おつぽよさん のコメント

現在ニコ生でゲームの実況をしているのですが、ゲームって、本当に会話を生み出すものだなって思います。
どう攻略するか、どのプレイヤーが強いとか、この装備がいいとか、そんな話を一つのゲームで何時間も語らえることができます。
ニコ生を通じて、リスナーさんのコメントを通じてゲームの興じるのは楽しいです。ここはどう行動するとか、ここはこうしようとか。一緒にゲームをやっている感覚になり、ゲームをするならニコ生で放送しながらにしよう、という思考になりました。日々ニコ生でゲーム実況する日々になりました。

しばらくすると変化がありました。いつものようにゲームの実況をしているのですが、ゲームについてより、自分のことであったり、社会の事であったり、時事ネタであったり。ゲームの話題が減ってきて、コメントの内容が、ゲーム内容のものより、雑談のようなもの量が増えていったのです。(自分の話すスタイル、コメントへの対応が悪かったのかもしれませんが^^;)
ゲームの実況よりよりコミュニケーションがメインコンテンツになっているかのようでした。
他にも変化があり、「君は他の~~っていう生主と仲がいいよね」「生主の~~さんが君の事きらっていたよ」「~~がこのゲームだと権力持ってるから近づこう」のようなコメントが来るようになり、いつのまにか同じジャンルのゲームをやってるくくりの中での「立ち位置」みたいなものができていました。
自分が誰と仲が良くて、誰と仲が悪い。みたいなのをリスナーさんに半ば勝手に決めつかられ、そのゲームを実況していることより、「そのゲームを実況している中で、自分がどんな立場にいるのか」がリスナーさんにとって面白味の要素になっているようでした。
例えば、大手さんに媚売りに行こう!とか、自分のこと叩いてたあいつをつぶそう!とか、リスナーさんが「生主」を操作するゲームのようにも思えます。そして、この世界は芸能界のようでもあるなとも思いました。(上下関係や、流行りでのし上がるとか、衰退するとか)そういう意味でのコミュニケーションゲームのようなものだとも思いました。

一つの会話、コミュニケーションから、いつのまにかコミュニティのようなものができ、自分を中心にするコミュニティもあれば、また、自分もコミュニティに所属している人間なんだなと思います。そして。いつのまにか周りにはたくさんの人がいることに気づきます。
ゲームを他の人と一緒に楽しみたくて始めたニコ生ですが、今では、「ニコ生」というゲームに身を興じているようにも思います。リスナーさんへ声やゲームの映像をお届けする手段だった「ニコ生」が、いまやひとつのゲームのように思えるというのは私もそうです。ニコ生自体、ゲームの実況であったり、テレビ番組のようなものであったり、対話のツールであったり、ラジオ感覚でやっていらっしゃる方がいるなど、多種多様だなと思います。今後どのように発展するのかも楽しみです。

長文になって、自分の考えをつらつらと書いてしまい申し訳ないですが、1ニコ生ユーザーのコメントとして受け取っていただけると幸いです。
No.6
66ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
ずっとずっと、ゲームが作りたかった。 小学校6年生のころ紙とサイコロであそぶ「TRPG(テーブルトークロールプレイングゲーム)」に出会ったときは、熱狂した。休み時間に友達3人と教室の隅っこでゲームに興じた。ゲームマスターというシナリオをつくりゲームをコントロールする立場として遊んだが、いずれゲームシステムそのものを制作することに夢中になった。しかしオリジナルシステムは、友達すら遊んでくれなかった。 高校時代パソコンを手に入れ、ゲーム制作を開始した。当時はノベル制作の汎用ツールが出始めており、プログラムができない俺はそうしたツールを使って二次創作のゲームを作ってサイトに公開した。PS「東京魔人学園」の二次創作で、コミケでも頒布した。フロッピーで、値段は150円だ。持ち込んだ20枚が完売した。その後もノベルゲームを作ったが、オリジナル作品は根気が続かず完成しなかった。 大学にはいるとプログラムをおぼえ、なりきりチャットサイトにハマった。仮想人格になりきって会話をする遊びは、TRPGからゲーム部分を除いたようで、俺の理想型だった。当然制作側にまわりたくなって、KENT-WEBという学習サイトを見て必死に覚えたPerl CGIでチャットシステムを作った。メルマガをやったり、ゲーム機能をつけたり、イベントをしたり、思いつくことは何でもやった。作ったチャットサイトはそのカテゴリではNo.1の大きさになった。サイト制作にハマりすぎて留年した。 大学院では、ゲームセンターの体感ゲームみたいなものをつくって遊んでいた。フランスで展示したりしていい気になっていた俺は、これを土産にゲームメーカーに入ろうとおもった。もちろん、俺にふさわしいのは任天堂だ。しかし英語のできない俺は筆記試験であっさり落ちた。セガにも落ちた。筆記は受かったのだが、一次の企画プレゼンでサクっと祈られた。自分にはプランナーとして革新的なゲームをデザインする力がなかった。提出した企画は「クイズマジックアカデミー+どうぶつの森」みたいな企画で、今考えてみてもクソだった。 しょうがないので他の会社をうけた。就職活動をしたのはiアプリが出始めたころだ。今後のゲームは、すべてケータイになると思っていた。ケータイから高機能になり、常時通信を行い、現実世界のインタラクションとネットを総合したゲームが産まれるだろうと確信していた。着メロサイトを運営するドワンゴの面接が他社と比較して1番適当だったので、とりあえず入社した。面接官がやる気なさげにチャットしながら面接したのは今でも覚えている。入社したら革新的なものはiPhoneで産まれ、ガラケーはあっというまに落ちぶれた。 ドワンゴの数値集計を扱う部署でウダウダしていたら、ニコ生が誕生していた。その日に飛びついて放送し、その後毎日毎日延々と放送し続けることになった。ニコ生は圧倒的に未来だった。友達と一緒に、コメントと闘うゲームをつくったり、ニコ生の集合知でオセロをするゲームを作ったり、コメントからスーファミをコントロールできる機械を作ったりした。ニコ生そのものがゲーム的であると気づいてからは、「毎日渋谷で誰かとTシャツ交換をする」「毎日誰かの家に泊めてもらう」など体当たり企画を繰り返した。面白かった。 あまりに数値集計の仕事がつまらないのでニコニコの部署に異動した。そこで晴れて初担当した「ニコニコパレード」は年間最悪企画で1位に選ばれた。その後原宿のニコニコ本社カフェの立ち上げを担当した。カフェをオープンしようとしたら3.11がやってきてお祭りムードは消し飛んだ。そもそも飲食経験などゼロだったから、経験豊富なアルバイトの皆様に教えを請いながら、何とか乗り切る日々だった。色々ドワンゴは刺激的だったものの、どうにも自分のやりたいことが見つけられなかった。2年前の夏に「海外に数ヶ月行きたいです」と偉いひとに相談したほど迷っていた。そのとき、ゲーム実況を担当している同僚が、フリーゲームについて語っていた。Ibが流行り始めたころだ。「こういうフリーゲームとかもっと流行るといいですよね」と雑談するうちに「あ、これは俺のやりたかったことだ」と確信して、ニコニコの「ゲームポータル」という企画をまとめて1番偉い川上にプレゼンしにいった。「こんなんじゃ客は来ない」と断言され、すげなく撤退した。全く反論できないほど川上の議論は正しかった。諦め悪くゲーム大会のニコニコゲームマスターと、投稿イベントのニコニコ自作ゲームフェスを始めた。長時間実況にTRPGやアナログゲームを入れた。 今年の3月にチャンスが巡ってきた。Youtubeがゲーム実況に力を入れ始め、ニコ動ではマックスむらいさんが盛り上がり、これまでとは違う流れがきたのだ。すかさずプレゼン資料を作り、川上に見せた。すると「来週にでも部署をつくれ」ということになった。社内のはぐれ者、つまりすぐ異動できるような現在ロクに仕事をもっていない連中があつまって部署ができた。そうしたらKADOKAWA・DWANGOが合併発表をした。1番最初の注力事業に「ゲームポータル」と書いてあった。まだ何も決まっていないのに。慌ててファミ通とMTGを組み「どうしましょうか…」とみんなで頭を抱えた。 YoutubeがTwitchを買収しようとしたり、PS4で実況が可能になったり、スマホアプリの売り上げがコンシューマーを抜いたり、ゲームの世界は激動している。すごく正直なことを言うと、俺はこうした潮流に、興奮しきれていない。 そんなことよりも、「マックスむらいさんが人気」「生声実況の人気が定着」「全員スマホを持っている」「艦コレや歌プリがコミュニティとして定着している」ことに、心が惹かれる。 俺にとってゲームとは、会話を誘発する装置である。小学校のころ唯一スーファミを持っていたやつの家に集まってマリオをしたり、セガサターンとプレステと64のどれが勝つか話したり、金のしおりの発生条件について2ちゃんねるで語り合うことが、ゲームである。そのために必要なものはなんだろうか。要素は、中心となる話題(コンテンツ)、話題に集まる人々(コミュニティ)、会話をするための方法(プラットフォーム)だとおもう。だから動画を軸に話すニコ動はゲームだし、超会議もゲームだ。ゲームを作るというのは「コンテンツと、コミュニティと、プラットフォームを作る」ことなのだ。 今俺がやりたいのは、既存コンテンツ(コンシューマーやアプリ)にコミュニティとプラットフォームを提供してより面白くすることだ。そして新しいコンテンツ(自作ゲーム)が産まれるお手伝いをすることだ。 そのための人材募集が始まっている。ゲームの仕事は、メーカーと二人三脚でやらなくては絶対に成功できない。ゲームのことを考えて、メーカーのことを考える担当としての渉外のポジションがある。 詳細はこちら→ 【ドワンゴ】新規ゲーム関連事業 渉外担当(契約社員) | 株式会社ドワンゴ https://progres05.jposting.net/pgdwango/u/job.phtml?job_code=886
社会実験家。連絡先→ http://twitter.com/iyokan_nico