• 「アイマス野球道Girl’s」の後遺症に苦しむ

    2019-06-08 22:17
    もう6年以上も前の話なので、ここを見ておられる方のどれぐらいがご存じなのかわからないのですが、かつてアイマス野球道Girl’sという動画シリーズを投稿しておりました。

    プレイ動画だけでは間がもたないので、アイマスキャラ以外のモブ選手同士の掛け合いとかを入れていくようになったわけですが、ゲーム自体のノリがかなりコメディタッチなので、動画もテイストも自然と、笑いを取る方向に動いていきました。

    SSのようなものをネットであげていたり、小説のようなものを投稿して落選したりしていましたが、それまでコメディ・ギャグ寄りの作品というのは作ったことがなかったので、かなり苦労しました。
    まだまだ元気だった当時のニコニコ動画で流行していたようなネタに臆面もなく乗っかってみたりして台詞を作っていくのですが、これはこれでなかなか楽しい経験でした。

    それはよかったのですが、そんな生活を5年ほど(2008年~2013年)続けていたためか、いまでもふと気づくと「こうみえても、765プロ学園の○○と呼ばれた△△ですよ」みたいな当時のお決まり構文みたいな台詞を思い浮かべていたりします。

    最初のうちは長く続いたシリーズだったし仕方ないかとも思っていたのですが、もう6年も経つのに相変わらず、もう表に出すこともないネタを自動生成している自分に気づいて愕然としました。
    もう完全に癖になってるようです。一生治らないかも、と思うとそれはそれで恐怖すら覚えます。

    いっそのこと動画で有効活用できればよいのですが、それもこれも元ネタの「高校野球道Girl's」あってこそですから。なかなか難しいものです。

    当時、「古臭いゲームを今更引っ張り出してきたな」と思いながら動画を作ってましたが、2003年発売で2008年の動画作成開始ですから、もはや、アイマス野球道のシリーズが終了してから今日までのほうが日数が長くなったという現実に気づいてさらに震える。
    そうか、あの当時、発売してから5年しか経ってなかったのか……。

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  • 物語の圧力が抜けるとき

    2019-05-19 22:514
    戦国時代系の架空戦記小説を読んでいるとき、「この攻撃が決定打となる」という表現を目にしました。

    別の作品で以前、聞きにくいことをズバリ尋ねるという意味合いで「直球を放る」と書かれていた表現があり、ちょっとした物議を醸したことを思い出しました。

    違和感があるのは、どちらも野球用語を連想するということです。

    言うまでもないことですが、「戦国の長嶋巨人軍」でもない限り、戦国時代に野球はありませんから、その当時になかった表現で描写されていることになります。それはダメなのか、かまわないのか。

    決定打については、もしかしたらそれ以前からある表現なのかもしれませんが、やはり戦国時代の合戦の表現としてはちょっと違和感が残ります。


    歴史ものを扱うときの表現技法については、いわば永遠のテーマと言えるものの一つでしょう。

    台詞等についてはあくまでも「戦国時代風」であって、そのものではありません。
    ガチのマジで当時の台詞回しで書かれてしまったら理解に苦しむことになるでしょう。

    地の文についても、現代的な表現をすることにダメ出しをしはじめると、境界線がどこにあるのか、という話に巻き込まれることになります。
    せめて横文字はやめて、という気がしなくもないですが、佐藤大輔の信長シリーズで、あえて現代の軍事用語を用いられると、それはそれで格好良くみえてしまうのが困る。

    異世界ファンタジーものであっても、このあたりのお約束をどこに設定するのか、作者の方々はそれぞれに苦心されているようです。
    そういう意味で、現代からの転生者による一人称、というのは制限がかからなくてやりやすいのだろうな、と思います。

    あんまりうるさく言いたくはないな、と思いつつ、こうしたごくわずかな違和感があるだけで、物語へののめりこみ度を損なうことにもなりかねないのも事実ではないかと。

    原俊夫作品で出てきた、ルーズベルト大統領の「餅は餅屋に任せよう」という台詞は大好きですが、ちょっと悪意があることは否定できない(笑

  • 戦争を知らないお祖父ちゃん達

    2019-05-17 22:523
    架空戦記小説全盛(90年代半ば)の頃、主な読者にとって第二次大戦の体験者は祖父母世代であった筈です。

    それから20年以上が経過して世代交代した結果、若い読者にとっては祖父母世代ですら戦後世代ということになっていると思われます。

    曾祖父世代ですら戦後生まれ、という人が珍しくない時代も目の前に来ています。

    こうなってくると、生の声として体験談を語り継ぐのはもう無理なんでしょうね。
    完全に歴史の一部として認識されることになるのでしょう。

    艦これのイベントで烈風改のレプリカが飾られたりするのを、なんとなーくイヤだなあ、と思ってしまうのですが、若い人たちにとっては「信長愛用の刀のレプリカ」とかと同レベルなんでしょうね。怒ってはいけない。若い人にとっては世代が違うのだから。