【創作】放課後ペパーミント03【再掲】
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【創作】放課後ペパーミント03【再掲】

2014-05-30 02:22

     そういえば、こんなこともあった。
     あれは確か、わたしがサエコを助けた時のことだ。
     あの時ほど、あの子がおかしい子だと思ったことは、今にして思うとなかったと思う。
     
     いや、これはなんというか、連続した一つの展開なので、「この時」と一つに断定していいものなのかも迷うことなのだが……。

     まあともかく、それはあの時、サエコを助けたことが始まりなのだ。

     例にもれず、休日にたった一人のペアのサエコと、わたしは遊ぶことにした。
     何度となく言い聞かせた結果、サエコは待ち合わせをおとなしく待つことができるようになったし、服装だっておかしさをなくしていった。どんどん彼女は真人間に近づいていって、中身は素っ頓狂な変人のままだったけど、外見はとても魅力的な大人の女性になっていった。
     そんなサエコに、声をかける男性がいることは、変わったことではない。
     その日も、いつもの駅前の広場にわたしは下り立つ。
     サエコとの待ち合わせはもう、この駅前が定番になっていて、それ以外の場所で待ち合わせることは稀だった。
     だけれどその日、わたしはすぐにはサエコを見つけられなかった。いつも同じ場所にいるはずなのに、サエコをすぐに見つけられなかった。
     それもそのはずだ。サエコは数人の男性に囲まれていて、目に見えるところにいなかったからだ。
     
     いつものところにいたのだけれど、遮られて、見ることができなかったのだった。
     わたしは失念していたのだ。サエコがおかしなやつだという印象しかないので、わたしはサエコが男性に囲まれるという怪現象を、すっかり考えていなかったのだ。

     見た目には超が付くほどの大人びた美人なので、声をかける男性がいるのはおかしなことではないのだと、その時は気づいていなかったのだった。

    「ねえねえ、俺たちと遊ぼうよ」
     ――そんなありふれ過ぎて安っぽいせりふを吐く軟派な男たちを横目に、まだあんなのがいるんだなあと思いつつ、ほとんどその団体をわたしは気にしなかった。ただそこから、
    「あら、やっと来たのね」
     ――と、サエコの声がして、わたしはぎょっとしてよくよく見て、彼女の姿をやっと認めたのだ。
    「な、何やってんのよあんたは」
     数人の男を割って入って、わたしはサエコに詰め寄る。
     なんだってこの子は、急に男たちに囲まれてるのだ。
     ――いや、美人なのでおかしなことはないんだけど、でもどうしてこんなことになっているのだ。
    「アケミ、この人たちが遊んでくれるそうよ」
     豊かな黒髪を後ろに流し、サエコは嬉しそうに微笑んだ。男性が一発で心を打ち抜かれる、それは魅惑的な微笑みだった。

     このとき、わたしはやっと気が付く。
     世間知らずという意味以外でも、この子は野放しにはしてはいけないのだと。

     オオカミはどこにだっているわけで、サエコは何も知らない赤ずきんで、猟師がいなければ食べられてしまっておしまいだ。

    「ねえ、キミこの子の知り合い?キミも一緒に遊ばない?」
     男の一人が、なれなれしくわたしの肩に手を置いてくる。わたしは小さくため息をつき、その手をはねのけた。
     人生初のナンパが、エキセントリックなサエコのついでとは情けがない。
    「結構です。わたしたちは行くところがあるので」
     わたしは言って、
    「さ、行くわよ」
     ――と、サエコの手を取ってその場を後にする。
    「あら、いいの?お金は全部出してくれるって言ってたのに?」
     サエコは首をかしげるが、
    「ダメよ、あんなのついていったら」
     わたしは厳しく言って、足早にそこを離れた。

     しかしまったく、サエコというやつはどうしてそう簡単に男に騙されてしまうのか。一緒に遊ぼうと言われて、ほいほいついていこうとしてしまうのか。
    「――」
     わたしは小さく後ろを振り返り、なぜだか楽しそうに男たちに手を振るサエコを見て、思わずため息をつく。
     まったく、この子と居ると、本当にため息が後をたたない。
    「あんたねえ、あんなのについていこうとしないの」
     場所を移して、わたしは改めてサエコに説教をした。そこは商店街の、アーケード街の中の、その隅っこだ。
    「なぜいけないのかしら」
    「あのね、あの男たちの顔を見た?どう考えても、やらしいことしか考えてない顔じゃない」
     わたしはまたもため息交じりだ。
     あの男たちは、大学生風の男たちは、いかにも軽そうな奴らだった。そういうことしか考えてないと、そう想像するのにたやすい男たちだった。
    「やらしいことって、なにかしら?」
     サエコは全く何も思い当たらないようで、不思議そうに首をかしげる。
    「……」
     わたしは絶句した。
     本当に、この子は何も知らないのか。
     本気で不思議な顔をしているのか。
    「あのね、わかるでしょ?ほら、ヤるとかヤらないとかって――アレよ」
     直接的に口にするのはためらわれるので、わたしは遠まわしに教えてやろうとする。
     
     しかし、アレとかヤるとかでも、正直言って恥ずかしい。花も恥じらう女子高生が、どうしてこんなことを、しかも天下の往来で言わなければならないのか。
    「ああ、わかったわ。セックスのことね?」
    「――んぶっ!?」
     ぽんと手を打ち、サエコはさらりとそれに言及した。
     思わぬ不意打ちに、わたしは大げさに吹き出してしまった。
    「ちょ、ちょっとあんた、大きい声でそんなこと言わないの!」
     口先に指を立てて、わたしは赤い顔であたりを見回した。
     幸いにも、通りを行く人は気に留めてないようだった。
     
     誰にもなんにも聞こえていなかったようだ。
    「――ダメなの?」
    「ダメに決まってるでしょ。まったくあんたは……」
     わたしはまたも、今度は大きくため息をつく。
     常識知らずにもほどがある。
     外でそんなことを言うなんて、おかしいにもほどがある。
    「知らなかったわ、男の人は、すぐにそうやってセックスに誘うのね」
    「だから、そういうことを言うなってのに」
     今度はサエコは声を小さくして言ったが、それでもわたしは咎めておいた。本当に本当に、こんなことはあんまり外で言うべきではないのだ。
     最もそんなのは当然で、歴然とした常識なのだけど……。
    「わかったわ、今後、簡単に男の人についていかない。それと、アレのことはあんまり言わない」
    「――わかってくれたようでうれしいわ」
     そしてわたしはやっぱり、行動を始める前に疲れ切ってしまうのだった。


     だけどこの日はそれだけにとどまらず、わたしはもっと疲れてしまうのだけれど。


     そう、徹底的におかしな子だと、この時にわたしは実感したのだ。

    「――でも、大丈夫よ。本当にそういうことをしたいのは、あなたとだけだから」
     笑って、サエコは言うのだった。
     男どころか、同性すらも射抜いてきそうな魅惑的な瞳で笑って言うのだった。
    「――はい?」
     わたしは目が点になった。
     そういうことって、つまりアレで、ソレのことか?
     自分で今しがた、あんまり言わないようにするという、アレのことか?
    「何言ってんの、あんた。女同士で何をするっていうのよ」
    「――アケミ、あなたって女の子なの?」
    「……当たり前でしょうよ」
     わたしは髪は短いし、私服は男っぽいものが多いが、歴とした女子だ。花も恥じらう女子高生だ。
     そりゃあ昔は男の子に間違われたこともあったし、今でも時々はあるけれど――。
     でもそれは本当に時々だし、すごく稀なのだし……。
    「いや、でもそうね、いつも制服はスカートだったわ。スカートを穿くのは女の子よね」
     うむむ、と呻くようにして、サエコはぶつぶつと何やら呟いている。
    「でしょうよ。だから、わたしは女の子。あんたもそう。普通は同性間でそういうことはしないし、恋愛感情もないのよ」
    「――困ったわね」
     わたしの言葉にサエコはそうぼつりと言って、
    「あなたのことを、そういうふうにインプットしてしまったのに」
     ――と、よくわからない言葉を続けた。
    「そのインプットが間違ってるのよ。今後、そういうのは無しにしなさいよね」
     言って、わたしは肩をすくめて見せる。
     
     本当におかしな子だと思い、もしかしてからかわれているのかとも思い、
    「――っ!?」
     そして突如として、わたしは彼女に唇を奪われる。

     一瞬頭の中が真っ白になった。

     何が起こったのかが分からなくなった。


     そして、あたりは騒然とした。


     休日の繁華街だ。
     街はそれなりに賑わっていて、人通りは多いのだ。

     女子同士のキスを見て、色めく人がいるのはおかしくないのだ。


    「ちょ、ちょっと何をしてるのよ」
     わたしはサエコを押しのける。否応もなく、顔は真っ赤になっている。
     冗談にしても、それはやりすぎだった。
     そしてまさか、本気なのではないかとも、わたしは少しずつ思い始めていた。
    「――うん、やっぱり間違いないわ。あなたにふさわしいのは、やっぱり私なのよ」
     そしていたずらっぽくサエコは笑って、わたしは結局ごまかされてしまう。
     冗談と本気の間でぐらぐら揺れて、結局サエコがどちらなのかわからず、わたしはごまかされてしまう。
    「……行くわよ」
     小さく間をおいて、わたしたちは走り出すようにしてその場から離れた。
     好奇の視線がわたしたちの後を追いかけてきたけれど、だけどそれはすぐに断ち切られていく。


     この時から、この子はおかしいのだなあと、わたしは実感しているのだ。
     この時が、その極め付けだったのだ。


     以来、冗談交じりのキスをするような間になってしまい――。



     この日に見に行った映画の内容を、わたしはよく覚えていない。



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