• 桜の章 episode.8 雪花の夢

    2019-12-14 23:39
    まあ、大人になったとは言っても、私達の生活に大きな変化があったわけではなかった。

    子供の頃より遊ぶ時間が減って、働く時間が増えた程度さ。
    それは大人になれば当たり前の事だったからね。

    ・・・・・・あとは、強いて言うならば、ゆきと私があまり一緒に行動しなくなった事が、変化と言えば変化だったかな。

    もちろん、仲が悪くなったわけじゃないよ。

    さっきも言ったけど、私とゆきでは得意な事が違った。
    私は体を動かすのが得意だったし、ゆきは書き物や手芸の類が得意だった。
    必然的にゆきは家の中に居る事が多く、私は外に居る事が多かったという、ただそれだけのことさ。

    まあ、ゆきが家の中に居る事が多かったのは仕事のためだけというわけでもない。
    大人になるにつれて、ゆきは体調を崩す様になったんだ。
    原因は不明。常に微熱があって時折意識が朦朧とする。
    虎破さんは、雪細工の能力が暴走しているせいだと言っていたけれど、彼にもそれを治す事は出来なかった。
    もうその頃には、雪細工の能力は完全にゆきの制御できるものでは無くなっていて、ゆきの居る部屋には意味の無いガラスの結晶の様なものが、壁に無数に生えてくる様な有様だった。
    そんなわけで、ゆきは家の中に篭る事を余儀なくされていたのさ。

    それでも、月に何回かは体の調子が良い日もあった。
    そういう日はゆきを連れて二人で外に出て、何をするでもなく散策して、ゆきが作った握り飯を一緒に食べた。
    今で言うピクニックの様なものかな。
    あの時代は娯楽らしい娯楽も無かったし、そもそも私達は村の外に出る事が禁じられていたからね。・・・・・・ほら、普通の人が私達みたいな"化け物"を見たら驚くだろうから。
    見た目が普通ではない村人は、基本的にずっと村の中から出なかったのさ。・・・・・・何もかもが自給自足で、それで暮らしていける時代だったんだ。
    そんなわけだから、ピクニックとは言っても、村の近くを歩くだけだったけどね。
    それでも、私達にとってはそれがとても幸せな時間だった。

    ・・・・・・そんなある日の事だ。
    桜が咲く、春の季節だった。
    私達は暖かな春風に包まれて・・・・・・と言いたいところだけれど、その日は酷く寒かったのを覚えている。
    なにせ、桜が咲いているというのにその日は雪が降ったんだからね。前日の夜半から降り始めたその雪は、朝方には小降りになっていたけれど、それでも山並みはうっすらと雪化粧が施されていた。

    白い息を吐くような寒さだったけれど、そんな気候とは逆にゆきはとても体調が良い様だった。
    いつもは私がゆきを外に誘い出していたけれど、その日はゆきの方から外に出たいと言ってきた。
    私はそれが嬉しくて、いつもより少しだけ遠くへ出かけた。村の裏手にある山・・・・・・と言うにはすこし小さな丘。その頂上には見事な桜の木が一本生えていてね。その桜を二人で見に行った。

    そこは、私のお気に入りの場所だった。
    山の中なのに、そこだけは少し開けた空間になっていて、薬草を取りに行った時などは私は必ずそこに立ち寄っていた。
    けれど、ゆきを連れて行ったのは、その時が最初で最後だったな・・・・・・。

    丘の上に立つ桜の樹は、その時も見事な花を満開で咲かせていた。それに加えて昨日から降った雪が花の桜色と交じり合って、それはそれは幻想的な光景だった。

    「"ゆき"と"さくら"だね。」

    そう、嬉しそうに言ったゆきの顔を今でも覚えている。
    その言葉を聞いて、私はなんとも言えない幸せな気持ちになった。誇らしい様な、愛しいような・・・・・・。
    私はゆきを抱き寄せて、しばらく二人でその白と桜色の優しい景色を眺めていた。

    そうしていると。
    ふと、ゆきはハラハラと舞い落ちる花びらを手に取った。
    その花びらには雪が付いていたけれど、ゆきの手のひらの上ですぐに溶けて、花びらだけが残った。
    それを見たゆきは、私の手の中からするりと抜け出して言った。

    「雪と桜、いつまでも一緒に居られればいいのにね」

    そう言って振り返ったゆきの表情は今にも泣き出しそうだった。
    体の弱さ故だろう。ゆきが、自分の死を意識しているのは明らかだった。
    私は思わず駆け寄って、ゆきを抱きしめた。そして「大丈夫。一緒に居られる。」と何度も何度も言った。
    今思えば、それはゆきに言った言葉であると同時に、自分自身に言い聞かせた言葉でもあったんだと思う。

    私達は雪桜の下で、抱き合って泣いた。

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  • 桜の章 episode.7 雪桜の姉妹

    2019-11-01 21:35
    それからの生活は貧しいながらもとても穏やかなものだった。

    ・・・・・・本当に、とてもね。

    まず私達には、"人間らしさ"が与えられた。
    ボロでも清潔な衣服、粗末ながらも不足の無い食事、小さくとも日の光が差し込む家。
    そして何より――名前が、与えられた。

    「ゆき」と「さくら」。
    その時になってようやく、私達は私達の名前を手に入れた。
    「ゆき」の名前はその能力から。私の名前は・・・・・・きっとその頃に桜が咲いていたからだろうね。
    「雪桜の姉妹」。村の皆からそう呼ばれるようになった私達は、虎破さんの下で一緒に暮らす事になった。

    虎破さんは何も知らない私達に色々な事を教えてくれた。
    世間一般の常識から始まり、算術や簡単な薬学まで。
    彼はとても博識で、私達の質問にも何でも答えてくれた。

    知らない事を学ぶというのはとても楽しかった。
    ・・・・・・もっとも、私は物覚えが悪かったから、虎破さんにとって私はあまり優秀な生徒では無かったと思うけど。
    逆にゆきは勉強が得意だった。ちょっとあれは、姉として立つ瀬が無かったかな・・・・・・。たはは・・・・・・。

    も、もちろん私にだって得意な事はあった。
    それが剣さ。
    虎破さんは剣術も達者でね。毎日彼に稽古をつけてもらっていた。
    虎破さんが言うには私は特に才能があったみたいだ。
    成長してある程度剣が振るえる体になる頃には、虎破さんを除けば村で私に勝てる人間は居なくなった。

    ・・・・・・ああ、そうそう。例の「トウシの眼」も剣術とは相性が良かったんだ。
    虎破さんは、私の眼についてもある程度の知識があったみたいでね。どうやってこの眼を使うかも教えてくれた。
    もともと大雑把に未来や遠くの出来事を視る事が出来る眼だったけれど、「一秒以内の未来」、そして「目の前で起こる事」に限定する事で、私はその眼をほぼ完全に使いこなせる様になっていった。
    たとえそれが1秒未満の未来だとしても、一瞬の判断が勝敗を決める剣術においては、それが見えるという事はとてつもない利点になった。
    この眼を全力で使えば、虎破さんだって私には敵わなかった。

    ・・・・・・でも一方でゆきの能力はそうはいかなかった。
    雪細工の能力は年々と強くなっていった。一度に作り出せる雪細工の量はどんどん多くなっていったし、その精度もとても緻密になっていった。
    でもゆきはその能力を制御しきれていなかった。
    ゆき自身がそれを作り出そうと思っていなくても、何かを想像しただけで雪細工が出来てしまっていた。酷いときは夢で見たものが雪細工になってしまって、寝ている間に雪細工に埋もれてしまった・・・・・・なんて事もあった。
    もっとも、ゆきが想像しているものから意識を逸らせば雪細工は消えるものだったから、大事には至らなかったけどね。


    まあそんな感じだったけれど、私達は至極真っ当に、その村の一員として育っていった。

    先に話したとおり、迫害された人間が寄り集まった村だからね。村は外界との接触を極力避けていた。従って食料などは自給自足さ。
    当時はまだ農業が発達していなくてね。この国でも天候次第で飢饉になっていたらしいけど、その村で食うに困った事は一度も無かった。
    たぶん、虎破さんが何か良い方法を知っていたんだと思う。

    当然当時の私はそんな事なんて一切知らずに畑仕事を手伝っていた。
    大人はその他にも色々と仕事をしていたけど、私達は午前中で畑仕事を終えて、午後になれば勉強したり剣の稽古をしたり。もちろん私達以外にも子供は居たからその子達と遊んだり。

    そんな毎日だった。

    そんな退屈な、けれど得がたい日々が何年か続いて。

    私達は大人になった。


  • 桜の章 episode.6 虎破

    2016-03-20 23:43
    ……。

    そして。

    次に目覚めた時に、私の目に入ってきたのは藁葺きの天井だった。

    私達が幽閉されていた屋敷はどこも板張りの天井だったから、そこが屋敷で無い事はすぐに分かった。
    分かったけれども、私はしばらくボーっとして、その天井を眺めていた。
    かなり長い事寝ていた感覚があって、まだ頭が働いていなかったんだ。
    「ここは何処だろう?」という至極当たり前な疑問が浮かぶまでに、ずいぶんと時間を要したよ。

    体を起こすと、私の上には布団がかけられていた。
    見れば、身に着けている着物も見慣れないものだった。ボロだけども、清潔に保たれているのが分かった。

    私は辺りを見回した。

    私が寝ていたのは小さな部屋だった。
    いや、部屋と言うより小屋と言った方が良かったかも知れない。
    藁葺きの天井、板張りの壁と床。出口付近は小さな土間になっていて、見慣れない形の靴がいくつか置いてあった。
    部屋の中央に目を向ければ、そこにはには囲炉裏があって、もう真っ白になった炭が、それでもわずかに赤く光って燃えていた。

    その光景を見て私は焦った。
    何故かって?
    そんなの、決まってる。
    そこに、ゆきが居なかったからさ。

    私はゆきの名前を呼んだ。
    でも返事が無くて、私はもっと焦った。

    もしかしたら小屋の外に居るのかもしれない。
    そう思って、私は立ち上がると、小屋の出口に向かった。
    足が汚れるのも構わずに、土間に降りると、土の冷やりとした感触が伝わってきた。
    その冷たさに急かされる様に、私は扉に手をかけて――。

    その瞬間。
    私の意志とは関係なしに、目の前の扉が開かれた。

    ・・・・・・最初に目に飛び込んで来たのはボロボロの布切れだった。
    それが外套だと分かって――目の前に居るのが外套を羽織った人間だと分かって、私は硬直した。
    どう考えても、ゆきでは無い。身長が高すぎる。
    私は恐る恐る視線を上げた。

    ・・・・・・そして。
    視線の先に表れたのは、"化け物"だった。

    いや。一般的な意味での化け物じゃない。その時代でいう"化け物"さ。
    つまり、私達と同じ異形が、そこに居た。

    金色の髪、蒼色の目、鼻筋の通ったハッキリとした顔立ち――

    うん。まあ、その、なんだ。
    化け物とか異形とかカッコつけて言ったけれども、今思えばただの外国人だったんだろう。
    でも、その時の私は外国人を見た事もなければ、そもそも外国というものがある事すら知らなかったから。
    目の前の人間が、”普通じゃない”という事くらいしか分からなかったんだ。

    そんな、日本人離れした容姿の男が目の前に立っていた。

    私は、彼と目を合わせたまま言葉を失っていた。
    怖かったわけじゃないけど、ただただびっくりしていたんだ。
    彼もしばらく、無表情のまま固まっていた。
    ふふ・・・・・・あの時は、お互いにびっくりしていたんだろうね。

    先に言葉を発したのは彼のほうからだった。

    「ようやく目を覚ましたか。」

    彼は、そう言うと・・・・・・ふっと、微笑んだ。
    それを見て、私は理解したんだ。
    ああ・・・・・・この人は、敵じゃないんだって。





    彼は、名前を虎破(トラハ)と言った。
    虎破さんは、その後、私の置かれた状況に付いて一通り説明してくれた。

    彼は、ある村の長だった。
    その村というのは、私達の様に迫害されていた人間が集まって出来た村だった。
    その村には、私のように身体的に普通ではないもの、ゆきのようにその能力が特殊なもの、その他、色々な事情のある人間が暮らしていた。

    虎破さんが言うには、村人の一人が街でゆきや私の噂を聞いたのが始まりだったそうだ。
    雪細工の少女と未来視の少女。
    その二人が同じ屋敷に幽閉されていると知った虎破さんは、村の皆と話し合って私達を救う事に決めた。そして、私達を屋敷から連れ出す機会をずっと伺っていたらしい。
    そうしているうちに偶然、屋敷が火事になり・・・・・・と虎破さんは言っていたけど、実際は彼が放火したんだろうなぁ。
    兎も角、火事に乗じて私達を連れ出した。というのが話の流れだったらしい。

    その話の後、私は虎破さんに連れられて小屋の外へ・・・・・・そしてその村を案内された。

    村には、私が寝かされていた場所の様な粗末な小屋が並んでいた。

    私と虎破さんが外に出ているのを見て、それらの小屋から村の住人達が出てきて、私達の周りに集まった。
    その村人達は、虎破さんが言うとおり、どこかに普通ではない特徴を持った人が多かった。

    足や腕、体の一部がが欠けている者。逆に多い者。子供のような容姿の大人。見あげるような大男。茜色の髪色の者。翠玉色の瞳を持つ者。

    だいたい村人の3割くらいだったかな。いや、外見だけでなく、内面的な特徴を持った人も合わせれば半分以上が、そういった普通ではない”化け物”だった。

    そして、村人の中にはゆきも居た。

    私はゆきに駆け寄ると、強く、強く抱きしめた。

    陽の光を含んだ暖かな風が、私達を包み込んでいた。
    私達はようやく、あの暗く湿った世界から抜け出す事ができたんだ。