【創作】ナツゾラ02-4 箱庭の生活
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【創作】ナツゾラ02-4 箱庭の生活

2014-10-01 01:13

    「うわっ!?」
     驚いて視線を戻すと、いつものように空色のワンピースを着たミクちゃんがそこにいた。すごく楽しそうな笑みを浮かべ、ライフル銃のような水鉄砲を抱えていた。
    「……」
     びしょ濡れになった自分の体を見下ろす。
     どうやらぼぅっとしていた僕は、植え込みに隠れて待ち伏せしていたミクちゃんの襲撃を受けたようだ。てっきりまだ庭に出てきていないと思っていたけれど、ミクちゃんもちびたちも、そうと思わせて僕が油断するのを待っていたのだ。
    「えーとひっかかった―」
    「ひっかかったー」
     ちびたちは植え込みから飛び出し、きゃっきゃとはしゃぎながら庭を駆け回る。
     長い髪を結わえたみーちゃんも、坊主頭のゆーくんも、二人ともびしょ濡れだった。
     なるほど、三人で互いに狙いあって、水鉄砲でひっかけあっているわけか。暑い今日のような日には、丁度いい遊びだ。
     そしてそんな戦争中の前庭に、無防備な僕がのこのこやってきてしまったというわけだ。
    「栄人さんも一緒にどうですか?――と言っても、もう武器はないので逃げる役ですけど」
     水鉄砲のポンプを前後させ、水の入ったタンクにに空気を送りながらミクちゃんは言う。
     無邪気に笑うミクちゃんも、よくよく見ればびしょ濡れだった。今の僕のように、水で濡れて衣服が肌に張り付き、体の線があらわになっている。
     つまり、ミクちゃんのスレンダーな割に張り出した胸が、ほとんど下着姿のままで目の前にある。
    「どうしたんですか?」
     自分がどういう姿かわかっていないのか、それとも男がどういう生き物かわかっていないのか、どぎまぎする僕にミクちゃんは首を傾げる。
     どこを見ていいのか、僕にはわからなかった。僕はというと、実はあまり女性に慣れていないのだった。
    「こら、おまえら!」
     誤魔化すように大きな声をだし、ベンチから飛び跳ねるように立ち上がる。
    「栄人さんが鬼だよー。みんな逃げろ~~!」
     鈴を転がしたようにミクちゃんは言って、芝生の上を走り出した。
     こうして炎天下の中、三人の武器を持った兵隊と、一人の武器を持たない弱者との、圧倒的な戦力差のある勝負は始まった。
     勝機のかけらもない僕は、逃げ回る三人をただただ追い回し、そして反撃にあってただただ射撃を浴びた。
     僕はもはや、ただの射撃の的だ。
     だけど一人だけの大人として、きっと役割は全うしているだろう。
     ただちょっと、相手には子供というにはおかしな少女が混じっているけれど――。
     遊んでいる間中、ミクちゃんもふたりのちびも本当に元気そうだった。三人とも病気療養中で、だからこそ療養所にいるのに、とてもそうは見えないのだった。

     だけど三人とも、外の世界を知らないらしい。
     ミクちゃんも、ゆーくんも、みーちゃんも、外の世界を知らないらしい。

     元気そうに見える彼らだけど、療養所がすべての世界であり、一歩たりとも外に出たことはない。唯一ミクちゃんだけは、住居が近隣にあるので週に一度は帰宅できるが、それでもこの町からは出たことがない。

     いろんなところに行ってみたいのだという。
     いろんなことをしてみたいのだという。

     だけど、昔は入退院を繰り返し、今は療養所で過ごしている。


     なにかがあるといけないから、帰宅日にもミクちゃんは実家で過ごしている。


     不自由で、不都合な日々をずっとずっと彼女たちは――。

     外の世界を知りたいなんて簡単なことだ。
     健康な人間なら、誰にでも簡単なことだ。

     それができない人間のことなんて、僕は今までちっとも知らなかった。

     押し付けられた人生の中。僕でさえも、外の世界くらいはある程度知っていた。旅だってしたし、友達だって多くはないけれどいた。
     僕は彼女よりも、よっぽど充実していたのだ。

     外の世界をほしがって、刺激を求めて、だから彼女は僕を拾ったのだろう。
     それはもう、きっと間違いがないのだろう。

     楽しそうに見える彼女だけれど、元気そうに見える彼女だけれど、本当はもっと、きっと、外の世界に――。

     長く助走を取ったほうが、遠くに跳べるという歌がある。
     小さく圧しつけられていたって、しゃがんだ状態から高くジャンプするための予備動作だと言った映画がある。
     要するに、苦しい時間を過ぎれば、人間は大きく花開くとそれらは言っている。

     それなら僕よりも彼女をはばたかせてほしい。
     まるで箱庭の中で暮らすような彼女を、彼女たちを、遠くに、そして高く飛ばせてほしい。

     僕はそう思うのだった。
     明るい未来の想像できない僕よりも――と、そう思うのだった。



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