Liberatorさん のコメント

記事を拝見させて頂きました。
入社の経緯やその後の流れなど興味深く、
「へ~面白そうな人だなぁ、会ってみたいな」とか思っていたら
伊予柑さんでビックリしましたww
公式放送で何か仕事してる人ぐらいのイメージだったので。

「コミュニティとプラットフォームを提供してより面白くすることだ。」
意識されているのは第二の艦これだと思います。
今の立ち位置でこれを意識しない訳がありません。

艦これがなぜヒットしたのかは
多岐に渡る複合的な要因があり
本当に100%分かっていたら
誰でも億万長者になれますが、
私見を述べさせて頂きます。

・根本的に良いゲームだった。
・根本的に人に薦めやすいゲームだった。
 これがまずあると思います。
 良いゲームで薦めやすい、
 だから雑誌媒体では「個人的にやってる」と
 雑誌記者が記事を書き、
 SNSでは発信力がある主が積極的に拡散し周知された。
 まず、存在を知ってもらわないとどうにもなりませんからね。

・課金ゲームなのに課金をさせる気が無い運営だった。
 実際、艦これをやってる方は全て分かると思いますが、
 無課金でも十分やっていけるほどのバランスです。
 このゲームが爆発的に人気になっていたのは、
 それまでの多くのブラウザゲーに対する
 「無料で釣り、後で巻き上げます ^q^」
 に対するフラストレーションの大きさとも言えます。
 「まぁ自社に対する広告になればいいかな、
  経費と開発費だけ回収出来れば御の字」
 的に考え、完全にライトユーザーが
 一番特になるバランス調整が行われ、
 多くの人を集める事に成功しました。
 無料でも遊べるというのは
 人に薦められる要因にもなっていますね。
 ニコニコが繁栄しているのも
 500円で膨大に遊べるからですね。

・二次創作、三次創作を生み出しやすい土壌があった。
 キャラクターや世界観の設定がかなり緩く作っていますね。
 wizなどを連想させるぐらい曖昧です。
 創作をする人のイマジネーションを刺激するだけの余裕が出来ました。
 ニコ生やニコ動がコメントを補完してコンテンツを完成させるように、
 ユーザー間で情報を追加、補完させるような土壌を作ったのは大きかったと思います。

・根本的に題材が良かった。
 太平洋戦争の艦隊戦という多くの人が
 興味を持っていながらよく分からないというものを
 フューチャーしたのは良かったと思います。

・ストレスが溜まりにくく、ストレスを貯め易いゲーム設計。
 艦これで雑魚艦隊を相手にすると一瞬で全滅させる事が出来て、
 非常に爽快です、ストレス解消になります。
 その逆に、マゾ仕様にする事も出来ます。
 苦行のようなレア艦掘りで、自分の忍耐力を試す事も可能です。
 そして大事なのはどちらもユーザー側でそれを選ぶ事が出来て、
 どちらのプレイも許容出来るほど、ゲームの許容性が大きい。
 という事です。お好きな方をどうぞという形です。
 ただ全体的にはライトユーザー重視にして間口を広くしています。

・運営がまとも
 頻繁にアップデートするブラウザゲームではこれが大きいです。
 不正に対して非常に精力的に取り組んでいます。
 多くのブラウザゲームは「その対策やる気になれば出来るでしょ?」
 というものを数ヶ月、数年間見過ごして、ユーザー側に呆れられ、
 見捨てられますが、艦これは相当早いフットワークで対応しています。
 根絶する事は不可能ですが、出来る限りの事はやっていると評価出来ます。

 不具合に関しても同じ事が言えます。
 まず、アップデート後の初期不良は多少ありますが、
 精力的に改善をしますし、小さな不具合も精力的に直します。
 これによりユーザーの信頼を勝ち取りました。
 インターフェイスの改良やユーザーアビリティの向上も割りとすばやいです。
 多くのユーザーが「こういう方がいいのに」
 といった希望が通り、その通り改善されると、
 「運営は聞く耳を持っている!」と評価されます。
 当たり前といえば当たり前なのですが、
 その当たり前の事が全く出来てなかったのが
 今までのソーシャルゲー、ブラウザゲーだったので
 非常に評価される事になりました

・声が大きい人間になびかない。
 これは素晴らしいです。
 上記の話と一見矛盾していますが、
 基本的にそのゲームで大きな不満や
 ストレスを感じるのは廃課金や廃プレイをしている人、
 ランキングに乗るような人です(ランカー)
 これらの人は数は少ないけどとにかく声が大きいです。
 ヒエラルキーの頂点にいる自分らが
 快適になるように運営側に圧力を加えてきます。
 これを全部聞いてしまうと、
 多くのライトプレーヤーが離れていきます。
 草食動物の群れを失った肉食動物が減少するのと
 同じようにゲームの寿命が短くなります。
 廃課金が売り上げを支えるので
 過疎化初期に売り上げは減少しませんが、
 プレイ人口の減少→過疎→廃課金組の離脱とつながります。 

こんなところです。
正直当たり前の事しか書いてないです。
それが出来てなかったのが
今までのブラウザゲーだと思います。
そのフラストレーションが、
艦これ人気の起爆剤になったのは間違いないでしょう。
少なくとも自分はそうですし、
まとめサイトなどのコメントを見てもそれは感じます。
期待しています。お仕事頑張って下さい。


PS. ユーザーチャンネル応募しました、1枠下さい♪ ^q^
No.8
66ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
ずっとずっと、ゲームが作りたかった。 小学校6年生のころ紙とサイコロであそぶ「TRPG(テーブルトークロールプレイングゲーム)」に出会ったときは、熱狂した。休み時間に友達3人と教室の隅っこでゲームに興じた。ゲームマスターというシナリオをつくりゲームをコントロールする立場として遊んだが、いずれゲームシステムそのものを制作することに夢中になった。しかしオリジナルシステムは、友達すら遊んでくれなかった。 高校時代パソコンを手に入れ、ゲーム制作を開始した。当時はノベル制作の汎用ツールが出始めており、プログラムができない俺はそうしたツールを使って二次創作のゲームを作ってサイトに公開した。PS「東京魔人学園」の二次創作で、コミケでも頒布した。フロッピーで、値段は150円だ。持ち込んだ20枚が完売した。その後もノベルゲームを作ったが、オリジナル作品は根気が続かず完成しなかった。 大学にはいるとプログラムをおぼえ、なりきりチャットサイトにハマった。仮想人格になりきって会話をする遊びは、TRPGからゲーム部分を除いたようで、俺の理想型だった。当然制作側にまわりたくなって、KENT-WEBという学習サイトを見て必死に覚えたPerl CGIでチャットシステムを作った。メルマガをやったり、ゲーム機能をつけたり、イベントをしたり、思いつくことは何でもやった。作ったチャットサイトはそのカテゴリではNo.1の大きさになった。サイト制作にハマりすぎて留年した。 大学院では、ゲームセンターの体感ゲームみたいなものをつくって遊んでいた。フランスで展示したりしていい気になっていた俺は、これを土産にゲームメーカーに入ろうとおもった。もちろん、俺にふさわしいのは任天堂だ。しかし英語のできない俺は筆記試験であっさり落ちた。セガにも落ちた。筆記は受かったのだが、一次の企画プレゼンでサクっと祈られた。自分にはプランナーとして革新的なゲームをデザインする力がなかった。提出した企画は「クイズマジックアカデミー+どうぶつの森」みたいな企画で、今考えてみてもクソだった。 しょうがないので他の会社をうけた。就職活動をしたのはiアプリが出始めたころだ。今後のゲームは、すべてケータイになると思っていた。ケータイから高機能になり、常時通信を行い、現実世界のインタラクションとネットを総合したゲームが産まれるだろうと確信していた。着メロサイトを運営するドワンゴの面接が他社と比較して1番適当だったので、とりあえず入社した。面接官がやる気なさげにチャットしながら面接したのは今でも覚えている。入社したら革新的なものはiPhoneで産まれ、ガラケーはあっというまに落ちぶれた。 ドワンゴの数値集計を扱う部署でウダウダしていたら、ニコ生が誕生していた。その日に飛びついて放送し、その後毎日毎日延々と放送し続けることになった。ニコ生は圧倒的に未来だった。友達と一緒に、コメントと闘うゲームをつくったり、ニコ生の集合知でオセロをするゲームを作ったり、コメントからスーファミをコントロールできる機械を作ったりした。ニコ生そのものがゲーム的であると気づいてからは、「毎日渋谷で誰かとTシャツ交換をする」「毎日誰かの家に泊めてもらう」など体当たり企画を繰り返した。面白かった。 あまりに数値集計の仕事がつまらないのでニコニコの部署に異動した。そこで晴れて初担当した「ニコニコパレード」は年間最悪企画で1位に選ばれた。その後原宿のニコニコ本社カフェの立ち上げを担当した。カフェをオープンしようとしたら3.11がやってきてお祭りムードは消し飛んだ。そもそも飲食経験などゼロだったから、経験豊富なアルバイトの皆様に教えを請いながら、何とか乗り切る日々だった。色々ドワンゴは刺激的だったものの、どうにも自分のやりたいことが見つけられなかった。2年前の夏に「海外に数ヶ月行きたいです」と偉いひとに相談したほど迷っていた。そのとき、ゲーム実況を担当している同僚が、フリーゲームについて語っていた。Ibが流行り始めたころだ。「こういうフリーゲームとかもっと流行るといいですよね」と雑談するうちに「あ、これは俺のやりたかったことだ」と確信して、ニコニコの「ゲームポータル」という企画をまとめて1番偉い川上にプレゼンしにいった。「こんなんじゃ客は来ない」と断言され、すげなく撤退した。全く反論できないほど川上の議論は正しかった。諦め悪くゲーム大会のニコニコゲームマスターと、投稿イベントのニコニコ自作ゲームフェスを始めた。長時間実況にTRPGやアナログゲームを入れた。 今年の3月にチャンスが巡ってきた。Youtubeがゲーム実況に力を入れ始め、ニコ動ではマックスむらいさんが盛り上がり、これまでとは違う流れがきたのだ。すかさずプレゼン資料を作り、川上に見せた。すると「来週にでも部署をつくれ」ということになった。社内のはぐれ者、つまりすぐ異動できるような現在ロクに仕事をもっていない連中があつまって部署ができた。そうしたらKADOKAWA・DWANGOが合併発表をした。1番最初の注力事業に「ゲームポータル」と書いてあった。まだ何も決まっていないのに。慌ててファミ通とMTGを組み「どうしましょうか…」とみんなで頭を抱えた。 YoutubeがTwitchを買収しようとしたり、PS4で実況が可能になったり、スマホアプリの売り上げがコンシューマーを抜いたり、ゲームの世界は激動している。すごく正直なことを言うと、俺はこうした潮流に、興奮しきれていない。 そんなことよりも、「マックスむらいさんが人気」「生声実況の人気が定着」「全員スマホを持っている」「艦コレや歌プリがコミュニティとして定着している」ことに、心が惹かれる。 俺にとってゲームとは、会話を誘発する装置である。小学校のころ唯一スーファミを持っていたやつの家に集まってマリオをしたり、セガサターンとプレステと64のどれが勝つか話したり、金のしおりの発生条件について2ちゃんねるで語り合うことが、ゲームである。そのために必要なものはなんだろうか。要素は、中心となる話題(コンテンツ)、話題に集まる人々(コミュニティ)、会話をするための方法(プラットフォーム)だとおもう。だから動画を軸に話すニコ動はゲームだし、超会議もゲームだ。ゲームを作るというのは「コンテンツと、コミュニティと、プラットフォームを作る」ことなのだ。 今俺がやりたいのは、既存コンテンツ(コンシューマーやアプリ)にコミュニティとプラットフォームを提供してより面白くすることだ。そして新しいコンテンツ(自作ゲーム)が産まれるお手伝いをすることだ。 そのための人材募集が始まっている。ゲームの仕事は、メーカーと二人三脚でやらなくては絶対に成功できない。ゲームのことを考えて、メーカーのことを考える担当としての渉外のポジションがある。 詳細はこちら→ 【ドワンゴ】新規ゲーム関連事業 渉外担当(契約社員) | 株式会社ドワンゴ https://progres05.jposting.net/pgdwango/u/job.phtml?job_code=886
社会実験家。連絡先→ http://twitter.com/iyokan_nico