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  • 【第296-304号】岩上安身のIWJ特報! なぜ、安倍総理は日本国憲法を忌み嫌うのか 「戦前回帰の情念」、その正体とは? 戦史研究家・山崎雅弘氏インタビュー

    2017-03-09 15:46  
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     「憲法施行70年の節目に当たり、私たちの子や孫、未来を生きる世代のため、次なる70年に向かって、日本をどのような国にしていくのか。その案を国民に提示するため、憲法審査会で具体的な議論を深めようではありませんか」――。
     2017年1月20日、第193通常国会が召集された。安倍総理は同じ日に行われた施政方針演説の末尾でこのように述べ、従来からの持論である憲法改正に改めて強い意欲を示した。
     いよいよ今年(2017年)、この国会において、あの忌まわしい自民党改憲草案(※)にもとづく憲法の改悪が行われ、日本が劇的にその「国のかたち」をかえてしまうのかどうかの瀬戸際に、私たちは立たされることになる。
    ▲首相官邸ホームページより

    (※)IWJではこの間、自民党改憲草案に関する取材・中継を数多く行ってきた他、私と澤藤統一郎弁護士、梓澤和幸弁護士による計12回の鼎談をまとめた書籍『前夜〜日本国憲法と自民党改憲案を読み解く』を刊行した(http://bit.ly/1fxP5Vv)。

     昨年7月に行われた参院選の結果、自民党、公明党、日本維新の会、そして日本のこころを大切にする党の「改憲勢力」が、衆参両院で改憲の発議に必要な3分の2議席に達した。アジア・太平洋戦争という無謀な侵略戦争に対する反省から、日本が70年にわたって守り続けてきた日本国憲法は、改憲に異常なまでの執念を燃やす安倍総理の「一強体制」のもとで、いよいよ風前の灯とも言える状態に陥ってしまっている。
     しかし、安倍総理はなぜ、これほどまでに改憲に対して意欲的なのか。いや、安倍総理はなぜ、日本国憲法をこれほどまでに忌み嫌うのか――。
     その理由として考えられるのが、「日本会議」「神道政治連盟」「神社本庁」といった、右派組織の存在である。彼らは、日本国憲法にもとづく戦後の日本を「偽りの時代」と認識し、「国体論」と「国家神道」の復古を叫び、周辺諸国を蹂躙した大日本帝国への回帰を志向する。
     しかし、大日本帝国憲法のもとでは、日本国民は「臣民」と規定され、主権者ではなく、陸海軍を統帥する「大元帥」としての天皇のもとに主権が集中し、国民はその天皇に「永遠に従属」する「臣下」と規定された。そのため、日本国民一人ひとりの人命は極度に軽んじられ、やがては「特攻」や「玉砕」などというかたちで、必要のない「戦死者」を大量に出すことになってしまった。
     したがって、「日本会議」「神道政治連盟」「神社本庁」といったファナティックな右派組織に支えられた安倍政権のもとで改憲を行うということは、すなわち、人命を極端に軽視した戦前に回帰することに他ならない。

    ▲「大元帥」として陸軍の観閲式に出席した昭和天皇
     2016年11月29日、私は『日本会議 戦前回帰への情念』などの著作がある戦史研究家の山崎雅弘氏に単独インタビューを行った。今月の「岩上安身のIWJ特報!」では、そのインタビューをフルテキスト化し、詳細な注釈を付してお届けする。戦前、大日本帝国憲法と「天皇制ファシズム」のもとで、どのようなメカニズムで「特攻」や「玉砕」が正当化されたのか、よくお分かりいただけると思う。(岩上安身)
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    ◆「評論家」ではなく「紛争/戦史研究家」として発言することの意味――政治研究のアプローチで政治評論をした場合、説得力が出てくる現代の危機感とは何か◆
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    ▲戦史研究家・山崎雅弘氏
    岩上安身氏(以下、岩上)「皆さん、こんにちは。ジャーナリストの岩上安身です。本日は、紛争・戦史研究家の山崎雅弘さんをお招きいたしました。山崎さん、よろしくお願いいたします」
    山崎雅弘氏(以下敬称略)「はじめまして。よろしくお願いします。山崎です」
    岩上「はじめまして。私は山崎さんの戦史本を拝読して、いろいろ勉強しました。このジャンルは、なかなか書き手も少ないですし、信頼できる書き手を見つけるのも難しいと思いますけれども、山崎さんのご著書は、読みやすい、わかりやすい、そして、的確だと思いながら拝読しました。戦史、紛争史というジャンルを超えて、もう評論家と言っていいと思います。
     山崎さんは、2015年に『戦前回帰 「大日本病」の再発』(※1)というご著書をお書きになった。そして、その後に『日本会議―戦前回帰への情念』(※2)というご本をお書きになりました。どちらも非常に読みやすく、かつ論理的で、明晰です。山崎さんの文章の特徴は明晰さだと思うんですけれども。そういうところがいかんなく発揮されています。ぜひ皆さんにも読んでいただきたいと思います」

    ▲山崎雅弘著『戦前回帰 「大日本病」の再発』

    ▲山崎雅弘著『日本会議 戦前回帰の情念』
    岩上「それでは本題に入りたいと思います。山崎さんのプロフィールをうかがいます。1967年生まれで、今年49歳。働き盛りですね」
    山崎「そうですね、はい」
    岩上「ご自身は『戦史/紛争史研究家』と称していらっしゃる。先ほど言ったように、こういう著作をお書きになったら、もう十二分に社会評論家と称していいのではないかと思いますけれども、やはりご自身としては戦史/紛争史研究家を自認されているのですか?」
    山崎「そうですね。僕の中では、広義の戦史の範疇に入ると理解しているんですね。戦史研究と言いますと、『軍事研究家ですか』と聞かれることがあるんですけれども、僕の場合は、紛争や戦争をちょっと俯瞰するような見方の分析が多いんですよ。
     そうなってくると、当然、軍事は重要ではあるんですけれども、戦争・紛争は、軍事以外の政治、経済、民族、領土、宗教、文化など、いろいろな要素が絡み合って発生したり、なかなか終わらなかったりするので、そういう意味で、軍事とは関係のないものも、戦いの歴史ということで、広い意味での戦史と考えているんです」
    岩上「なるほど。イデオロギーとかもそうですね。この『戦前回帰』という言葉は、戦争をした国家体制に戻ることを表しているんですか」
    山崎「戻りつつある、ということです。逆に言えば、戦史研究のアプローチで、政治評論をした場合に説得力が出てくるというのは、実は怖いことだと思うんですね。5年前、10年前の政治、自民党政権の分析などを書いたとしても、おそらくそれは戦史とはちょっと外れたものになっていたかもしれない。でも、今は本当にリアルに、その考え方、価値観が、戦前・戦中の戦史の分野にあったような言葉で出てきている。そういう変なリアリティがあるので、ちょっと怖いという気はしますね」
    岩上「戦時体制があり、戦後それが崩れて、平和国家になったけれども、また、あの時代の戦時体制に回帰しようとしているということですか。単純な戦前回帰、大日本帝国への回帰ではないかもしれませんけれども、少なくとも、「新たな戦前」の始まりを意識して、新たに戦争遂行が可能な体制を作ろうという感じを受けます。
     それが合理的かどうかとか、本当に国益、国民の幸福に適っているかとか、そうしたことは全部さておき、なんとしても戦争遂行体制を構築しようという情念に取り憑かれた一群の人々がいて、それが今の安倍政権の政治を支え、動かしていることは、まず間違いないということですよね」
    山崎「そうですね。まあ、ただ戦争が目的なのかというと、それもちょっと違うという部分がありまして。それは戦前もそうだったんですね。あの時代も、別に戦争をしたかったわけではないと思うんです。
     1935年頃から、天皇機関説事件(※3)と国体明徴運動(※4)で、どんどん軍の発言力が大きくなっていきましたけれども、その過程で、軍備増強や国防意識の高まりのようなものがあったと思います。戦争をしたくてしたというよりは、軍の存在価値を高めるという目的があったのではないか。それに合った国作りにシステムを変えていくということが、目的化していた部分があったと思うんですね。
     日中戦争にしても対米攻撃にしても、きちんとした戦略があって始めたものではなく、むしろ場当たり的に始めてしまって、始まったからには勝たなければいけないということで、ずるずると状況に追随するような形で戦線が拡大したような一面があったと思うんですよ。東条英機も対米戦は望んではいなかったし。
     戦争が彼らの価値観の中の一部ではあるとは思うんですけれども、戦争を目指しているというよりは、なにかを守るためには戦争も止むを得ないというように、戦争の敷居がすごく低くなっていく価値観があったと思うんですね」

    ▲貴族院で演説を行う美濃部達吉(出典・WikimediaCommons)
    岩上「戦争に至るまで、日本にはいろいろな段階がありましたけれども、なぜ泥沼の戦争に入っていったのかということを振り返って、分析したり、語ったり、議論していくと、それだけでたぶん一晩かかるぐらいのいろいろな見方があります。
     そこは私にも考えがあって、いろいろお聞きしたい、質問したいと思うところがあるんですけれども、そこをぐっとこらえて、今日のテーマに入りたいと思います。また、機会があったら、そういう話も聞かせてください」
    山崎「そうですね、わかりました」
    岩上「山崎さんは、学研パブリッシング発行の『歴史群像』で、1999年~現在まで、戦史・紛争史の研究記事を毎号執筆されています。これは雑誌ですよね」
    山崎「歴史研究誌ですね」
    岩上「そこにずっと書かれているんですね」
    山崎「そうですね。17年ぐらいになりますね」
    ▲雑誌『歴史群像』2017年2月号
    岩上「個人ブログ『山崎雅弘 原稿保管庫』(http://yamazaki-archives.blog.so-net.ne.jp/)では、メディアに寄稿した原稿を再録・公開されています」
    山崎「新聞やネット媒体で、古くて読めなくなったものがあるんですよね。また、PR誌などは流れてしまって読めないということもあって、もったいないと思ったんです。貧乏性なので、もう1回読めるようにしています」
    岩上「Twitterでも情報発信されています。山崎さんのTwitterは、それこそ紛争戦争史の話だけではなく、いろいろなニュースにコミットしてコメントされています。今、フォロワーはどのぐらいですか」
    山崎「37,000人ぐらいだったと思います」
    岩上「そうですか。関心の持たれ方、あるいは信頼の置かれ方を見ると、もっともっと影響力があるんじゃないかと思います」
    山崎「そうですか」
    (※1)『戦前回帰―「大日本病」の再発』:2015年、山崎雅弘著、学研マーケティング。安倍政権が台頭する現代に蔓延する、かつてこの国を滅亡の淵に追い込んだ思想・概念がなぜ今も潰えないのか、歴史を繰り返す日本の「なぜ?」に、戦史の面から再検証し解明する(参考:Amazon【URL】http://amzn.to/2k3Lere)。
    (※2)『日本会議―戦前回帰への情念』:s2016年、山崎雅弘著、集英社新書。安倍政権を支える右翼組織、国家主義団体「日本会議」とはなにか。人脈・組織と価値観、運動を詳説する(参考:Amazon【URL】http://amzn.to/2iQGx73)。
    (※3)天皇機関説事件:1935年2月18日、貴族院において貴族院議員・菊池武夫が、東京帝国大学法学部教授・美濃部達吉の「天皇機関説」に対し、「国体に対する緩慢なる謀反」と非難した事件/国家主義団体、在郷軍人会、立憲政友会などが攻撃を展開し、政府は8月と10月に天皇機関説を排撃する声明を出し、美濃部は貴族院議員の辞職に追い込まれた/「天皇機関説」とは、天皇を、法人のような組織になぞらえて、法人たる国家の機関だとする憲法学説のこと。立憲君主制の建前をとっており、天皇も憲法の上に位置づけられていたから、「天皇機関説」は当たり前で、「不敬」でも何でもなかった/むしろ、明治国家が抱えていた、大衆向けの天皇の絶対視(顕教)と、知的エリート向けの立憲主義、議会制民主主義の体制(密教)の矛盾が、全社が降車を駆逐する形で解消されようとした、と考えられる。この明治国家の顕密体制がについては、以下のインタビューを参照のこと(参考:国立公文書館資料「貴族院議員美濃部達吉貴族院議員ヲ免スルノ件」【URL】http://bit.ly/2jEIRvc)。
    ・2016/10/3「改憲」の先にあるもの――日本会議と神社本庁は何を目指しているのか!? 安倍政権下で進む右傾化の真実に迫る!岩上安身による上智大学教授・島薗進氏インタビュー
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/335795
    ・2016/11/3日本会議の台頭と回帰する「国家神道」「大日本帝国」化を目指す安倍政権~岩上安身による上智大学教授島薗進氏インタビュー 中編
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/343400
    ・2016/12/13日本会議の台頭と回帰する「国家神道」「大日本帝国」化を目指す安倍政権~岩上安身による上智大学教授島薗進氏インタビュー 後編
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/352050
    ・2016/11/22「神社」は7世紀後半につくられた!『古事記』『日本書紀』、そしてアマテラスの起源・・・「国家神道」のルーツを探る!岩上安身による島根大学名誉教授・井上寛司氏インタビュー1日目(古代編)
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/346982
    ・2016/11/23「神道」理解のカギは室町時代にあり! 吉田兼倶による神道理論の体系化、その意義とは?岩上安身による島根大学名誉教授・井上寛司氏インタビュー2日目(中世・近世編)
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/352464
    ・2016/12/15天皇制ファシズムと「国家神道」、そして柳田國男が温存した「神道」のドグマとは? 岩上安身による島根大学名誉教授・井上寛司氏インタビュー3日目(近代・現代編)
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/355952
    (※4)国体明徴運動:天皇機関説排撃に向けて軍部と右翼が起こした運動。1935年2月の天皇機関説事件がきっかけとなった。
     この運動により、3月20日に貴族院は政教刷新決議を、3月22日に衆議院が国体明徴決議を上げた。4月6日、真崎甚三郎陸軍教育総監が機関説排撃と国体明徴を訓示、4月9日に内務省は美濃部の著作3冊を発禁処分とした。
     この運動は4月以降全国的な広がりを持って展開し、8月3日に岡部啓介内閣が国体明徴声明を発したが、排撃運動は止まず、10月15日に政府が天皇機関説が国体に背くことを明記した第二次国体明徴声明を発し、この声明を受けて軍部は運動の中止を指示した。これにより憲法の立憲主義的解釈は否定され、軍部の力が増し、議会の地位低下に拍車がかかった(参考:日本大百科全書【URL】http://bit.ly/2jchrOB)。