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  • 【第275-281号】岩上安身のIWJ特報! 立憲主義を「保守」することの意味 憲法学の「権威」が語る、自民党改憲案の危険性 東京大学名誉教授・樋口陽一氏インタビュー

    2016-09-30 23:44  
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     「この政権にだけは、9条をいじらせてはいけない」――。
     昨年の夏、国会前でSEALDs(シールズ)の若者たちが、安倍政権が強行しようとしていた集団的自衛権行使容認にもとづく安保法制に反対し、連日のように抗議の声をあげていたのは記憶に新しい。
     このSEALDsによる抗議行動に参集したのは、若者ばかりではなかった。会社帰りのサラリーマン、幼い子どもを持つママ、既に仕事をリタイアした高齢者など、SEALDsによる切実な訴えは幅広い世代の共感を得た。
     日本を代表するアカデミシャンでありながら、あくまでもそうした市民の一人としてマイクを握ったのが、東京大学名誉教授の樋口陽一氏である。戦後の日本の憲法学を牽引してきた最高級の知性が、まだ20代のSEALDsの若者らとともに、安倍政権に対して「No!」を突きつけたのである。
     ▲SEALDsの集会でスピーチする樋口陽一氏――2015年6月19日
     しかし、こうした樋口氏やSEALDsら若者の懸命の訴えにも関わらず、2015年9月19日未明、安保法制は「可決・成立」してしまった。これによって、日本は米国とともに「戦争をすることができる国」へと、また一歩近づいてしまったのである。
     私は2016年2月17日、樋口氏に単独インタビューを行った。樋口氏は通常、大手新聞を除き、テレビや週刊誌、タブロイド紙への出演は一切断ってきたという。インターネットメディアへの出演は、このIWJでの私によるインタビューが初めての出演になるという。
     インタビューの中で樋口氏が繰り返し強調したのが、立憲主義という考え方の枠組みを「保守」することの重要性である。立憲主義とは、端的に言えば、国民が憲法によって権力の暴走を制限するという考え方のことだ。樋口氏によれば、安保法制の最大の問題点は、解釈改憲による集団的自衛権行使容認の閣議決定という手法が、立憲主義を蔑ろにした点であったという。
     樋口氏によれば、このような立憲主義を蔑ろにするという姿勢は、自民党憲法改正草案に通底するものであるという。特に、自民党憲法改正草案第98・99条に新規創設が明記された「緊急事態条項」は、大災害にかこつけて基本的人権は公権力に従属させるという点で、立憲主義に完全に反したものであると樋口氏は指摘する。
     7月10日に投開票が行われた参議院選挙の結果、自民党、公明党、日本維新の会、日本のこころを大切にする党の「改憲勢力」が、衆参両議院で3分の2議席を占めることになった。そのため、9月26日に召集される秋の臨時国会は、戦後初めての「改憲国会」となる見込みである。安倍政権は、改憲による「緊急事態条項」の創設をまず第一に狙ってくるだろう。日本の立憲民主主義は、今まさに土壇場の正念場を迎えているのである。
     なぜ、安倍政権に改憲をさせてはいけないのか。立憲主義を「保守」することの意味とは何か――。以下、樋口氏へのインタビューのフルテキストをお送りする。ふんだんに付した注釈とともに、ぜひ最後までご一読いただきたい。(岩上安身)
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    ◆「一身にして三生を経る」が「四生を経る」にならぬよう~激動期の日本を人々とともに歩んできた”憲法の神様”樋口陽一・東大名誉教授、万感の想いを込めて、ネットメディアに初登場!
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    ▲東京大学名誉教授・樋口陽一氏
    岩上安身「皆さん、こんにちは。ジャーナリストの岩上安身です。本日は私にとってまさに待望のインタビューです。憲法学の第一人者で、東京大学名誉教授の樋口陽一先生をお迎えしました。
     『お話を聞かせていただけないでしょうか』と、これまで何度もお願いしてきたのですが、時間の都合などもあり、なかなかお引き受けいただけずにいました。
     そこへ先だって、小林節(※1)さんが音頭を取って発足した民間立憲臨調(※2)でご一緒する機会を得て、ここはもう直談判でお願いするしかないと。先生も、『こうして顔を合わせたからにはしょうがないね』なんて笑顔でおっしゃってくださいました。そうして実現したのが、今日のインタビューなのです。ということで、樋口先生、よろしくお願いいたします」
    樋口陽一氏(以下、敬称略)「はい。よろしく」
     
    ▲「民間立憲臨調」(立憲政治を取り戻す国民運動委員会)の様子――1月19日、衆議院第一議員会館
     
    ▲民間立憲臨調の事務局長を務めた慶応義塾大学名誉教授・小林節氏
    岩上「私としては、お目にかかれて直談判して、本当に良かったと思っているのですが、先生はやはりこういうインターネットのメディアに出ることに、何か抵抗がおありだったんでしょうか」
    樋口「私は、テレビには出ておりませんのでね。それから、週刊誌と日刊タブロイド。英語でいうところの『タブロイド』ではなく、純粋に形状のそれとしての『タブロイド』(※3)ですけれども」
    岩上「『日刊ゲンダイ』とか『夕刊フジ』のことですか?」
    樋口「はい」
    岩上「そうですか。この時代、『日刊ゲンダイ』ぐらい出てあげてもいいような気がしますけれど」
     
    ▲駅売店に並ぶタブロイド紙(出典・WkimediaCommons)
    樋口「非常にまじめな記者がおられるということももちろん知っていますが、今のところ、とにかくそういうやり方でやってきました。つまり、非常にクラシックな新聞か、さもなければ街頭か、ということですね」
    岩上「それは、新聞はちゃんと伝えてくれるだろうが、他のメディアではそうでもないだろうとか、そんな風にお考えだったということなんでしょうか?」
    樋口「それもあるでしょうが、人は何かそれぞれ、その人なりの仕切り方をしていないと際限がなくなりますし、それなりの一つの発言の型というものがあるじゃないですか」
    岩上「来る仕事来る仕事、来るコメント来るコメントを受けていたら仕事になりませんものね。学者ですから、静謐な環境で、ものを読んだり考えたりするのも大事でしょうし」
    樋口「残り時間が少なくなってしまう人間にとっては、特にそうですよ」
    岩上「失礼ですが、お年はおいくつなのですか?」
    樋口「1934年生まれです」
    岩上「30年代ですか。では、戦前・戦中のことをはっきり覚えていらっしゃるのでしょうか」
    樋口「そうですね。私が小学校に入った年、小学校が私の年代から国民学校(※4)という名前になりました。入ったときには、自分で言うのもおかしいけれど、いわゆる『級長』(※5)でした。国民学校の5年生になると、もう戦争の最末期です。国民学校5年生のときの8月15日が敗戦ですから。その段階になりますと、私の肩書きは『級長』ではなく『学徒隊副小隊長』(※6)です」
    岩上「学徒隊副小隊長?」
    樋口「そう、副小隊長です。小隊長は担任の先生ですね。ほどなく8月15日となり、新しい体制になる。それとともに私は、今度は『学級委員』に。福沢諭吉が『一身にして二生を経る』(※7)と言っていますが、私はすでに三生を経たんです。級長から副小隊長へ、副小隊長から学級委員へと」
     
    ▲戦前、国民学校で行われていた薙刀(なぎなた)訓練の様子(出典・WikimediaCommons)
     
    ▲国民学校には天皇・皇后の「御真影」と「教育勅語」を納める「奉安殿」が設置された。写真は茨城県桜川市真壁小学校の奉安殿(出典・WikimediaCommons)
     
    岩上「では今後、自民党が改憲をやって国の体制が変わり、『四生を経る』ということになりかねませんね。ここへきて大変なことになってしまいました。2016年ですから、先生はいま――」
    樋口「数え年で83歳です」
    岩上「まだまだお元気ですね、先生。今こそ、先生のご発言を必要としている人たちがたくさんいると思うんです。特に専門家であればあるほどそうだと。
     というのも、私はこのところ連続して、これまでなかなかご縁のなかった憲法学者の先生たちにお話をうかがうことになったんですが、そうした先生方が共通して尊敬しているのが、樋口先生なんだと改めて実感しました。先生のお言葉は、一般の人にももちろんそうですが、特に専門家の人たち、インテリの人たちに影響力があるんだろうと。
     本日は、そんな先生が、ご自身に課したルールを破って引き受けて下さった、異例のインタビューです。先生、インタビューをお引き受けいただきまして、本当にありがとうございます」
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    (※1)小林節:1949年生まれ。法学者、弁護士。専門は憲法学。母校である慶應義塾大学に1974年から勤務、法学部教授(1989〜2014年)を経て、現在同大学名誉教授。
     かつては改憲論者として知られたが、安倍政権の強引な解釈改憲や自衛隊派遣のあり方を目にして考えを変更した。
     2015年6月、安保法制における集団的自衛権行使について審議する衆議院憲法審査会に参考人の憲法学者として呼ばれた際、他の二人の参考人憲法学者(長谷部恭男、笹田栄司両氏)とともに「違憲」を表明して、自民党議員たちをうろたえさせた。
     2014年、奥平康弘氏、樋口陽一氏、長谷部恭男氏らとともに「立憲デモクラシーの会」を発足させたほか、2016年1月には「憲政の常道(立憲政治)を取り戻す国民運動委員会」(民間立憲臨調)を立ち上げ、安倍政権下で危機に陥った立憲主義を守るよう世に訴える運動を展開している。
     7月10日に投開票が行われた参議院議員選挙では、政治団体「国民 怒りの声」を立ち上げ、自身も含めて10人の候補者を擁立。当選者を出すことはできなかったが、与党が改憲について「争点隠し」を行う中、選挙戦に一石を投じた。
     岩上安身はこれまでに、小林氏に3回にわたって単独インタビューを敢行。安保法制の違憲性や右派団体「日本会議」、「国民怒りの声」など幅広いテーマで話を聞いた。
    ・2014/11/12「これでは北朝鮮と同じ」 自民党改憲案と集団的自衛権行使容認を徹底批判~岩上安身による小林節・慶応大学名誉教授インタビュー
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/209456 
    ・2015/07/16安保法制「予定通り」の衆院突破 小林節氏が岩上安身のインタビューで「共産党を入れた野党連立」を提言!自民党を牛耳る日本会議は「おかしな人たち」
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/253214 
    ・2016/05/12新党「国民怒りの声」は「野党支援型・落ち穂拾い型政治団体」~参院選への立候補を表明した慶應大名誉教授・小林節氏に岩上安身が直撃インタビュー
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/301327 
    (※2)『憲政の常道(立憲政治)を取り戻す国民運動委員会』(通称:民間『立憲』臨調):2015年9月に「可決・成立」した安保関連法に反対する学者や文化人らが、2016年1月19日に発足させた団体。小林節・慶応義塾大学名誉教授が呼びかけ人となり、憲法学者、政治学者、学生団体SEALDsのメンバー、俳優、弁護士ら約200人が参加した。
     政治状況の分析やメンバー間あるいは意見を異にするグループとの公開討論等を行い、その成果を定期的に発信してゆくことを通じて、安倍政権が揺るがせようとしている立憲主義について国民の省察・再考を促すことを目的とした。
     発足の同日に衆議院第一議員会館で行われた会見では、樋口陽一氏も代表世話人の一人として発言。『大日本帝国憲法を作った権力者らの掲げたキーワードである立憲政治を、安倍政治は攻撃している。『戦前に戻る』どころか『戦前の遺産』さえも無視しようとしているのが安倍政治なのだ。だから私たちは『憲政の常道』ともいえる立憲主義を取り戻す必要がある』と語った。
     この会見には、岩上安身も出席。安倍政権が新規創設を目指す『緊急事態条項』について警鐘を鳴らした。
     IWJは、この日の会見を含め、これまでに行われた全5回の記者会見をすべて中継した。
    ・2016/01/19櫻井よし子氏に公開討論を要求!安倍政治が壊した「古きよき日本」を取り戻す〜護憲派から改憲派の憲法学者、ジャーナリストら200人でつくる「立憲政治を取り戻す国民運動委員会」
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/283121 
    ・2016/03/01女優・吉永小百合さんと新党結成!? 野党幹部の前でぶち切れた小林節・慶應大名誉教授「野党がまとまっただけではダメ。ワクワクした政策と候補者を出さなければ浮動票は動かない」
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/288991 
    ・2016/03/16 第3回民間「立憲」臨調記者会見
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/292238 
    ・2016/04/19第4回民間「立憲」臨調記者会見
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/297972 
    ・2016/05/17第5回民間「立憲」臨調記者会見
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/302072 
    (※3)タブロイド:「スタンダード判」または「ブランケット判」と呼ばれる普通サイズの新聞(406×545mm)の、半分ほどの大きさの版型(285×400mm前後)、および、それを用いた新聞のこと。
     19世紀後半、ロンドンとアメリカに本社を置く製薬会社、バロウズ・ウェルカム・アンド・カンパニーが、粉薬を圧縮整形した錠剤を開発し、「タブロイド」の商品名で発売して以来、イギリスでは小型のものを指して『タブロイド』と呼ぶようになった。
     新聞の領域においても、1896年に創刊された「デイリー・メール」をはじめ、「ザ・サン」、「デイリー・ミラー」といった大衆紙がこのサイズを採用するとともに、これらが犯罪やスポーツ、性、ゴシップ記事などを”扇情的”に報道することで部数を獲得する戦略を用いたことから、そのような報道スタイルの小型廉価の大衆紙が『タブロイド』と呼ばれるようになった。
     20世紀後半になると、欧米の一般紙(高級紙)が紙面改革に取り組み始め、通勤中にも読みやすい小型の版型としてタブロイド判に注目。最近では、イギリスの「スコッツマン」や「タイムズ」、アメリカでは「ニューヨーク・ポスト」などがタブロイド判に移行している。
     日本では、高度成長期に主にフリー・ペーパーの領域でタブロイド紙がさかんになって以来、タブロイド判夕刊専門紙『夕刊フジ』(1969年創刊)や『日刊ゲンダイ』(1975年創刊)が成功を収めたこともあり、この版型を採用する新聞も増えている(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/2bcKyw5)。
    (※4)国民学校:1886年に文部大臣森有礼のもとで「小学校令」が公布されて以来、日本の初等教育および前期中等教育は「尋常小学校」(修業年限4年)と「高等小学校」(修業年限2年)が担ってきたが、昭和に入り、満州事変、日中戦争と戦火が拡大するにつれて、宣旨教育の色彩を強めてゆき、1941年には「皇國ノ道ニ則リテ初等普通敎育ヲ施シ國民ノ基礎的錬成ヲ為スヲ以テ目的」とした「国民学校令」が発令された。
     「尋常小学校」は「国民学校初等科」(修業年限6年)に「高等小学校」は「国民学校高等科」(修業年限2年)にそれぞれ改組され、戦時体制に即応した言行一致・心身一体の皇国民練成を目指す、国家主義的教育が行われるようになった。
     校庭には「御真影」と呼ばれる天皇・皇后の写真を納めた奉安殿がしつらえられ、児童たちは登下校のたびにその前で最敬礼を行う。
     校長は四方拝、紀元節、天長説、明治節といった式典のたびに教育勅語を読み上げ、軍国教育の徹底を図る。太平洋戦争に突入すると、国民学校の児童も、食料増産の労働に参加したり木材運搬などの奉仕作業に従事させられるようになり、教室で勉強する時間はみるみる減少していった。校庭も芋畑などに一変し、統制経済のもとで学用品は手に入らなくなった。
     1943年には『学徒動員体制確立要綱』が閣議決定。本土防衛のために、児童・学生たちは、軍事訓練、勤労動員へといっそう駆り出されていくことになった(参照・石部南小学校HP『第三章第四節 教育制度の整備『戦時下の小学校教育』【URL】http://bit.ly/2bwI4eb』)。
    (※5)級長:戦前、国民学校では「級長」「副級長」という、現在の学級委員に類する制度があった。一般的には担任教師がクラスの児童の中から指名。選ばれた児童は「級長を命ず」と記された指示書を渡された。
     戦後に各地で国民学校の沿革がまとめられるようになったが、そこに寄せられた卒業生の体験談などを総合すると、学力はもとより統率力があり、かつ人との親交力にも優れた児童が適任者として選ばれたという。クラスをまとめる役目のほか、号令や学徒動員時における引率などを任されていた(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/2bGnV3I)。
    (※6)学徒隊副小隊長:太平洋戦争末期の1945年3月18日、日本政府は「決戦教育措置要綱」を閣議決定し、学生や児童も食料増産、軍需生産、防空防衛などの労働に動員させること、また、国民学校初等科以外の学校はその目的に専念するため1年間授業を停止することが定められた。
     さらに同年5月には「戦時教育令」が公布され、学徒は本土決戦への参加を通じて国家に対する最後の「奉公」を行うよう義務づけられた。すなわち、学徒は戦時にふさわしい要務に挺身すること、教職員は学徒隊を結成させてその要務に当たらせること、そして、徴集・召集を受けた学徒がこれによって負傷・戦死し、正規の在学期間を満たせなくなっても、卒業扱いを許されることなどである。
     このような状況下で、国民学校の児童たちもまた、戦地の兵士らと同じような暮らしを強いられた。校庭では毎日戦いの訓練が行われ、登下校は防空頭巾をかぶりながら団旗を先頭に掲げた集団で行った。クラスをまとめる役目である「級長」「副級長」はそれぞれ「小隊長」「小隊分隊長」などと軍隊風に呼ばれるようになり、登下校や行列の指揮を任された(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/2b9d4Np)
     10歳で敗戦を迎えた樋口氏は、その時の感慨を、小林節氏との共著『「憲法改正」の真実』(集英社新書)の中で次のように述べている。
     「敗戦当時、私は10歳で国民学校の5年生、学徒隊副小隊長(担任の先生が小隊長)でした。今で言う学級委員長ですが、小学生ながら、この戦争は永遠に続き自分も近いうちに死ぬのだろうなあと思っていました。兵士になるための体力と敏捷性だけが求められる、そういった教育を受けていましたから。終戦を知ったときに、そうした死と隣り合わせの閉塞感から解放されたことをよく覚えています。ポツダム宣言の受諾がなければ、実際私はここにいなかったでしょうし」[34]
    (※7)「一身にして二生を経る」:西洋と日本の文明を比較した文明論説である『文明論之概略』(1875年、全10章)の『緒言』における、著者・福沢諭吉の有名な言葉。
     福沢諭吉は、明治維新前には漢学、維新後には洋学という異なる二つの学問に図らずも触れることとなった、自分も含めた当時の学徒の運命の奇を、「ひとりの人間がまるで二つの人生を送るようだ」と表現。だが、そうして異なる価値観を体験したからこそ、それとの比較において自国の文化・社会の本質を正しく見据えることができるのだと胸を張ったという。
     『文明論之概略』には、次のように記されている。「試に見よ、方今我国の洋学者流、其前年は悉皆漢書生ならざるはなし、悉皆神仏者ならざるはなし。封建の士族に非ざれば封建の民なり。恰も一身にして二生を経るが如く一人にして両身あるが如し。二生相比し両身相較し、其前生前身に得たるものを以て之を今生今身に得たる西洋の文明に照らして、其形影の互に反射するを見ば果して何の観を為す可きや」(参照:福沢諭吉『文明論之概略』本文【URL】http://bit.ly/2b99eHc)
     明治維新後に西洋文明の紹介者となった福沢諭吉だが、1894年の日清戦争に前後して、朝鮮人や中国人に対して「ヘイトスピーチ」とも言える言辞を弄するようになった。岩上安身は2014年9月3日、名古屋大学名誉教授の安川寿之輔氏に直撃インタビューを行い、「差別主義者」としての福沢諭吉の実像に迫った。
    ・2014/09/03 「奴隷の群衆」「牛馬豚犬」…”元祖ヘイトスピーカー”としての福沢諭吉を徹底検証~岩上安身による名古屋大学名誉教授・安川寿之輔氏インタビュー
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/166258 
     
  • 【第266-274号】岩上安身のIWJ特報! 「改憲勢力3分の2」で現実化する「ナチスの手口」 ヴァイマル末期と酷似する現代日本 東京大学教授・石田勇治氏インタビュー

    2016-09-11 23:14  
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     改憲をかけた「天下分け目」の決戦である参議院議員選挙は、7月10日に投開票が行われた。民進党、共産党、社民党、生活の党の野党4党は、全国で32ある一人区で統一候補を擁立して選挙戦を戦ったものの、結果は、自民党、公明党、おおさか維新の会、日本のこころを大切にする党の「改憲勢力」が77議席を獲得。衆議院だけでなく、参議院でも、「改憲勢力」が改憲の発議に必要な3分の2議席を占めることになった。
     改憲に際し、安倍政権が真っ先に手をつけようと目論んでいるのが、自民党憲法改憲草案第98・99条に明記された「緊急事態条項」の創設である。安倍総理は2015年11月11日の閉会中審査の中で、「緊急事態条項の新設を目指す」と明言。菅義偉官房長官も、今年4月に熊本・大分大地震が発生した際、「緊急事態条項」について「極めて重い課題だ」と述べた。
     しかし、これまで私が繰り返し指摘してきたように、「緊急事態条項」は極めて危険な内容を含んでいる。「緊急事態」の期間に制限がなく、基本的人権が停止されるばかりか、内閣が国会の同意なしに「政令」という名前の事実上の法律を出せる権限をもち、予算措置も行えるなど、行政府である内閣の権限が極端に肥大化するおそれがあるのである。
     「緊急事態条項」を用いて独裁体制を確立したのが、ヒトラーの率いるナチス・ドイツである。1933年2月27日にドイツ国会議事堂炎上事件が起きた際、ヒトラーは「緊急事態宣言」を発令し、首都ベルリンが位置するプロイセン州だけで共産党員ら「反ナチス勢力」約5000人が逮捕された。
     ドイツ国内における「反ナチス」の運動はこのことで決定的な打撃を受け、事件からわずか約1ヶ月後の1933年3月23日には、ナチス政府にヴァイマル憲法に拘束されない無制限の立法権を付与する「授権法(全権委任法)」が成立した。独裁体制の成立である。
     ナチスによるこうした独裁確立のプロセスを詳細に記したのが、東京大学教授でドイツ近現代史が専門である石田勇治氏の新刊『ヒトラーとナチ・ドイツ』(講談社現代新書)である。私は参院選直前の7月2日、石田氏に単独インタビューを敢行。「緊急事態条項」を用いた独裁の確立という「ナチスの手口」(麻生太郎副総理の発言)について、じっくりとお話をうかがった。
     今回、「岩上安身のIWJ特報!」では、この石田氏へのインタビューをテキスト化し、詳細な注釈を付けてお届けする。参院選を終えて、改憲がいよいよ「まったなし」の状況を迎えた今、必読の内容である。(岩上安身)===================================
    ◆麻生太郎副総理の「ナチスの手口に学んだら発言」は本心なのか~自民党のお試し改憲が危険な理由◆
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    ▲石田勇治氏岩上安身「皆さんこんばんは。ジャーナリストの岩上安身です。本日は、『ナチスの手口とはなにか?ヒットラー独裁政権を徹底検証する』と題しまして、東京大学教授の石田勇治先生にお越しいただいてお話をうかがいます。石田先生、よろしくお願いいたします」
    石田勇治教授(以下、敬称略)「よろしくお願いします」
    岩上「私としては念願のインタビューなんですよ。本当に。昨年の段階でも、お願い申し上げていたんですけど、結構お忙しいということで」
    石田「すみません」
    岩上「本日はご登場いただけて本当に光栄です」
    石田「いえ、よろしくお願いします」
    岩上「ここに『ヒトラーとナチ・ドイツ(※1)』という新書があります。この新書を僕に教えてくれたのは、升永英俊(※2)さんという弁護士さんなんです。升永さんは『一人一票運動』をやっていらっしゃる弁護士で、新聞広告に強烈なタイトルの意見広告(※3)を1人でお出しになっています。
     すごくパワフルな先生なんですけど、この升永先生からある日、ご連絡をいただいて、『緊急事態条項(※4)がたいへんだよ』と。『それが改めて分かったんだ』と。『いや、僕も勉強して、緊急事態条項についてはもちろん知ってはいたけれども、うっすら分かっていただけだった』というのですね。
     改めて調べてみたら、『ものすごく危険だ』と。『ナチスの前夜とおんなじだ』と。『ナチスの独裁は、みんなが拍手喝采して、ナチスに全権委任法を与えたのだと思っていたら、そうじゃない。その前の緊急事態条項一発で全てが決まっていたんだということを、この本で教えられた』と言って、升永先生は、石田先生のこの『ヒトラーとナチ・ドイツ』を僕に紹介してくれました。
     そこで、僕もすぐに読んで、なるほど、そうだったのかと勉強しました。その間、先生は、このすさまじい分厚さの本の監修もされていますね。『ヒトラー(※5)』という本です。著者はイアン・カーショー(※6)さんという方なんですね」

    ▲石田勇治著『ヒトラーとナチ・ドイツ』   ▲イアン・カーショー著『ヒトラー』
    ▲升永英俊氏▲升永氏が出稿した意見広告石田「そうですね」
    岩上「翻訳はまた別の方で、福永美和子さんという方です。石田先生は監修をなされた」
    石田「そうですね。はい」
    岩上「ナチスが緊急事態宣言を、大統領のパウル・フォン・ヒンデンブルク(※7)に出させて、そして権力を掌握したくだりを読んだのですけど、今日もそういう話も聞かせていただきたいなと思っております。
     その前に、実はもうそういう状況の前夜が今の日本に来てしまっているという話を、前フリでさせていただかなければいけないなと思います。大手メディアがいっせいに報道しているのですけど、改憲勢力が『三分の二議席をうかがう』と。『うかがう』という表現で、各紙全部揃えています(※8)ね。この足並みの揃え方自体が、まずもって気持ち悪いんですが」
    石田「そうですね」


    岩上「各紙の英語版を見ると、違う表現で言っているんですね。『In Reach』とか、『Cross To Circling』とか、『Nearing Needed Majority』とか、そうした別の言い方をそれぞれしているんですね。英語版だと、もっと三分の二が射程距離に入っているとか、三分の二確保に近づいているとか、そんな表現なんです。ところが日本語だと、全部『うかがう』で揃えているところ、この一糸も乱れぬというか、この気持ちの悪さからまず一言コメントをいただきたいんですけど」
    石田「たぶん、はっきり書くとまずいと思ったんですかね。事実、そういう傾向が濃厚だとしたら、やはり今、考えないといけないことがたくさんあるように思いますね」
    岩上「あと10日なんですよ。あと10日で、この三分の二が取られてしまうかもしれない。そうすると、衆議院は三分の二(※9)、参議院も三分の二になって、改憲の発議が可能になるわけです。
     今回の参院選で、『改憲勢力』が78議席を取れれば、三分の二である162議席に到達します。間違えてはいけないのは、自民、公明だけではなくて、おおさか維新と日本のこころを大切にする党も『改憲勢力』です。
     日本のこころを大切にする党は、はっきりと、一番やらなきゃいけないのは緊急事態条項だと主張しています。最も鮮明です。自民党の本音をぜんぶ代弁しているような状態にあります。代表は、拉致問題で有名になった中山恭子(※11)さんですね。
     おおさか維新は独自案を出して(※12)、いかにも自分たちは改憲勢力ではない、自民党の改憲案に賛成してないかのようなフリをするんですけど、三分の二に入れてくれるんだったら、協力するみたいなことを幹部が今、言い始めています。これまでもそうですけれども、実際にはおおさか維新は偽装野党と言いますか、そういう党であろうと見られている。というか、それは間違いないでしょう。
     以上のように、『野党共闘』が85議席以上取れれば、改憲を阻止できるんですけど、取れなかったならば分からない。あるいは、仮にうまく取れても、何人かの議員が一本釣りで寝返るようなことがあると、三分の二を超えてしまうわけです。ということは、確実に一人二人こぼれて裏切り者が出ても、三分の二を阻止するという状態にならなきゃいけない。こう考えると、かなり厳しい戦いです」
    石田「そうですね」
    岩上「そういうなかで、日本のメディアは大多数が緊急事態条項や、自民党の改憲草案の本当の危険性とか、これは取り返しがつかないよという話に関して、十二分に報道したり論評したりしているとは言えないと思います。
     
     例の発言(※13)ですが、麻生太郎(※14)さんが2013年の段階で言っているわけです。櫻井よしこ(※15)さんが理事長を務める国家基本問題研究所(※16)の講演で、『憲法はある日、気がついたらワイマール憲法(※17)が変わっていて、ナチス憲法に変わっていたんですよ。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね』と。
     これ、間違いだらけなんですけど、彼が言いたいのは、史実に正確に学者のように伝えることではなく、ナチスの手口をざっくりと学んで、ざっくりと今の日本の状況のなかで利用して、実行しようということだったんだと思うんですね。
     そして今まさに、みんなが気づいてないような状態のなか、三分の二に到達しそうなわけなんです。麻生さんのこの発言、石田先生はもちろん、リアルタイムで麻生発言の危険性にお気づきになっていたと思います。『ナチス』という言葉を使っているわけですから、ピンときたと思いますけれども、どんなふうにお感じになっていましたか」
     
    ▲麻生太郎副総理兼財務相石田「まず、こう語る人の感覚が分からない。つまりこれ、『学べ』って言いましたよね。『学んだらどうかな』っていう言い方をした。つまり、肯定的な表現をしたわけです。そのことが持つ意味合いです。
     日本国を代表する政治家が、それを公の場で言うという。これは歴史認識の問題にも関係していると思いますよ。そういう感性の方が、日本の国政を仕切っているという、やはり恐ろしさを感じましたね。その時は。これは、本当は一発で辞任すべきものですよ」
    岩上「そうですよね」
    石田「でも、彼は、たぶん謝罪もしてない」
    岩上「訂正だけ」
    石田「訂正だけやりましたね」
    岩上「例示をナチスだけにしたっていうのは・・・」
    石田「誤解を招いたとか、なんかそんな言い方でされましたけどね。僕は本当に憤りを感じた記憶がありますね」
    岩上「日本の中で、政治家の発言に対する世論の指弾というものに、明らかにダブルスタンダードがあるとお感じになりませんか。麻生さんのこれまでの失言(※18)は、このナチス発言だけではありません。つい最近も、テレビを見ていたら、『90を過ぎた年寄りが、老後が心配だと言っているから、おまえ、いつまで生きてるつもりなんだよ』というような、非常に乱暴なことを言っています」
    石田「言っていますよね」
    岩上「これって、もうナチスっぽくないですか?」
    石田「通じるところがあると思います。ただ、彼が本当にそういう自分の言説を広めようと思って言ったとも思えない。言葉の責任を感じて話したのか。そのあたりは僕は、判断できないですね」
    岩上「まあ、仲間内には広めようと思っていると思いますよね」
    石田「そうですかね」
    岩上「この『ナチスの手口に学んだらどうか』という発言も、お仲間のところでの講演ですから。憲法改正のやり方は、ナチスのやり方で行くんだという話を『なるほどそうか』と聞いてうなずく人たちがたくさんいるのです」
    石田「しかし、世界の常識で考えて、ナチスというのはいわば『絶対悪』ですからね。多少は良いことがあったかも分かりません。失業の問題とか、俗説的には色々あります。
     それを信じている方はいらっしゃるけど、世界標準で考えて、ナチスを肯定的に捉えるということは、もうその人の言っていることは信用がないということに等しい。世界にはそう受け止められます。少なくとも、先進国ではそうです。だから、日本の政治と世界の政治の溝があまりにも広いということだと思いますね」
    岩上「ここの事務所、港区六本木の端っこにあるんですけど、この通り一本隔てたところに、麻生さんがよく通うお店がありまして、よく黒塗りの車がうちのマンションの前をふさいでしまうのです。
     そうした店で飲んだ領収書が、政治資金収支報告書に載っていて、あまりにもひどくないかと。クラブ代に何千万使うんだ(※19)と、そういうことを一部で指摘されても、大手マスメディアの論調は非常に弱々しくて、問題にもされません。
     舛添要一さんは、もう本当に焼き尽くされるまでに叩かれて(※20)、麻生さんとか安倍さんのような人はそうしたお金の使い方で指弾されない。これは絵に描いたようなダブルスタンダードですね」
    石田「本当ですね。そういう意味のダブルスタンダードはありますね」
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    (※1)石田勇治 著『ヒトラーとナチ・ドイツ』(講談社、2015年6月)紹介文:ヒトラー政権時代の数々の疑問に、最新研究をふまえて答えた入門書であり、当時の歴史やその背景を知るための決定版の一冊。
     ヒトラーはいかにして国民を惹きつけ、独裁者に上りつめたのか。なぜ、文明国ドイツで、いつのまにか憲法は効力をなくし、議会制民主主義は葬り去られ、基本的人権も失われたのか。ドイツ社会の「ナチ化」とは何だったのか。なぜ、国家による安楽死殺害や、ユダヤ人大虐殺「ホロコースト」は起きたのか、など重要な問題を吟味した新書(参考:Amazon【URL】http://amzn.to/1Uj0A7Q)。IWJ書店では、石田勇治氏のサイン入りの同書を販売している。
    (※2)升永英俊:弁護士(第一東京弁護士会)・弁理士。米国のコロンビア特別区及びニューヨーク州弁護士。TMI総合法律事務所シニアパートナー。元東京永和法律事務所代表兼東京永和特許事務所顧問。近時は弁護士や文化人らの賛同を得て「一人一票実現国民会議」を立ち上げ、いわゆる「一票の格差」問題の啓蒙活動を行うとともに、自ら多くの違憲訴訟を提起している。
     岩上安身は2016年1月11日と5月30日に升永氏へインタビューを敢行。升永氏はナチスがいかにして独裁政権をつくりあげたかを解説したうえで、自民党の改憲案の問題点を追及した。
     このなかで升永氏は一票の格差の問題についても取り上げ、内閣が違憲状態で成立していることを問題とした。「一票の格差」が最大2・13倍だった昨年12月の衆院選小選挙区については、憲法違反だとして、二つの弁護士グループが選挙無効を求めた17件の訴訟の上告審判決で、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)が2015年11月25日、選挙は「違憲状態」だとする判断を示している。一方、寺田逸郎裁判長は選挙無効については訴えを退けている(朝日新聞、2015年11月25日【URL】http://bit.ly/1QHmotZ)(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1MnXVtg)(参考:升永英俊公式ホームページ【URL】http://bit.ly/29A4XJ2)(参考:一人一票実現国民会議 公式サイト【URL】http://bit.ly/29x79p3)(IWJ【URL】http://bit.ly/29A6nTN)(朝日新聞、2015年11月25日【URL】http://bit.ly/1QHmotZ)。
    ・2016/01/11 岩上安身による升永英俊・弁護士インタビュー ~緊急事態条項について
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/281877 
    ・2016/05/30 自民党改憲草案は 中華人民共和国憲法とうり二つ! 岩上安身による 升永英俊弁護士インタビュー
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/304950 
    (※3)強烈なタイトルの意見広告:2015年10月、升永氏は新聞各社に麻生太郎氏の「ナチスの手口に学んだらどうか」発言を取り上げ、自民党憲法改正草案の「緊急事態宣言」条項の危険性を訴える意見広告を掲載した(参考:IWJ【URL】http://bit.ly/22moUr3)。
    (※4)緊急事態条項:いわゆる国家緊急権。国や時代によってその呼称は異なるが、概して戦争や災害など国家の平和と独立を脅かす緊急事態に際して、政府が平常の統治秩序では対応できないと判断した際に、憲法秩序を一時停止し、一部の機関に大幅な権限を与えたり、人権保護規定を停止するなどの非常措置をとることによって秩序の回復を図る権限のことを指す(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1NAJRGC)。
    (※5)イアン・カーショー (著), 石田 勇治 (監修), 川喜田 敦子 (翻訳)『ヒトラー(上):1889-1936 傲慢』『ヒトラー(下):1936-1945 天罰』(白水社、2015年12月)紹介文:学識と読みやすさを兼ね備えたヒトラー伝記の決定版。ウルフソン歴史賞受賞作品(参考:Amazon【URL】http://amzn.to/29ZSyDn)(参考:Amazon【URL】http://amzn.to/29yxwHu)。
    (※6)イアン・カーショー:イギリスの歴史家。英語圏でのアドルフ・ヒトラー、ナチズムの研究で有名である。イングランドのオールダム出身。元来は中世の研究家として教育を受けたが、1970年代に近現代ドイツ史の研究に転向した。現在はシェフィールド大学教授。本文に登場する著書以外にも、『ヒトラー神話――第三帝国の虚像と実像』(柴田敬二訳、刀水書房、1993年)などが邦訳されている(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1NAJRGC)。
    (※7)パウル・フォン・ヒンデンブルク:ドイツ国(ワイマール共和政)第2代大統領。第一次世界大戦のタンネンベルクの戦いにおいてドイツ軍を指揮してロシア軍に大勝利を収め、ドイツの国民的英雄となった。
     第一次大戦後は共和制となったドイツにおいて大統領に当選。アドルフ・ヒトラーを首相に任命し、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)政権樹立への道を開いた。
     1933年2月1日、ヒンデンブルクはヒトラーの要請に応じて国会を解散し、総選挙が始まった。
     さらに2月4日にはヒトラーの要請で「ドイツ国民保護のための大統領令」を発令し、国民の集会・出版・言論の自由を停止した。
     さらに2月27日に国会議事堂放火事件が発生したことを受けて、翌28日に「国民及び国家保護のための大統領令」を発令し、国民の権利停止の範囲を拡大した。
     3月13日にはヒトラーの要請を容れて、ナチ党宣伝全国指導者ヨーゼフ・ゲッベルスを国民啓蒙宣伝省の大臣に任じた(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1fzn7h9)。
    (※8)「うかがう」という表現で、各紙全部揃えてます:以下各新聞の見出し、
    ・朝日新聞「改憲4党、3分の2うかがう 朝日新聞・参院選情勢調査」
    ・毎日新聞「改憲勢力3分の2うかがう 毎日新聞序盤情勢」
    ・産経新聞「序盤情勢 改憲勢力、3分の2うかがう 与党は改選過半数の勢い 民進は10議席以上減が確実 共産は躍進か」
    ・東京新聞「参院選序盤情勢 改憲勢力2/3うかがう 半数超が投票先未
    ・北海道新聞「改憲勢力3分の2うかがう 未定半数、参院選序盤情勢」
    ・沖縄タイムス「改憲勢力3分の2うかがう 未定半数、参院選序盤情勢」
    朝日と毎日のWEBには24日、産経は23日の遅くに掲載している(朝日新聞、2016年6月24日【URL】http://bit.ly/29FsxG4)(毎日新聞、2016年6月24日【URL】http://bit.ly/29Jbvt8)(産経新聞、2016年6月23日【URL】http://bit.ly/29Aa5gg)(東京新聞、2016年6月24日【URL】http://bit.ly/29Aa7F8)(北海道新聞、2016年6月24日【URL】http://bit.ly/29DUwE6)(沖縄タイムス、2016年6月24日【URL】http://bit.ly/29GiP7o)。
    (※9)衆議院は三分の二:衆議院の議席数はそれぞれ2015(平成27)年12月24日時点(民進党結成前)の段階で、自由民主党291、公明党35、民主・維新・無所属クラブ93、日本共産党21、おおさか維新の会13、改革結集の会5となっている(参考:衆議院議員 松本純 公式ページ【URL】http://bit.ly/266CR3l)。
    (※10)自民党の改憲案:自民党ホームページには平成24年4月27日付の改憲案がアップされている(参考:自民党公式ホームページ【URL】http://bit.ly/2aeSE8Z)。
    (※11)中山恭子:参議院議員(2期)、日本のこころを大切にする党代表。元外交官。在ウズベキスタン特命全権大使、内閣官房参与、国連改革欧州諸国担当大使、内閣総理大臣補佐官(北朝鮮による拉致問題担当)、内閣府特命担当大臣(少子化対策・男女共同参画担当)、拉致問題担当大臣、たちあがれ日本参議院幹事長代理などを歴任。
     2016年7月13日、日本のこころを大切にする党の中山恭子代表は参院選敗北を受け、辞任する意向を固めたと時事通信が報道した。
     しかし同党は13日の議員総会で「思いは受け止めるが、早急に結論を出すべきでない」として、辞任願を幹事長預かりとすることを決めており、月内に党としての対応を決めるとしている(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/2abFbMQ)(時事通信、2016年7月13日【URL】http://bit.ly/29ROl4Y)。
    (※12)おおさか維新は独自案を出して:2016年3月26日、おおさか維新の会は公式ホームページに独自の改憲案をアップした(参考:おおさか維新の会 公式ページ【URL】http://bit.ly/1UQbLVz)。
    (※13)例の発言:2013年7月29日、国家基本問題研究所が開いた憲法改正についてのセミナーで、麻生太郎氏は改憲積極派に向けて、ナチス政権を引き合いに出し、「ワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。あの手口を学んだらどうか」と発言。この発言について各新聞社が報道し、麻生氏に対する批判が相次いだ。
     この発言は海外の一部メディア・ユダヤ系人権団体らが一斉に批判。7月30日、ユダヤ系人権団体サイモン・ウィーゼンタール・センターが『Which 'Techniques' of the Nazis Can We 'Learn From'"?(一体どんな手口をナチスから学べると言うのか)』と題して声明を発表。発言の真意を説明するよう求めた。
     8月1日、麻生氏は「誤解を招く結果となったので、ナチス政権を例示として挙げたことは撤回したい」と述べた。野党側は8月7日に閉会する臨時国会中に、予算委員会での集中審議を求めていたが、与党側は「一応の決着をみた」として審議を拒否した。
     7日に民主党など5野党は、麻生氏の辞任、または罷免を求める声明を発表し、同日首相官邸に声明を届けようとするも、官邸は受け取りを拒否した。官邸は、「ナチスの手口」発言の麻生氏を徹底的にかばいぬいたのである(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1E9LLeB)。
    (※14)麻生太郎:元内閣総理大臣。衆議院議員。首相退任後、2012年12月26日に第2次安倍内閣で副総理兼財務大臣兼金融担当大臣として再入閣。第3次安倍内閣でも副総理、財務大臣、内閣府特命担当大臣(金融担当)を担当している。信仰する宗教はキリスト教(カトリック)であり、洗礼名は「フランシスコ」(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1E9LLeB)。
    (※15)櫻井よしこ:ジャーナリスト、元ニュースキャスター。現在の保守派論客を代表する一人。2007年(平成19年)には南京事件を歴史的事実に基づかない政治的創作として描く映画『南京の真実』の賛同者に名を連ねた。2014年12月には安倍晋三首相と対談。「週刊新潮」2015年新年号に対談記事が掲載された(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1KYifdQ)。
    (※16)国家基本問題研究所:2007年12月に設立された日本の民間シンクタンク。2011年以後は公益財団法人。定期的に月例研究会や国際シンポジウムを開催しており、日本政府に対する政策提言を主な目的としている。
     2013年の第2次安倍内閣成立後は、日本国憲法第9条の改正をはじめ、憲法改正を政権の目標とするよう要望している。
     また、TPPの推進や外国人地方参政権の反対を主張している。原子力発電撤廃に否定的で、原発の維持を主張している。
     慰安婦問題については「20万人の朝鮮人女性を強制連行し性奴隷とした」という吉田清治の作り話で誤解が国際社会に広がり、それが国連クマラスワミ報告書にも採用されたと批判しており、日本政府に事実関係について反論するよう要請している(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/24VKMuu)。
    (※17)ヴァイマル憲法:ヴァイマル憲法は、第一次世界大戦敗北を契機として勃発したドイツ革命によって、帝政ドイツが崩壊した後に制定されたドイツ国の共和制憲法。1919年8月11日制定、8月14日公布・施行。
     ワイマール憲法は、国家主権者を国民とする、財産に制限をつけない20歳以上の男女平等の普通選挙をおこなう、国民の社会権を承認するなど斬新性があったが、同時に有権者の直接選挙で選出されたドイツ国大統領に、憲法停止の非常大権、首相の任免権、国会解散権、国防軍の統帥権など、旧ドイツ皇帝なみの強権が授与されていた(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1DssMuN)。
    (※18)麻生さんのこれまでの失言:麻生太郎氏はナチス発言以前・以後にも失言が何度も取りざたされている。しんぶん赤旗が2008年までの発言をまとめているほか、NAVERにも失言がまとめられている。
     本文で指摘されている発言は、2016年6月17日、北海道小樽市で開かれた自民党支部大会でのもの。「「90になって老後が心配とか、訳の分からないことを言っている人がテレビに出ていたけど、『お前いつまで生きているつもりだ』と思いながら見ていました」と述べた一件」(しんぶん赤旗、2008年9月23日【URL】http://bit.ly/1nAAFoW)(参考:NAVERまとめ【URL】http://bit.ly/2aclep4)(毎日新聞、2016年6月17日【URL】http://bit.ly/1XydlyW)。
    (※19)クラブ代に何千万使うんだ:麻生太郎氏の資金管理団体「素淮会」は14年だけでも政治活動費の名目で計137回、総額1531万円を飲み食いに浪費していると報じられている。支出先も銀座のミシュラン3つ星すし店「すきやばし次郎」など高級店ばかりで、夜のクラブにも政治資金から途方もない金額が落とされているという(日刊ゲンダイ、2016年5月24日【URL】http://bit.ly/1qL4Hil)。
    (※20)舛添要一さんは、もう本当に焼き尽くされるまでに叩かれて:国際政治学者、前東京都知事。参議院議員(2期)、参議院自由民主党政策審議会長、厚生労働大臣(第8・9・10代)、新党改革代表(第2代)などを歴任。
     2016年5月13日に、国会議員のときに家族と宿泊したホテルの部屋の料金を、政治資金で支払ったこと等について会見を開き、「旅行先ホテルで事務所関係者らと会議をした。家族で宿泊する部屋を利用し誤解を招いたので(支出分を)返金する」と弁明し、謝罪している。
     都議会では6月13日までに自民党を除く7会派が不信任案提出し、6月14日には自民党も不信任案を提出する方針を固め、舛添氏は辞意を表明した。問題が旅行に限らず、あまりにも多岐にわたるものであったため、報道が過熱しネットは炎上。舛添氏についての激しい追及が続き、ほぼ四面楚歌となった(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1qQWyJ7)。