【創作】放課後ペパーミント05【再掲】
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【創作】放課後ペパーミント05【再掲】

2014-06-08 03:32

     その噂はあっという間に広まってしまった。
     なんとわたしとサエコが、そういう関係だという噂だ。

     だけど広まるのは当然のことだ。
     そりゃあ、公衆の面前で手をつないだり、抱き合ったり、キスなんぞをしていたら、そういう噂になるのも当然なのだった。

     サエコのアプローチは急激に積極性を増していた。
     わたしが明確に拒まないものだから、彼女はすっかり増長してしまっていた。
     わたしはよくわからなくなってきている。
     サエコは多分冗談なのだろうと思うが、実はわたしの方が本気になってしまいそうなのである。

     明らかにハートをがっしりとつかまれてしまい、鼓動をドキドキさせてしまっている。

     そして奇人の最頂点たるサエコは、人目をはばからずわたしを求めてくるのだった。
     登校中に、廊下を歩いているときに、教室にいるときに、下校中に、いついつでもサエコはわたしを求めてくるのだった。
     恋愛は男女間のみならないという結論は、わたしも否定はしないけれど……。

     だからそんなだから、妙な噂は空を飛んで広がっていくのだった。

     今では一人で廊下を歩いても、
    「ほら、あれがカワカミサエコさんと付き合っているセトウチアケミさんよ」
     ――なんぞとひそひそやられ、こそこそと見られてしまうのだ。
     わたしはと言えば、そういう場面に遭遇し、
    「ああもう……」
     ――とため息を漏らすしかない。
     反論材料を持たず、サエコを拒絶もできず、なすがままにしているのだから仕方がない。
     そしてサエコとはというと、一人で歩いているときにそういう話を聞くと、近づいていって会話を繰り広げるのだという。サエコ曰く情報収集とのことらしいが、積極的に自分たちのあんまりよくない噂話に突っ込んでいくのだった。

     あんまりよくない。
     そう、これはあんまりよくない話だ。

     ほとんどの人は遊び半分で話しているし、一部分の人は――この人たちはサエコのファンなのだが――嫉妬交じりに口にするし、中にはなぜか憧憬の目を向けている人もいる。つまるところいろんな論説があり、あまり広くない学校に、わたしとサエコを中心とした嵐が吹き荒れているのだった。
     それは明らかに、明らかによくない話だった。
     カップルとしては似合いだとか、そんなことを言われてもあんまり喜べないのだった。
     さっさと噂は去っていってほしいのに、嵐は収まる気配を持たないので、だからとても厄介なのだった。

     そしてサエコは、またもおかしなことを言い出すのである。
    「ねえ、お泊り会ってやってみないかしら?」
     それは唐突な話だった。カップルとしての地位を確立し、ほとんど学校公認の仲になってしまった頃に、サエコが言い出したことだった。
    「……」
     どう返答していいかもわからず、わたしは無言になってしまう。
    「――それはあんた、いったいどこから仕入れた話?」
     しばしの沈黙を経て、ため息交じりにわたしは聞いてやる。
     サエコがそんなことを言い出したとなると、聞いてやらないと収まらない。普通の人間なら、放っておけば「この話題は気分がよくないんだ」と収束するが、サエコの場合はそういった空気の流れを読めないので、しつこく発言を繰り返すのである。
     ――しかしなんでまた、うららかな午後の日差しの中、下校がてらそんな話をせねばならんのか……。
    「この間、とある女の子とそんな話になったのよ」
     軽快に靴音を鳴らしながら、にこやかにサエコは話し始める。その笑顔は屈託なく、裏表なく、しかしこいつはいたずら心に満ちているのだった。
    「とある女の子ねえ。それって誰なの?」
    「さあ?知らない女の子よ。同級生じゃなかったとは思うけど」
    「……あんた、上級生にそんなことを聞いたの?」
    「あら、悪いの?」
     サエコはケロッとしたもんである。
     そんな話をしている上級生も上級生だが、そこに入っていくサエコもサエコだ。わたしなら、たとえ下級生でも入っていけない。
     ――まあ、まだ下級生はいないのだけど。
    「どうして自分たちの話をしているのに、さっさか入っていけるのよ。それも上級生でしょ?わたしは無理だわ」
     わたしは「はふぅ」と、重々しくため息をつく。
    「あら、どうして?私たちの話をしてくれているのに、アケミは嬉しくないの?」
    「嬉しくなんかないわよ。大体よくない噂なんだから、あんまり本人が首を突っ込んじゃだめよ」
     全く事の重大さを理解していないサエコに苦言を呈す。
     こいつは本当に、簡単にほいほい首を入れすぎるのだ。いつか痛い目にあったって、自業自得とわたしは言ってやるつもりだ。
    「ふうむ、それなら今度からは控えるべきね」
     珍しくまじめな顔になり、サエコは顎に手をやって呟く。
     その顔は理知的で、とても美しかった。
     とても中身が子供で、下世話な話題が大好きなヤツには見えなかった。
    「――で、お泊り会がなんなの?」
     話が逸れだしたので、わたしは先を促す。本来なら忘れ去ってほしいので、触れないのが吉であるが、サエコは忘れてくれないので仕方なしにわたしから掘り返す。
     行く道には同じ学校の生徒が多い。下校時間になってすぐで、駅に向かう道は多くの生徒の通学路なので、だからそれは仕方がない。
     わたしは自然と、声をひそめながらの話になった。ただでさえ噂になっているのに、これ以上に話が広がってはとんでもない。
     果てには「とうとう一夜を共にしたんだって」なんて話になって、どちらかの貞操が奪われた――なんてことにもなりかねない。
     もちろん、それがどちらなのか、それともどちらもなのかは触れないこととする。
    「そうそう、それだけ仲良くなったんだから、お互いの家に泊まったことくらいはあるんだろう――って、そう言われたのよ」
    「ああ、そう。そんな話をしてたのね」
     上級生だか何だか知らないが、よくもそこまで踏み込んできたものだ。本人のあずかり知らないところで、すでに「貞操問題」の一歩手前まで行っているじゃないか。
    「それで、そこからなんでお泊り会になるのよ」
     わたしがなおも先を促すと、
    「あなたの家に泊まりたいなと思って」
     ――と、サエコは屈託のない笑顔で答えてくる。
    「……」
     わたしはまたも言葉を失った。
     なぜわたしの家なのかは置いておくとして、どうしてそんな噂の種になりそうなことを、邪気のない笑顔で言えるのか――。
     わたしは断言できる。こいつは絶対に、この状況を楽しんでいるのだ。
    「論理が破たんしているわよ。飛躍しているの。順を追って説明できないと、納得できないからね」
     胸を反るようにしてわたしは言ってやった。
     なんとなくの思い付きなら、これで話は消えるはずだ。いくらしつこいサエコであっても、結論に至る道筋がなければどうしようもないのだ。わたしはこれ以上の噂になることは、どうしたって避けたいのだ。
     ――本当はちょっとくらいならいいかもなあ、とか思うのだけれど、これ以上を許したら自分がどうなっちゃうかわからないので、絶対に許したらだめだ。
    「お互い好意を寄せあっている友達同士は、友情を深めあうためにお泊り会をするのだそうよ。そんなシステムがあるなんて、私は知らなかったわ」
     サエコはまた、上級生から仕入れただろう不思議な知識を披露し始める。
     ――まったく、重ね重ね上級生だか知らないが、なにを言ってくれてるのだ。
     この子はへんてこなやつで、いたずら好きで、素直すぎるほど素直なやつだ。言われたことを、簡単に信じるやつだった。
    「あのね、そんなシステムなんてないのよ」
     ため息交じりにたしなめるが、
    「――あなたは私に友情を感じないの?」
     ――と、サエコは取りつく島もなかった。
    「そ、そんなことはないけど……」
     もごもごと、口ごもりながらわたしは返事をする。
     友情を感じないなんて、そんなことはない。
     親友と言っていいくらいの間柄であり、学校でのペアであり、休日はほとんど毎週欠かさずに一緒に出掛けるのであり……。
    「わたしだってね、あんたを家に呼ぶのはやぶさかじゃないのよ?だけど、いまヘンな噂になってるじゃない。そういう時に、そういう想像をされることをするのって、絶対よくないのよ」
     そしてわたわたと、言い訳をしてしまうのだった。
     わたしがこんなだから、サエコを増長させてしまうのだ。結局踏み込んできたサエコを拒否できず、ほとんど受け入れてしまうからいけないのだ。

    今だって、サエコの言葉を否定できないので、こうして言い訳をしてしまっているのだった。

    「そういう時に、そういうことをするのはよくないのね?」
     言って、サエコはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
     瞬間、わたしはどきりとした。
     これはまずいと思った。
     これはサエコが悪知恵を働かせているときの顔なのだった。
    「大丈夫よ、そういうことなんてなくって、私たちお友達じゃない。お友達として、お泊りをするのは普通でしょう?」
     そしてまたサエコはにこりと笑う。
     あっさりと、サエコは裏技を思いついてしまうのだった。そういう関係でないと言ってしまえば、友達同士のお泊り会なら大丈夫だと、わたしの言質を取っているのでそう言ってしまうのだった。
    「――ねえ、大丈夫……よね?」
     そしてサエコはわたしの手を握り、うれしそうに飛び跳ねながら駅への道を歩き出すのだった。
    「いや、あの、大丈夫とかそういうんじゃなくて――。ていうか手を放してほしいんだけど……」
     長い足で早足になるサエコに追いつくために、わたしは足の回転を速くする。
     苦言を呈し、なんとかイベントの発生を止めようとするが、しかしサエコは全く聞く耳を持ってくれなかった。
     手も放してくれず、そして結局、わたしはサエコの暴走を許してしまうのだろうなあと――。

     だからわたしとサエコは、もうその道を突っ走っていたのだろう。
     ゴールへ向けて、スタートを切っていたのだろう。

     もう随分走り続けていたのだろう。


     それを仕方ないなあと思ってしまうあたり、わたしにもきっと、そういう部分があったのであり……。



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