだったんですか?

竜騎士 もうゲーム大好きのゲーム小僧ですよ。ゲームウォッチからLSIゲーム、ファミリーコンピューターの隆盛もガッチリ付いていっていました。その延長として、サウンドノベル、ノベルゲームというジャンルにも魅力を感じるようになりました。

―――サウンドノベルという存在を知ったきっかけはなんだったんでしょう。

竜騎士 タイトルを挙げさせてもらうのならば、『弟切草』(92年)になります。サウンドノベルの開祖ですよね。これはもう発売前の情報を見たときに「そんなゲームなんて本当に売れるのか?」と正直思っていました。ファミコンからスーパーファミコンに世代は進み、世の中もゲームのスペックもより豪華にいこうとしている時代に逆行するように、なぜ画像を切り捨てて文字だけでやるんだと。
買った当時は内心、当たるわけはないと思っていたんですよね……でもね、失礼なお話ですが僕は『ドラゴンクエストⅠ』も当たるわけないと思っていましたからね。そう思うと、僕の発売前予想はまるでアテになりません。ちなみにドラクエは、復活の呪文を未だに暗記しているほどやり狂いました(笑)。

―――ははは。でもプレイしてみたら違ったんですね。

竜騎士 違いましたね。『弟切草』とは出会いから因縁がありましたよ。夕立が降った日、雨宿りをするように入ったゲームショップで見つけて、じゃあ買ってみるかと思い手に入れてゲームを始めたら、まさに「雨の日にアベックが事故に遭って……」という話だったですから。これはなにかあるなと(笑)。
で、やってみると非常に面白くて。小説に絵と音楽が付くだけでこんなにも生まれ変わるのか、という率直な驚きがありました。でもじつは、その時点の僕はサウンドノベルが持つ潜在的なポテンシャルの高さにまだ気付けてはいなかったんです。今になって考えて、なぜサウンドノベルが画期的だったかという結論を導き出してみると、小説とアニメとゲームのいいとこ取りをしている、ということが言えるんです。ちょうど中間地点にいるんですよね。

―――「ポテンシャル」ということを別の言葉に言い換えるとしたらどんな言葉になるのでしょう?

竜騎士 「読み物としての破壊力の高さ」なのかな。それは『弟切草』、『かまいたちの夜』(94年)でもあるし、Leaf・Keyのビジュアルノベル黄金時代の作品群、そしてなにより、TYPE-MOONさんの『月姫』(00年)で見せつけられることになるんですね。紙の小説を読むのが苦手な人でも、サウンドノベル、ビジュアルノベルならば読めるという現象を生み出し、さらに小説にはできない表現方法があることを教えてくれた。
言葉を厚くするしかなかった“盛り上がり”が音楽、あるいはイベントCG一発で説明できるという「読み物としての破壊力の高さ」は数々の名作をプレイしていくなかで、嫌でも気付かされていくものですよ。これはゲームでも、ましてやただパソコンで読む小説でもない、全く新しいなにかに違いないと感じ取ったんですね。

―――そのなかで竜騎士さんがホラー・サスペンスを描こうとしたのはなぜだったんでしょうか。

竜騎士 それは最初のインパクト、つまり『弟切草』や『かまいたちの夜』に持っていかれた部分が多かったです。「とかくサウンドノベルという表現方法に一番適しているのはミステリアスを描くことである」という、刷り込みに近いものだったんでしょうね。
あと、『ひぐらし』があのような作品になったのは『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(99年)という映画の存在が大きかったからなんですよ。

―――『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』のどこに惹かれたんでしょうか?

竜騎士 僕の作りたかったものとの共通性があったんです。つまり、『エヴァ劇場版』のように鑑賞後に否が応にも議論を起こさせるような演出が施された作品であること、そしてミステリアスを描いた作品であること。また、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』はアメリカの片田舎が舞台で、アメリカの田舎特有の、それこそアメリカ国民だけがリアルに感じ取れるような田舎特有の閉鎖性というものが舞台装置の一部として有効に利用されているんですね。

―――まさに『ひぐらし』ですね。

竜騎士 そう。この面白い鑑賞の視座を日本人に置き換えてやりたい。これをもっとリアルに描けたら面白いんじゃないか、ということも『ひぐらし』を作る起点になったんです。『弟切草』×(『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』+日本)を作りたいという気持ちが、イコール『ひぐらしのなく頃に』になったんだと思いますね。


「議論の楽しみ」と
   時代に翻弄される感覚を同時に味わう


―――竜騎士さんの狙い通り、『ひぐらし』はその後「議論を楽しむ」ゲームとして認知されるようになりますが、当初はどのくらいの議論が起こってくれるだろうと期待していましたか? たとえばインターネットを介しての広がりも予測されていましたか?

竜騎士 最初から「これから先インターネットでの議論やコミュニティ形成が活発になるはずだ!」とは思っていませんでした。そこまで高度な予測は、僕にはとてもとても(苦笑)。
でも、ゲームには最初からユーザーの方々に対する推理や想像を促すメッセージは入れ続けていました。それはあくまでもユーザー個人に対して送っていたもので、あくまでモヤモヤを楽しんでほしい、友達と話題にしてほしいぐらいという感じでした。

―――実際の反応はいかがでしたか?

竜騎士 『ひぐらし』は全8話、4年間を費やした作品だったんですけど、最初の2年は無名な作品でした。そのときの反応の多くは熱心にプレイしてくださった方からのメールだったんです。僕の手元にダイレクトに届くやり取りだったんですよね。そこに僕抜きの場所、つまりインターネット上で議論が交わされていることを認知したのはそれ以降のことでした。

―――インターネットでの議論を見てどう思われましたか?

竜騎士 衝撃的でした。大きな戸惑いがあったことを覚えています。だからこそ、第三者目線で議論を眺めるという現象に、もろに影響を受けましたからね。つまり、自分が介在しない論争を傍目から見ることが多くなるので、作者には言わないような率直な意見というのも見るようになるんですよ。
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※竜騎士さんは07th ExpansionのホームページにもBBS(ネット掲示板)を開設(現在は閉鎖)。プレイヤーたちが日々見解をぶつけあい、交流していた。


―――それらの意見は作品にどういう影響を及ぼしたのでしょうか。

竜騎士 たとえば、僕にとっての常識が多くのユーザーにとっては非常識であることを目の当たりにしたりすると「ああここはもっとわかりやすくしないと!」となってしまうんです。僕は公務員だったので、『ひぐらし』の前半のほうはお役所知識とお役所意識がやたら詳細に豊富に入っているんですよ。でもそれは掲示板で「竜騎士さんはちょっと考え方が普通と違うよね」とか言われました。それでその次の作品は、お役所的な言葉に対しての説明を厚くしてとか。

―――試行錯誤されていたんですね。

竜騎士 なので、正直に言うとそういう影響のされ方は良くも悪くもあったと思います。勝手がわからないものですから、振り回されていたところもありました。自分の思い通りに舵が取れなくなっていたんですね。今までは自分の書きたいもの100%の直行便だったのに、波が立ち風が吹くのを感じ取れるようになった。それが新しい時代ってもんだったんでしょう。『ひぐらし』が人気になった後期の2年は楽しさが増した2年だったとともに、新しい時代に翻弄された2年でしたね。


「クトゥルフ神話」と「公園」


―――シーンはその後も盛り上がりも見せ、二次創作はもちろん、公認の同人ゲーム『ひぐらしデイブレイク』の発売、さらに漫画化やアニメ化など、商業を含めて『ひぐらし』の規模はさらに大きくなっていきました。そこで、自分以外の人が描く『ひぐらし』の世界が積み重なっていくことはどのように思われていたのでしょうか?

竜騎士 僕は元々同人畑の人間だったので、二次創作することは当たり前だと思っていました。なので、自分の作品が二次創作されても特段なにかを思うことはなかったですよ。むしろ嬉しかったくらいです。「公式」の世界を他の方が書かれるのも、僕が良いと思えばいくらでもやってくれればいいと思っていました。
たとえばスクウェア・エニックスさんで『ひぐらし』を漫画にしていただきましたけれど、各エピソードごとに描き手が違うんですよ。ストーリーがある作品でエピソードごとに担当する漫画家さんが違うと、いくら意思疎通していてもテイストの変化は起きてしまうじゃないですか。恐らくそういったことはたいていの原作者の方が避けたがるとは思うんですけど、僕はそれもけっこう面白いなって思っていたんですね。

―――自分以外の人が作品を扱うことに対しての許容の領域の話はとても興味深いです。たとえば本人以外が書く「公式作品」の許容の領域を『月姫』をはじめとするTYPE-MOON作品、『東方Project』で比較してみますと、たとえばTYPE-MOONさんの作品はクオリティコントロールをとても厳格に行われていて、話はもちろん絵のテイストもある程度統一されたものになっている。『東方Project』のZUNさんは「自分の手から離れないもの」が公式で、基本的に集団創作的なことはしない。そして自らが作るもの以外はすべて二次創作なんだけど、許容の幅は果てしなく広い。まさに三者三様というか。今の話を踏まえてみると、竜騎士さんはもっとプロデューサー的な感覚で接してらっしゃるんでしょうか?

竜騎士 プロデューサーなんて大層なものじゃないですよ(笑)。付け焼刃の知識に基づいた発言になるかとも思うんですが、『ひぐらし』、また『うみねこのなく頃に』(07年)もそうなんですけど、クトゥルフ神話的なものであればいいなと思っているんです。原典は僕である、というぐらいで大丈夫というか。僕はある意味、作品について曲解されることも面白い楽しみ方のひとつじゃないかって思っているんですね。
あと、TYPE-MOONさんの場合はすべての作品が奈須きのこさん(作家・シナリオライター。TYPE-MOONのメインスタッフ)の持つ壮大なサーガの一部としてのものなので、他の人に曲解されると大変なことになると思うんです。だからこそしっかり管理されている。奈須さんのプロデュース力はすごいです。僕にもあれだけのプロデュース能力があればプロデューサーとか言えるんですけどね。
『東方』はなによりZUNさんのお人柄によるところが大きいですよね。スタンスを言葉にするなら「俺が楽しいから作っている」「俺が楽しくなくなることだけはしないでほしい」の2つですよ。この素晴らしくシンプルな考え方がファンにポジティブなメッセージ、不文律として浸透しているんだと思います。俺が楽しかったら東方もずっとやっていくし、二次創作でもなんでもやればいい、というね。

―――竜騎士さんのスタンスを「俺が楽しいから~」のような言葉にするとどうなるんでしょうか。

竜騎士 僕の場合は……「公園を作ったのでみんなで遊びに来てね」ってところなんででしょうか。自分の公園でみんなが楽しそうに遊んでいるのを遠くで観ているだけで十分幸せだねえっていう、おじいさん的な性分なんだと思います。
だから僕は議論考察だろうと二次創作だろうと商業の公式作品だろうと、「僕の公園で遊んでくれているなあ」という感覚なんですよね。新しい遊び方を提案してくれるんだとしたらそれは嬉しいことですよ。そして僕が唯一断るのだとしたら、「この公園を丸ごと買い取って、入場料を取るようにしてもいいですか」というような話なんだと思います。それは僕も公園で遊んでくれているみんなも不愉快にしかならないでしょうから。

―――なるほど。話はいきなり飛んでしまいますが、最近の作品では必ずしも議論を呼び起こさせるというだけではない作品が増えているように思います。心境の変化などあったのでしょうか?

竜騎士 ああ、そうですね。ここまでの話だと僕がずっと「議論を楽しませる」作品を作ることしか考えていないと思われているかもしれないけど、もちろん単純に面白さを追求している作品もありますよ。今やっている『ローズガンズデイズ』(12年)なんかまさにそういう作品ですね。『ひぐらし』や『うみねこ』とはまた違うので、そういう僕しか知らない方もぜひプレイしてみてほしいです。
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 ※『ローズガンズデイズ』は架空の戦後日本を舞台としたハードボイルドアクションノベル。戦闘パートの導入など意欲的な試みも多く、竜騎士さんの言葉通り娯楽作品のように楽しめる作品となっている。PC版のほか、iOS(iPhone)/Android版もそれぞれ発売中。


―――『ローズガンズデイズ』の次の作品の構想を練られていたりしますか?

竜騎士 そろそろ次の「なく頃に」シリーズもやりたいなとは思っています。ただ、まだあくまで構想の域を出ていない、ネタを集めようかなーという段階ですね。まだなにが“なく”のかも考えていないです(笑)。あと、僕の作品は基本的に2~4年というスパンでやっているんですけど、来年あたり単発で楽しめる作品も出していきたいなとは思っています。ファンディスクみたいな感じの、軽くて楽しいやつですね。

―――「なく頃に」シリーズもそうですが、「単発」もすごく気になります。

竜騎士 ありがとうございます。でもね、こういったことを好き勝手言えるのは楽しいですよ。そこが商業さんとの違いだったりするんです。商業さんは1つ公園がヒットしたら、同じような遊具や砂場を作り続けたりしなければいけなくなるときもあるじゃないですか。でも、同人はイヤなら作らなくてもいい。やっぱり同人って自分が楽しくなかったら負けなんですよ。今も続いている一番の理由はちゃんと楽しいからなんですよね……ということで、この話も本当になるかわかりませんからね(笑)。


ゲームを作り続けたいなら決断せよ!


―――ははは。では、これからゲーム制作者になろうとしている人にゲーム作りのアドバイスをするとしたら?

竜騎士 そうですね……まずは自分の欲望に素直になってほしいですね。ゲームを作り出す前に、なんで自分はゲームを作りたいんだということを自覚しておいてほしいです。ゲームをやりたいのか/作りたいのか。人のゲームをやって批評だけして終わるタイプなのか、プレイした以上のゲームが作りたくなるのか。そこで「いやもう俺は今までのゲームではもう満足できないんだ! 俺が俺のやりたいゲームを作るんだ!」となった人はウェルカム第二関門ですよ。

―――第二関門はどのような関門なのでしょうか。

竜騎士 ゲーム作りを続けていくための関門です。「お金を取る/取らない」の決断と「俺がどうやって楽しむ」のかの自己分析ですよね。前者は儲けに走るか走らないかということではなくて、自分の作品でお金を取るか取らないかの決断、これが意外と重要なんです。日本はいわゆるアマチュア的なものにお金を払うことへ過剰な拒否反応を示す人が多いので、お金を取ることへのハードルが高すぎるんですよね。

―――たしかに。

竜騎士 たとえば、ニコニコ動画さんで活躍されている方でも「ヘタなプロ歌手よりうまいじゃん」とか「振り込めない詐欺」みたくもてはやされたのに、いざプロデビューしたりショップに委託してみると「素人が金取るなんて身の程を知れ」「守銭奴」呼ばわりになった手のひら返しの例が山ほどあると思います。ゲームでも「同人ゲーム」と「フリーゲーム」の間には明らかな線引きがされていますけど、ここにもお金に関わることへのハードルの高さが現れていると思います。本来は限りなく近いものであるはずなのに、まったく別物として扱われるというか……。

―――同人ゲームや自作ゲームがそれでもお金を取ろうとすることへのメリットはどこにあるのでしょうか。

竜騎士 「自分のゲームを自分の仕事にする」という選択肢が生まれることだと思います。あと、実経験から言えることは、両親の理解度が段違いですね(笑)。
でも、どうしても選択するときはやってくるんですよ。いくらゲーム作りが楽しくてハマっても、モチベーションの低下、そしてなにより体力の低下が起きて、趣味として続けるか続けないかの二択になる。そのときに「仕事にする」という選択肢を作れたかどうかで、まったく違うんです。
じつは僕自身、メチャクチャ面白くて、もうちょっと続けていれば大爆発したかもしれないのに「お金のことは汚らわしいから」ということで、お金を取ることに対して積極的に考えず尻すぼみになっていったという例をいくつも見てきたんですよ。それが惜しいんですよね。そして、そこで逃げなかった人たちの代表こそが、TYPE-MOONさんなんです。

―――TYPE-MOONさんがそのような決断ができたのはなぜだったんでしょうか。

竜騎士 それは自分たちの作品に対する自信と、覚悟の強さに尽きると思います。しっかりと「俺たちはゲームでお金をとって、その価値のあるクオリティで勝負します!」「買ってください!儲かった分は、より良い環境と実力のあるスタッフに投資して、もっとすごい作品を世に出します!」ということを、有言実行していた。作品だけじゃなくてスタンスまで男前なんですよ。僕らを含め、後の作品に対する先鞭まで付けたんですよね。
だからこそ同人ゲームを楽しんでいるみなさんは、お金を取るという決断をしたゲームに対しても、良かったと思ったら適価を払ってあげて欲しいんです。マインクラフトも元々はフリーゲームだったけど、お金を取る決断を経て、あそこまでのクオリティと規模になっている。マインクラフトを制作したマルクス・ペルソンさんは、現在のゲーム界における究極のサクセスストーリーじゃないかと思うんですね。

―――お金を払う文化がもう少し定着すれば、マインクラフトのような成功が日本でも生まれるかもしれない。では、「俺がどうやって楽しむか」というのは?

竜騎士 「俺が楽しいからゲームを作るんだ」の“楽しい”とはなにかを考えてほしいです。「作ることだけ」が楽しいのか、「みんなが楽しんでくれて、さらにちやほやされる」ことも含めて楽しいのか、よく切り分けたほうがいい。そして次第に自覚していくんだと思うけど、たいていの人が後者なんですよ。でもね、これは全然悪くないことですよ。いやー、ちやほやされるのはそりゃうれしいですよ。僕もそうですから(笑)。

―――ははは。

竜騎士 そして、後者の人はみんなにちやほやされたいために頑張る、サービス精神が旺盛な人ってことでもありますから、そのなかで特に才能がある人が商業に転身してくれたときなんか最高ですよ。自分もユーザーも望む作品を作って、お金取るのはメーカーがやってくれる。最良の例としたら、小島秀夫監督(ゲームクリエイター。『メタルギア』シリーズなどを制作)のような方になるということですからね。

―――「作ることだけ」が楽しい人は?

竜騎士 無敵ですよ。自作ゲームで「俺が好きだから作る」を貫徹している人は最強です。アップしても人の感想とか見ないですから。アクセス数さえも見ない。こういう人ってニコニコ自作ゲームフェスに応募したら、その強すぎる個性がどうしても目立つだろうし、じつは誰よりも向いているんじゃないかって思います。でもそもそも投稿する必要さえもないですから、多分いないですよね(笑)。


ゲーム制作者に伝えたい
   心の自己防衛(セルフディフェンス)術


―――竜騎士さんは公園を眺めていてみんなが楽しんでいるところを見るのが楽しいという、「みんなが楽しんでちやほやされる」寄りの方だということですが、同じタイプの方にアドバイスされるとしたらどのようなものがあるでしょうか?

竜騎士 ちやほやされたい型の人には弱点があって、やっぱりユーザーの意見に応えようとしすぎるきらいがあるんですよね。ファンに応えることが優先になって、自分の発想は二の次になる。そうすると何のために作っているのかよくわからなくなってくる。さらにそこで、ちょっと有名になっているから「有名な作品を叩く俺カッコいい層」に見つかって心が折れやすくなるなんです。ここで折れちゃった人が、いわゆる一発屋と呼ばれてしまうことになるんですね。才能がないからじゃなくて、折れてしまったから次回作が出せないんですよ。

―――竜騎士さんも折れてしまいそうになったことはありますか?

竜騎士 ありますよ。もう全体の空気が手のひら返すときは早い早い! 『目明し編』(04年)までは評価がうなぎ登りのハネムーン期だったのに、その次の『罪滅し編』(05年)では「いまや閑古鳥が鳴いている」とか手のひらをクルッと返されたように叩かれていましたからね。そこでポッキリといきそうになりました。ああ、だからゲーム制作者は心の自己防衛術も覚えておかないとね(笑)。

―――ぜひ後輩たちに「心の自己防衛術」を教えてあげてください。

竜騎士 これは3つありますよ。1つ目は「一切外部に出ない」。もちろんこういうインタビューも受けないし、顔出しもしない、さらにはネットも見ないし、友達にさえカミングアウトしないんですよ。これは実際に知人のある著名な先生がやられていて、先生は「セルフディフェンス」と言っていました。あらゆる悪意が届く危険性シャットアウトして自己防衛するんですね。ただこれはニコニコ自作ゲームフェスの応募者には投稿している時点で無理な話ですよね。
2つ目は「エクスペリエンス」ですよ。矢面に立って撃たれても撃たれても涙を飲んで耐えしのぎ、経験だけで自分の心を鋼鉄にしていく。これはコミケとかフェイス・トゥ・フェイスの同人活動をやった経験がある人は一回通過します。エクスペリエンスが性に合って、撃たれるのも快感に変わればしめたものですよ(笑)。

―――あとひとつは?

竜騎士 「新人類」。じつは「ニコニコ自作ゲームフェス」に一番合っているのは新人類じゃないかと思っているんですよね。僕の尊敬する“はるかぜちゃん”(春名風花。2001年生まれのタレント。Twitterやブログでの大人びた言動が注目を集めている)が最良の例です。いわゆるインターネットの申し子タイプで、インターネットにはディスも暴言もたくさんあるんだということをあるがままに受け入れているんですよね。もし新人類がゲーム制作者として目覚めたら、面白いゲームを作る上に煽り耐性があり、ネット配信にも優れているゲーム制作者が誕生するってことですよね。どんな新時代クリエイターだ? という話ですよ。それが「ニコニコ自作ゲームフェス」で生まれる可能性は大いにありますよね。

「これが自分のゲームだ!」
     という作品ができたら……


―――そう聞くと、「新人類」のゲームをすごくやってみたくなります。

竜騎士 そうですね。ゲーム作りにおいて重要な才能に「いたずら心」というのがあるんですよ。そういう意味では、ニコニコ動画でネタ動画を作る人にはそういう才能にあふれている。ネタ動画を作っている感覚と同じ様にゲームという媒体を通じて、視聴者やユーザーをアッと言わせるアイディアをそういう人たちが発見すれば、ニコニコ動画を通じてしかありえない作品も出てくるんだろうと思います。
だって、ニコニコ動画というライブ空間で自分が好きなようにできるんですよ。そこでみんなにアッと言ってもらえるようなことを前提としたゲームを作ってみるなんてすごく面白いじゃん(笑)。きっと誰かが僕らをアッと言わせてくれると思います。

―――ニコニコ自作ゲームフェスという場についてはどういう期待がありますか?

竜騎士 いい試練の場になると思いますよ。感想のコメントがダイレクトに届く場所ですし、なにしろニコニコのみなさんは自由奔放ですから。褒めもするだろうしバカにもされる。でもそれは理想のゲーム作りのためのいい経験値になります。
でもコミックマーケットとかをヨイショするわけじゃないけど、本当はフェイス・トゥ・フェイスが一番いいんですけどね。僕自身、コミケで人に手にとってもらったときの、実際の売れ行きやお客さんの反応から得られた経験値は半端じゃなかったですから。なので、ニコニコ自作ゲームフェスで経験値を経て、「これが自分のゲームだ!」っていうのを作ることができるようになったら、次は自分のゲームを自分の手で手渡しすることにも挑戦してみたらいいと思います。言ってしまえば、ニコニコ動画のコメントにめげて辞めるようなら、本当にゲームを作りたいという思いはそこまでだったんだなってことですから。スモールステップを踏み出す場としても最適だと思います。

―――ゲーム作りのステップをどんどん登っていこうと。

竜騎士 いやー、でも嬉しいね。僕と同じ苦しみを味わおうっていう人が現れてくれたってことが。ここで「これが自分のゲームだ!」と言える作品を作る人が現れたら、もう同志ですよ。そしたらぜひ、僕といっしょにゲームを語りながら一杯飲みましょう!(笑)。

【インタビュー記事一覧】

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なりた「商業に応用できるアイデアや可能性を同人ゲームで探っていた」(代表作:『MELTY BLOOD』)
cutlass「これからのノベルゲーム文化を自分が背負わないで誰が背負うんだ!」(代表作:『NOeSIS~嘘を吐いた記憶の物語~』)
海原海豚(黄昏フロンティア)「自作ゲーム制作にはブッ飛んだ愛が必要」(代表作:『東方萃夢想』『ひぐらしデイブレイク』)
奥井晶久「ニコニコはゲームとユーザーの接点を作ってくれる」(代表作:『ワンナイト人狼』)
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飯田和敏「自分が面白いと思うゲームを作るのが一番!」(代表作:『アクアノートの休日』)
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すごく勉強になった。
76ヶ月前
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面白い内容だね。良い記事だ、もっと多くの人に読まれるべきだと思う。
75ヶ月前
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