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  • 【第143-146号】岩上安身のIWJ特報!歴史修正主義者の詭弁を徹底論破! 能川元一氏インタビュー 第2部~従軍慰安婦編

    2014-05-30 13:02  
    244pt

    第143・144・145・146号
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               岩上安身のIWJ特報
            歴史修正主義者の詭弁を徹底論破!
         能川元一氏インタビュー 第2部~従軍慰安婦編
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     前回お届けした「第1部~南京大虐殺編」では、作家でNHK経営委員である百田尚樹氏などによる歴史修正主義的な発言を取り上げ、それと能川氏が提示する一次資料を照らし合わせながら、彼らの発言が「嘘」であることを証明していった。
     「第2部~従軍慰安婦編」では、再度歴史修正主義者の発言をひとつひとつ分析して、彼らに特有の思考パターンを析出するとともに、従軍慰安婦問題に関する政府の答弁書の欺瞞を徹底的に追及する。
     従軍慰安婦問題といえば、昨年5月13日、大阪市の橋下徹市長の口から飛び出した、「あれだけ銃弾が飛び交う中、精神的に高ぶっている(旧日本軍の)猛者集団に(慰安婦が)必要なのは誰だって分かる」という発言が記憶に新しい。橋下氏はこの発言を巡って国内外から大きな批判を受け、自民党内や安倍政権の閣僚からも批判が相次いだ。
     しかし、安倍総理を筆頭に、従軍慰安婦問題に関する安倍政権の閣僚の基本的な考えは、橋下氏と大差がないように考えられる。
     第一次安倍政権下の2007年3月、安倍総理は、従軍慰安婦問題で謝罪と反省を述べた「河野談話」について、「狭義の強制性を裏づける証拠はなかった」と答弁した。
     2012年12月4日には、アメリカのニュージャージー州の地元紙「スターレッジャー」に、安倍総理、古屋圭司国家公安委員長、稲田朋美行革担当相、下村博文文科相、新藤義孝総務相らが連名で、「女性がその意思に反して日本軍に売春を強要されていたとする歴史的文書は発見されていない」「(慰安婦は)『性的奴隷』ではない。彼女らは当時世界中のどこにでもある公娼制度の下で働いていた」などとする意見広告を掲載した。
     このように、第一次安倍政権から連綿と続いてきた、安倍総理とその「お友達」による、従軍慰安婦の存在を否認したいとの思惑は、第二次安倍政権で、河野談話の検証チームを立ち上げるというかたちで噴出した。
     2月28日、菅義偉官房長官は、河野談話について、検証を行う作業チームを作ると発言した。談話の見直しについては「政府の基本的立場は官房長官談話を継承する」と否定しているものの、検証チームの作業は行われるのだという。
     「第一部」の前文でも触れたが、「河野談話」の検証は、裏づけ調査が不十分であったことを明らかにすることに政治的な狙いがおかれている。「談話」の信頼性を失墜させることを目的にしているものと思われるが、その一方で、「談話を継承する」と発言するのだから、「二枚舌」を批判されても仕方がない。
     重要なことは、戦前の日本政府との間に断続性はない、ということだ。戦後の日本政府は革命によって刷新された政府ではない。戦後の日本政府は、戦前の政府を継承しているのである。
     戦争終結を前にして、軍部を含めた日本政府は、戦争遂行に関わる重要な文書や証拠を組織的に破棄・焼却した。自らの手で証拠隠滅をはかっておきながら「証拠がない」「文書がない」と言い張る。そんな話がどうしてまかり通っているのか。
     南京虐殺のような戦争犯罪にせよ、慰安婦制度への関与にせよ、政府が行い、政府が証拠隠滅をはかり、政府が反省の「談話」を出して、その政府が「談話」の検証が必要だ、などと言い出しているのだ。検証するならば、侵略戦争遂行や植民地支配の全過程と慰安婦制度発足と運営、そして証拠隠滅の経緯すべての検証が必要ではないか。なぜ「談話」だけの検証にとどまるのか。茶番もいいところである。
     能川氏は、2007年3月の安倍総理による「狭義の強制性はなかった」とする答弁の矛盾点を鋭く突くとともに、今、改めて河野談話を検証することの問題点を、分かりやすく解説した。
     新大久保や鶴橋といったコリアンタウンでヘイトスピーチが吹き荒れ、それがさらに、「アンネの日記」を破損するようなホロコースト否定論とも結びつくような事態に立ち至った今、歴史認識について改めて考えるためにも、「第1部~南京大虐殺編」に続き、必読のインタビューである。
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    ◆歴史修正主義者に特有の「ゴールポストを後退させる」否定パターン◆
    ===================================             ▲能川元一氏

    岩上「さて、ここまでお話をうかがってきて、多くの資料があり、大変詳しい記録が残っているということが分りました。これを見ると、南京虐殺はなかったと称している人たち、つまり日本版の歴史修正主義者たちは、もうぐうの音も出ないんじゃないかなと思いますが、いかがでしょうか?」
    能川「そうだったら、苦労はしないんですけれども、実際になかなかそうはいきません。彼らが、最終的にこういう資料を提示されたらどうするのか、ということなんですが、一つは、そういう資料は信用できないという形で否定するというパターンがあります。それから、もう一つ、『結局、被害者は30万人じゃないじゃないか』と言うパターンがあります。これが、非常に多いですね」
    岩上「焦点をすり替えていくということですか」
    能川「どんどん後退させていくのです。最終的には、中国が言っている30万人じゃないんだったら問題だ、と。ところが、実際には、歴史上のこういう大虐殺で、被害者の数がはっきり分かっている方が、むしろ稀ですよね。ポルポト派による虐殺でも、最近だとルワンダとか、ダルフールだとか、こうしたところでも実は被害者の数を正確に推定するというのは、簡単なことではありません。
     なぜかというと、大量虐殺というのは、本来だったら証人になりうるような人も、証拠も、殺したり破壊したりしてしまうからです。一人の人間が普段、平和の時に死ねば、何十人という刑事や検察官が揃って捜査して、犯人を裁判にかけて、有罪無罪を決めるわけです。しかし、何万、あるいは何十万という人が殺されたときは、そんなに丁寧な調べもできません。必然的に、犠牲者数がはっきりしないというのは、むしろ当たり前だと思います。
     あたかも犠牲者数がはっきりしないのはおかしいかのように彼らは言うけれども、大量虐殺というのはそういうものではないのです。むしろ、犠牲者数がはっきりしないのが本質だということです」
    岩上「先ほどの陣中日記にもありましたように、現場の部隊のところでは、『処理をしなきゃいけないから大変だ』、といったことを書いているわけですね。しかし、これを知った当時の外務省などの高級官僚や、あるいは軍のエリートは、出先がめちゃくちゃなことをやって、『これはたいへんだ、これは人道にもとることだ』という認識が、あることはあるわけですね。
     しかし、現場のほうは、大変なことをやっているからこそ、その証拠を残らないようにしてしまえということが、常識として横行していたりするのではないでしょうか。証拠が残らないようにしていることを、『証拠が残ってないんだからやってないだろう』とか、『数が揃わないんだから不確かだろう』というふうに、歴史修正主義者たちは言いますね。
     不確かだろうというところから、いつのまにか、なかったんだということにまでなるわけですね。しかし、『なかった』とは言えませんよね。例えば、先ほどの南京郊外のひとつの師団の二日間にわたる捕虜処分だって、二万人を殺しているんですよ。それを『なかった』とは言えませんよね」
    能川「例えば、犠牲者の数の問題ですけども、一般的に、広島の原爆の犠牲者数は、即死させられた人が7、8万人で、1945年内にだいたい14万人が亡くなったというのが一般的な知識になっています。今まさに、3.11以降問題になっているように、放射線の影響というのは、これは0か100かではなかなか言えないですよね。
     しかも、時間が経てば経つほど曖昧になっていきます。そうすると、即死させられた7、8万人は確実だとして、じゃあそれ以降の放射線の影響で亡くなられた人々のうち、いったいどこからどこまでが原爆のせいなのかということになりますね。
     これを、例えばアメリカ人が本気で問題にしだして、科学的に、原爆のせいで死んだと判断できる人間だけを犠牲者数にしろと言いだしたら、どうするかということですよね。
     我々日本人のほとんどは、そういうことを想像したことすらないと思います。例えば、広島市の原爆死没者名簿には、現在、約28万人ぐらいの方の名前があります。これは、被爆者認定とはまったく別で、とにかく被爆されて亡くなった方のすべてを対象に、遺族からの申し出があれば登録されているんですね。それだって、アメリカがもし、28万人というのは数を増やしすぎだろうなどと言い出したら、どうするのかということですよね」
    岩上「それこそ、『広島原爆のまぼろし』になりかねませんよね」
    能川「なりかねないわけですよ。だけど、我々が、追悼のための数字として、その28万人というのを不適切だと思うだろうか、と。こういうこともちょっと考えてみないと、本来はいけないはずなんですよね」
    岩上「原爆で放射線を浴びて、内部被曝をした人もいますし、ずっと後になって具合が悪くなった人もいます。手帳を貰えた人と貰えなかった人もいるけども、貰えなくても同様の障害で苦しんで亡くなった方もいる。それらをある程度多く見積もると、その程度の数字になると思います。これもみんな犠牲者じゃないですか、という時には、そうですね、ということになるのは当然です」
    能川「ところが、それに対して、科学の名のもとにケチをつけることが、実は出来てしまうんです」
    岩上「もしこのように、原爆を投下しておきながら、その被害を最小に見積もっていく人間たちがいるならば、我々日本人は、冒涜だと感じます。さらには、原爆投下による被害者はなかった、とでもいうようになるのならば、これは本当に許しがたい話だと思います。また、『あのとき一般市民は殺していない』などと言い出すとしたら、たいへん不愉快な話になります。南京大虐殺に関して、これと、同じことを言っているに等しいわけですね」
    能川「そういうふうに、視点を変えたところから見てみる必要もあるだろうということですね」
    岩上「そうですね。相手の立場になってみる。そうすると、現在、中国人がその子孫も含めて、どれだけ傷つくか、と考えてみる必要がありますね。侵略をしておきながら、その侵略の過程でたくさんの犠牲を出したことを、過少に見積もろうとする大日本帝国の子孫がいるわけですから。
     現在の中国人の心理としては、これまで侵略に関わった世代は許せないが、その子供や孫の世代には罪が無いと思っていたんだけど、子供や孫の世代の中に、『親父やじいさんらの世代は、そんなひどいことをしてない』と言い出す者が現れて、驚いている、ということですよね。
     これは、現代の中国人としては、たいへん怖いと感じると思いますし、非常に嘆かわしいことだと感じるでしょう。それは当たり前のことじゃないですか」
    能川「ある人がネットで言っていましたけど、もし、あのオウム教団の後継のアレフが、地下鉄サリン事件なんかなかったと言ったらみんなどう思うか、と。それと同じことじゃないかということですよね。
    それから、あと、よくある手としては、記念館の展示などに使われる写真について、文句をつける。これも常套手段ですね。東中野修道氏が、『南京事件「証拠写真を検証する』という著作を出しています。(※1)
    ここに、『私の従軍 中国戦線』という写真集があります。村瀬守保(※2)という方が、自分が撮影した写真にキャプションをつけて、作った写真集なんですね。実は、この写真も、その東中野氏らが書いた証拠写真を検証するという本のなかで取り上げられているんです。
     この写真は、要するに、揚子江の江岸にたくさんの死体が流れ着いているというものです。東中野氏らが書いた本では、小さなサイズで映っているので、よく分からないのです。
     彼らは、これは戦死者の死体が流れ着いたんじゃないかとか、そういうふうなことを言っているんですが、よく見ると、例えば、後ろ手に縛られた死体が写っているんですね」
    岩上「あ、ほんとうに。この人とかそうですね」
    能川「腕の角度から見て、手を後ろで縛られているわけですよ。捕まえた中国人を後ろ手に縛って、連行して殺したという証言がいくつかあるので、日本軍の殺し方とまさに符合しているというわけです。
     後ろ手に縛られた死体が、通常の戦闘の戦死者である蓋然性は、まあないですよね。これは、捕まえて武装解除した捕虜を殺して、その死体が集積したものだと考えるのが妥当だろうと思います。
     彼らがニセモノだと主張している写真の中に、実はちゃんと見れば、紛れもなく虐殺の証拠になっているというものが存在するということですね」
               ▲『私の従軍 中国戦線』より----------------------------------------------------------------------
    (※1)東中野修道:鹿児島大学法学部教授。専門は日本思想史。1998年、『「南京虐殺」の徹底検証』(展転社)を出版し、南京大虐殺の資料はすべて捏造であり、虐殺はなかったと主張した。この著書をめぐり、南京大虐殺の生存者の一人である夏淑琴(シア・シュウチン)氏から「ニセ被害者呼ばわりされて、名誉を傷つけられた」として、名誉毀損で提訴された。審理は中国の裁判所と日本の裁判所と二ヶ国の裁判所で独立して行われ、判決は両国の裁判所とも東中野氏の非を認め、東中野氏と展転社に対し賠償命令を出している。他の著書に、『1937 南京攻略戦の真実-新資料発掘』(小学館、2003年)、『南京「百人斬り競争」の真相』(ワック、2007年)など。(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1eKaGxk)
    (※2)村瀬守保『私の従軍 中国戦線~一兵士が写した戦場の記録』(日本機関紙出版センター、2005年)出版社による紹介文:1937年(昭和12)から2年半、中国各地を転戦しながら写した3000枚の従軍写真。巨大な狂気の渦に巻き込まれた日本人兵士や中国民衆の姿。貴重な写真の数々が装い新たに終戦60年の今、歴史を証言する。(【URL】http://amzn.to/1jgHlX5)
     
  • 【第140-142号】岩上安身のIWJ特報!歴史修正主義者の詭弁を徹底論破! 能川元一氏インタビュー 第1部〜南京大虐殺編

    2014-05-01 13:30  
    244pt
    第140・141・142号
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    岩上安身のIWJ特報
    歴史修正主義者の詭弁を徹底論破!
    能川元一氏インタビュー 第1部〜南京大虐殺編
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     過去の罪を素直に認める者に対し、「自虐史観」とトンチンカンな非難を繰り出す愚か者がいる。開き直りのあとに抗議を受けては謝罪を繰り返すという「自爆」を性懲りもなく繰り返す者こそ「自爆史観」の持ち主と呼ばれるべきである。
     どんな人間であれ、どんな国であれ、自らが振るった暴力の忌まわしい過去を喜々として思い出し、自ら吹聴して回りたいものなどいるわけがない。それは人の情である。
     しかし、忘れてしまいたい恥ずかしい過去を本当に忘れてしまうのは、「痴呆」である。
     書きかえ、修正して、矮小化しようとするのは、「姑息」な「卑劣漢」である。
     恥を恥とも思わなくなったら、ただの「恥知らず」である。
     いっそ「史実」を「なかったことにしてしまえ」と否定するのは、真実に対する新たな「罪」の「上塗り」である。
     幼稚な「自爆史観」の持ち主は、「他にもひどい侵略をしていた国はいたじゃないか」と口を尖らせて言い張る。。しかし、他者の罪は他者の罪だ。我々の罪の免責には役立たない。
     もちろん、我々に罪があるからといって、我々が他者の侵略を受け入れる理由にはならない。我々には、どんな「帝国」であれ、不当利益を得る厚かましい「帝国主義」に対してこれからも遠慮なく非難する権利がある。
     また、これから先、我々が過去の罪ゆえに侵略されたり、蹂躙されたり、植民地にされても仕方がない、などという理屈には、一切与する必要がない。
     我々はいつまでも米国の「属国」に甘んじるつもりはないし、まして中国に併合されるのを黙って受け入れるなどといういわれは微塵もない。
     我々には他者の侵略をはねのける権利がある。また、そうであるからこそ、これの過去の侵略の史実を潔く認め、謝罪し、過去は過去として罪を精算した上で現在から未来にかけての「発言権」を確保すべきなのだ。
    ■にもかかわらず、「自爆史観」論者は後を絶たない
     日本では今、唾棄すべき歴史修正主義の病理が流行風邪のように猛威をふるっている。安倍総理の「お友達」や「取り巻き」らが、歴史認識についての問題発言を連発させているのは周知のとおりだ。それらの妄言は、いずれも公人によるものである。
     1月25日、新しくNHKの会長に就任した籾井(もみい)勝人氏(日本ユニシス前社長)は、就任会見で、旧日本軍の従軍慰安婦について、「戦争をしているどこの国にもあった」と発言した。重ねて、「なぜオランダにまだ飾り窓(売春街)があるんですか」などとも述べ、売春婦はどこにでも存在する例としてオランダを持ち出しながら、あたかも旧日本軍による従軍慰安婦の制度に何の問題もなかったかのように発言した。
    ※NHK籾井新会長「従軍慰安婦、どこの国にもあった」
    (朝日新聞、1月26日【URL】 http://bit.ly/M8Ezug )
     この発言が問題視された籾井氏は、国会に参考人として招致され、野党から追及を受けたものの、辞任要求はかわし続けている。3月19日の参議院予算委員会では、民主党の徳永エリ議員から出された辞任要求に対し、「NHK会長の重みをしっかり受け止め、放送法に基づいて公共放送の使命を果たしていくことで、会長の責任をまっとうする」などとこれを拒否。安倍総理は籾井氏を、「会長は経営委員会によって適切に選任されている」と擁護した。
    ※NHK会長「会長の責任を全うする」辞任改めて否定
    (テレビ朝日、3月19日【URL】 http://bit.ly/OXeqiL )
     同じくNHKの経営委員である作家の百田尚樹氏は、東京都知事選の応援演説で、「1938年に蔣介石が日本が南京大虐殺をしたとやたら宣伝したが、世界の国は無視した。なぜか。そんなことはなかったからだ」と、あろうことか、南京虐殺の「史実」そのものを全否定した。「極東軍事裁判で亡霊のごとく南京大虐殺が出て来たのは、アメリカ軍が自分たちの罪を相殺するためだ」などと、白昼、銀座のど真ん中で「自爆」演説を繰り返した。
    ▲街頭演説する百田尚樹氏(写真URL: http://bit.ly/1lASjLJ )※2014/02/03 東京都知事選 田母神俊雄候補 街頭演説 応援:百田尚樹氏
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/123407
     百田氏のこの「南京大虐殺・否定論」には、同盟国であるはずの米国が激しく反発。2月8日、在日米国大使館は、米政府公式の統一見解として、百田氏の発言を「非常識だ」と強く批判した。さらに、NHKがキャロライン・ケネディ駐日大使の取材を米国大使館に申し込んだところ、百田氏の発言を理由に、大使館側から難色を示されていたことが判明した。
    ※百田氏発言「非常識」=米大使館
    (時事通信、2月8日【URL】 http://bit.ly/1c8I9ht )
    ※百田氏発言、報道に波及 NHKの取材 米大使館難色
    (共同通信、2月15日【URL】 http://bit.ly/1dSfucO )
     米国大使館が、米国政府の統一見解として声明を発表している以上、これは紛れもなく外交問題である。米国がこのように外交問題化したのは、籾井氏も百田氏も、NHKの会長あるいは経営委員という、まぎれもない公人の立場にある人間だからだ。
     「自分には言論の自由がある」と百田氏は開き直ったが、公人には公人としての節度や責任がある。言論一本で飯を食っているという矜持がカケラほどでも残っているなら、NHKの経営委員というポストに未練がましくしがみついていないで、すっぱりと辞職して、一人の物書きとして「言論の自由」を謳歌したらどうなのか。
     また、百田氏と同じく安倍総理の「お友だち」として、NHKの経営委員の座に座った長谷川三千子・埼玉大学名誉教授が、新右翼の活動家で、朝日新聞東京本社で拳銃自殺した野村秋介氏について、「神にその死をささげた」などと称賛する追悼文を寄稿していたことが、2月5日に報じられた。
    ※長谷川三千子氏、政治団体代表の拳銃自殺を称賛
    (朝日新聞、2月5日【URL】 http://bit.ly/1eAIQwg )
     菅義偉官房長官が、「日本を代表する哲学者」などと称賛する長谷川氏の近著『神やぶれたまはず 昭和二十年八月十五日正午』(中央公論新社、2013年7月)の結語には、次のような一文が記されている。
     「歴史上の事実として、本土決戦は行はれず、天皇は処刑されなかつた。しかし、昭和二十年八月のあの一瞬ーほんの一瞬ー日本国民全員の命と天皇陛下の命とは、あひ並んでホロコーストのたきぎの上に横たはつていたのである」
     これは長谷川氏が、1945年8月15日、昭和天皇による玉音放送が流れたその瞬間を描写したものである。ホロコーストとはナチスによるユダヤ人の大虐殺を指す言葉だ。「日本国民全員の命と天皇陛下の命とは、あひ並んでホロコーストのたきぎの上に横たはつていた」というのは、天皇と日本国民とが、連合軍によって大虐殺される瀬戸際にあった、としか読みとりようがない。
     だがこれは、事実とはかけ離れた「言いがかり」である。日本はポツダム宣言を8月14日に受諾し、15日に天皇によるラジオ放送(玉音放送)によって国民にその事実を伝えた。では、日本が受諾したそのポツダム宣言には実際には何が書かれていたか。「日本人を民族として奴隷化しまた日本国民を滅亡させようとするものではない」「日本国国民が自由に表明した意志による平和的傾向の責任ある政府の樹立を求める」といった文言である。どこをどう読めば、「日本国民全員の命と天皇陛下の命」が、「ホロコーストのたきぎの上に」くべられようとしていたことになるのか。歪曲もはなはだしい。英語が堪能である長谷川氏は、自ら英文にして出版すればどうか。中央公論社は伝統ある出版社だったが、読売に買収されて、とうとうここまで堕したのだから、英文の出版まで面倒みたらよかろう。
     この本の内容が英文に翻訳され、海外で読まれれば、激烈な反発が寄せられることであろう。長谷川氏も、NHKの経営委員という、紛れもない公人である。その言動の責任は問われなければならない。
     このような、事実を平然と歪曲する、きわめて質の低い極右的な言論が横行するのは、世代が交代し、戦争の現実を体験者から語り伝えられることがなく、近現代史についての知識が欠落した人の数が、かつてなく増えているからであろう。
     2月9日に投開票が行われた東京都知事選では、元航空幕僚長の田母神俊雄氏が約61万票を獲得。田母神氏を支持したのは、主に20代を中心とした若者であると言われ、朝日新聞が都内180ヶ所の投票所で実施した出口調査によると、20代では、36%の舛添氏に次いで、田母神氏が24%で2位。30代でも、17%で3位と、若年層を中心に、広範な支持を得ていたことがはっきりと分かる。
     田母神氏は、2008年10月に発表された『日本は侵略国家であったのか』
    (【URL】 http://bit.ly/1kUggeN )という論文で、「蒋介石はコミンテルンの手先だった」「大東亜戦争の後、多くのアジア、アフリカ諸国が白人国家の支配から解放されることになった。人種平等の世界が到来し国家間の問題も話し合いによって解決される ようになった。それは日露戦争、そして大東亜戦争を戦った日本の力 によるものである」「我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である」など、唯我独尊、夜郎自大の歴史観を披露し、航空幕僚長を更迭されている。公人として歴史修正主義的な見解を披露した、代表的な人物である。

    ▲田母神俊雄氏(写真URL: http://bit.ly/1mfB85l ) 籾井氏、百田氏、長谷川氏、田母神氏といった公人から、歴史修正主義的な発言が連発し、それに対して多くの若者が共感を寄せているという現状。そうした「右傾化」の波に乗った安倍政権は、「公的」なお墨付きを与えるような動きすら見せてきた。
     2月28日、菅義偉官房長官は、「河野談話」について、検証を行う作業チームを作ると発言した。「河野談話」は、第二次世界大戦中の慰安所が、「当時の軍当局の要請により設営された」ものであり、慰安婦の移送について「旧日本軍が直接あるいは間接に関与した」のものであることを認め、「お詫びと反省」を表明したものであり、代々の政権によって継承されてきた。その「河野談話」の検証を行うということは、これまでの日本政府の姿勢の見直しや修正を画策しているということではないかと、国内外からの疑念と批判を呼び起こした。
    ※河野談話をめぐる安倍首相・菅官房長官の発言詳細
    (朝日新聞、3月14日【URL】 http://bit.ly/1qstjHQ )
     安倍総理と菅官房長官はともに、河野談話の見直しについては、「政府の基本的立場は官房長官談話を継承するということだ」などと否定してみせた。しかし、見直しを行わず、歴代内閣の立場を継承するというならば、慰安婦問題そのものについての大がかりな実態調査を行わず、なぜわざわざ「河野談話」についてのみ検証を行うのか、その理由がわからない。ここには、検証チームの作業によって、慰安婦問題の実態の解明は回避しつつ、「河野談話」の信用性のみを貶めたいとの安倍政権の姑息な意志が透けて見える。
     現在の日本社会において、南京大虐殺や従軍慰安婦など、過去の醜悪な歴史的事実を否認し、それを塗り替えようとする欲望が巻き起こっているのはなぜなのか。そのような歴史修正主義の考えは、どこから生まれ、どのような論法を用いているのか。何よりも、果たして事実はいかなるものであったのか。
     証拠となる史料を膨大に積みあげて、南京大虐殺や従軍慰安婦の否定論の論破を試みている知識人がいる。哲学者・能川元一氏である。
     能川氏は、膨大な一次資料をもとに、歴史修正主義者の発言をひとつひとつ論破し続けている。そのうえで、歴史修正主義者に特有の論法も巧みに分析している。中国、韓国との関係が「戦後最悪」とまで言われ、日本人の歴史認識が改めて問われている今、必読のインタビューである。
     以下、能川氏へのインタビューの全文を掲載する。(文・岩上安身)