【創作】ナツゾラ15-3 不都合な適格者
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【創作】ナツゾラ15-3 不都合な適格者

2015-06-07 03:54

     ミクちゃんの病状に対して、知らないほうがいいと僕は言われた。
     たしかに、そうだったかもしれない。
     大切な人が壊れている事実を知るのは怖いことだし、なにより、目の前に同じ姿の別人がいることが、最もいやだ。
     それは多分、死なれるよりもきっと、辛いことなのだ。

     だから、僕は知らなかった方がよかったのだろう。
     きっと、深入りするまえに町を出ていればよかったのだろう。


     ――それもこれも、もう後の祭りだけれど。


    「あんたも、ミクが残ったほうがよかった?」
     不意に、ミライに問いかけられる。
    「――」
     すぐに答えは用意できなかった。
     当然ながら、僕はミクちゃんに残ってもらいたかった。だけど、本人をまえにしてそんなことが言えるだろうか。それは「お前が死んでいれば」と同じ意味であり、たとえそれがミライであっても、僕には言えなかった。
    「……やっぱりそうよね」
     言葉には出さなくても、彼女は表情で読み取ってしまう。
     ミライはまた苦笑いで、今度は本当にただの苦笑いで、生きている自分を恥じているようだった。
    「私は副人格なのよ。それなのに主人格を押しやって生き残って、バカみたいよね」
     そしてまた、ミライは自嘲する。
     彼女もまた、ミクちゃんが残ってほしかった一人なのかもしれない。
    「先生は、二人はいられないと言った。一人にしなければいけないと言って、結果としてきみが残った。――そして、まだ生きている。悪いことじゃない」
     僕は言ってやった。ミライのことは好きになれないけれど、ミクちゃんの代わりに辛いことを肩代わりしてきた彼女に、これ以上の辛さを与えるのはためらわれた。
    「先生は、全部をあんたに話したの?」
    「――うん」
    「……そう。随分信頼されたのね」
     僕はミライが天久家に来てから、すぐに中川医師に電話をした。
     それはもう、彼女のことを、ミクちゃんとミライの二人のことを、知らないといけないと思ったからだ。
     直面してしまっては、知らなければいけないと思ったからだ。

     そしてアポイントメントを取り、すぐに療養所へと向かい、僕はすべてを聞いた。

     療養所に入っていた目的は、多重人格を治療するためのものだったらしい。中川医師はその専門医で、ミクちゃんの、ミライのために東京から出向していたらしい。
     それは長期間をかけ、じっくりじっくり進め、そしてこの夏、すべてが終わったのだ。
     二つの人格を、一つにしたのだ。
     そうすることで、ミクちゃんが消え、代わりにミライが残ったのだ。


     生み出されたもう一人が、本人をのっとってしまったのだ。


     そんなことが起こるのなら、一人の体に二人いたままでいいじゃないかと、僕は思う。
     だけど、それはできないのだそうだ。一つの体に二つの人格という不都合は、いずれ破滅を呼ぶとのことだった。

     器としての体が耐えきれないのかもしれない。
     狭い器に押し込められた精神が耐え切れないのかもしれない。
     そのどちらでもないのかもしれない。

     結局はよくわかっていないのだけれど、放置していれば、本当の本当に命に係わるのだそうだ。


     だから二人の人格は一人にされて、ミライが残ってしまったのだった。


     最後の別れは自分からがいいとミクちゃんは言っていた。
     結局それは、こういうことだったのだろう。
     ミクちゃんは、ずっと別れを経験してきた。
     実の母と、実の父と、親友と、ゆーくんと――。
     それが嫌で、嫌で、嫌で――。

     結果、彼女は身を引いたのだろう。


     これ以上の辛い思いをしたくなくて、すべてにさよならを告げたのだろう。


     だから、ミライが残ってしまったのだ。
     ――そうなのだから、彼女が悪いわけがないのだ。
    「私は――本当はあの子を守るために生まれたのよ」


     今度のミライの声は、消え入るような小ささだった。僕は離れた場所にいたから、聞き取るのでさえやっとのことだった。



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