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ならむら「英語圏で出したいというアクションを起こせば機会は増える」(代表作:『GR3』『LA-MULANA』『薔薇と椿』)
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ならむら「英語圏で出したいというアクションを起こせば機会は増える」(代表作:『GR3』『LA-MULANA』『薔薇と椿』)

2014-01-10 16:30
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a50f586fc0845caf80966b81bd2eaeef7683f176公式サイトはコチラ
http://nigoro.jp/ja/
【NIGORO公式放送】 ゴージャスレインボー3のマイリストはコチラ
http://www.nicovideo.jp/user/16952084/mylist
NIGORO公式ブロマガ
http://ch.nicovideo.jp/nigoro


「俺ちょっとゲーム作りたいんだけど」と
相談したところが「GR3 PROJECT」のスタート

8bit時代のゲームが好きだから、NIGORO(256)。
デザイナーであり、音楽・イラストも担当するならむら(楢村匠)氏、メインプログラマのduplex氏、プログラムと音楽を担当するサミエル氏ら、インディーズゲームブランド・NIGOROは少人数で運営されている。
'01年に発表した『GR3』、'05年『LA-MULANA』(ラ・ムラーナ)は、いずれも伝説のハード・MSXのゲームに大きな影響を受けた2Dグラフィックゲーム。日本は元より、海外の自作ゲームファンに熱狂的に支持され、ファンによる英語パッチが作られたことでより話題に。『LA-MULANA』はWiiウェアへと進出、有料配信が行われた。現在は、Wiiウェア版を再度Windowsへと移植したリメイクPC版が、PLAYISM、steamにて有料配信されている。


―――NIGOROの前身である「GR3 PROJECT」は、ネットで知り合った仲間で作ったゲーム制作集団だったそうですね。

ならむら 僕はもともとゲームを作りたかったんですが、プログラムはBASICを少しかじったくらいだったんですね。それもあって、ノートにタイトルや絵、マップやパラメータなんかをギッシリ書いている方が多かった。そのノートが貯まったころインターネットが本格的に普及してきたので、好きだったMSX(※1)のゲームのことを書いていたら、プログラムが得意な仲間ができたんです。その人に、「俺ちょっとゲーム作りたいんだけど」と相談したところがスタートでした。

※1 MSXとは、1983年に登場した、テレビに接続ができる家庭向けパソコンの規格。コンピューター言語の「BASIC」でプログラムができ、入門用パソコンとして人気があった。また、ファミコンのようにROMカートリッジが差し込めたため、対応ゲームも多数発売されていた(カセットテープやフロッピーディスクのゲームもあった)

―――それが「GR3 PROJECT」ですね。ならむらさんはどのような役割を担当していたんですか?

ならむら ディレクターですね。ゲームを作りたいから企画、ディレクション、グラフィック、音楽となんでもやりますけど、プログラムはできないので依頼するしかない。ネットで知り合った仲間で作っていたので、当然各々仕事があって、ある時期になると忙しくて連絡がとれなくなる人がいたりする。そういった事情もあって、シューティングの『GR3』にしても、その後の『LA-MULANA
http://dic.nicovideo.jp/a/la-mulana
にしても、完成まで数年単位でかかってしまいました。

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自作ゲーム制作集団「GR3 PROJECT」時代に発表したシューティングゲーム『GR3』。『GR3』('01年)、『GR3EX』('04年・画像)、『GR3 RE-DEATH』('06年)と、異なる3つのバージョンが存在する

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日本だけでなく海外ファンを強く惹きつけたのは、グラフィックや音楽、リスペクト元であるMSXゲームとしての忠実度といった、ゲームとしての完成度。さらに、凶悪とも言える難易度の高さもそれに拍車をかけた


体験版でもイラストでも、
何か完成したものを名刺代わりに見せられるといい

―――ネットを介して人を集めてゲームを作る場合、往々にして完成しないことが多いようですが、ちゃんと完成させた秘訣はなんでしょう。

ならむら ハハハ。ちょくちょく聞かれるんですが、最初は友達からスタートしたことが大きいでしょうね。各自どういうスキルを持っているかを知ったうえでゲーム製作をはじめていますから。ネットで広く人材を募集すると、どんな人が来るかわからない。「ドット絵ができます!」と来てもゲームが作れるレベルに満たなかったり、ゲームを作り始めてからやりたいことではなかったと言い出す人もいるかもしれない。その点、お互いをよく知っているメンツでのスタートしたというのが、一番大きいと思います。

―――友達のスキルを知るのは意外と難しい気がしますが、そこはどうやって知っていった?

ならむら ゲームを作る前から掲示板で意見をやりとりしていたので、どういう冗談をいうか、どんな発想をするかはそれを通じて。近所の友達が集まってゲームを作り始めたのと、感覚は一緒でした。あとは会えなくとも、相手の作品を見たり。お願いしたらこういうものが出来上がるだろうという、想像がしやすいんです。

―――作品が自己紹介になる?

ならむら そう。どんな形でもいいので、完成品を見せてもらうのが一番です。どんなものでも“完成させた”ということは、煮詰まったり、ダレたりといった自分との戦いを乗り越えて完成まで持っていく、そういう忍耐を経験しているということです。自分の作りたいものに、一直線に走っていける人だということなので。ゲーム作りを考えている人は、「俺はまだ何も作っていないから応募できない」ではなくて、今からでも1本、体験版でもイラストでも、何か完成したものを名刺代わりに見せられるといいと思います。

―――シナリオライターなら、プロットひとつでもいい。

ならむら 分かりあえる仲間だったら、全体は未完成でも、その中に求めるものがあると見極められる人がいるはず。だから、なにも形がないのが一番困ると思います。作品があったからこそ求める人を見つけられた、というのは大きいです。


人に伝える手間を惜しまずに続けていくのも大切

―――では実際のゲーム製作について。ネットを介して距離のある関係で、どうやって指示を出しましたか?

ならむら 当時の自分たちはMSX風の雰囲気のあるゲームが好きで、そういうものを作りたいという部分で最初から一致してました。なので、あのゲームあの感じでと伝えれば、それで上がってきてたんですね。

―――それは現在もそのまま続けている?

ならむら さすがにNIGOROになるとオリジナルを作ろうとするんですが、口や文章で伝えてもさっぱり伝わらないケースが増えてきて。かといって僕はプログラムができないし、そこで試行錯誤の結果、FlashAfter Effectsで動きの映像を僕が作って、こう動いてほしいと伝えるようにしました。

―――映像だと誤解の余地なく伝わりますね。

ならむら そこから「座標Xが5で、Y6のときに中心点を置いて、こういう動きをしてほしい」と指示を書くようになって。だんだん企画書というより、仕様書に近いものになっていきました。

―――自然と仕様書を渡すようになっていったわけですか。

ならむら 内心、手間を考えると「隣同士でやっていたら絶対に必要ないのにな」とは思います(笑)。でも、仲間を集めるのであれば、中心人物が人に伝える手間を惜しまずに続けていくのも大切です。と言っても、僕もときどき「まあいいや」で済ませることもありますよ。指示と違うものが出ても、そこまで違うわけではないからよしとする、そういう判断も必要だと思っています。

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'05年に先行版が公開された『LA-MULANA』(ラ・ムラーナ)。ドット絵だとかわいい31才のおじさん考古学者が、幼少時から学んだ忍術を生かしつつ謎の巨大遺跡「ラ・ムラーナ」を探索してゆく。'01年の開発開始から'06年の完成まで丸4年かかった大作で、途中途中で体験版や先行版といったプレイアブルなバージョンを公開していた


海外のコアなゲーマーは日本の自作ゲームに注目している

―――さて、NIGOROさんならではのエキサイティングなお話、海外展開について伺います。海外展開のきっかけは?

ならむら はい。実は、日本語ができるフリーゲーム好きの外国人というものすごく都合のいい存在がいたんですよ(笑)。

―――ハハハ。

ならむら 特に宣伝もせず、自分のサイトに来てくれる人を驚かせようというくらいの気持ちで『GR3』や『LA-MULANA』を公開していたんです。サイトの掲示板なんかで交流をしているうちに、「海外のコアな人は日本のフリーウェアをあさっている」と知りました。ちょっとおもしろいフリーゲームを見つけたら、自作した英語化パッチを当てて遊んでいる人が海外にかなりの数いるというんですね。その後、'06年頃でしょうか。その日本語ができる外国人に「『LA-MULANA』は海外で人気があるから英訳したい」と声をかけられて、英訳版をその人のサイトで公開しました。
http://agtp.romhack.net/project.php?id=lamulana

―――反応はいかがでしたか?

ならむら そこから英語圏だけでなく、いろいろな国の人に広まっていきました。そこから、「ダウンロード販売をすれば買ってもらえるんじゃない?」と考えるようになり、思い切ってサラリーマンをやめて、NIGOROをスタートさせたわけです。

―――!! 思い切りましたね!

ならむら サラリーマンやるより、ゲーム作ってる方が本気出せてるような気がするなあと思ってしまったんです(笑)。

―――ではNIGOROは、最初から売るゲームを作ろうと始まったわけじゃなかった。

ならむら そうですね。趣味のゲーム製作ではなく、NIGOROとしてキチンとやって行こうとなってから、ゲームは海外でも売らないとダメだと思うようになりました。当時、「日本のタイトルは海外では売れない、だけどこの開発費じゃ日本だけではペイできない」ってよく言われてたんです。そこでまずはNIGOROの知名度を上げよう、では誰でも遊べるゲームから名を広めようと、ブラウザベースのFlashゲームを作るようにしました。

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『薔薇と椿』はNIGORO最初期、'07年にリリースされたFlashゲーム。旧家の遺産を巡り繰り広げられる、女同士のゴチックロマンバトル。要はビンタ合戦なのだが、海外で大ウケしたという
http://nigoro.jp/ja/games/rose/

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左上の時間ゲージが満ちるまでの間、何度もビンタによる攻撃が可能。マウスがなぞる軌跡によって、相手へのダメージが変わる仕様もウケた。総ダメージに応じて、顔も変形してゆく

―――Flashゲームも全世界的に人気が出たわけですが、その割にゲームタイトルへの展開までは時間が開いています。

ならむら ゲームはウケたんですが、自分のサイトに販売の仕組みだけ置くという方法は、集客力に限りがありました。それで、日本におけるVectorのように、海外でDLソフト配信ができるサービスを探そうとしたんですが、最初の1~2年はそのサイトを探すだけで終わってしまって。

―――突破口になったのはなんだったんですか?

ならむら それも、先ほどの日本語ができるフリーゲーム好きの外国人です(笑)。2008年の9月に、「Wiiウェア(※2)で『LA-MULANA』を出さないか」という誘いがありまして。実は今までメーカーさんへ出向いて、いろいろ話してはいたんですけど、書類や条件が煩雑だったりとほぼ手詰まり状態でした。「もしかしたらまだ時期じゃないのかも」と弱気になっていたところにWiiウェアの話が来たので、それはもう飛びつきました。

※2 Wiiウェアは、任天堂Wiiで遊べるバーチャルコンソール。ダウンロード販売されるゲームのこと。


今まで自分たちがやってきたことが結果を生んだ


―――海外だと自作ゲームを売る環境はすでに整っているという印象でしたが、日本からの進出となると難しいんでしょうか?

ならむら 例えばFlashゲームだと、紹介サイトに登録こそできても、パブリッシャーが来て商業化に動くような例はまず聞きませんでした。しかし4~5年前、海外で「自作ゲームはお金になる」という動きがあって、パブリッシャーが自作ゲームと契約してはリリースするという流れができました。それが日本にも向き始めた時期にお声がかかったようです。

―――英語版を公開したことがいい結果につながったと。

ならむら とにかく彼らと会うと「『LA-MULANA』、アメリカでは人気なんだよ!」って言われて。僕らがフリー時代に英訳して出してもらったものが広まっている、それを俺たちが見つけたんだという感じなんだと思います。だからその詳細なプロセスは、正直僕たちはあずかり知らないんですよね。今まで自分たちがやってきたことが結果を生んで、狙った通りといえば狙った通りなんですけど、そんなに思い通りにできたという感覚はなかったです。偶然に近かった。

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Wiiウェア版『>LA-MULANA』。ゲームが2Dグラフィックスのまま進化していたらどうなったかを考えた、いわば2Dゲームを突き詰めた見ごたえのあるグラフィックが特徴だ

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ユーザーからは“死にゲー”“鬼畜ゲー”と愛されつつ揶揄される、難易度激高の仕上がりの『LA-MULANA』。ヒロインとなるキャラクター・ムーブルクはWiiウェア版から追加された

―――ところが『LA-MULANA』のWiiウェア版は、ほぼフルリメイクしています。

ならむら オーダーは、作ったそのまま移植して、ちょっと追加要素を積んでくれという内容でした。でも、そのままの移植は断りました。

―――えっ、断ったんですか?

ならむら さっきも言った通り、僕らは『LA-MULANA』のような“MSX風に作る”という作り方は卒業していました。それに、大手メーカーが古いゲームを昔のままリリースするという手法でWiiウェアを出していた。大手と同じことをしても、勝ち目はありません。「やるならフルリメイクだ」。意を決してそう伝えたら、オーケーオーケーって言われて。意外に軽いなあと(笑)。その後地獄を見ました。

―――'11年にWiiウェアでの配信がスタートし、'12年にはPlayism
http://dic.nicovideo.jp/a/playismやSteamhttp://dic.nicovideo.jp/a/steam
での販売も行われています。NIGOROのゲームが海外でウケる、その理由はなんだと思いますか?

ならむら ああ、それはですね、外国人向けとか日本人向けとか考えていないからじゃないでしょうか。いろいろと考えた結果、区別する必要がないという結論に至りました。人間の根っこにあるものとして、例えばゲーム内で突然石が落ちて来たら、人種問わず驚くじゃないですか。突然キャラが素っ裸になったら誰だって笑うとか、人間だったらこう反応するというのが分かってきたので、特に区別して作っていません。

―――なるほど。

ならむら 生理的な反応を使っているので、どの国でも変わらない。例えば、ノベルゲームはテキストが多いジャンルなので翻訳に時間がかかりますし、しかも日本独特の文化やダジャレなんかが満載のものはローカライズの面でも海外にそのまま持っていくのは難しいんです。でも『>LA-MULANA』のような2Dアクションであれば、情報がシンプルなので伝わりやすい。動きをリアルにすると「アメリカ人はこんな動きはしない!」とか、また違う問題も生まれてくるんでしょうけどね。

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(C)ASTERIZM CO., LTD. Game Production Division NIGORO

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満を持して開始された、Playizmでの有料配信。今では数少ない、歯ごたえのある本格アクションゲームだ。WiiウェアでDLCコンテンツとして販売された、タイムアタックモード「LA-MULANA地獄」も収録されている


ニコニコ自作ゲームフェスを認知している
海外のパブリッシャーも多い


―――「ニコニコ自作ゲームフェス」の投稿者に向けて、海外に向け作品を公開するノウハウがあれば教えてください。

ならむら 自分たちの経験からの話ですが、ローカライズしやすいゲーム制作ツールを選ぶことがありますね。オブジェクトの中にテキストファイルを持っているツールだと、英語化しにくいという問題があります。それ以外は、海外向けに作るより、自分の独自性にこだわったほうがいい気がします。発想力も大事なんですが、それ以上に“昔、ゲームを遊んでいた時、自分の心に残った魅力” というか、自分がゲームを遊ぶ上でおもしろいと思う部分を大事にしてほしい。ものすごい細かく作り込んであったりとか、何回遊んでも楽しく思わせるとか、そういうしっかりした作り込み、日本人らしいですよね。変に海外を意識するよりは、パッと遊んで「おもしろい!」と思わせるほうに情熱全部傾けたほうがいいです。

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'13年9月、ついに発表された『LA-MULANA2』。前作の5年後を舞台に、主人公の娘がラ・ムラーナ遺跡を冒険するというもの……らしい。詳細は'14年1月16日の発表を待て!
http://newproject.nigoro.jp/ja/

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東京ゲームショウで公開された『LA-MULANA2』のプレイアブルデモ。ゲーム画面が4:3から16:9へと変更されたほか、新たな舞台となる遺跡の1ステージが公開されていた

―――海外向けだからと変にいじるよりは、ゲームとしてのおもしろさを重視したほうがいいと。

ならむら あと海外に広めるという観点で言えば、「ニコニコ自作ゲームフェス」に出して終わりではなくて、自分のページにちょっと英語のイントロダクションを置くだけでも効果があります。Twitterでもできますから、「英語ができないから」と行動を止めてしまうのではなく、とにかく英語圏で出したいというアクションを起こせばその機会は増えます。「ニコニコ自作ゲームフェス」の第1回で“Unityスタークリエイター賞”を受賞した『TorqueL』(トルクル)も、自作ゲームフェスで人気を得て、そこからE3まで行きました。ちゃんとニコニコ自作ゲームフェスを認知している海外のパブリッシャーも多いと思いますよ。

―――そんなに日本の自作ゲームを見ている人がいるものでしょうか?

ならむら 海外のファンやパブリッシャーは信じられないぐらい広く深く日本のインディーズゲームの情報を持っている、ということに日本や製作者が気づいていないんですよ。彼らは徹底的に下調べをして、おもしろいゲームを探し出します。PlaysmもBit Summit(※3)も、主催者は外国人なんですよ。日本のインディーズゲームを広めたいと思っているのは、実は外国人なんですよね。だからこそ、ニコニコ自作ゲームフェスの投稿動画紹介文で、英語の説明文があるだけでだいぶ違うと思います。

※3 Bit Summit 日本のインディーズゲームを海外に紹介するイベント。第2回を2014年3月7~9日に開催予定。
http://bitsummit.org/

―――貴重なアドバイス、ありがとうございました。

(インタビュー・村井克成/構成・市川美穂)





【インタビュー記事一覧】

なりた「商業に応用できるアイデアや可能性を同人ゲームで探っていた」(代表作:『MELTY BLOOD』)
cutlass「これからのノベルゲーム文化を自分が背負わないで誰が背負うんだ!」(代表作:『NOeSIS~嘘を吐いた記憶の物語~』)
海原海豚(黄昏フロンティア)「自作ゲーム制作にはブッ飛んだ愛が必要」(代表作:『東方萃夢想』『ひぐらしデイブレイク』)
奥井晶久「ニコニコはゲームとユーザーの接点を作ってくれる」(代表作:『ワンナイト人狼』)
支倉凍砂「目標はハリウッドで映画化でした」(代表作:『狼と香辛料』『ワールドエンドエコノミカ』)
竜騎士07「ニコニコ自作ゲームフェスはいい“試練の場”になる!」 (代表作:『ひぐらしのなく頃に』)
オガワコウサク「それはもう、祁答院が作るゲームが面白いからですよね」(代表作:『コープスパーティー』)
ZUN「『東方Project』は自分のライフワークみたいなものになっている」(代表作:『東方』シリーズ)
SmokingWOLF「2Dゲームでできることはほぼなんでもできてしまうんですよ」(代表作:『シルフェイド見聞録』)
【後編】泉和良「自作ゲームは一生自分の体から離れないものになった」(代表作:『自給自足』『エレGY』)
【前編】泉和良「自作ゲームしかなくなっちゃったんですよ」(代表作:『自給自足』『エレGY』)
八百谷真「ゲーム作りは欲求不満放出の場」(代表作:『囚人へのペル・エム・フル』)
飯田和敏「自分が面白いと思うゲームを作るのが一番!」(代表作:『アクアノートの休日』)

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RPGアツマール
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なつかしい。久々にやりたくなった。
71ヶ月前
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カレーソングは2でも出るのかな?w
71ヶ月前
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薔薇と椿マジお勧め。
いつの間にか真剣になってるからw
71ヶ月前
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薔薇と椿やっと3作ともクリアしました。
とても面白かったです(笑)。
71ヶ月前
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行ってみたけど面白かったわ
吸血少女とかかなりはまってたからつぼに来る感じ
71ヶ月前
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この記事で薔薇と椿を見てやってきました
どれもおもしろかったですww
71ヶ月前
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機会は増えるというけどラ・ムラーナみたいな怪作じゃないと海外にすらでられない・・・
洞窟物語とかスーパーデプスとかすごい、おもしろいって言いたくなる作品を作るのは技術的才能的ハードル高いよなあ
71ヶ月前
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結局海外と日本に人間的差はない、てよく分かる。
もちろんらしいって少しはあるけど結局は人によって違うから生活してたら最近よく見る日本下げするような事はないんだよなって凄く思う。
成功するのに色々手を広げるのも良いよね。
71ヶ月前
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単に、日本の自作ゲー作家達が作りたいゲームが、海外で評価されるポイントとズレてるから・・・
70ヶ月前
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