個人コンテンツは泥沼に咲く花である
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個人コンテンツは泥沼に咲く花である

2014-11-15 11:21
    前回「もうグループ(プロ含む)創作が当たり前になって、個人が勝つのは辛くなった」という記事を書いた。
    普段楽しんでる書籍、音楽、テレビ番組、舞台、グッズ、ウェブサイト、ゲーム、どれを見たって複数人で作るコンテンツばかりだ。
    テキストサイト、flash、blog、ツイッター、最近だと漫画と動画とアプリ。
    webで一人で作ったものでもウケていた幸せな時代は次々終わっている。

    前回:もう一人でネットで勝つのはダメかもしれない


    記事に対して、
    元々は「発表する場の無かった作品を同好の士で発表する場」だったのが企業やプロの流入に伴い、結果正規流通を通さない市場の意味合いの方が大きくなったという点で同人即売会は正にこの先達ですね。

    (てーやさん)

    というコメントをいただいて、考えてしまった。
    コミケ(以下同人誌即売会全般を含めてコミケと呼ぶ)はまだ一応、「一人で勝つ」がダメになっていないように見える
    なぜだろうか。

    グループの創作が参入する条件は、以下だとおもう。
    1)視聴者が沢山いる
    2)儲かる
    3)違法じゃない

    グループでの創作は個人と比較するとモチベーションを統一しにくい。モテたい、自己表現したい、良いコメントが欲しいetc…。バラバラになってしまう。このとき「儲かる」というのはわかりやすい指標だ。みんながみんな儲けたいんじゃなくて、儲かるという目標が楽なのだ。(だって本当に儲けたい人は今頃外資系金融に進んでいる)

    違法じゃないというのも大事だ。「コミケがまだ大丈夫なのはなぜか」といいうのがこれで、コミケは儲かるけど、法的には限りなくグレーゾーンだ。こういうものに企業は参加しないし、グループで参加するにも覚悟がいる。

    ニコニコ初期はまさにこの状態で「儲からない」「違法に近い」状態だった。さらに動画はテキストコンテンツよりも技術的ハードルもある。こうした障壁を越えて参入するのは好事家だけで、コンテンツが限られていた。だから個人でも勝てた。

    しかし障壁は下がる。
    運営が努力してJASRACに音楽著作権料を支払い、様々なコンテンツホルダーと共同で番組をやって理解を得て、ニコニ・コモンズに権利許諾ものを起き、公式アニメを流し、超会議に総理を招いた結果、権利的な障壁は相当下がった。
    クリエイターが食えるようにとニコニコチャンネルでの徴収や、クリエイター奨励、番組出演、アニメイトなど販路の整理等々した結果、儲かる可能性もでてきた。

    つまり、個人が勝てなくなったのは運営の余計な努力のせいだったんだッ――!

     (; ・`д・´) ナ、ナンダッテー !! (`・д´・ (`・д´・ ;)

    それは半分冗談としても、コミケも同様に運営の努力により著作権障壁が下がりつつある。結果として、一つのプロコンテンツ流通媒体になってきた。アニメスタッフの公式裏設定集なんて、わかりやすい例だ。コミケが「白く」なる流れは続くだろう。

    みんなが、みんなのために努力した結果、個人が活躍できるフィールドは減ってしまった。
    再び個人のコンテンツが立ち上がる場所はどんなところだろう?
    俺は「視聴者がいる」のに「儲からない」「違法」みたいな参入障壁があるところだとおもう。
    みんなの力をあつめたくならない、泥沼のような場所にこそ個人の花は咲くのだ。

    今だと「ユーザー生放送」「真夏の夜の淫夢」「Oculus Rift」なんかがそのあたりだろうなーとおもう。他にもあるのだろうか。あったら切実に知りたい。

    ネットで遊んでいこうとおもったら、新しい泥沼を見つけて、飛び込むしかないよなー。

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