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ドイツで会ったすごいドイツ軍マニアの友達とその家族
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ドイツで会ったすごいドイツ軍マニアの友達とその家族

2015-11-11 05:48
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今年の5月中旬から6月初めまでドイツに行って、色々なものを見て、さらに、ドイツ人と交流してきたのでその一部を紹介しようと思う。

すごいドイツ軍マニアのドイツ人に会ったので、その友達について書こうと思う。

彼の名前は、フルネームは出せないけど、ペーターといい、マリアという妻、サスキアという娘の3人家族。ペーター、マリアは40代で、サスキアちゃんは13才。ペーターとはすでにフェイスブックですでに2013年の10月から友達で、共にドイツ軍ファンということで意気投合して、フェイスブックで盛んに交流している。ルール地方のエッセンのホテルにいた時にペーターに、
「暇な時に会えないかな?」
とメールを送ったら、
「5月28日なら空いてるよ。俺の家はバード・オエルハウゼンという町にある。エッセンからなら電車で1時間ちょっとだよ」
と教えてくれたので、言われたとおりに電車に乗って彼の住む町に行ってみた。

それで、午後2時半頃にバード・オエルハウゼン駅前でペーターに会って色々と話をした。フェイスブックに書いてある経歴から彼がインテリということは知っていたが、医学と現代歴史学の博士号を持っていて、普段は自治体所属の総合医者として働いていて、休日には現代歴史学の知識を活かして、ドイツ軍武装親衛隊のヒストリカルゲームの主宰者をしていると聞いて、すごい努力家だと感心したのだった。彼はヒストリカルゲームによく娘も連れて行くのだという。娘は将来はドイツ連邦軍か警察で勤務してもらいたいと言っていた。

彼の家はドイツ第2帝国の頃から、代々、軍人の家系であり、彼の父方のおじいさんは武装SSのアインザッツグルッペに所属していて、東部戦線でパルチザンの掃討、対独敵対分子の処刑などを行っていた。しかし、作戦中にあまりにも残酷な戦場で神経がおかしくなり、ドイツ軍降伏の時はベルリンで事務の仕事をしていたという。

それで、図々しくも初対面なのにペーターの家を訪問して、奥さんに会った。奥さんはスロバキア出身のマリアという人で、酒場のウェイトレスをしていて、ペーターと出会ったという。写真を見ればわかるが、モデルをしていてもおかしくないほどすごく綺麗な人。マリアに、
「旦那は、大のドイツ軍ファンでヒストリカルゲームを主宰していて、娘さんもよく連れて行っていますが、何の抵抗もないのですか?」
と尋ねると、
「それは、彼のホビーで別に非合法なことではないから止めさせる理由はないわ。彼はちゃんと仕事もしていて家族の世話もしているから、ホビーにまで文句は言えない」
と答えた。奥さんは、やはり、このように広い心を持ってないといけない。別にミリオタでも何かのオタクでもいいではないか。(苦笑)

それで、ペーターの家でしばらく歓談した後に、サスキアちゃんが友達の家に遊びに行っていて帰ってこないので、僕を駅まで送りにいく途中でサスキアを迎えに行くことになった。サスキアもフェイスブックをしているので写真を見たことがあったが、実際に会ってみると本当にカワイイ女の子だった。しかもまだ13才というのでさらにビックリした。ペーターとサスキアとは駅前の喫茶店で歓談して、その後、電車が来るまで一緒にいた。

ペーター一家と会った時に強く感じたのだが、やはり、美しい、カワイイは正義だなあとつくづく思った。あれほど美人の奥さんとカワイイ娘さんがいれば、それは、お父さんも仕事も家庭生活もとても頑張るだろうなと思った。
「お父さんはジャマだから、今度の粗大ごみの時に出してしまおう」
などという嫌味は、ペーターの家では絶対に出ないだろうなとうらやましく思った。(苦笑)

写真は上からペーターとマリア、サスキアと僕、ヒストリカルゲームの時のドイツ軍の軍装をしたペーターとサスキア。












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最後の写真、帽子にハーケンクロイツ(鉤十字)の紋章入ってますが問題無いのですか?
ドイツ人リエナクターのドイツ軍服を見てるとほとんど鉤十字の部分は消されてたので
67ヶ月前
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問題ないようです。この時のヒストリカルゲームは、スロバキアで行われたようなので。
67ヶ月前
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