【創作】ナツゾラ07-2 そして夕暮れ
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【創作】ナツゾラ07-2 そして夕暮れ

2015-01-08 02:35

    「わたしって、周りにいる人がどんどんいなくなっちゃうんですよね」
     ややあって、ドアの向こうから声が聞こえた。それは僕がぼぅっとして、生きるということはどういうことかを考え、思考の迷子になっているときだった。
    「それは……この間言ってた友達のこと?」
    「……それもあります」
     僕らが出会った防波堤。
     何度となくあそこに足を運んで、いつだか彼女が話してくれたことがあった。仲の良かった友人が、遠く離れて行ってしまったことを。

     そして言っていた。


     ずっと一緒にいてくれるのは、空くらいのものだと。


    「大丈夫だよ、僕は一緒にいてあげるさ。ミクちゃんが許してくれるならずっとね」
     あの時約束したことを僕は復唱した。
     夏を一緒に過ごし、秋になれば新しい世界を知りたいミクちゃんを連れて旅をする。僕はそう約束をした。それから先のことは決めていないけれど、可能な限り、一緒にいられればいい。
     きっと僕には、最後までは無理だろうけど、可能な限りは一緒に。
    「無理ですよ、栄人さんも」
    「……え?」
     それは明確な否定だった。
     これまでずっと前を向いてきた彼女から発せられた、初めての弱気な発言だった。

     そしてその声は、乾いた笑いに侵されていた。

    「友達だけじゃないんです。お父さんも、お母さんも、いなくなっちゃった」
    「お母さんって、夏子さんは?」
    「夏子お母さんは、本当のお母さんじゃないんです。わたしを育ててくれているけど、本当のお母さんは死んじゃった……」
     乾いた笑いを含んだ声は続く。
     まるで自分の歩いてきた道を嘲るように、ミクちゃんは話を続ける。

     僕には――なにも言えない。

     もとより、死を近しく感じ、ゆーくんを亡くしたミクちゃんに、僕はなにもできなかったのだ。
     だから声もかけずに、ただ側に座っただけだったのだ。


     そんな僕に、それ以上のことを知らされて、どうすればいいかなんてわかるはずもない。


    「お父さんもどこに行ったか分からなくなっちゃったし、ゆーくんも死んじゃった。だからきっと、みーちゃんもいなくなっちゃうし、夏子お母さんも、栄人さんもそうなんですよ」
    「そんなことは……」
     ――ないと、僕に言えるだろうか。
     なにもかもを投げ出し、逃げてきた僕に、彼女に前を向けと言えるのだろうか。

     慰めさえも、僕にはうまくできない。
     できないのだ、なにも。

     本当に僕にはなにも……。

    「わたしに居場所なんて、本当はないんですよね。だからみんな、先に先にいなくなるんですよ」
     僕は口を開きかけて、なにも言えずにやっぱりやめる。
     まごまごしているだけで、僕は情けのないだけの男だった。
    「こんなことなら、わたしのほうからいなくなればよかった……」
     空虚な声が、僕の胸を射抜いた。
     この子が僕を拾った理由が、今やっとわかった気がした。

     この子は、ミクちゃんは、僕と同じなんだ。
     強がって、意地を張って、必死に耐えようとしているけれど、僕とおんなじなんだ。

     本当は彼女も、逃げ出してしまいたいんだ。

     だけど、僕よりもずっと強い。
     本当に逃げ出した僕よりも、虚勢を張ってでも笑い、踏みとどまっている彼女は僕よりずっと強い。
     だけど、そんな彼女も弱気を見せてしまっている。
     僕と同じになろうとしている。

     そんなミクちゃんは、そばにいてもつらかった。
     快活な彼女を取り戻してほしいと僕は思った。

     だけど、僕にはなにもできないのだった。

    「大丈夫だよ」
     やがて小さく絞り出したのは、気休めにもならない言葉だった。
     大丈夫だなんて、なにがだろう。
     僕はなにをもって大丈夫だと言っているのだろう。

     すべてが自分から離れていくと感じ、絶望の淵に座る彼女に、なにを大丈夫というのだろう。

    「秋には一緒に旅をするって言っただろ?だからさ、大丈夫だよ」
     それは逃避行にかこつけた旅だったけど、確かに僕は約束をした。
     それがなんの理由になるのかはわからないけれど、だけど、気休めに使う材料はこれしか僕には見つからなかった。

    「その約束、もう無理だと思います」
    「……どうしてさ。大丈夫だよ」
    「ごめんなさい、でも、無理なんです」
     ミクちゃんの声は寂しそうになっていた。
     乾いた笑いは消え去って、心の底から寂しそうな声に。
    「だけど……だけど、大丈夫だよ」
     何度目かの大丈夫を僕は言った。
     なんの理由もない大丈夫を。
     慰めれば、今をやり過ごせば、力強く彼女は立ち直ると思って、僕は大丈夫だと繰り返したのだ。
     だけどその直後に僕は、耳をふさぎたくなる言葉を聞く。
     想像の中には既にあって、だけど目をそらしていた事実を、ついに知らさられることとなる。

    「夏を越せないんですよ、わたし」

     ――瞬間、全ての音が遠ざかっていった。
     空白の中にぽつり、腰を下ろしているような錯覚に陥った。

     やっぱりそうだと僕は思った。
     だって、そういうことなのだ。

     病院に併設された療養所とは、そういうことなのだ。
     あそこはつまり終末医療を扱っていて、彼女はそこに入院しているのだ。

     言える言葉はなくなった。
     大丈夫さえも、僕にはもう言えなくなった。

    「栄人さん、いろいろとありがとうございました」
     最後にミクちゃんは、感謝の言葉を口にした。それは別れの言葉にも似た響きを持っていた。
     閉ざされた部屋の中で、彼女はどれだけの覚悟をもってその言葉を発しただろう。終わってしまうことを想定して、どうしてその言葉が言えたのだろう。
     すべてを受け止めて、ただ静かに……。

     無言のまま、陽が沈む。
     彼女はまだ、部屋の中で泣いているだろうか?

     終ぞ彼女の声からは、涙の色が消えなかった。


     乾いた笑いを含んだ時も、さみしそうに語った時も、常に涙を含んでいたように思う。



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