【創作】ナツゾラ03-3 最後までの友達
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

【創作】ナツゾラ03-3 最後までの友達

2014-10-18 03:46

     ――そして今。
     はしゃいでいた時間を超えて、ゆっくりと過ごす。
     空を急ぐ雲を見送って、静かに過ごす。
     またふと、ミクちゃんに視線を送る。
     飽きもせずに、ずっと空を見上げる少女を見つめる。
    「今日は空に話しかけないの?」
     問いかけると、
    「話しかけてますよ」
     と、ミクちゃんは視線もくれずに言った。
     横顔がどことなくはかなげに見えて、胸にちくりとした痛みが去来する。
     この子はどうして空と話をするのだろうか――。
    「声に出していないだけです。ずぅっとお話しはしています」
    「声にはしないんだ」
    「聞かれたら恥ずかしいですからね」
     空を見上げたままで、小さくミクちゃんは微笑んだ。
     それはとびきりの、はにかんだ横顔だった。
     好きという感情は別にないと思った僕だけど、もしかしたら好きなのかもしれないと思った。
    「この間は、声に出してたよね」
    「あれは……誰もいないと思ってたからですよ」
     ミクちゃんはやっとこちらを向いて、怒ったような彼女と僕は視線を合わせる。
    「栄人さんがこんなところにいたからいけないんです」
    「うん、ごめん」
     なにが悪いのかもわからず、僕は謝る。
     あの時僕は偶然にここを訪れ、ミクちゃんに出会った。僕が悪いのだとすれば、多分そもそもの原因は海だ。だって、僕は海が見たくてバスを降りたのだから。
    「許します。おかげで出会えましたから」
     ミクちゃんは言って、さっきとは別の笑みを浮かべ、そしてまた空に向き直った。空との会話は、なによりも優先されるらしかった。
    「ミクちゃんはさ、なんで空と話をするの?」
     彼女の横顔を見るのをやめて、僕もまた空を見上げる。
     海鳥が飛んでいるのが見えた。
     猫のような鳴き声もあった。
    「……ずっと一緒にいてくれるのは、空くらいですから」
     ややあって発せられたその声は、小さくて、すぐに空気に溶けて消えていった。
    「……え?」
     聞こえていた。
     聞こえてはいた。
     だけど真意を受け取りきれず、僕は思わず聞き返す。
     視線を送ると、空を見ていると思ったミクちゃんは、僕のほうを見ていた。
     彼女は小さく、柔らかく、優しく笑っている。
     だけどその眼は憂いを帯びていて、澄んだその眼に僕は吸い込まれそうになって……。
    「――」
     なにかを言おうと口を開くけれど、言葉は出なかった。
     なにを言っていいのかが、僕にはわからなかった。

     まるですべてを内包するような笑みを浮かべる彼女に、弱くてちっぽけな僕はなにを言えばいいのか。

    「空だけがずっと一緒にいてくれるんです。友達は――それだけです」
     ようやく分かった。
     彼女は笑っているのではない。達観しているのだ。悟りきってしまって、全てをわかりきってしまって、どうしようもないことまで知り尽くしてしまっているのだ。
     僕はそんなことはないと思う。
     彼女と一緒にいる人間はいくらでもいると思うし、友達もたくさんいると思う。
     それは僕だってそうだし、ゆーくんやみーちゃんだってそうだし、夏子さんだってそうだ。願えばずっと一緒にいられるし、友達だし、そして――家族だ。
     だけど、それは僕の考え方なのだろう。
     彼女は僕とは別の考え方で、ずっと一緒なのは何もないと結論付けたのだろう。
     僕だって、ミクちゃんにはなんでもあると思うけど、自分にはと思うと、なんにもない。
     逃げているだけの僕には、なんにもない。
     きっとそういうことなのだ。
     自分として考えてみればよくわかる。

     ただそこは空虚なのだろう。

    「僕がずっと一緒になるよ。友達になるよ」
     僕は言った。
     できもしないことを、僕は言った。
     逃げている最中で、一つ所にとどまれないはずの僕が。
     彼女はただ、さみしそうに笑い、視線を空に戻した。
     そしてしばらく時間が過ぎる。
     ミクちゃんを見つめていた僕は、こらえきれずに視線を移した。今度は空ではなく、海のほうへと。足元のほうへと。
     なぜだか、彼女と同じ空を見るのはためらわれた。
     視線の先では波が壁面にぶつかり、弾けて飛沫が飛ぶのが見えた。
    「ここは思い出の場所なんです」
     また少し時間がたって、少女は語りだす。
    「ずっと一緒だって思ってた、仲のいい女の子がいたんです」
     僕は言葉を挟まなかった。ミクちゃんがそれを嫌っている気がしたから、ただ話したいのだと思ったから、なにも言わなかった。
    「わたしはその子と二人で、よくここに来ました」
     誰もいないのかもしれない。
     彼女は今、ここに一人なのかもしれない。
     空に話しているのかもしれない。
     僕はついでに聞いているだけだ。
    「いいことも、わるいことも、全部話し合いました」
     存在感を希薄にしながら、僕は耳だけを傾ける。眼下で波が打つのを見ながら、ただ耳を傾ける。
    「なんでも分け合って、ずっと、ずっと一緒でした」
     声はだんだん消え入るようになっていく。
     多分、心の重たい話なのだろう。
     だから、僕は存在しないのだ。空にだけ話していて、僕はいないことになっているのだ。
     だって、本当は話したくないことだから。
     「だけどその子には、もう頼れないんです。――もう、いなくなってしまうんです」
     どうしてミクちゃんがそういう結論に達したのかはわからない。
     だけど、それはきっと仕方のないことだったに違いない。
     誰だって、仲が良くて、なんでも話し合える友達とは別れたくない。だからきっと、それは仕方のないことだったに違いない。
    「だから……ずっと一緒なんてありえないんです」
     話は静かに終わった。
     僕は彼女は笑ってると思った。あの寂しげな、達観した笑みを浮かべてると思った。
    「それでよかったの――?」
     無になっていた僕は、ここでやっと存在を取り戻し、聞いた。喉が張り付くようで、声がとても出しにくかった。
    「よくはなかったと思います。だけど、悪くもなかったと思います」
     空を見上げて、少女はわかるようなわからないようなことを言った。
     僕にはなにを言っても無駄だろう。別れてしまう二人に、僕の言葉は無力だ。
    「その子は今どこにいるの?」
    「――近くにいますよ」
    「また、きっと会えるよ」
    「それは多分無理です。だから、わたしはここに来るんです。思い出の場所だから」
     足元で、波が大きくはねた。
     静かな海には珍しく、少し大きな波だった。
     だけど、飛沫は僕のところまでは届かなかった。

     どれだけ手を伸ばしても、きっとそれは届かなかった。

     たとえるなら、そんな感じだろうか。
     ミクちゃんとその女の子は、そんな感じだろうか。
     だから少しでも近くに存在を感じたくて、ミクちゃんは思い出の場所に来るのだ。
     もしかして、ミクちゃんが会話をしているのは、空ではなく話の中の女の子なのではないだろうか。空はきっと、代役なのだ。そして僕は、代役の代役なのだ。
     仲の良かった女の子と別れてしまい、空には頼りきれず、だから僕を拾ったのだ。
     僕は代役の代役だ。
    「療養所から出たらさ、どこか遊びに行こうよ。大丈夫、僕は……友達だよ」
     慰めのつもりで僕は言った。
     外の世界を知らないというから、僕は言った。
     友達だというのは本心だ。だけど、「ずっと」というのは外しておいた。
     ミクちゃんは答えなかった。
     それから僕たちはなにも声を出さず、しばらくの間並んで防波堤に座っていた。僕は海を見て、ミクちゃんは空を見ていた。
     やがて、遅くなってきたから帰ろうかと思った時、ミクちゃんが肩にもたれかかってきた。
    「ミクちゃん……?」
     視線を送ると、僕の肩で彼女は静かに寝息を立てていた。むにゃむにゃと口を動かして、それはとても気持ちよさそうだった。
    「……まったく」
     こんな不安定なところで、よくもまあ眠れるものだ。防波堤なんて、ちょっと間違えれば海に転落しそうなものなのに。
     よっぽど彼女は疲れていたのだろうか。
     それとも、僕をそれほど信じてくれているのだろうか。



    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。